表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/58

41.身体表現性疾患2




「そっか、ココは特に今困ってることはないんだね……」

「そうなんです」


 彼女は落ち着きなく視線を部屋中に巡らせる。緊張が強いようなった。

 机の上の紅茶は手をつけられることなく、どんどん冷めていく。


 ──さて、どうしてあげるのがいいか。

 教えてくださいなんて言われても、正直私は彼女とは初対面なわけで。

 彼女が分からない彼女のことを、私が分かるわけなんてないんだけど。

 ……ただ、彼女が気付いていないことに気付くお手伝いくらいは、少しできるかもしれない。


「聖女様にストレスだって言われても、本当に思い当たることがなくて……。やっぱり今でも、普通に身体に何が原因があるのではと思うのです」


 ──外来にもこういう人は結構いた。

 耳鳴りはまぁ珍しい方かもしれないけど、頭痛だったり腹痛だったり、倦怠感だったり。

 症状の原因は身体だと思い込んで病院に受診して。一応一通り検査はされるけど、もちろん何も引っかからなくて、何件も病院をはしごしたりして、最終的に私のところに紹介されてやってくるパターン。


 もちろん身体疾患は絶対に見逃してはいけない。そこは絶対。だから身体疾患が疑われるときには、検査をプランしなければならない。

 ……けど、そもそも不定愁訴だったり、医学的にはあり得ない症状の出方だったりすることも多い。そういう時にどこまで検査するのか、っていうのは本当に難しい問題で……際限ない検査は医療経済を圧迫するし、例えば3万くらいするMRIの検査を、『とりあえず撮っときましょう』は違うと思う。検査によっては患者にも負担がかかるものもあるし、──何より身体疾患を検索している間は、精神的な部分への関与への気付きが促されない。身体のことだと思い込んでるうちは、内省が深まらない。


 その辺りが実際の診療ではバランスが難しいところだったけど、ここでは聖女ミモザのおかけで、身体的なものは完全に否定されている。

 めちゃくちゃありがたい。

 確信を持って「身体ではない」と言ってあげられる。


「そうよね、身体に何かあるかもしれないっていうのは不安だよね」


 まずは彼女の気持ちに共感してから、なるべく柔らかく事実を伝えていく。


「知ってる? ミモザ、聖女としての腕はかなりいいのよ。この間は龍の討伐で壊滅しかけた一師団をひとりで全て治癒したんだって」


 先日ミモザとお茶会したとき、教会に左遷したくせにこういう時ばかり召集される、とぼやいていた。そしてお土産に、龍の鱗を一枚くれた。虹色に光ってひんやりと冷たくて、まるで宝石みたいだった。


「身体に原因があったとしたら、すでにミモザの力で治ってるはずよ。ミモザが治せないってことは、身体以外に何か原因がある」

「……そう、ですよね……」

「心に何か原因があるなら、いくら身体を治しても症状がぶり返しちゃうんだって。ミモザはそれを心配して、私に手紙をくれたのよ」

「…………」


 納得いっていないのだろう、ココは黙り込んで、瞳を伏せた。

 ……まぁそもそも、こんな簡単に納得するような子だったら、そもそも私のところにはたどり着いていないだろう。

 さて、この子は本当に心の負担に気付いていないのか、それとも気付きたくなくて蓋をしているのか。どっちのタイプだろう。


「──身体と心って、みんなが考えてるよりも繋がってるのよ」


 誰にだって経験はあるはずだ。テストの前はお腹が痛くなったり、会社でミスをした日はなんとなく頭が重かったり。

 でもそれを自覚して、例えば友達と一緒にテストのプレッシャーについて語り合ったり、上司にミスについて話して慰めてもらったりして、自分の気持ちを立て直していく。


「思い当たることはないにしても、まずは色々ココのことを教えてよ。一緒に考えていこう」


 彼女の緊張が伝わってきて、硬くなった空気感を壊すように、私はニッコリと笑う。


「ココ、甘いものは好き?」

「……好きです」

「よかった。見て、今日はお茶請けにシュークリームを用意してもらってるの。一緒に食べましょう」


 私はテーブルの中央に置かれている、クロカンブッシュを示す。小さいシュークリームをタワー状に積み上げて、カラメルで固定したものだ。自分で取り分けるのはハードルが高いだろうから、私が取り分ける。


