42.反抗期
「息子が最近、反抗期で……」
定期開催されている、集団での子育てサロン。
今日はお子さんの対象年齢を中等部・高等部に限定しての開催としていて、持ち寄られる悩みも普段と少し毛色が違っている。
「スフェーン男爵夫人のお子さんは確か、中等部の2学年でしたね?」
「はい。初等部の頃は天使みたいに素直な可愛い子だったのですが……」
黄緑色の瞳の女性──スフェーン男爵夫人が、大仰に溜息をついた。
癖なのか、薬指に光る指輪の宝石をいじっている。瞳と同じ黄緑色の、美しい宝石だ。
「帰ったらすぐ学院の課題をするように言っても、全然取り掛からないのです。我が家では帰ったらまず課題に取り組み、課題が終われば夕食までは好きなことをしても良いというルールでやってきました。初等部の頃は素直に取り組んでくれていたのですが……」
あぁ、あるあるの悩みだなぁ……!
世界が違っても、母親というものはどこでも同じような悩みを持つらしい。発達特性のあるなしに関わらず。
宿題は、本人に任せるしかないと思ってる。
外で頑張って家に帰ってきたら、まずは休憩したいって思うのは人間の性だと思うし。──それは大人もそうだと思うけど。
言っても変わらないなら、言うだけ労力の無駄だし、言われる方だって嫌な気持ちになるし、そこにはさらに反発心も生まれるし、いいことない。
だったら、ある程度はもう放っておくのがいい。
その結果、宿題しなくて先生に怒られたとしても自己責任だし。むしろ親が怒っても言うことを聞かないなら、学園の先生に──他人に怒ってもらうしかないだろう。宿題は学園の範疇のことなので、学園にお任せすればいいのだ。
先生に怒られてもしないなら、もうそれは本人の選択になってくる。
その結果、内申点が下がって将来の選択肢が狭まったとしても、──自分自身の人生だ、自分で責任を取るしかない。親が子どもの人生を肩代わりすることはできないのだから。
「課題をしなければならないということは分かっているようなのです。ですが、帰ったらすぐに疲れたとベッドに横になって読書し始めて、──就寝前にやっと取り掛かり始めるのですが、……そのせいで就寝の時間がどんどん遅くなってしまい、次の日の朝寝坊するのです」
「我が家も同様ですわ!」
スフェーン男爵夫人のお話に反応したのは、アイオライト伯爵夫人。
カップにミルクを入れて、ぐるりとスプーンでひと回しして、共感しきりに何度も頷いている。
「朝、メイドが声をかけても起きないから、私にまで話が回ってきて……! 結局私が叩き起こすのですが、毎朝遅刻ギリギリですわ」
「わかります……! 朝食を食べている時間はないから、馬車の中で食べるようにサンドイッチを持たせたりして」
「うちもです! あと10分早く起きれば、もう少し余裕ができますのに! 困ったものですわ」
スフェーン男爵夫人とアイオライト伯爵夫人は、なんだか二人で共感しきりに盛り上がっている。
こういうのが、集団での醍醐味だよね。
朝起きない問題も、思春期あるあるだ。
大多数のお子さんは、なかなか朝起きなかったとしても、結局はギリギリに家を飛び出していける。──でも、遅刻しない。
遅刻せずに行けてるのならそれでいいと思う。
だってそれなら、困ってないもん。
本当にここまでに起きないと遅刻するっていうデッドラインの時間を自分でわかってたら、ギリギリまで寝てたくなる気持ちわかるもん。早めに目覚まし時計をセットしても、結局はスヌーズ頼りにギリギリまで寝てしまう……人間ってそんなもんじゃないかな? 少なくとも、私はそう。
──でも、遅刻するようなら対策はとっていかないといけない。
遅刻しないならいくらでも夜更かししてもいいと思うけど、遅刻するくらい朝眠たくなっちゃうなら、早寝しないといけない。
義務をこなす、ルールを守るからこその自由なのだ。
「うちの娘は、友達がいないのが気になります……もっと学園のお友達と仲良くするように、休みの日に一緒に遊びに行くように言って聞かせているのですが、──ずっと屋敷にこもってレース編みをしておりますの」
