46.行きしぶり
さて。
このままずっと孤児院にお世話になるわけにはいかない。
最初は、私が見守りできるところでレオくんに集団を体験させてあげたいと思って、孤児院にお邪魔させてもらってたけど。
レオくんが孤児院に慣れてきて、私もサロン開設して忙しくなってきて、最近は付き添いを使用人やメイドさんにお願いすることが多くなってきた。
慰問と称して多めに寄付金をお渡ししているとはいえ、孤児院を託児所代わりにするのはどうかな、と思っていたのだ。
この世界の幼児たちは基本的に家にいて、家庭教師からマナーや文字などを学ぶ。学園に入学するまでは、同世代との触れ合いはほとんどない。
母親同士のお茶会についてきた子どもたちを遊ばせる他は、せいぜいが親戚同士や個人的な家族付き合いの中で同世代の子どもがいたら一緒に遊ぶ程度。
学園に入学して初めてたくさんの同年代の集団に囲まれて、戸惑ってしまう子も多いんだとか。
「あのね、メーはね、レオくんに学園に入っても仲良くできるお友達がたくさんできるといいなと思って、幼稚園があるといいなって思ったのよ」
ないなら作ろう! と行動を開始したのが2ヶ月前。
幸いにも私が自由にできる予算は割と多く余っていたし、場所もリヴィに相談したら公爵家の敷地を使わせてもらえることになった。家庭教師経験のある先生と、シッター経験のある先生を一人ずつ確保もできた。
この世界では初めての取り組みなので、そんなに園児も集まらないだろうと思っていたけど、……甘かった。高位貴族から裕福な商人のお子さんまで、噂を聞きつけた入園希望者は、思いの外多かった。
純粋に子どものためにという方たちがいる一方で、……子どもを利用してコネを作ろうという思惑がありそうな方もまぁまぁいた。そのことをリヴィに愚痴ったら、それが貴族というものだと平然と返された。
まだスタッフも不慣れだし、どんなトラブルがあるか分からないから、最初は子育てサロン常連さんの内輪だけで……と大多数をお断りして、開設当初の園児は少人数でスタートすることにした。
いずれは先生も増やして、それに合わせて園児も増やしていければと思っている。
本当は平民を対象とした幼稚園もあったほうがいいと思うし、実際貴族よりも平民の方が保育を必要としていると思う。
でも、公爵家とは言え王都ではそんな権限はない。何より私が、そこまで手が回らない。せいぜいが公爵家の敷地内で、レオくんのための幼稚園を開くくらいだ。
平民を対象とした幼稚園は、リヴィ、公共事業としてやってくれないかな……。
まぁそれはともかくとして、そう、この幼稚園はレオくんのために開設したのだ。
だから、今の現状は正直、予想外だった。
「あのね、レーくんね、メーがだいすきなの。メーだけがすきなの!」
「知ってるよ。メーもレオくんが大好きよ」
「レーくん、いかないの! ずぅっとメーといっしょにいるの!」
「うーん……」
幼稚園の入り口で、私にがっしりとしがみ付いて離れようとしないレオくん。
顔を真っ赤にして目を釣り上げて、もう完全にスイッチが入ってしまっている。
──行きしぶりというやつだ。登校渋滞ともいう。
新しいところが苦手だから、見通しをつけるために事前に何度か幼稚園に連れて行って、ここに通うよ、と教えていた。
その時は楽しそうにはしゃぎ回っていたのに。
……まぁ、まだ通い始めて2週目だし。
週3登園、9時集合でお昼ご飯を食べて解散というスケジュールにしてるので、園にいる時間は実質そう長くない。
まだ慣れていないのもわかる。
でも、……辛い!
この2週間、送って行くたびに毎朝ギャン泣きが辛い!
「レオくんはメーと一緒にいたいんだよね、メーもレオくん大好きよ。でもね、幼稚園は行かなきゃいけないの」
「いやぁぁ! おうちにかえってよぉ、だっこしてよー!」
レオくんは毎朝こうやって泣くけど、私が去った後、園の中ではめちゃくちゃ楽しそうに過ごしているらしい。
お絵かきや歌やダンスなど、園でのプログラムにも積極的に参加して、拒否することはないらしいし。先日そぉっと迎えに行って部屋の外からこっそり覗いてみたら、お友達とぬいぐるみ同士を戦わせて熱心に遊んでいた。
帰ってから園がどうだったか聞くと、先生や友達の名前も出てくるし、ニコニコして「楽しかった!」という。
……なのに、朝には行きたくないと泣く。
登園開始直後の行きしぶりなんて、定型発達の子どもでも普通によくあるものだし、──外来でも相談の多かった内容だし。
「あらあらレオ様、お母様と離れたくなくなっちゃったのね〜」
レオくんがあまりにも泣いているので、建物の中から先生が出てきてくれた。
少し年配の女性で、数カ所のお屋敷で家庭教師を務められた経験のある先生だ。幼児の癇癪なんて慣れているようで、ニコニコと笑顔を浮かべている。
そして、ヒョイっと私の腕からレオくんを引き剥がた。
「あーーー! メーがいいーー!!」
「うふふ、今日はですねぇ、お外でみんなでボールで遊びますよ〜」
先生は私にアイコンタクトを送り、笑顔を崩さないまま私を安心させるように頷いてみせる。
私もぺこりと頭を一度だけ下げて、足早にその場を後にする。
どんどん遠ざかっていく、レオくんの泣き声。
頭ではわかってる。
これは特に気にしなくていいタイプの行きしぶりだ。
だけど……辛い。
全身倦怠感に包まれながら屋敷に戻ると、リヴィと玄関で出くわした。
「あれ、リヴィ。仕事は?」
「朝一番に予定されていた会合が中止になったので、今日はゆっくり出勤しようかと思ってな。そろそろ出ようかとしていたところだ」
「そっか、行ってらっしゃい」
「ああ……」
頷きながらもリヴィは私の前で足を止めたままだ。
どしたんだろ?
