51.この世界は2
「ど、どういうこと……?」
「同じレーベルが出してるゲームで、『虹かかる国の聖女〜真実の恋を探して〜』ってのがあるんです。わたし、やったことなくて詳しくないんだけど……あんまり人気も出てなかったし……」
推定私出演のゲームが、不人気作……!
なんか釈然としない……!
「平民かそんなに高くない爵位の貴族の娘が、聖女の力を見出されて学園に……みたいなありがちなストーリーで、メインストーリーは王太子だったような……え、メイベル様って実は元王太子の婚約者です?」
わくわくとした視線を私に向けてくるミリちゃん。
違う違う、そんなの恐れ多い!
「いえ、王立騎士団長の息子の元婚約者よ」
「わ、ヒロインったらコアなところを狙って……そんなにイケメンだったんですか、メイベル様の元婚約者様……?」
「ミモザは攻略対象と思わしき男性と片っ端から恋に落ちては、別れて、最終的に辿り着いたのが私の婚約者だったのよ」
「わぁ……典型的なクズヒロインじゃないですか……」
ドン引きするミリちゃん。
──だめだ、私も同郷出身だと思うとつい心が緩んで口が軽くなってしまう。これはミモザの黒歴史だった、ミリちゃんがミモザに会った時のためにフォローはしとかないと。
「ミモザもゲームのことを知らなくて、元の世界に帰りたくて必死だったのよ。クリアすれば帰れるのかと思ってたみたい」
「……ってことはやっぱり、クリアしても元の世界には戻れなかった……?」
「クリアの定義をどこに置くかだけど……一応、ミモザは王立騎士団長の息子と婚約したわ。だけど、真実の愛を見つけられたかと言われると……かなり怪しいでしょうね」
「そうですか……」
考え込むかのように俯いて、ミリちゃんは足をぶらぶらとさせる。
「ミリちゃんは、日本に帰りたい?」
「……どう、でしょうか……」
顔をあげたミリちゃんは、困ったような、少し泣きそうな顔をする。
何か言おうと口を開きかけて、逡巡して、それから首を小さく左右に振った。
「……わかりません」
途方に暮れた、迷子のような──
「ミリちゃんの前世のこと、もし良かったら教えて」
葛藤は、言葉にすることで整理を付けやすい。できれば誰かと話しながら、紙に書いたりしながら。
それを一緒にしてくれるのが、前世でいうカウンセリングな訳だけど。
「わたしのこと、ですか」
「うん、ミリちゃんのこと。どんな子なのか知りたいなって。知れたら、今後のミリちゃんの養子先を決めるに当たっての参考にできるかなと思って」
「ええと……自分のことって、どうやって話していいかわかんないですね……」
そうは言いながらも、戸惑いながらも、ミリちゃんは口を開いて、少しづつ話をし始めた。
────わたしは20歳の時に、バイクの事故で死にました。
けっこう悲惨で。事故ってしばらく、意識あって。
痛いってより、いや痛いんですけど世界がひっくり返るみたいな目眩と、太陽の眩しさと、頭の中がぐわんぐわんして、誰かに何か話しかけられたけど全然聞き取れなくて。遠くに聞こえた救急車の音だけはよく分かって、ものすごく安心したのを覚えてます。
頚椎損傷っていって、首から下が全く動かなくなって。感覚もなくて。おしっこも垂れ流しで。……あ、でもメイベル様お医者さんだったんですよね、どんな風になるかは知ってますよね。
絶望ですよ。
──わたし、姉がいたんですよ。
自閉症と知的障害ってやつで、すぐパニック起こして暴れるタイプで、会話のやり取りもできない。姉のこだわりで家中プラレールが並べられて。ちょっとでも位置を変えるとパニックになるから、友達も家に呼べなかった。
いつも姉を中心に家族は回ってました。
わたしが姉に噛まれても、噛まれるくらいの距離に近寄ったわたしが悪い。おもちゃを壊されても、出しっぱなしにしたわたしが悪い。偏食のある姉が食べるポテトと唐揚げばかりが食卓に並ぶので、今ではポテトも唐揚げもみたくないほどです。給食がほんとに美味しくて楽しみだった。
両親のことはね、好きでした。
そんな両親が、姉の世話でヘトヘトに疲れきってるのを見るのが、辛かった。
