50.この世界は
ゲームタイトルは、「宝石色した7つの恋〜運命を超えていけ〜」。
ストーリーは、12歳のエミリーがラブラドライト子爵家へ引き取られるところから始まる。
孤児院で育ったエミリーにとって、初めての家族。期待を胸に子爵家の門をくぐったエミリーだったが、しかしその期待はすぐに打ち砕かれることとなる。エミリーを毛嫌いする義母、意地悪な同い年の妹。食事も満足にもらえず、虐げられ。当然教育など受けさせてもらえず、下働きに混じって屋敷内の雑用をこなす日々。
父はどこか申し訳なさそうにしながらも、見て見ぬ振り。エミリーに声をかけることすらなかった。
──実は子爵には大量の借金があった。
ある商人より、娘を差し出すなら借金を肩代わりすると打診があったのだ。しかしその商人は子爵よりもひと回り以上も上、残虐な性質を持っているとの噂で、これまでに三人の奥方が原因不明の死を迎えていた。そんなところに可愛い娘を嫁がせられないと妻に騒がれた子爵は、昔の愛人が産んだ娘であるエミリーを引き取ったのだった。
このままここで軟禁されるかのように暮らし、逃げ出すことすらできず。いずれ残虐な商人の元に嫁ぐのだと絶望していたエミリーだったが──
──しかし転機は訪れる。
こどもを学園の高等部に通わせることは、王族すら守っている義務である。
子爵家ごときが破れるはずもなく、不承不承ながらも学園に送り出されたエミリー。
やせ細り学もなく、どん底でボロボロの状態からスタートしたヒロインが、3年間の学園生活で幸せを掴むことができるかは、プレーヤー次第である──────
「……っていうのがこのゲームです」
応接室のソファーにちょこんと座って、でも彼女にはソファーは大きすぎて、語りながらも安定しないのかもぞもぞお尻を動かしている。
「育成ゲームを兼ねた乙女ゲームですね。どの攻略対象を選ぶかによって目指すべきステータスが変わってくるというか……」
惜しげも無く、前世の知識を披露するミリちゃん。
ありがたいけど、いいのかな……前世持ち仲間だからって絶対的に信頼してもらってるのかな……
「まぁそこでね、いい感じに育成できればある程度の幸せは得られると思うんです。なんたってヒロインですしね。──でもここ、タップ一つで教養が身についたりしないわけじゃないですか。ってことはそのためには死ぬほど努力しないといけないですよね、そんなのごめんです! ってか虐待されてむしろマイナスからのスタートで、そんなの無理無理、わたしはスローライフ希望なんです! 平穏に生きたい、過度な幸せのための不幸なんて真っ平です!!」
自分で自分の体をぎゅっと抱えて、ミリちゃんは心底嫌そうに早口で捲し立てる。そりゃそうだ、ハッピーエンドが約束されているとはいえ虐待なんてされたくないだろう。
「このままだとラブラドライト子爵に引き取られて虐待まっしぐら……無理無理無理、絶対無理! どうしよー! って思ってたところ、今回のお話をいただいて飛びついたんです」
ペロリと舌を出して、彼女はブルーグレーの瞳で上目遣いに私を見つめた。
彼女がさっき出してきていた希望、爵位の高くない子どものいない老夫婦。生活に困窮しない程度には裕福で、でも貴族の面倒ごとには巻き込まれず。確かに虐待を避けてスローライフ希望なら、納得の条件だ。
「……あのね、守るよ」
大人として。
虐待は絶対に許されない。
一般小児科医として働いていた頃は、痛ましいケースもしばしば見た。暴力の末の脳内出血や、それに伴う後遺症。医療がかろうじて命は繋いでいるけれど、2度と目を開けないだろうケースもあった。乳幼児揺さぶられっこ症候群により知的発達はおそらく見込めない状態となったケースは、医療が必要だから乳児院にも中々入れなくて、ずっと長期入院してたけどご両親は全く面会にに来なかったから、服すらなくて。見兼ねた看護師さんが、自分の子のおさがりを寄付して着せてたのをよく覚えてる。とても可愛い、いちご模様のワンピースだった。
ただ、誤解を恐れずにいうなら──
そんな悲惨なケースはほんの一握りなんだろう、と思う。
虐待なのかそうじゃないのか、明確な基準があるわけじゃないから、判断に困ることの方が多かった。
少なくとも外来に来てくれるお母さんたちは、みんな子どものことを想ってた。
──子どものことを想わないケースは、そもそも外来に現れないから、バイアスはかかってるだろうけれど。
子どものことは大切。けれど親自身も余裕がなくて疲れ切っているところを、子どもがかんしゃくを起こして泣き叫んだり、ワガママいったり。苛立ってしまってつい衝動的に、……叩いてしまった。
そんなケースは本当によく耳にする。
擁護するわけではないけれど、暴力は絶対ダメなことだけれど、──親御さんの心情はとてもよく理解できる。
