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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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45.家庭内暴力3



「これからお世話になります、よろしくお願い申し上げます」


 ベニトアイト子爵夫人とその娘さんが決意を固めるまでは、本当にあっという間だった。

 公爵家での奉公を提案したのが一昨日。返事が届いたのが昨日。

 そして、今日から公爵家へ引っ越してきた。

 貴族だというのに、荷物は本当に最低限だけを旅行鞄にまとめて。

 

「ほらレイラ、ご挨拶して」


 子爵夫人に促され、娘さんが少し前に出た。

 学園の制服を着用して、薄い灰色の髪は後ろできちんと束ねられている。少しふくよかな体は溌剌としていて健康そうだけれど、子爵夫人と同じ青い瞳は伏せられて、おどおどと視線はあいにくい。

 まぁ、緊張するのは当然だろう。

 公爵家の応接室は、誰が来ても持て成せるようにかなり豪華な造りになっている。

 シャンデリアは埃一つ無く磨き上げられて輝いているし、飾られている花瓶は繊細な造りで私ですら触れるのが怖い。壁に掛けられた風景画は、高価な青い絵の具が惜しげも無くふんだんに使われており、かなりの値段だろう。

 私も初めてここに案内された時にはかなり緊張したけれど、……レオくんの癇癪対応で、すぐにそれどころじゃ無くなったっけ。

 ってか今思うと、執事長、よくこの部屋にレオくん連れてきたな。私だったら怖くて絶対連れてこれない。食堂とかで良かったんじゃないかな……


「初めてお目にかかります、ラピスラズリ公爵夫人様。レイラ=ベニトアイトと申します。この度は母と私にお慈悲をいただき、心より御礼を申し上げます。若輩者ではございますが、誠心誠意奉公させていただきます」


 緊張している様子とは裏腹に、中等部生とは思えないくらいしっかりした口上でカーテシーを披露してくれるレイラ。おそらく学園で、しっかりと真面目に学んでいるのだろう。


「ベニトアイト子爵夫人、レイラ、これから当家で勤めていただくのだから口調を崩させてもらうわね。それから私のことはメイベルと呼んでね」

「光栄です、メイベル様。私のこともジュリアとお呼びください」

「ありがとう、ジュリア。まずは座って? いまの状況や今後のことについて、話しておきたいの」


 応接室のふかふかのソファーに、二人を案内する。

 そのタイミングを見計らったようにドアがノックされ、入ってきたメイドがテーブルの上に紅茶とお菓子を給仕してくれる。

 

「それで、ベニトアイト子爵やジョンくんにはどのように伝えて出てきたの?」

「……実は、面と向かって伝えるのはやはり怖くて……置き手紙をしてまいりました」

「そう。ここに来ることは伝えてある?」

「はい、ご助言いただいた通りに。ラピスラズリ公爵夫人の元で働かせていただけることになった、レイラも行儀見習いとして一緒に連れて行く、と」


 本来ならシェルターは、所在を明らかにしない。

 居場所が知れてしまうと、怒鳴り込んできて連れ戻そうとされたり、外出に待ち伏せられてしまったりなど、リスクが高いからだ。


 だけどこの貴族社会の中では、公爵家に怒鳴り込んでくる人はいないだろう。

 怒鳴り込んできたとしても、門番や護衛に摘み出されて終わりだから、そこの心配はない。


 それに、居所を明かしておくことで、家出人として公に捜索されてしまうことを防ぐことができる。

 いたずらに騒がれてしまったら、ジュリアたちは体面を気にして家に戻ってしまいかねない。


「良かった。私の方からもベニトアイト子爵へは手紙を出しておくわ」


 今回の場合は総合的に考えると、居所を明かしておくことの方がメリットは高いけれど、デメリットもある。


「待ち伏せへの対策をどうしようかしらね……」


 待ち伏せされてしまうと、脅されたり絆されたりして何の解決にもならないまま、──何なら悪化した状態で自宅に帰ってしまうリスクが高い。

 今回は特に、自分の子どもが相手だ。絆されてしまう可能性は大いにある。


「ジュリアは基本的には侍女として屋敷内で仕事をしてもらって、どうしても必要な外出はうちの護衛と一緒に行ってもらうようにしましょう。レイラの行き帰りの登校は、うちから馬車を出しましょう。それで待ち伏せがあったとしても防げると思う。問題は……」