だからわたしも自然と、姉の世話を手伝うようになったんです。
親には、私たちが死んだらお姉ちゃんをお願いね、って言われてました。
中学生になったら、支援学校のバス乗り場までの姉の送迎がわたしの仕事になりました。本当は嫌だった。大変なんですよ。途中で座り込むと全然動かないし、かんしゃくを起こして暴れられたらもう絶望しかないです。
姉のことを気にせず、友達と遅くまで遊んでいたかった。でも、支援学校のバスが来るから、と。遊んでる友達たちから離れて先に帰るのは本当に嫌だったなぁ。部活にも入れなかったし。……吹奏楽部に憧れてたんですけどね。
だけど、わたしがやらなかったら、代わりに母がすることになる。ただでさえ疲れ切っているのに、これ以上負担をかけられない。……そんな思いから、姉が高校を卒業するまでは頑張りました。
姉が生活介護の作業所に通うようになってからは、送迎は自宅までしてくれるようになって、本当に楽になりました。
その頃には、母も少しずつ歳をとってて、身体がしんどくなってきたから、とわたしが入浴と歯磨きの係になりました。入浴はね、ほんっとに大変。シャワー嫌がるし、泡が顔につくのも嫌がるし、でもお風呂サボったらすぐに湿疹がでるから毎日お風呂には入れてました。
将来の夢なんかもなくて。
特別なところなんてない、平凡なわたしにとって、──嫌悪しながらも、姉の世話というのは唯一のアイデンティティでもあって。
だから、姉を将来支えられるようにと、社会福祉士を目指して、福祉学科のある大学を選びました。お母さんがめちゃくちゃ喜んでくれたから、これは正解だったんだな、って漠然と思ってました。
選んだ大学は家からは絶妙に遠くて、交通の便があまり良くなくて。
本当は一人暮らししてみたかった。
でも、家族を残して、家なんか出られないし。
だから、バイクの免許を取って、バイクで通学していたんです。
──そんな折です、わたしのバイク事故は。
即死じゃなかったんです。
病院に運ばれて、数日は生きてました。
両親は、泣きました。
これからどうしたらいいのって。
介護が必要な娘を二人も抱えて、どうしたらいいのって。
わたしも事故直後で混乱してたのもあるんでしょうね。
普段なら言わないようなことを、──ああ、思い出すの、しんどいですね、ごめんなさい。
姉のためにわたしを生んだんでしょ、とか、姉の世話を手伝えないわたしには価値がないの、とか、そんなことを言ってしまいました。……ええ、普段から感じていたことでもあります。でも、絶対にそれだけじゃなかった。母も父も、わたしを愛していた。それはわかっていたんです。だけど。
姉は何にも出来ないんです。
わたしも生きてるだけでいい、って言って欲しかった。姉みたいに。
わたしなんか死んじゃった方が良かったんでしょ、って──言ってしまいました。
──その時の両親の顔が、脳裏に焼き付いています。
傷つけたいわけじゃなかった。
ただ、わたしも悲しかった。寂しかった。
涙が出て、でも自分では涙を拭うこともできない。ただただ、泣き叫ぶことしかできませんでした。
……その日は両親には帰ってもらいました。わたし自身も気持ちが混乱していて、暴言が止まりそうになかったから。
泣いて、泣いて、そしたら少し気持ちがすっきりして、両親へ言ってしまった言葉への罪悪感がじわじわと湧いてきて。
明日来てくれたら謝ろうって、そう思ってました。
──でもまさか、その日の夜に死んでしまうなんて。
急に呼吸が苦しくなって。
脊椎を損傷した人には、たまにそういうことがあるってことは、医者に説明を受けていました。そのまま、弾けるように意識が途切れて、──気付くとエミリーの体の中にいたんです。
孤児のエミリーに生まれ変わったのは、前世で家族を傷つけた罰なんだと最初は思いました。ゲームの世界だって気付いてからは、余計にそう感じました。
日本に帰りたいかと言われると、……頚椎損傷した身体に帰るのは、嫌です。でも、両親に謝りたい。それだけが心残りです────
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