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5.行動実況中継賞賛法

インフルエンザや胃腸炎が流行していますね…皆様も手洗いうがいして、ご自愛ください。

 体を使った遊びとお邪魔遊びを続けて、2週間が経った。


「だぁぅ!」


 私がレオくんの部屋に訪室すると、ニコニコと笑って寄ってくるようになった。少しずつ順調に対人意識を伸ばしている。可愛い。


「レオくん、おはよう」

「う!」


 正直、嫁いできてから何もすることがない今の状態は、いたたまれなさ過ぎる。

 本当に何もしていないのに、食事は美味しいし、洗濯もしてもらって、寝室も整えてもらって、──甲斐甲斐しく世話してもらっているこの状況は、申し訳なさが過ぎてしんどかった。その中で、レオくんの療育は、私の役割として救いになっていた。


「だっ、だぁ!」


 対人意識が伸びてると判断した最たるは、コレ。

 両手を私に向けて伸ばして、抱っこを求める。

 マリー曰く、これまであまり抱っこを求めることはなかったようだ。それがこの2週間で急に抱っこちゃんになったので、マリーが驚いていた。


 ……多分、経験不足が大きかったんだと思う。

 正直、外来でたった2週間でこんなに伸びた子を見たことがない。

 抱っこされるという子どもなら当たり前にもらえるものが、人から関わられるという経験が、この子には圧倒的に不足していたのだろう。


「ぎゅー!」


 求められるままに抱っこすると、きゃはきゃはとレオくんの笑顔が弾ける。

 可愛い。

 この2週間で、私の方もだいぶレオくんに対しての愛着が育ってきたような気がする。


「ぎゅうからの〜、こちょこちょこちょ!」

「きゃー! きゃはは!」

「からの、すきすき!」

「きゃぁぁ!」


 床にレオくんをごろんと下ろしてくすぐり遊びをした後、そのままレオくんの頬に私の頬を寄せてムギュッとする。

 寝転がった目の前におままごとのニンジンが落ちてるのを見つけて、レオくんは今日はおままごとの気持ちになったらしい。

 スクッと起き上がって、おままごとセットの入った箱をズリズリと引きずって持ってきた。


「──そろそろ次の段階へ進む時だと思うの」


 レオくんの寝台を整え終えて戻ってきたマリーに声を掛ける。

 この2週間、毎日レオくんのところへ通っていることもあり、マリーとはだいぶ気安い関係になってきた。

 最初は「奥様だけにレオ様の見守りを任せるのは恐れ多い」などと言っていたけど、私からお願いして、人手としてカウントしてもらうことにした。今ではこうして、完全に任せてもらえるようになっている。


「次の段階ですか」

 マリーが嬉しそうに呟いて、私のそばに来てくれた。期待のまなざしに応えるように、私は頷く。


「行動実況中継賞賛法を行おうと思います!」

「うぅ!」


 マリーと私が話していると、レオくんが私の手を取っておもちゃを触らせてくる。一緒に遊びたいらしい。私はレオくんの顔を正面から見て、目を合わせて、「あそぶ?」と聞くと、レオくんはうんうんと頷いた。

 

「やり方は、もう名前そのまま。レオくんの行動を実況中継しつつ、褒めるだけ。見てて、こんな感じ」


 レオくんはおままごとの包丁で、ニンジンを切り始める。実際には切るふりだけだけど。

「トントン、トントン。レオくんはとっても上手にニンジンを切ってるね、すごいね〜」

 切ったニンジンはお鍋に入れて、次は魚に手を伸ばした。

「レオくんはお料理が上手でかっこいい! トントン、トントン。タマゴを切るのも上手だよ。とっても素敵なお料理を作ってるね」

 最終的には全てお皿に盛り付けて、グイッと私の前に押し出してくれる。

「パクパク、美味しい! 作ってくれてありがとう。レオくんは優しいな〜」

 レオくんの柔らかい髪の毛を撫でると、レオくんは気持ちよさそうにニッコリとした。もっと褒められたいと思ったのか、また新しく料理を作り始める。

 

「この状況はこういう風に表現するんだよ、って言葉のお手本を見せる感じかな。子どもたちって褒めてもらうのが大好きだから、褒められてることっていつもより耳を傾けてくれやすいのよ。だから褒め言葉を混ぜつつ」


