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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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44.家庭内暴力2



 ……うん、これはまたハードな話が来たなぁ……

 話が一段落したところで、私は用意していたティーポットを傾けて、二つのティーカップに琥珀色の紅茶を満たした。

 自分の気持ちを落ち着けるためにも、一口、紅茶を口に含んで飲み込む。

 喉の奥に流れていく温かい刺激に、ほっとする。


「そうですか、ずっと気を遣って暮らして来られたのは……しんどかったですねぇ」

「はい……どうしてこんなことになってしまったのか……」


 どうしてか。

 と問われると、私の中に答えはある。

 ある程度成長してからも手が出てしまうお子さんの場合、大体はどこかで暴力を学習していることが多い。具体的にはメディアであったり、──ご家族からの暴力であったり。

 暴力でしつけられて育った子どもは、暴力はふるってもいいんだと間違った認識をしてしまう。

 お手本となるべき周りの大人がすることなのだから、それはやってもいいことだと学習してしまうのだ。

 でももう成長しきってしまったいま、追い打ちをかけるようにそのことを伝えても、今更どうしようもない。なのでこれは、今伝えるべきことではないと口をつぐむことにする。


 ──家族を振り回す子どもと、力無いお母さん。

 外来でもよく診た構図だ。

 

 子どもの癇癪の成れの果て、なのだろう。

 暴力が親に言うことを聞かせる手段となっている。

 本当なら、暴力がまだ軽かった当初の時期に毅然とした対応を取ることで、暴力によって言うことを聞かせることはできない、と学習してもらうべきだった。

 でも。……それももう今更だ。


 ──もう少し小さい頃に出会えていたらなぁ。

 芽が小さいうちに対応できれば良かったのに、大体がみんな家庭で抱え込んで、外に相談を決意するときにはもうこじれ切ってしまっている。いや、逆かもしれないけど。こじれ切ってからじゃないと、相談を決意できないのかもしれないけど。


「……確認なのですが、ベニトアイト子爵がいらっしゃる時には、暴力はないとおっしゃいましたよね」

「はい。ですが夫も多忙で、帰るのはいつも遅くなるので……」

「早く帰ってきていただくのは難しいのでしょうか」

「……私も夫に頼んではみたのですが、──夫の前で暴れることはないので、夫はどこか他人事なのです。子育ての責任は母親にある、お前の育て方が悪かったんだ、お前の失敗のせいでどうして俺が働き方を変えないといけないんだ、と」

「それは……辛かったですね……」


 完全なるモラハラ野郎だった。いや、貴族には正直多いんだけど。男尊女卑気質が根付いてしまっていて、……なんならリヴィも最初そういう感じあったよね?

 家庭内のことで、母親が困っているならそれを助けられるのは父親しかいないわけなんだけど、──ベニトアイト子爵は、夫人を助ける気がない。


「では、子爵が帰っていらっしゃるまでどこか別の場所で過ごすのは?」

「……かなり深夜まで帰ってこない日もありますので、なかなか……」

「失礼ですが、夫人のご実家……前ベニトアイト子爵は頼れないのでしょうか」

「ええ……近くには住んでおりますが、高齢の父は肺を悪くして療養中で、あまり心労をかけたくないのです」


 身内には頼れない、状況は詰んでいる。

 まぁそうよね、少し話を聞いただけの私が簡単に思いつくようなことは、夫人もすでに考えているよね……。であれば私が提案するべきは、夫人だけでは除外してしまっている選択肢。


「──警備隊を呼ぶのはいかがでしょうか」


 ベニトアイト子爵夫人の肩が、びくりと大きく震えた。

 家族だけで対応が難しい暴力には、──他人に介入してもらうしかない。

 それには日本の場合なら、警察が適切だ。

 大体の子は、警察が来たら暴れるのをやめる。警察に説諭してもらって、警察に抑止力になってもらう他ない。大多数の子は、家に警察が来たらビビる。ビビって、今後暴力を振るおうとする際の抑止力になる。具体的に、視覚的に、暴力を振るうことへの結果を見せる必要があるのだ。

