43.家庭内暴力1
表題の通り、家庭内暴力の描写があります。
苦手な方は回れ右! でお願い致します。
飛ばしてもたぶん、今後の流れにあんまり関係ないと思います。
「本日はお伺いさせてもらうか、本当に悩んだんです……」
1週間ぶりのベニトアイト子爵夫人は、思いつめた表情で所在なさげにサロンを訪れた。
「身内の恥を晒してしまうようで……ですが、ここでのお話は絶対に外へは漏らさないと手紙に書いてくださっていたので……恥を忍んで参りました」
「勇気を出してきてくださってありがとうございます。よかったら、どうぞお掛け下さい」
入室と同時に話に入ろうとし始めた子爵夫人を、まずは席に誘導しようと椅子を引いたけれど、彼女は静かに首を横に振って拒否した。
「まずはこれを、見ていただきたいんですの」
見苦しいものをお目にかけます、と前置いて。
彼女はレースに縁取られた紺色のドレスのスカートを、そっとたくし上げた。
のぞいた白い太ももに浮かび上がる、新旧入り混じった赤黒い紫斑、──暴力の痕。
思わず息を飲んだ私に、子爵夫人は苦笑してスカートを元に戻した。
「──息子の仕業ですの」
子爵夫人が、私の反応をじっと観察していることがわかった。
何も情報がない中で、どうにか寄り添える言葉を、と考えて絞り出す。
「……さぞ、痛かったことでしょう」
この程度の傷であれば、教会に行けばたちまち治してくれる。
けれど、貴族は周りからの評判に重きを置く。家庭内暴力なんて噂が立ってしまったら、致命的になりかねない。
だからおそらく子爵夫人は、誰にも相談できずに我慢していたのだろう。
「よろしければ、どうしてそのようなことになったのかお伺いしても?」
「ええ、お話させてください」
ベニトアイト子爵夫人は、私が先ほど引いた椅子にようやく腰掛け、深い紺色の瞳を伏せて、語り始めた。
────息子は今年で学園の高等部1年になります。ジョンと申します。
ベニトアイト子爵は、もともと私の父の称号でしたの。王宮で徴税官をしており、真面目な仕事ぶりを評価され、爵位をいただきました。ですがうちには女しか生まれず……長女である私が従兄弟と結婚して、家系を継ぐこととなりました。
従兄弟は大柄で、小さい頃は乱暴者で、……私は実はあまり好きではありませんでしたの。
ですがいざ結婚してみると、頼りになって、男らしくて……悪くない結婚生活を送ることができましたわ。今では徴税官として父の後を継ぎ、日々真面目に仕事に勤しんでおります。
──ですが、なかなか子を授かりませんでした。
10年経ったところで、諦めて養子を取ろうかと検討していたところに──妊娠したのが息子です。
待望の我が子ですわ!
無事に生まれてきてくれて、しかも男の子で、──可愛くて可愛くて!
10年間の不妊が嘘のように、すぐにもう一人妊娠して、生まれてみたら今度は可愛い女の子で、──この世の幸せは、すべてここにあると感じましたわ。
ですが二人目の出産後、私は産後の肥立ちがあまり良くなく……。乳母もどうしても新しく生まれた赤ちゃんに手を取られることが増え、ジョンにばかりに手を掛けられなくなってしまいました。
だからでしょうか?
ジョンは、激しい癇癪を起こすようになりました。
思い通りにならないことがあると泣き叫び、叶えられるまで何時間でも泣き叫び続けるような──尋常じゃない癇癪を起こすのです。
普通なら、ある程度で諦めますよね?