 対人意識がある程度育ってないと、せっかく実況中継して褒めてもただBGMとして耳を通り過ぎていくだけで、意味がない。

 でも今のレオくんは、しっかりこちらに意識を向けてくれている。


「ポイントは、擬音やオノマトペをたくさん混ぜること。ブーンとか、ガタンゴトンとか。あとは犬はワンワン、車はブーブみたいに、子どもが真似しやすいようにね」

「クルマ……?」

 マリーが首を傾げる。 

 そうだった、この世界に車はないんだった。

「い、言い間違い! あはは、気にしないで! ……そんなことよりマリーもやってみて、交代しよう」

「はい、是非やらせてください!」

 腕まくりして、やる気満々のマリー。

 その日の午前中は、マリーに行動実況中継賞賛法をレクチャーして終わった。




「今晩、旦那様が帰っていらっしゃるとのことです」


 執事長からそう告げられたのは、昼食の席でのこと。

 もう今の生活に慣れてきて、なんかもうずっとこのままでいい気がしてた頃だった。


 今日の昼食メニューはトマトとベーコンのパスタ。

 隣にはレオくんが座っている。レオくんはパスタは偏食で食べないので、パンと、焼いただけのお肉と、バナナ。掴み食べでパンにかぶりついている。

 元々は別々での食事を提案されていたのだけど、この2週間なるべく一緒に食事を摂らさてもらってる。朝陽の時はスマホしながら1人で食事を摂ってたけど、何もない中で1人の食事は味気ないから。


「……私はどうしたら良いでしょうか」

 わからないことは聞く。

 これが社会人の鉄則。

 しかし聞かれた執事長も戸惑った表情をしている。まぁそりゃそうよね、子どもを生むために嫁いできたのに初夜をすっぽかされた新妻に、どうしたらいいか聞かれても困るよね。

 会わなければいけないことはもちろん分かってる。どういうつもりなのか聞かないといけないし、話し合わないといけないことはたくさんある気がする。


 ──でも本音を言えば、かなり気が進まない!


「夕方ごろにはお帰りになるとのことですので。まずは夕食を旦那様とご一緒されてはいかがでしょうか……」

 しかしそこは執事長、困りながらも案を出してくれる。

「確かに、レオくんも一緒にいてくれる場でお会いするのがいいわね!」

 二人きりで会うよりも気まずくないはず。

 そこで是非、レオくんの対人意識が伸びたところを見て欲しい!

 公爵様に会うのに少し気持ちが前向きになったところで、執事長はさらに困り顔で、小さく呟いた。


「いいえ、旦那様はレオ様とはお会いになられません」


「……会わない?」

「はい。養育は使用人に一任するとおっしゃられており、──これまでレオ様とお食事を共にされたことはございません」

「…………」


 絶句。この2週間帰ってこないことで、薄々は子どもにも関心がないかもしれないことは感じていたけど。

 父には省みられず、母には置いていかれ。……不憫すぎる。

 隣でパンに集中しているレオくんの頭をそっと撫でる。気付かずに夢中で食べている。大人の会話は聞こえてないだろう。


「それって親としてどうなの……」


 思わずぽつりと出てしまった呟きは、しかし執事長には聞こえたようで、しきりにハンカチで汗をぬぐっている。


「ごめんなさい、あなたを困らせたいわけじゃなかったの」

 夕食はレオくんを一人にしてしまうことになるけれど、……断るって選択肢はなしだよね。断ったら、初めて──厳密には結婚式から2回目だけど──会うのが寝室になってしまう。初対面ですね、初夜しましょう。とか無理すぎる。

「ではお言葉に甘えて、夕食をご一緒させていただこうかしら」


 もう公爵様への好感度はどんどん下がって、マイナスしかない。

 そんな人と家族として今後過ごしていかなければいけないなんて……

 貴族に仮面夫婦が多い理由がよくわかりすぎる。

 

 はぁ。

 今度は執事長に聞こえないように、こっそりと溜め息をついた。

 さすが推定悪役令嬢、前途が多難すぎる。




貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

よろしかったら感想や、☆の評価をいただけるととても嬉しいです!


そろそろやっと、氷の公爵様の出番です〜

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