「何個食べる?」

「では二つ、いただきます……」

「おかわりもあるからね!」


 ココの前に小さいシュークリームを二つのせたお皿を置き、私もココに合わせて二つだけ自分に取り分ける。


「まずはさ、学園楽しい点数を教えてよ。全部楽しかったら100点、全然楽しくなかったら0点、30点でも80点でも何点でもいいよ」


 これは、患者さんが何に困ってるかどうかを具体的に聞き出す手法の一つだ。困ってることは何か聞いても返ってこないような時に使うことが多い。


「80点……でしょうか」


 しばらく考え込んで、ココは首を傾げながらも答えてくれた。


「80点か、じゃあ学園は結構いい感じだね! 80点は、何が楽しくて80点なの?」

「やはり友人たちでしょうか。友人たちには本当に恵まれていて、休憩時間やランチでお話しするのが楽しいです」

「じゃあ100点には20点足りないと思うだけど、何でマイナス20点になってるの?」

「ええと……やはり数学の授業でしょうか。それから実は、体育も少し苦手なのです」

「じゃあ数学と体育がなかったら、100点満点?」

「……はい、そう思います」


 こうやって数値化して聞いていくことで、言語化できていなかったこと──何について困っているかをあぶり出していく。

 困ってることは? と聞いても何も出てこなくても、この聞き方だったら情報を引き出せることはしばしばある。


「同じ感じで、お家楽しい点数は何点くらい?」

「……50点くらいです」


 家庭には問題がない、と言っていた子がつける点数にしては、50点は低い……ここに何かあるのかな。反応しそうになるけれど、それを表情には出さないようにしながら淡々と聴取を続けていく。


「何が楽しくて50点プラスになってる?」

「そうですね……家は落ち着きますし、休日にのんびりと趣味のガーデニングをするのが楽しいです」

「じゃあ、何でマイナス50点になってるかな?」

「お兄様方が領地に行ったきりになってしまって寂しいからです」

「お兄様方が帰省してくれたら、楽しい点数は100点になる?」

「……いいえ」

「他にも点数がマイナスになる理由がある?」

「食事が……」

「食事?」


 想定もしていなかった言葉が返ってきたので、思わず首を傾げてしまう。

 話しながら、俯くココの表情は曇っていく。 


「……誰も、しゃべらなくて。静かで、食器の音だけが響いて、わたしの心臓の音が大きく聞こえるんです」


 私は黙ったまま頷いて、話の先を促す。


「食器の音を立てるのは淑女失格なのは分かっているんです。でも、静かで……食器の音が響いて。意識するほど、どんどん手が震えて……ダメなんです」


 ある程度は仕方ないと思うし、家族だけの内輪の席ならなおさら気にしなくていいと思うんだけどなぁ……

 この子はなんで、こんなに追い詰められてるんだろ?


「ご両親は、マナーに厳しいの?」

「……いいえ、何も言いません」

「何も言われないなら、気にしなくていいんじゃない?」

「でも、わたしが気になるんです……」


 全然見えてこない。

 でも、食器の音……耳鳴り……なんか引っかかるんだよね……うーん、もう少しここは話題を深めたほうがいいだろう。


「ほんのちょっとの食器の音が響くくらい、静かなの?」

「……会話が、ないので」

「誰も何も話さないってこと?」

「…………」


 ココは、黙ったまま頷いて肯定の意を示す。


「昔からそういう方針の家庭なの?」

「……いいえ、お父様が領地から戻っていらしてからです」

「お父さんが、食事中の会話を嫌がるの?」

「……いえ……お父様とお母様が、会話をされないのです。──それで、自然と」


 ──見つけた。


「そっか。お父さんとお母さんは、仲が良くない?」

「良くない、です。喧嘩とかはないのですが、──お互いの存在を無視してる感じです」

「それは、……しんどいねぇ」


 しみじみと共感の相槌を打つと、ココは弾かれたように顔を上げた。

 眉間にしわを寄せて、縋るように私を見る。


「……でも、お父様もお母様も、わたしとは普通に会話してくださるんです。優しくしてくださるんです。わたし、二人とも大好きなんです。だから、しんどいなんて……」

「大好きな二人の仲が悪いのは、間に挟まれるのは、──私だったらしんどいよ」

「……しんどい、でしょうか」

「うん、しんどいと思うよ」

「そうですか……」


 身体表現性疾患は、原因と症状が結びついていることがしばしばある。

 例えば学校に行きたくないから、足に力が入らなくて立ち上がれなくなるとか。見たくないものがあるから、視野狭窄するとか。

 今回は、──両親の不仲の象徴である静寂が負担で、それが耳鳴りという形で表現されたのかもしれない。


「──言ってはいけないと思っていました」

 

 ぐったりと、疲れたように彼女は椅子に深くもたれ込んだ。

 泣くのを我慢しているんだろう、声が震えていた。


「ストレスって言われて、──両親のことかなとは、薄々。でもそんなこと両親に言えるわけないですし、そのせいで耳鳴りがするなんてわけわからないですし、」

 

