18.ドラゴンキャノン
あ、まずい、長いわ。
いや、まあ、いっか。途中で切りようもないしねぇ。
緩急の急は、流れ優先ですので。
あたしは、予備動作無しでいきなり伏せて、そのまま得意の水車蹴りを放つ。
おっと、バックステップでかわすなんて、ヤルじゃないのさ。
この前の試合でレーザーサーベル使いがやっていたのと同じ動作だわ。
そのまま半回転しつつ、隠し持っていた電磁警棒を引き抜く所までソックリだけど。
悪いわね、あたしの蹴りもフェイントなのよっ!
蹴り足を床に引っ掛けて、そのまま地を這うように体重移動。
勢いを殺さないまま、下から上に跳ね上がるような後ろ回し蹴りっ!
通称ドラゴンキャノン。
ウチのガッコの制服スカートが短めだからこそできる技よね。
だから、ジョシコーセーの生パンティが拝めるというオマケつき。
今日はシマシマの虎柄よっ!
「くっ!」
うめき声と共に、上半身を揺すってかわした金髪さん。
あらぁ、折角見せてあげてんのにもったいない。それで一杯一杯なの?
たいした事ないのね。両手のガードが頭部にいっちゃってるわ。
入る。
振り上げた左足を降ろす反動も利用して、全体重を乗っけた右膝蹴りをはらわたに叩き込んで差し上げた。
「げはぁっ!」
そのままヤツは吹っ飛ばされ、観葉植物の鉢を2、3個道連れにして絨毯の上に這いつくばった。
威力充分。伊達に太っているわけじゃないのよっていうのはただの言い訳だけど。
「ゴッメーン、イタカッタ?」
油断せずにゆっくりと近寄りながら、声だけは優しく作って上げる。
試合中のリップサービスというヤツよ。
「さ、さすがですね…」
あらま、手応えはあったのに、まだ立てるのね。
「随分とタフになったわね、ギルティ?」
「いえ、あなた相手ですから、対衝撃吸収チョッキを着込んでいるだけですよ」
アハン、結構考えてきてるんだ。
腹はいくら打たれても構わない、頭さえ守っていればってわけね?
って事は、手足にもなにか仕込んでいると考えた方がよさそうね。
「余計な事聞いちゃったわ。本気のあたしにそんなものが通用するかどうか、判らないあなたでもないでしょうに」
「ええ、判ってますよ、だからイロイロ持ってきてるんですよ。例えば…」
左袖からポロッと落とした黒い粒々。
げっ、閃光弾!
瞬間、部屋の中が真っ白な光に包まれた。
左手で目を覆いながら、本能のままにバックステップ。
あたしの顔すれすれを、ギルティの電磁警棒がかすめていく。
なによ、この光の中であたしが見えてるのね?
こりゃ、とっ捕まえないと勝ち目が無いわね。
床に伏せてゴロゴロと転がりながら、危地をとりあえず避ける。
ヤツめ、あたしの行動が見えているらしく、間合いを詰めてくるわ。
ハンッ、それはあたしも狙い通りなのよっ。
今!
両手を肩上について、全身のバネを使って思いっきり跳ね上がる。
そのまま体を半回転。
一気にお尻を突き出して、必殺のヒップアップボンバー!
「うわっ!」
「キャッ!」
もろにお尻に手応え。
同時に熱い電流の洗礼も受けたけど。
ドグラッシャアッという派手な音と共に、理事長の大きな机が倒れた音が聞こえ
る。
ま、あたしも着地失敗して本棚を一つ、小破したらしいけど。
「ったく、女の子相手なんだから、少しは手加減しなさいよ…」
上半身は起こせるけど、お尻から下が痺れっぱなし。
体脂肪率25.3パーセントのあたしだからこそ(意外に少ないでしょ。これでも鍛えてんのよ)平気だけど、普通の娘なら命に係わるわよ、その電磁警棒の威力。
ようやく、閃光弾の光が薄れてきて、肉眼でも視界が取れるようになってきた。
あーらまー。
ギルティ、むっくりと起き上がってきたわ。
端正なお顔の、ちょうど右目のあたりに、大きな痣が出来始めているけど。
髪の毛もグチャグチャ。服はあちこち破けてボロボロ。電磁警棒はボッキリ折れちゃって、小さな火花を散らしているし。
ダンプカーにケンカでも売ったわけ?
ま、似たようなものだけどね。
とはいえ、あたしの左脚はまだ全然ダメ、痺れきっちゃって動く動かないの話じゃないわ。回復には、ざっと1分30秒ってところかしら。
右脚は、よし、まだ動くわ。
熱いの痺れるの痛いのはガマンガマン。将来は女優を目指しているあたしにとって、喜怒哀楽を表情や仕草で表すのは当然の演技なのよ。
ラクラクっと立ち上がった“振り”を見せつけて、ギルティの出方を伺う。
「あなたのドコが“女の子”なんですか、全く…」
気障ったらしく服の埃を払ってみたりしてるけど、あたしの目は誤魔化せないのよ。足元が微かに震えているわ。
ガード不可能のあたしの必殺技、キイテいないはずはない。
承知の上で相討ち狙いとは、根性だけは褒めてあげるけど。
「まあ、あなたの決意の程は、よく判りました。本部には、違法なのは人工知能では無くて“ドーラー”の方だったと伝えておきますよ」
そうね、それが賢明な判断というものだわ。
「でも、本部はそのようには考えないでしょうね」
「そうね。で、あなたが責任を取らされるってわけね?」
勧告を無視した相手に対して、戦わない道理なんかない。
次の対戦相手はあなた、というわけね。
もちろん、全部承知の上で仕掛けた肉弾戦よ。
「断っておきますが、わたしはAKに搭乗った方が強いんですよ」
「詭弁ね。実はあたしもそうなのよ。強がり言ってるよりも、今ここで決着をつけた方がいいんじゃないの?」
なんて、まだ左脚のシビレも抜けてないのにね。
捕まえちゃえば関係ないけど、飛び道具なんか持ち出されたらどうしよっかなぁ…と。
「そ、そこまでにするんだ、郁美君」
ガタガタと震えながらも、理事長、いえ、オーナーの手には護身用のパルスレーザーガンが握られていた。
銃口は、あたしに向けられている。
あらまナイス判断じゃないのさ。
確かに、今ならかわすのはちょっとキビシイ。
でも理事長、そんな度胸、あったんだ。
この、あたしに対して、ねえ…
「ギルティさん、さ、今のうちにお帰り下さい。試合の申し込みは、確かにお受けしましたから」
試合?
なぁんだ、もう決めてたのか。
「ああ、スマナイ。…アズラエル、この続きはコロシアムでだ」
「その名前では呼ばないでと言ったはずよ。余計な事言ってないで、さっさと逃げたら?」
彼の表情に、一瞬だけど、激しい怒りのようなものが迸った。
でも、それは瞬間のもので、すぐに元の冷静な姿に戻ったけど。
そのまま、何事もなかったかのように、彼は理事長室を出ていった。
ま、どう見ても派手なケンカの後って姿だから、格好つけても意味ないんだけど。
ギルティは承知の上なので“何でもあり”というか、充分に対策しています。
銃で一発じゃん、というのはナシ。彼の美学に反するのです。
いえ、その前に、郁美に銃はよほど想定しないと“効かない”と知っています。
むしろ、銃を持っていることを知られると、反撃の余地なく“潰しに来られる”ことを経験済みだったりします。