7.不登校
1000PVありがとうございます……! 読んでいただいて嬉しいです♪
結膜炎になってしまい、画面を見るのがしんどくて更新が久しぶりになってしまいました…
皆様も健康にお気をつけください。
「マリーはご家族はいらっしゃるの?」
レオくんのお昼寝タイム。
レオくんの自室は続き部屋になっていて、メインのお部屋の隣に寝室が作られている。
寝室でレオくんがスヤスヤ眠る頃、その時間を見計らって他のメイドがちょうどお茶を淹れて持ってきてくれるので、二人でテーブルについて、たわいも無い話をして一息つくのが日課になっていた。
「あ、ごめんね、個人的なこと聞いて。
ただレオくんに対しての接し方見てると、子どもと遊ぶの上手いなって思って」
ってか雇用主サイドなんだから、知っておけって話だよね。でも嫁いできたばっかりだし、オリヴァー様には家のことはしなくていいって言われたし!
「実は3人子どもがおります」
マリーはふふ、と軽く笑って、少しはにかんで教えてくれた。
「上2人が女の子で、末っ子が男の子です」
「やっぱり! だから住み込みじゃないのね」
「はい。トパーズ男爵家より通っております。子が3人とも学園の初等部に入学し……子ども達の手が離れたところで、娘たちの持参金の足しに働きに出ようかと思ったところ、──3人の子育て経験を買っていただいて、こちらで雇ってくださって」
「じゃあマリーは貴族なのね!」
「末席ではありますが。……うちは領地なども持たない名前だけの男爵ですから、夫は商いをして生計を立てております」
「そうなんだ! 何の商いをしてるの?」
「フルーツの輸入ですわ。レオ様が好んで召し上がってるバナナも、うちの商会から購入してくださっているのですよ」
夫のことが大好きなんだろう、誇らしげに笑うマリーが、少し羨ましかった。
昨夜のことが脳裏に蘇る。
嫌な気持ちも一緒に蘇ってきそうになって、私は意識してオリヴァー様を思考から締め出した。考えない、考えない!
「メイベル様こそ、お子様もいらっしゃらないのにとてもお詳しくて。お邪魔遊びとか、行動実況中継賞賛法とか、寡聞ながら初めて耳にするものばかりでございました」
「あ、あはは、えっと、勉強したのよ。でも知識・理論だけ。子育て経験はないから、マリーのこと頼りにしてるわ」
正直私よりも、マリーの方が上手なのだ。
体を使った遊びはもちろん、お邪魔遊びも行動実況中継賞賛法もあっという間にコツを掴んで、日々の遊びの中で自然に行われるようになった。マリーのやり方を、私も見習わせてもらっている。
「メイベル様は、レオ様のことを知って、言葉を促す方法を勉強されたのですか?」
「ううん、レオくんのことは嫁いでくるまで詳しくは知らなかった。もともと興味があったのよ。──子どもの世界って、狭いでしょう。家と学校くらいしかない。でも大人になったら違う。今しんどくても、生き延びたら、楽しいことがいっぱいあるよって。子どもたちに教えたくて、こころについて勉強したの」
まぁ前世での話だけど。
自分語りが気恥ずかしくなって、誤魔化すためにティーカップに口をつける。美味しい、今日はバニラティーだ。公爵家で出てくるお茶は日替わりで、いつも繊細な味がする。
「子どもたちの心の動きについて勉強する中で、発達についても一緒に勉強したのよ」
「では、子どもの問題について詳しくていらっしゃる……?」
「うーん、まぁ詳しい、かな……」
頬を掻いて、曖昧に濁す。
詳しいかと言われると、勉強したのは前世の朝陽であって、メイベルではない。──どうやって勉強したか聞かれたら、本で読んだってことにしよう。前世で読んだ異世界転生もののチート知識も、だいたいみんなそうやって誤魔化してたし!