左手を頬に当てて困ったように呟いたのは、ベニトアイト子爵夫人だ。
鮮やかな青色の瞳を細めて、首を傾げている。
「ベニトアイト子爵令嬢のことは以前に息子から話を聞いたことがございますわ。以前うちの息子が転んだ時に、真っ先にハンカチを差し出してくれたのだとか。すぐにお友達の背中に隠れてしまったようで、ろくにお礼も言えなかったと呟いておりました。その節はありがとうございました」
アイオライト伯爵夫人が、思い出したように声をあげた。
ご令嬢は友達がいないわけじゃなさそうですよ、という伯爵夫人からのフォローなのだろう。
「奥ゆかしい、心優しいご令嬢ではありませんか」
「ロクにご挨拶できなかったようで申し訳ありません、人見知りが激しいのですわ。──私はただ、年相応の青春を送って欲しいだけなのです。お友達とお買い物に行って、みんなでワイワイとお茶をして帰ってくるような……」
ふう、とベニトアイト子爵夫人はため息をついた。
うーん……人見知りが激しいなら、子爵夫人の願うような青春は、ご令嬢にとっては負担なんじゃないかな……。
親の主訴と、子どもの主訴を分けて考えること。
これは前世で働いていた時に、心がけていたことだ。
児童精神の外来の主役は、あくまでお子さんであるべきだ。──子どもの人生は、子ども自身のものなのだから。
この会は『言いっ放し、聞きっ放し』が原則。主催者がその禁を破るワケにはいかないので、はっきりとは口には出せないけれど……
「レース編みはどのようなものを?」
「今はコースターやブローチなど、小物作りに取り組んでいるようです。教会のバザーに寄付するんだとか」
「まぁ素敵! 目標を持って取り組んでらっしゃるのですね。ご令嬢にとっては、お友達と過ごすよりも価値のあることなのですね」
「……そうですわね……」
お会いしたことはないけれど、子爵令嬢のためにせめてものフォローは入れておく。
でも、ひいては子爵夫人のためでもある。
子どもの意思を無視したことばかりを口うるさく言う親は、子どもが巣立ったときに、距離を置かれてしまう。それが例え、子ども自身を思っての発言だったとしても。
「つい、娘くらいは人並みに育ってほしい、普通に育って欲しいと願ってしまって……」
ベニトアイト子爵夫人はどこか思いつめたような瞳で、俯いた。
「──なにか、ご心配されていることが……?」
「あ、いいえ! なんでもありませんわ」
ぱ、と顔を上げて子爵夫人は作り笑いを浮かべた。
ご令嬢のこと以外に何かあるんだろうけれど、──娘の同級生の保護者がいるこの場では相談しにくいことなのかもしれない。
私もあえて、この場では深追いはしない。
「──さて、皆さま今日はお集まりいただいてありがとうございました。おかげさまで素敵な時間を持つことができました。次回の開催についてですが──……」
会のお開きのご挨拶をして、集まっていただいた方々に深く礼をする。
ベニトアイト子爵夫人が退室される前に、他の方に気付かれないようにこっそりと封筒を手渡しした。
封筒の中には、希望があれば個別サロンの開催ができますと言う案内を入れてある。
「これは……?」
「お帰りになってからお読みください。もしよろしければ、ご連絡をお待ちしておりますわ」
──個別サロン開催のお願いの手紙が届いたのは、1週間後のことだった。
すみません、また2週間開いてしまいました……
夏休み、なかなか忙しくって……
当面このペースかもしれません、すみません……
世の中のお母さんたち、8月って戦争ですよね……;;
今回は思春期あるあるを取り上げてみました。
次回は子どもからの家庭内暴力について書いてみる予定です。
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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