 警察が帰って、なんで警察を呼んだんだとまたすぐ暴れ出すのなら、また警察に電話して来てもらうようにする。警察が来ても暴れ続ける子もいるけれど、その場合も警察が介入してくれる。程度や状況によっては、警察から精神科病院へ適切に繋げてくれる。


 ──でも、世間体を気にして警察を呼ぶことを躊躇うケースも多かった。

 日本ですらそうなのだ、この世界の、ましてや貴族では……


「ですが、それは……」


 案の定、夫人は途方にくれたように今にも泣き出しそうな瞳で、私を見た。


「ええ。世間体が気になるのでしょう」

「……はい。暴力のことが世間に知られてしまったら、ジョンの将来が断たれてしまいます。娘も、どんな目で見られることか……」

「ですが、他人の介入は必要だと思います。ご家族だけでは行き詰まってしまっているのですから」


 この世界で、この家庭へ入れることのできる支援は、いったい何があるだろう。

 力のないお母さんへは、親支援として訪問看護を導入したり、心理士さんにお願いして子どもへの具体的な声かけの方法を指導してもらったり、基幹相談支援センターから相談支援事業所を紹介してもらって相談員さんをつけてもらったり……


 でも、どれもこの世界にはない。


「では、口の硬い傭兵を自宅に雇うのはどうでしょうか?」


 家庭内の均衡を崩すには、足し算か引き算だと私は思っている。

 家庭環境が調整しようがないくらい焦げ付いてる時、その状態が変わるきっかけとなるのは大体が人の出入りだ。例えば離婚や別居、再婚、新しい子どもの誕生。もちろん悪い方に転がることもあるけど、そこでやっと必要な支援を受け入れてくれる気になってくれたりすることもある。

 それで言えば、傭兵は家庭内への足し算。良いアイデアではないかと思ったけれど、夫人はふるふると首を横に振る。


「……傭兵をずっと雇っておくような余裕が、うちにはありませんわ」

「そうですか……」


 平民の傭兵くらいであれば、子爵家なら普通に払えると思うんだけどな……うーん、まぁでも金銭的に難しいと言っているものをそれ以上食い下がることもできない。ご家庭内の事情は、外からはわからないものだし。

 足し算が難しいのなら、引き算するしかない。


「そしたら、ジョンくんに寮に入ってもらうのは?」

  

 学園には、高等部から入れる寮がある。

 高等部になると王都の外からも入学してくる生徒がおり、彼らのために開設された寮だけど、入寮には特に制限はない。学園の生徒であれば誰でも、希望すれば入れる。だけど門限などの規律が厳しいので、近郊に自宅がある生徒はなかなか入寮することはない。


 ──暴力が続くならどうなるか、ということを明確に提示することが大切なのだ。

 そしてそれは具体的でなければいけない。

 例えば、次に悪さをしたら入寮させる、だとどの程度から悪さと表現するのかは人によって判断が異なる。母は悪さだと感じても、本人は違うと言い張るかもしれない。だから、次に母に暴力を振るったら入寮、など誰が見ても同じカウントができるものが望ましい。

 それから、提示するなら、本気でなければならない。

 ただの脅しのつもりで、親が実行するつもりのないものを提示してしまうと、暴力が続いてしまった時に親が困ることになるし、子どもの側から見ても一貫性のない親になってしまう。


「ですが、仮にそんな提示をしたとしても、ジョンは私の言うことなど聞きません……」

「おっしゃる通りです。もちろん、夫人だけでは難しいでしょう。だから、そこは子爵にお願いしてみては? それくらいなら、流石に子爵も動いてくれるでしょう」

「……そうかもしれませんが……寮では、すぐにうちに帰ってこれるでしょう。もしも入寮したとしても、数日で飛び出して帰ってきて、私に八つ当たりするに決まっています」


 青白い顔色で、夫人は力なく首を横に振った。

 完全に心が折れてしまっている。

 

「じゃあ夫人が家を出てしまえば良いのでは?」


 シェルターだ。

 そうだ、家庭内暴力からの逃げ場といえば、シェルターだ。

 大体は夫婦間の暴力に利用されるものだけど……


 シェルターなんてもちろんこの世界には存在しないけれど、でもラピスラズリ公爵家には財力がある。シェルター代わりに夫人を保護して、屋敷内で住み込み雇用するのはかなり現実的な話だろう。