 身体表現性疾患のお子さんたちは、まずは、気づくことからだと思っている。

 何に対して自分が負担を感じているか。

 否認していたら、何も進まないから。 


「メイベル様、でも、わたしどうしたらいいですか? 両親に仲良くしてほしいなんて言えないですし、言ったからって仲良くなるとも思えません!」

「それはそうだよねぇ……」


 家庭の問題に、正解なんてない。

 だから私も、どうしたらいいかなんて正直わからない。

 私にできることは、せいぜい一緒に考えて、悩んで、寄り添っていくことくらいだ。

 

「ココは『自分が両親の不仲がしんどい』ってことを教えてくれたよね」

「……はい」

「他人を変えることってね、めちゃくちゃ難しい。ご両親に仲良くしてほしいってのは当然の感情だけど、そこは諦めたほうがいいかもしれない」


「…………」

「ココが結婚して家を出るまで、あと3年くらい? ご両親もココも無理しないで、ご両親の不仲を目にしなくてもいいようなシステム作りはできないかな?」


 両親の不仲を、見ちゃうからしんどくなる。だったら見なきゃいい。

 ココみたいに、それぞれ片方ずつとの関係は悪くないのであれば、片方とだけいる時間を増やして、3人でいないようにしたらいいのだ。


「そもそもご両親は不仲なのに、どうして一緒に食事を摂ってるの?」

「……二人とも、わたしとは一緒に食事をとりたいんだと思います」

「なるほど。お父さんもお母さんも、顔を合わせたくない相手がいる場だったとしても、ココの顔を見れるならって我慢してるんだね」

「……そう、ですね」

「大切に思われてるんだね」

「……はい。だから、わたしがもっと上手に二人の間を取り持つことができてたら……」


 両親の不仲は、子どもにはどうしようもないことだ。

 だけど、ココみたいに、自分を責めてしまう子どもはたくさんいる。

 そういう話を聞くたびに、私はなんだかいつも胸が締め付けられてしまう。 


「お父さんとお母さんの仲が悪いのは、ココには関係ないことだよ。だから、ココにはどうすることもできない問題でもある。関係ないからね」

「でも家族です……」

「うん、家族でも関係ないことだよ。あなたは全く悪くない。それは両親の問題であって、あなたの問題じゃない」


 諦める。

 冷たいようだけど、それしかないと私は思ってる。

 子はかすがいと言うけれど、かすがいになれなかった子が悪いわけじゃない。かすがいに出来なかった親の問題だ。


「具体的にさ、両親の食事の時間をずらしてもらって、ココは1日ごとにそれぞれと食べるのはどう?」

「それは、……出来たらそうしたい、ですけど……」

「案外ご両親もそうしたいんじゃない? 適当な理由つけて、提案してみたら?」

「……やってみます」


 眉間のしわをギュッと濃くして、ココは真面目に頷いた。

 身体中に力が入っていて、まだまだ思いつめている様子はある。


 ……まぁ、根本の問題が改善されたわけではないもんね。

 耳鳴りだって、急に落ち着くかと言うとそうでもないだろう。


 ──身体表現性疾患はぶり返す。

 今回は両親のことが原因だったとしても、また何かしんどいことがあった時に、同じような症状が出現する可能性がある。以前は耐えれたようなことでも症状が出現するようになり、どんどん閾値は下がっていってしまう。──クセになることがあるのだ。


「耳鳴りが聞こえたらさ、それはしんどいよって身体からのサインだから。そう言う時はまず休んで、何にしんどいのか振り返ってみてほしいな」


 いつもそうだけれど、ついつい話に熱が入ってしまうと、お茶どころではなくなってしまう。

 私の前のシュークリームも、ココの前のシュークリームも、給仕されたままお皿に二つ、残っている。


「絶対すぐに解決できる問題ではないし、しんどくなったらまたここに来て愚痴でも言って帰ったらいいよ。──アリスでもいいし、婚約者さんでもいいし、しんどさを共有できる相手が増えていくといいね」


 シュークリームをひとつ、口に運ぶ。大きいシュークリームならマナー的に、ナイフとフォークで切り分けて食べていくらしいのだけれど、このシュークリームは小さいから一口でパクリと食べることができる。


「ココも良かったら食べてみてね」

「はい、いただきます」


 ココもそっとフォークに手を伸ばして、シュークリームを口に入れた。

 彼女が気にしていたような、食器の音は全然聞こえなかった。


「あ、美味しい……」


 パッと表情が明るくなって、ここに来て初めて年齢相応の表情になった。

 ずっと緊張していたんだろう。

 お砂糖のチカラって偉大だなぁ……今度から、まず先に食べてもらうようにしたほうがいいかなぁ。


 



また2週間あいてしまいました……申し訳ありません……

最近本業が忙しくて、無理のない範囲での更新とさせていただいております……

そんな中、いつの間にか2万PVを超えており、嬉しい限りです!


両親の不仲に胸を痛める子どもが、いなくなりますように。


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

感想や☆の評価をいただけると、励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