特に私の外来は、発達障害圏のお子さん──いわゆるディフィカルトチャイルド、育てるのに工夫がいる難しいお子さんがほとんどだった。
親御さん自身も手を出してしまったことに自己嫌悪しながら、葛藤しながら、困っていた。
……だけど、ミリちゃんのケースは違う。
ラブラドライト子爵家に、葛藤なんてない。
「子どもはね、無条件に守られるべき存在なの」
「……中身は20歳だけど……」
「でも身体は子どもで、守られるべき対象だよ。虐待にあっても、自分では逃げ出すこともできない」
虐待を受けることがわかってる家になんて、絶対に行かせない。
前世の私は無力だった。
ひとりで出来ることなんて限られてて、福祉や行政や、各所に力を借りながらなんとか子どもたちを見守っていた。
「私自身は何もできないけれど、……公爵家には力がある」
そっとお腹に手を当てて、ラピスラズリ公爵家に嫁いでこれたことを感謝する。
「あなたを守れるよ。だから、逃げることだけじゃなくて、本当にしたいことを考えていこう。スローライフがしたいなら辺境で引取先を探してあげる。孤児院から離れたくなければ、この近辺で。貴族から離れて暮らしたいなら、裕福な平民でもいい。公爵家の後ろ盾があれば、平民だろうと子爵家には手が出せないよ」
目をぱちくりと瞬かせて、ミリちゃんはじっと私を見た。こぼれおちそうな、飴玉みたいな瞳だと思った。
「今すぐ決めなくてもいい、すぐには答えは出せないでしょう? 12才まで、時間はある。マナーとか必要なことを勉強しながら、考えが決まったらまた教えてほしいな」
「ありがとうございます、心強いです。そうさせていただきます……!」
ミリちゃんはしっかりと強く頷いた。
──と、話をまとめたところで。
さっきからずっと気になってることがあるのですが。
「……ところであなた、レオくんのこと知ってたような口ぶりだったわよね。もしかして……」
「はい! レオくんも攻略対象です!」
やっぱりかー!!
「詳細を、聞いてもいい……?」
「もちろんです!」
にぱっと笑って、オタク特有の早口で話し始めるミリちゃん。
「レオ=ラピスラズリ。実母が出て行き、父も義母も冷たく無関心。会話もない家族。愛されることなく育ったので、愛がわからない。誰にも心が開けず、友達もおらず、研究棟でひとり魔法の研究に勤しんでいる。そんな中ヒロインと出会ったことで、少しずつ凍っていた心が解けていく。だけど愛し方がわからず、ヒロインへの感情を拗らせていく──まぁ、ヤンデレ要員ですね!」
元気いっぱいに身を乗り出そうとして、ソファーから滑り落ちそうになり慌てて体勢を整えるミリちゃん。
そっか……私が前世を思い出さなかったら、そんなことになってたのか……。庇うわけじゃないけど、メイベル的にも18歳で嫁がされて、自閉スペクトラム症の特性が強く出てる言葉を喋らない継子に、どう接していいかわからなかたんじゃないかな……。リヴィも最初はあんな感じだったし……。あれ、私が記憶思い出してなかったら、多分何も言い返せなかったし、唯々諾々として従ってしまってたよね?
「あまりにもレオがゲームのストーリーと違ったから、誰かが改変したんだと思ったんです。で、観察してたら変化の大元は義母のメイベル様かなって思ったの。やっぱりメイベル様が前世持ちだった!」
「……私、ゲームのことは何も知らなかったの」
そっか……
この世界が何らかの乙女ゲームだと思ってたけど、……まだストーリーすら始まってもいなかったなんて!
「実はね、もう一人前世持ちがいるの。教会にいる聖女で、ミモザって子なんだけど……」
「……聖女ミモザ様?」
「そう。いやね、私、実は自分のこと悪役令嬢なんじゃないかって思ってたのよ」
この外見でしょ? と、自分のチェリーピンクの髪と濃い紫色の瞳を示す。
だけどミリちゃんはそれには答えず、何かを考え込んでいる。
「それに、実はラピスラズリ公爵家に嫁ぐことが決まる前、私には婚約者がいたんだけどね、聖女と恋に落ちて婚約破棄されてしまったの。すごくそれっぽいでしょ?」
「……聖女ミモザ様って、もしかしてオパール色の瞳と桜色の髪の?」
「うん、もしかして会ったことある?」
「いえ……」
ミリちゃんは考え込みながら、私の顔色を伺うように首を傾げて、だけどどこか確信を持った声で言葉を紡いだ。
「──もしかして、メイベル様は、本当に悪役令嬢かもしれません」
少しずつ明かされる、この世界のこと。
ついに50話です、ここまでお付き合いいただいてありがとうございます……!!!!
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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