「そう広い部屋ではないのですが、うちは貴族令嬢の行儀見習いを多数お預かりしています。彼女たちに混ざってお仕事をしていただけるようであれば、当家に住んでいただくことも可能です」

「しかし、娘を置いていくわけには……」

「ええ、もちろん娘さんも一緒で良いですよ。日中は学園があると思うので、帰宅後からお仕事に参加していただければ」


 一人で手芸をして静かに過ごすことが好きな娘さんと聞いているから、もしかしたら集団の中で働くのはしんどいかもしれないけれど……

 でも、想像でしかないけれど、娘さんも今の状況はしんどいのではないだろうか。自分の兄が母に暴力を振るうところなんて、見たくないに違いない。

 ちらりと夫人の表情を伺うと、私の提案に心が惹かれているようだった。だけどすぐに考え直したのか、また視線が下がってしまう。


「しかし、私たちが出て行くなど夫が許しません……」

「許さなかったら、どうなるんですか?」

「それは……」


 夫人は泣きそうだった青色の瞳を瞬かせて、考え込んで、それから首を傾げた。


「……どう、なるんでしょう?」

「どうもならないと思います。子爵はもともと入り婿であり、仮に離縁したとしても出ていくことになるのは子爵でしょう。もちろん子爵の爵位は置いて、ただの一人の男として。その際はジョンくんが子爵を拝命できる年齢になるまで、夫人が代理を勤めることになるのでしょうが……」

「夫はおそらく、離縁など望まないでしょう。環境の変化に何よりストレスを感じる人ですもの。仕事も、住み慣れた家も、全てを捨てて出て行くなんで絶対にしませんわ」

「じゃあ、ジョンくんみたいに夫人を殴りますか?」

「いいえ、夫は私に手をあげたことはございません。どんなに怒ったとしても、おそらく私を殴ることはしないでしょう」

「それでは、嫌われることですか? ですが子爵は、……言い辛いですが、夫人を守ってくれていません。これ以上、状況が悪くなることがありますか?」

「確かにおっしゃる通りです……ええ、そうですわ……男らしいところは好ましかったけれど、守ってくれないならそんな男らしさ意味がないわ……離縁しても公爵家で雇用していただけるなら生きていける……」


 ブツブツと考え込み始めた夫人。

 何を提案しても否定されるので、たまに出会う、今の状況はしんどいけど何にも自分は変えたくない、努力したくない人かと少し疑ってしまったけど……

 そういうわけじゃないらしい。

 色々と案は出してみたけれど、何か変えたいことがあるのなら、自分が変わるのが一番早いということなのかもしれない。


「これは個人的に思っていることですので、少し乱暴な言い方になってしまうのですが……子爵も、ジョンくんも、夫人を軽んじすぎです。目の前からいなくなってみて、彼らがどう出るのか反応が見てみたくありませんか?」


 少しいたずらっぽく含みを持たせて提案すると、夫人は微かに頬を緩めて、可愛らしく笑った。


「本当にその通りですわ。ラピスラズリ公爵夫人様、ありがとうございます。娘とも話し合ってみます。娘を置いて行くことはできませんので……。ですが、娘が一緒に家を出ることを選択してくれれば、その時は──公爵夫人のご好意に甘えさせていただいても良いでしょうか」

「もちろんです。お待ちしておりますわ」


 その後、お茶の続きをお誘いしたのだけれど、夫人は一刻も早く娘さんと相談したいとのことで、お暇されることになった。

 用意したお茶菓子は、せっかくなのでお土産に持って帰ってきただき、娘さんと食べていただくことにした。


 いま私にできることは、これくらい。

 さて、今日は私も仕事をおしまいにして、レオくんと遊ぼうっと!




話の中に上手に入れられなかったのですが

暴れてぐちゃぐちゃにされた部屋はそのままにしておいて、落ち着いてから自分で片付けさせるというのも大切です。

代わりに片付けちゃったら、自分がどんなことをしているか自覚しないままですからね……


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

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