「あの、メイベル様。……実は、相談したいことがあるのです」
マリーは言いにくそうに目を伏せて、唇を噛んだ。
テーブルの上に置かれたマリーの華奢な手は、ぎゅうとハンカチを強く握りしめていて、勇気を振り絞っているのが伝わってきた。
「私で力になれることなら、話してみて」
「…………」
言いあぐねるマリーを励ますように、マリーの手にそっと私の手のひらを重ねる。温かいお茶を飲んでるというのに、手指はひどく冷えて強ばっていた。しばし逡巡したあと、しかしマリーは覚悟を決めたように薄い唇を開いた。
「実は、息子が……、学園に行かないのです」
そうして、ぽつりぽつり、と話し始めた。
────うちの末っ子の名前はアーロ、10歳になります。
アーロは昔から甘えん坊で、人見知りも強く、私にベッタリでした。ですが近所の子どもの集まりに行けば仲良く遊べますし、特に気にしていませんでした。
優しい子なんです。いつもニコニコして。待望の男の子ということもあり、末っ子ということもあり、……姉たちより甘やかしてしまったような気がします。
メイベル様もご存知の通り、貴族は皆、6歳から18歳まで学園に通います。
アーロも6歳で入学しました。入学当初は行き渋りもありましたが、友達ができてからは毎日楽しそうに学校に行っておりました。
ついにアーロも母離れしたかと寂しい気持ちもありましたが、成長と思って、私も仕事を始めたのです。
……ですが第4学年が始まりしばらくした頃から、急に朝起きれなくなったのです。どれだけ起こしても「頭が痛い」「体がだるい」などとベッドから起き上がれず、──学園を休むようになりました。
もちろん最初は医師にかかりました。
ですが、どこも悪いところは無いと。
午後になると体調がケロッと嘘のように良くなるので、午後から学園に行くように言うのですが、……遅れて行くのは目立つから嫌だと。
だんだんズル休みなんじゃないかと思えてきてしまって、キツく叱った日もありました。無理矢理登校させようとした日もありました。
でも、どれも効果はありませんでした。
最初は、もしかしてイジメにあったのではないかと思ったんです。うちは男爵家、学園の中では1番身分が下です、イジメの対象となっても不思議ではありません。
ですが、アーロに聞いてもイジメなんてなかったと言うのです。学園の先生にもお伺いしてみましたが、何も問題なかったですよ、楽しそうに過ごしていましたよ、と言われるばかりで。
確かに実際、お友達との関係は悪く無いように思えます。手紙のやり取りをしているお友達もおりますし、家にお友達が遊びに来てくれることもあるんです。お友達と楽しそうに遊んでいる姿を見ると、やはり交友関係は問題ないように思えて……。
もう、どうしていいか……私も困り果ててしまって……
仕事をしていても、家で一人でいるアーロのことが心配で、気が気でないのです。なのに、仕事が終わって飛んで帰ると、元気にケロッと過ごしているアーロがいて。──そんなに元気なら学園に行きなさいよ、って苛立って。小言を言いたくなってしまう自分がいるんです。実際に言葉にしてしまったこともございます。そしたら、僕だって行けるものなら行きたい、体調が悪いせいなんだ、とポロポロ泣くのです。
夫に相談しましたところ、アーロは寂しいんじゃないかと。
大好きな母親が仕事に出るのが寂しくて、気鬱になっているのではないかと言うのです。娘たちの持参金は僕が稼ぐから、君は仕事を辞めてくれないかと。
言われてみれば、だんだんそんなような気もしてきて……
私が仕事を辞めて、付きっきりで過ごせば何か変わるんじゃないかと。
こんな話をしてしまって申し訳ありません。
レオ様のことが心配でなかなか仕事を辞せませんでしたが、……メイベル様がいらしてくださって、私などが言うのはおこがましいですが、安心したのです。レオ様はもう大丈夫だって。
なので、今はアーロについていてやりたいと思うのです。
申し訳ありませんが、お暇をいただきたいのです────
「──不登校、かぁ……」
4年生の最初の方から休み始めたということは、いまが初夏だから、だいたい数ヶ月の不登校ということか。
──典型的な不登校だ。
同じような話を、何度外来で聞いたことか。
不登校はあくまで「状態」でしかなくて、その原因はそれぞれに違う。なので、不登校だからこうしよう、みたいなマニュアルがあるわけじゃなくて、それぞれの理由に寄り添って考えていかないといけない。