 ジョンくんも学園の高等部に通っている。中等部と高等部は校舎が分かれているとはいえ、同じ敷地内だ。校内で顔を合わせてしまうこともあるだろう。何なら、ジョンくんがレイラの教室に訪ねて来ることもあるかもしれない。


「学校内で会ってしまったとき、ジョンくんはどういう風な行動をとると思う?」

「……お兄様は、外面は良いのです。家族には、──自分より弱いものには横柄ですが」


 家庭での様子を思い出したのだろう、ぶるり、とレイラが身を震わせる。そんな娘を勇気付けるようにジュリアは、娘の肩に優しく手のひらを添わせる。


「なので、学園内で……他人がいるところで大声を出したり、暴力を振るってくることはないと思います」

「そう。では学園内では絶対に一人にならないように気をつけること。もし教室にジョンくんが来たら、ついて行かずに級友に先生を呼んできてもらうこと。できそう?」

「はい、できますが……」


 頷きながらも、レイラは少し迷うそぶりを見せながら、小さな声で呟いた。


「……あの、ですが、これ以上ご迷惑をお掛けしたくありません。私、学園を辞めます。こちらで行儀見習いとしてお世話になれるのであれば、学園を卒業していなくてもその後の就職にも困りませんし……」


 手のひらをぎゅっと握りしめて、唇をかみしめて、レイラは俯く。

 ……これは、どっちかな。

 学園が負担で正直言うと行きたくないのか、それとも恐縮しているだけなのか……

 ちらりとジュリアを見ると、彼女は困ったようにオロオロと娘と私との間で視線を巡らせている。

 ──聞いてみないとわからないな。といっても真正面から聞いても、忖度した答えしか返ってこないだろう。


「レイラ、学園生活はどんな感じ?」

「どんな、と言いますと……」

「休み時間はどういうことをして過ごしているの?」

「ええと……特に特別なことは何も……友人達とお話をして過ごすことが多いです」

「いつも決まったお友達?」

「はい、3人おります。初等部の頃からの仲良しで、話しているとあっという間に時間が過ぎてしまいます」

「学園は楽しい?」

「はい! 勉強はあまり好きではないですが……友人達がいるから、学園は楽しいです」

「学園を辞めてしまったら、友人達にも会えなくなってしまうわよ?」

「……それは、仕方がありません。学園を辞めたとしても、二度と会えなくなるわけではないので……」


 寂しそうに微笑みを浮かべるレイラ。

 うん、この感じであれば学園が負担になっているわけではなさそうだ。

 

「あのね、全然迷惑ではないよ。大人は子どもを守るのが仕事だし、子どもは行けるなら学園には行った方がいい」

「ですが、行儀見習いとしてこちらにお世話になるのですから……」

「レイラ、名目上は行儀見習いでお預かりするとはいえ、あなたはまだ学生さんだから学業を優先して欲しいの。学園でしか学べないことも、まだまだたくさんあるはずだから」


 本来の行儀見習いは、学園卒業後から始まることが多い。現代日本でいえば職業訓練校みたいなイメージで、侍女としてやっていくための教育を施す。そして公爵家で一人前になったあと、王宮や各家へ侍女として雇用される。まぁ、公爵家として実施している社会貢献の一つだ。


