16.ギルティ・ランス
チョイ短め。郁美の過去を知る人物が登場です。
本作品としては、主要登場人物はこのエピソードですべて登場です。
郁美の一人称、視点で書いているので、彼女にとって印象深い人物は細かい描写を、そうでない人物は適当に描写しています。まあ、自然にそうなりますよね?
「近野でーす。入りマース」
ジョシコーセーの嗜みとして可愛らしい声を作りつつ、ドアノブに手を掛けたんだけど。
あらま、カギなんか掛けちゃってるわ。合鍵持ってるからいいけど。
でもね、ガッコのみんな、あたしが理事長の“公認の愛人”だとかは、表立っては言わないのよね。
ま、言われても困るけど、なんにも言われないのも女としてはちょっと、ねぇ。
入っていいとかいう返事もないけど、ま、いいや。
そのまま、強引に理事長室に入り込む。
「な、なんだ、近野君か…」
目元が黒ずんだ、まさに狸顔。チビハゲデブと三拍子揃った典型的な貫祿親父が、大きな机の後ろで、妙にオドオドしながらあたしを見つめ返している。
あたしを前のチームから引き抜いた時には、けっこう可愛い、クリクリっとしたお顔が魅力だったけど、それは信頼関係があってこその話。
理事長、いえ、オーナー。
あたしの事は、まだよく判っていないみたいね。
パパがあんな風になったのは、半分はアンタのそのウラでコソコソする陰謀主義のせいよ。
あたしは後ろ手で、カギをカチャリと閉めた。
「久しぶりね、オーナー。お顔を見れて、嬉しいわ。で、どういう事か、説明して貰いたいんだけど…お客様が来てるのね?」
感じる。この部屋の中に、もう一人いる。
「いやそのあの…」
「さすがは連戦連勝のドーラーですね。理事長、私から直接、説明致しましょう」
オーナーの後ろのカーテンがふわりとなびくと、背の高い金髪の青年が“舞い降りた”。
ように、見えた。
「本当はもう少し後でお会いしたかったのですが、理事長も怯えている事ですし」
気障な格好で、肩まである軽いくせ毛の金髪をバサリと振るうと、大きな机をヒラリと飛び越えて、あたしの目の前に降り立った。
「お久しぶりです、近野郁美さん。いえ、“アズラエル”」
フランク系エウロピアンの特徴を色濃く残している、高い鼻と深い目元。
身についた習慣そのままに丁寧に差し出された、握手の手。
あたしより頭一つ高い長身。
抑えの利いた、低い声。
ギルティ・ランス。昔の“同僚”だった人。
そ、あくまでも、同僚。
昔の話よ。
あたしは、過去を決別するように、その手をピシリと撥ねつけてやった。
「なにを隠れてコソコソやってるのよ。それに、前の名前では呼ばないで。昔話はキライだって、判ってるでしょ?」
「私にとっては、今でも“現役”の話なんですがね」
困ったような笑顔が、あらカワイイ。
間近でみると、結構いい男なのよん。
でもね、“危険な色気”でもあるのよね。
「で、どこまで知ってるの?」
「大体の所は」
ギロっと、後ろのオーナーを睨んでやると、完全にすくみ上がっている。
どーして勝手に物事進めるのよ。
「て事は、用件は…」
「ええ、“現役”の“TILT”の一員として、事前の警告に伺いました」
TⅠLTは、ピンボールの台をわざと傾けてロストを防いだりゲームを有利に進めたりする不正行為の事です。店側も、そのような行為があった場合、強制停止になる仕組みを台に組み込んでいます。
というか、今の時代、ピンボールは絶滅危惧種かもしれませんね…