ただ、明確な理由が無い子も多かった。自分の気持ちすら表現できない、自覚することすらできてないような子達だった。彼らはきっと何年もして成熟した時、初めて学校に行けなくなった答えを見つけたりするんだろう。
「まず、マリーの気持ちは分かった。言いにくいと思うのに事情を教えてくれてありがとうね。
私、公爵家の仕事はしなくても良いってオリヴァー様から言われていて。だから人事権は執事長が担ってると思うから、それは後で相談するとして──」
本音を言うと、マリーには辞めて欲しくない。
嫁いできてから使用人たちはみんな優しくしてくれるけど、今のところ私が気兼ねせずに話せるのはマリーくらいだ。いなくなってしまうのは辛すぎる。レオくんだってそうだろう、今までずっと一緒にいてくれた人が急にいなくなってしまうのだ。
……けど、マリーが決めたことだったら、それは私が口を出すべきでない。マリーにも大切な家族がいて、優先すべきは家族なのだから。
そんなマリーのために、いま私ができることは。
「まず確認したいんだけど、アーロくんは何時に寝てるの?」
「遅いと思います。……私が先に寝てしまうので分かりませんが、0時には少なくともまだ起きております。寝室から明かりが漏れておりますので」
マリーも次の日仕事あるしね。昼夜逆転してる息子をずっと見守ってもいられないよね、わかる。
「夜起きて、何してるの?」
「恥ずかしながらそれも把握しておりません。最近は夜は、寝室に閉じこもってしまっておりますので……」
「日中はお部屋から出てくる?」
「はい、日中は出てきてリビングでくつろいでいる時もあります」
「家族との会話はある?」
「おしゃべりは大好きな子です。今は日によって差がありますが、話す時は、よくこんなに話すことがあるなと呆れるほどよく話します。食事の時はうるさいほどです」
「ふふ、お母さんにお話聞いて欲しいのね」
部屋から日中も出てこない、家族と話さない、だと心配度があがる。お家の中すら居場所がないってことだから。
同じ不登校でも、部屋から出てリビングでくつろげるタイプなら、少なくとも家は安全基地として機能してるってことだ。マリーは何だかんだ言いつつも、上手にアーロくんに接しているんだろう。
「アーロくん、何か好きなこととか、趣味とかってあるの?」
「絵を描いたり、物を作ったりするのが好きな子です」
「すごく素敵な趣味ね!」
前世では、みーんなゲームと動画に夢中だった。もちろんゲームも動画も悪い物じゃ無いし、私も好きだけど、……中毒性が強すぎて、不登校と相性悪いのよね。
そうか、考えてみたらこの世界、ゲームはないのよね。冷蔵庫とか水洗トイレはあるのに。なくても生活に直結して困るわけじゃないからかな……
「外出はどう? どこか定期的に出かけたりするような所は……」
「以前は算術を習いに行っていたのですが、学園を休み始めてから行かなくなりました。今は家からはほとんど出ません」
「太陽の光を浴びる機会はあんまりない?」
「ない、と思います……」
一つ一つ確認して、情報を整理していく。
今どの程度の不登校なのか、どんな生活をしているのか。
──本当は一番大切なのは、本人がどうしたいか。学校に行きたいのか、行きたくないのか。将来どうなりたいのか。
だけどそれは、本人に直接聞くべきことだ。本人の想いは本人にしか分からない。
「話してくれてありがとう。言いにくいことだったよね」
前世では、不登校はめちゃくちゃ多かった。特に感染症が世界で大流行してから。急に増えた。あの頃30万人くらいまで増えたとニュースでやっていた。単純計算でだいたい子どもたちの3%が不登校、だからもう全然珍しいものではなかった気がする。学校に行かない多様性というものが認められつつあった。
だけど、この世界では違う。
学園は当たり前に行くもので、特に貴族はそうで、行っていないというだけで露骨に白い目で見られる。──不登校に対する理解は乏しい。マリーもかなり葛藤しただろう。誰にも相談できなくて、藁にもすがる思いできっと今日私に相談してくれたんだろう。
なるべく力になってあげたいなぁ。でも本人から話聞いてないし、検査もできない環境だし、合ってるかわからないけど──
「──もしかしたらお子さん、起立性調節障害なんじゃないかなぁ」
長くなってきたので一旦区切って投稿します!
貴重な時間を使って読んでいただいて、ありがとうございました。
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*1/24、修正しました