14.なんで?
なんかもう、やりたい放題だなぁ。郁美も、作者も。
「くみぃ、いくみぃ!」
メインモニター一杯に広がる、さえない中年のおっさんの顔。
「ギャッ!」
貞操の危機を感じて、思わず大声を出しちゃった。
「な、なんだよ、そんなに驚かなくてもいいだろう」
「その画面一杯のドアップやめて。さっさとCPUモニターに引っ込んで、外をみせてよ」
「ハイハイ…」
パパの顔の代わりに映し出されたのは、一杯に広がる乳白色の宙空の色。
コロシアム全体を被う、高密度粒子バリアーの色だ。
てことは、あたしのグランザール様、仰向けでおねんねってわけね。
ドライブギアを引いたけど、手応えが異常に重い。
パーツダメージチェックモニターに目をやると、頭部以外は真っ赤に染まってい
た。
左腕完全破壊、右腕損傷率93パーセント、右脚部損傷率53パーセントっての
は、最後の蹴りは一応は当たったのね?
胴体の損傷率75パーセントって、もう少しでエネルギー炉貫通じゃないのさ。
「アハハ、また見事にやられたもんね」
命があっただけでも、めっけもんか。
「…勝ったよ」
なんとなく寂しそうな、パパの声。
「…あたし、たち、が?」
だって、機体が動けないって事は、ノックアウト負けってことじゃないの?
「今回の試合は、向こうの希望をオーナーが呑んでのデスマッチ制だったからね」
「…聞いてないわよ?」
「言えば、いくみぃ、なにかとうるさく言い出すだろうからって」
…オーナーってば、何考えてんのよ。
機体のパーツのどこかを先に破壊すれば試合終了のイニングマッチと違って。
デスマッチは、相手の頭部か胴体を破壊しない限りは終らない。
手足の全てを失って、攻撃も防御も移動も出来ないダルマさん状態になっても、試合は続けられるってわけ。
それなら、それなりの闘い方をするでしょうが。
あ、そっか。
今日は源さんの顔、見てないのよね。
普段なら、あれこれおしゃべりしている時に、色々と教えてくれるんだけど。
武装チェックは、大会本部の係員が来てたくらいだし。
「だから相手のパイロット、優勢だったのに、いくみぃに脱出の機会をくれていただろう?」
…なーる。
あたしの頭部に攻撃を当てるのは至難の技だし。
胴体を完全破壊するためには、あたしの存在が邪魔ってわけか。
だったら遠慮しないで、あたしごと殺っちゃえば、と思うのは“あたし”よね。
彼は“あたし”じゃない。
でも“あたし”ならそうするのに、そうしなかった。
だから、なんか、ある。
「パパ、ハッチ開けて」
「え?」
「早く!」
「ど、どうしたんだい?」
「だって、相手パイロット、“いい男”なんだもんっ!」
「い、いくみぃ!」
ああンもうじれったいっ!
ぐずぐずしてると、逃げられちゃうじゃないのさ。
強制脱出レバーを引いて、自分でさっさとハッチを開けちゃう。
コロニアムの焼けた匂いが吹き込んでくるのも構わずに、あたしは機体の外に飛び出した。
体のあちこちから煙を吹き出し、スパークを散らしているグランザール様に、瞬間の謝辞を告げてから。
頭部だけが失われている、直立不動の相手の白い機体に向かって駆け出した。
~ ・ ~
「どしたのよ郁ちゃん。今日は朝から機嫌悪いね」
「…別にぃ。ちょっと“いい男”捕まえそこなっただけよ」
「アハハ、なにそれ」
無邪気に笑うみーよ。
あたしはさぞかしブスっとした顔をしている事なんだろう。
相手パイロットはさっさと機体降りちゃってるし。
パイロット名は本名じゃないし、プライバシーは大会規定で守られてるから、本人が希望しない限りは突き止めようがない。
あたしが少し前の試合で引きずり出した既婚子持ちのハンサムさんみたく、直接、本人同士が出会わない限りは難しいのよ。
んもう、パパがぐずぐずしてるから、逃がしちゃったじゃないのさ。
それに源さんは源さんで、あたしの試合の話は事前に知らされてなくて、関係者に渡される公式記録MDにチェック入れてる時に、初めて気がついたって始末だし。
こりゃ、オーナーに直訴もんだわね、と思ってみーよに聞いてみたら。
「パパ、じゃなかった、理事長なら、教育懇談会に出席するから。来週まで家にも学校にも帰ってこないわよ?」
だって。
「郁ちゃん、またなにかやらかしたの?ヨソの生徒とケンカ?」
あのねえ、あたしをどういう風に見とるんじゃい。
ケンカを売るのは、ニキビだらけのガキどもなんかじゃない。
みーよのおとうちゃまの方なんだけど。
ま、こうやってダチ付き合いしている間は、学校の中で「人質」とってるようなもんだし。そのうち向こうから頭を下げに来るしかないはずよ。
オーナーにしたって、あたしの「パパ」を人質にしているつもりでしょうけど、自分の娘と対等に交換できるとまでは思ってないでしょうし。
とにかく、なんか、ある。
絶対に、なんか、あるわよね。
ま、なにがあろうと、あたしはこれからも勝ち続けていくしかないんだけどさっ!
(おしまいっ!)
頭部が失われた、直立不動の白い機体。
理解る人には分かる、アレですね。
腕の方は、グランザールが代わりに破壊されております。