2.パパ
元原稿は長文ですが、読みやすさ重視で、切りのいいところで分割しています。
書いてた当時はルビの入力なんてものはなかったので、チマチマ挿入しています。これが結構楽しいですね。
「パスワードを入力してください」
電子的な音声の照会。
「 “ただいまパパ”」
同時に正面モニターに、さえない中年のおっさん顔が浮かび上がる。
「いくみぃ、また一段と太ったんじゃないかぁ?」
カッチーン!
「帰るっ!」
強制脱出レバーを引こうとしたあたしを、おっさんが大慌てで押しとどめる。
まあ、画面の中でのことだから、別にどうこうもないけどさ。
「だぁあ、どうしてそう、冗談の一つも通じないんだ。おまえ、絶対に母さん似だよな」
余計なお世話よ。
あたしの、しょーもない事に首ツッコム性分は、パパに似ちゃったんでしょ?
…そう、このサエナイおっさんが、あたしの“パパ”。
あたしのグランザール様のメインコンピューターってわけ。
別に、相性とか、人格プログラミングされたとかいうんじゃないの。
まぎれもない、正真正銘の「パパ」なのよ。
…なに言ってるのか判らないって?
そりゃ当然よね。
初めてオーナーから事情を聞いたときは、あたしだってあきれ返ってなにも言えなかったもの。
ずっと、普通のサラリーマンだとばっかり思っていたパパが、実はコロニー最大の娯楽「マッチメーカー」のドーラー(パイロット)だったなんて。
しかもそのオーナーがブラックマーケットに関連が深い奴みたいで、実勢価格はやたら高い装備を密かに組み込んで、軍用目的に市場に出す前の、いわば試作機、丁のいい実験台を運用して闘っていた、だなんて。
んで、パパたら、しょうもない事でミスッちゃって、機体を派手に誘爆させちゃって、脱出失敗で、まあ死んじゃったってわけよ。
えっと、法律的にっ、てことでは、ね。
残ったのは、呆然自失のメカニックチームとオーナー。
ついでに、蘇生失敗で辛うじて残った、パパの脳味噌。(っていうか、体はバラッバラで、ほとんど奇跡的だったんだって。こっちも超高額な転“生”装置のテクノロジーのおかげだとか…)
機体にかかった費用や研究費とかは、そのまんまスタジアムの塵と化したわけで、違反違法承知のブラックマーケット品機体だから、破産だ裁判だなんてとても言い出せないし。
んな事迂闊にしゃべったり、支払いが滞ったりしたら、絶対零度の辺境宇宙で氷漬けにされてしまう事が確実な額の“借金”で、首が廻らないわけよ。
ま、そういうわけで、このあたしがパパの尻拭いさせられてるワケ。
だって、こんなこと、母ちゃんには絶対言えないでしょ?
まだ、パパは不倫してそのまま失踪したってことにしといた方が信憑性あるし。
「いくみぃ、頼むよぉ、パパを見捨てないでくれよぉ…」
「ああ、うざったいわね!さっさと機体チェック済ませてよ!」
泣き落としに掛かるパパを叱り飛ばして、あたしも自分でモニター使って機体にチェックを入れる。
あたしの母ちゃんを口説いた必殺技が、その「泣き落とし」らしいんだけど。
ったく、母ちゃんも母ちゃんだ。男を見る目が無さすぎよっ。
「いくみぃ、特に問題ないみたいだぞぉ」
「あっそっ、こっちもおっけーだし。んじゃ、さっさと武装つけちゃうね」
「スマンなぁいくみぃ、パパがふがいないばっかりに…」
画面の奥で、しょんぼりうなだれてるおっさん。
「いーからとっとと歩いてよ。試合前に湿っぽいのはキライなの」
右足のパワーペダルをグイグイ踏んづけて、催促して上げる。
あたしの搭乗っているグランザール様を含めて、マッチメーカーに出場する全てのアーマーナイトは、搭載しているコンピューターが細かい制御を引き受けてくれるようになっている。
基本的な命令やプログラミングを指示するだけで“操縦”出来ちゃうわけで、ドライブギアやフットペダルは、まあ、大まかな行動を示すための“お飾り”みたいなもんかな。
もちろん“シロウト”にとっては、の話なんだけどさ。
だから、下は六歳のボウヤから上は九十歳を超えるじいちゃんまで参加できちゃうわけなのよ。
そうそう、この間の対戦相手、犬だったってのには、さすがにマイッタわ。
転“生”装置は、肉体が爆散しても文字通り”転生”するという、生存率が極めて高い脱出装置です。
マッチメーカーはパイロットレベルも重要なので、大切に育てたい場合はきちんとした脱出装置を組み込むべきなのですが、資金問題、重量問題が発生します。
パイロットが生きるも死ぬも確率次第なので、そこをどう捉えるか、登場人物たちに葛藤させています。