私が首を傾げていると、視線を斜め上の方に向けながら言いにくそうに小さく呟いた。
「……今朝も激しく泣いていたな」
主語はなかったけど、誰の話をしているのかはすぐに分かった。
玄関を出るところから激しく泣いていたから、リヴィにも聞こえていたんだろう。
「あんなに泣くのは、かわいそうじゃないか? 幼稚園、と言ったか……あんなに泣くのなら行かせなくてもいいのではないか?」
「…………」
リヴィの提案に、思わず黙り込んでしまう。
なにそれ。
かわいそうって。
「いや、君の発案はすごく良いものだし、学園に入る前から集団に慣れるという理念は素晴らしい。だが、……だか、泣かせてまで行くものなのか?」
黙り込んだのを、私のアイデアを否定されたからだと思ったのだろう。
違うんだけど。
表面的なことしか見てないのが腹立たしいんだけど。
「……あのね、離れたくなくて泣くのは普通のことなの」
孤児院の時は、私がいた。
私が離れるようになった時はすでに、私の他にも仲良しの子たちがいた。
でも幼稚園は、最初はみんな知らないひとばかり。
新しい場面の苦手なレオくんが泣くのは、当然のことよね?
「リヴィも夕食の時、レオくんが楽しそうに幼稚園での話するの見てたでしょ?」
「それはそうだが……」
「行くときに泣いたとしても、園の中では楽しそうにしてるなら、行った方がいいの」
もちろん、園の中でもずっとグズグズしてて癇癪が多いようなら、園の生活が負担なんだろうから、何らかの環境調整が必要だ。
集団生活がまだ早かったのかもしれないし、その集団での課題が大きすぎたのかもしれない。
でもそうじゃないなら、単に、家が好きすぎるだけだ。
「園も楽しい、でも家の方が楽しい。それなら子どもたちが行き渋るのは当然のことよ?」
それだけ家が楽しい──安心できる環境を提供できてることに、誇ってもいいくらいだ。
継子のレオくんにそこまで好かれてることは、……泣かれるのは疲れるけど、でも嬉しくもある。
「私はレオくんに、やらなきゃいけないことを泣いたらやらずにすんだ、という経験をさせたく無い」
「……君が大丈夫ならいいんだ」
レオのことを考えてくれてありがとう、とリヴィは私にそっと近付いて、頬に触れる。
「──君が最近、疲れているように見えて。君に負担があるなら、新しいことは始めなくてもいいと思ったんだ」
心配そうに身を屈めて、私の頬を優しく撫でるリヴィ。
……私の心配をしてくれてるんだった。
リヴィのすっきりとした香水のかおりが漂って、胸のつかえが解けていくような気がした。
でもそこで、じゃあ俺が送迎を変わる、とならないのがリヴィだなぁ……
「ありがとう。──最近、あんまり体調が良くなくて。吐き気がして食欲がないし、なんだか身体が重くって。疲れてるのかも……」
最近、幼稚園開設の準備に、サロンに……
色々頑張りすぎたかな?
起立性調節障害みたいな症状だし……
頭ではわかってても、やっぱり毎朝泣かれるのが精神的にきてるのかな……?
「心配してくれてありがとう。そうね、今日は久しぶりにゆっくり休もうかな……」
「そうしてくれ。君の身体に何かあったら心配だ。医師の手配をしようか?」
「うーん……」
この世界の医師、いまいちかかるの不安なのよね……ろくな検査も無い中で、医者にかかるメリットが浮かばない……
「大丈夫。休めば良くなると思うの。あまりに辛かったら、教会に行くわ」
医療水準低くて、何されるか分からないところが不安だし……それならいっそもう作用機序のよく分からない治癒魔法の方が良い……
あれ、メイベルさんもしかして……?
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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