ですがジョンの場合、大人が根負けするまで諦めないんです。
泣き叫びながら、大人を叩いたり蹴ったり、噛んだり……
私も乳母も、疲れてしまって……いかにジョンに癇癪を起こさせないようにするか、いつも気を遣っていました。
──この子は他の子と何か違うのではないか、とずっと違和感がありました。
母や、周りの子育てをしている友人に相談しても、みんな口を揃えて『妹が生まれて赤ちゃん返りしているだけよ』、『イヤイヤ期なのよ、そのうち収まるわよ』などと笑うだけで……
そうなのかな、と期待したりして、──でもやっぱり違うんです、違和感は募るばかりだったんです。
──夫ですか?
夫は、しつけに厳しい人で……ジョンは夫を怖がっていて、夫の前では癇癪を起こすことはほとんどありませんでした。私か、乳母の前だけだったんです。
……はい、おっしゃる通りです。
ジョンが癇癪を起こすと、夫はジョンを叩いていました。もちろん本気ではないです、手加減はしています。
やめてほしいと私が伝えても、俺もそうやって育ったから、と。体で覚えないとわからないだろ、と。やめてくれませんでした。
学園の初等部に入学する頃には、思い通りにならないときに泣き叫ぶことは減ってきましたが……壁を殴ったり、ものを投げたり、私と乳母への暴力は続いていました。
なので、学園で級友に手が出ないか心配していたのですが、……学園では良い子なのです。友達との年齢相応の喧嘩などはありましたが、トラブルはその程度で……拍子抜けしたのを覚えています。
ですが、家庭内での暴力はずっと続いていて……身体もどんどん大きくなる中で、むしろ悪化していきました。乳母は妹が学園に入学するとともに辞職したので、今はジョンの暴力はすべて私に向いています。
──娘ですか?
ジョンは娘には暴力は振るいません。というか、娘にはジョンが暴れ始めたら自分の部屋へ逃げるようにさせています。……今では娘もジョンを怖がっていて、機嫌良さそうにしている息子にもあまり近付こうとしません。
私がジョンに殴られたあと、いつも心配してくれるのは娘です。暴れてめちゃくちゃになった部屋も、一緒に片付けを手伝ってくれます。
足の怪我についてですか?
……1週間前、こちらのサロンに寄せていただいて。
帰りに、息子の好きなビスケットを買って帰るのを、うっかり忘れてしまったのです。それで息子が大爆発してしまって、……押されて、バランスを崩して倒れたところ、太腿を何度も蹴られました。
でも、あの、……息子も悪い子ではないのです。
カッとなると暴力を振るってしまいますが、落ち着いてからは何度も謝ってくれて、……もうしない、と泣きながら謝ってくれます。
機嫌が良いときは本当に優しい子で、先日なんかは学園の園芸部で育てた花を花束にしてプレゼントしてくれました。私の誕生日にはケーキを用意してくれたりもするんです。
ジョンは他の子とどこか違う、そう思う反面、──私がもっとしっかりしていれば……ジョンの望む通りに振舞えていたら、きっとジョンも殴らなかったんじゃないか、とも思うんです。
──でも、もう、限界なんです。
ずっとビクビクして生活してきて……娘も、怯えて……
私も、いつか殺されてしまうのではないかと、怖くて……
どうしたら、息子は殴らなくなるのでしょうか。
ずっと心優しいジョンでいてくれるには、どうすれば良いのでしょうか。
この子さえいなければ、いなくなってくれたら、帰ってこなければ、落ち着いた生活を送ることができるのに。
そんな考えが、頭を過ぎります。
待望の、可愛い息子だったんです。
なのに、そんなことを考えてしまう自分に、──心底嫌気がさします。
夫は、私のせいだって。育て方が悪かったんだって。
でも、どうしたら良かったのでしょう。
そんなこと今更言われても、私はいったいどうしたら?
時を戻すことなど誰にもできませんよね?
……すみません、取り乱してしまいました。
あの、本当にこの話は、他言無用でお願い致します────
どんどん更新が遅くなってしまっています……
申し訳ありません……
そんな中、ブックマークつけて待っててくださって読んでくださる方、ありがとうございます!!
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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