 私の言葉に、それでもレイラはまだ浮かない表情を浮かべている。

 何もせずにただ世話になるのは、彼女にとって居心地が悪いのかもしれない。しっかりしているお子さんだ。


「でね、もし良かったらその合間の時間で、レイラに任せたい仕事があるのだけれど……」

「何なりとお申し付けください!」

「ありがとう。あのね、実はうちではいま、療養として預かっている子がいてね……」


 級友に白豚令嬢と呼ばれ、摂食障害になってしまったルナ=モルガナイト子爵令嬢。

 葛藤はありつつも体重は順調に戻ってきていて、もう少しで自宅に帰ることができる見込みだ。

 そうしたら学園にも復帰することになるけれど、……如何せん、長期で休んでいたため学習面が遅れてしまっている。


「その子のお勉強を見てやって欲しいのよ」

「お任せください!」


 浮かない表情だったレイラの表情が、ぱっと輝いた。自分の役割を与えられて、安心したんだろう。


「ありがとう。彼女も、年が近いお姉さんに教わった方が楽しく学べると思うのよ」


 レイラの方針も決まったところで、私は改めてジュリアに向かい合う。 


「全然急ぎではないけれど、まずはゆっくり心と体を落ち着けてから、今後どうしていきたいか希望を教えて欲しいの。ここで侍女を続けてくれるのもいいし、もし他にやりたい事があれば応援するわ」


 シェルターとしてお預かりするのであれば、目標はまずは保護、それから自立。

 シェルターは本来、原則2週間までという縛りがある。あくまで緊急で保護することが目的なので、いつまでも居られないのだ。2週間で生活のめどが立つならそれで良いし、立たないなら母子生活支援施設等へ生活の場を移して、ゆっくりと生活の基盤を整えていくことになる。でも、母子生活支援施設も2年程度と期限が設けられているところが多い。期限が決まってないと、ダラダラとしてしまうのが人間というものだから。


「ありがとうございます。そのことについてですが……」


 先日お話を聞いていただいてから、ずっと考えていたのです、と。

 もじもじと言いづらそうにしながらも、ジュリアは顔を上げた。


「離縁も検討しましたが……夫が心を入れ替えて、家族に誠心誠意向かい合ってくれるなら、とも思いますの」


 長く連れ添った相手ですもの、と。

 眉を下げて、ジュリアは困ったように笑った。

 暴力を見て見ぬ振りする夫なんか、私なら願い下げだけど。──そこは夫婦にしかわからない何かがあるんだろう。私が介入すべきところではない。


 確かに今回のケースは家庭内暴力とはいえ、配偶者からの暴力ではない。

 配偶者──ベニトアイト子爵の協力が得られれば、状況が好転する可能性は高い。


「わかったわ。まずはベニトアイト子爵の動向を待ちましょう。もし彼が変わらないようなら……レイラと2人で相談して決めてちょうだい」

「お気遣い感謝致します」


 そう、私にできることは限られている。

 自分の人生は、結局自分で決めていくしかない。


 テーブルの上の、話の間に冷め切ってしまった紅茶を手に取る。

 毎回こうなってしまう。せっかく美味しい紅茶を淹れてもらったのに、つい話に夢中になってしまって……いっそもう今度から、アイスティーにしてもらおうかな……


「少し休憩をしたら、侍女長を紹介するわね」


 私もベニトアイト子爵に手紙をしたためないと。

 この世界はベースが乙女ゲームっぽいのに、いや、ゲームだからこそなのかな? 福祉がイマイチ過ぎる。


 ジュリアの他にも、家庭内暴力に苦しんでいる女性はいるんじゃない?

 ジュリアは知ってしまったから放っておけなくて対応したけど……今回の解決法は、みんなには適応できない。公爵家の雇用の席にも限りがあるからだ。

 国として、継続可能な支援を整えていく必要がある。


 リヴィ、内政しっかりしてよね!




この章はこれで一旦区切ります!

リヴィはそういえば、王の片腕と称されるくらいの法務官なんですよね……

ストーリーにあんまり関わってこないので作者もうっかり忘れがちですが……笑


そろそろまた家族の話も進めていきたいなーと思っています。


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ママスタセレクトとかウーマンエキサイトの読者に需要がありそうです、ラノベではめったに見ないテーマですが、良いと思います。
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