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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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35.教会の聖女4



「優里、頑張って生きてきたんだねぇ……」


 ミモザとメイベルは同い年で、だけど優里と朝陽は一回り以上年齢が違うので、どうしても外来に来る患者さんたちに対するような気持ちになってしまう。


 適切な支援さえ彼女に届いていれば──

 オーバードーズを繰り返す必要もなかっただろうし、それで死ぬこともなかっただろう。

 小中学生で不登校していた時に、福祉の手は入らなかったのかな?

 それとも福祉の手は入ってたけど、すり抜けちゃったのかな?


 私の外来にたどり着いてくれる患者さんたちは、みんな、誰かに連れられてきた。親や、児童相談所の職員さんや、スクールソーシャルワーカーさんや。誰かが一生懸命だった。だからこそ繋がった。

 だけど誰の支援も届いていない子どもは、当然、どこにも辿り着けない。


 病院でできることは限られてるし、全て医療じゃ解決できない。優里みたいな症例だと、福祉の役割の方が大きい。

 だけど、優里が私の外来にたどり着いてくれていたら──少なくとも、死ぬことはなかったかもしれないのに。


「でもあたし今、けっこう幸せなんだ。前はさ、意識がまともだと余計なこと考えちゃうから、すぐ薬飲んでパキってたの。考えたくないことが多すぎて」


 遠い過去に思いを馳せるように、優里は窓の外を見つめる。

 ──語っていない生々しい傷もたくさんあるのだろう。


「今は平気。頭の中ごまかさなくても、生きていけるよ」


 それはおそらく本音なんだろう。

 この子は自分で乗り越えたんだ。


 優里はすでに死んでしまって、もう取り返しがつかなくて。

 誰にも救われることのなかった可哀想な子どもだけれど。

 ──もう少し生き延びれば、違う未来もあったんだろうな。


「あー、スッキリしたらお腹減った! 食べよ、朝陽さん」


 晴れやかな表情で、優里は机の上に並んだクッキーに手を伸ばす。

 サクッと一口食べて、美味しい! と笑った。 


「ってかさぁ、朝陽さんはいつから記憶あんの?」


 クッキーをさらに数枚手に取り、自分のタルトの横に確保する優里。

 よっぽど美味しかったのだろう。


「私はこの家に嫁いで来た時。義理の息子になった子を見た瞬間、思い出したんだ」

「けっこう最近じゃん。ってか朝陽さん子どもいんの?!」

「うん、可愛いよ。いま4歳」

「自分の子どもじゃないのに可愛いとかマジ尊敬……」

「本当に可愛いのよ。今度会ってみる?」

「や、あたし子ども無理……何話していいかわかんない……聖女としてならいけるんだけど」


 紅茶を飲み、お菓子を食べ、他愛のない話を続ける。

 窓から差し込む光が、暖かくて気持ちいい。


 私は、優里に──前世の記憶を持つ同胞に、1番聞きたかったことを切り出してみる。


「……この世界さ、やっぱり乙女ゲームの世界だと思う?」


 んー、と優里は唇を尖らせて、人差し指を立てて自分の頬をつつきながら、首をかしげる。彼女の仕草は、あざといけど可愛い。私相手に可愛こぶる必要は全くないから、もはや癖になっているんだろう。


「あたしゲームってほとんどやったことないんだけど、──そんなあたしが、ゲームの世界に転生したんじゃないかって思い込んじゃうくらいには、学園はゲームっぽい要素が多かったよ」

「だよねぇ。……私、前世ではけっこうオタクだったんだけど、でもこの世界と合致するような作品には心当たりがなくて」


 まぁ漫画や小説も含めたら、星の数ほども異世界モノはあったから、私が知らないだけってこともあり得るとは思うけど。


「でもあたし、もうこの世界がなんでもいいよ。だってゲームだったとしても、もう終わってんじゃん、多分。卒業したし」


 確かに……。

 もし乙女ゲームだったとしても、もうエンディングを迎えて、後日談すら通り過ぎてるところだろう。だったら筋書きを知ったところでもう今更で、過ぎてしまった過去の話だ。

 それに、と優里は言葉を続ける。


「あたしもう別に、前の世界に戻りたいとかないし。ここがなんでも、ここで暮らしてくからいいよ。──それよりあたしが気になるのは、他に転生者がいるのかってこと!」


 びし! と優里はお行儀悪く、タルトを食べていたフォークで私を指す。

 ……侯爵家である程度、行儀作法は勉強したはずなんじゃなかったかな。

 いやそもそも、学園である程度教わってるはずなんだけどな……。


「絶対いると思うんだよね!」

「いる……と思う、私も。この世界が乙女ゲームの中だって思ってあんまり深く考えたことなかったけど。冷蔵庫とか水洗トイレとか、明らかに前世の文明だもんね。私たちみたいな転生者が過去にいて、前世の文明から持ち込んだとしか思えない」


 転生者が前世の知識を活かしてチートする系の小説も多かったな……

 この世界はもしかしたら、そういう小説の後日談みたいな感じの可能性もあるのか。


「……あたし、この世界に貢献できる能力ない。せっかく転生させてくれたのに、神様ごめんなさいって感じ!」

「いやいや、聖女様が何言ってるんだか」


 そういえばリヴィが昔の話をしてくれた時──男爵令嬢の話が出てきたな。

 前妻であるローズ姫とリヴィが婚約していた頃に現れた、理由あって平民として育てられた男爵家の娘。ローズ姫に嫌がらせされていると訴えたけど、リヴィに虚言と見破られて……

 あの時も思ったけど、その男爵令嬢も転生者なんじゃ?

 確か学園を退学になったらしいけど……今はどうしているんだろう。

 

「……そうだ、話変わるんだけどさ、あの子爵令嬢! あれ、どう見ても拒食症じゃんね。パパ活界隈はさ、結構いてさ……」


 心配してたんだよ、と優里は言葉を続ける。


「あたし治せなかったんだよ。心の病気っての? ああいうのは治癒魔法じゃどうしようもなくて……死んじゃうかもって思ってたけど。あの子、どうやったの?」

「……実は私ね、前世では小児のこころのお医者さんをしててね」


 医者ってことで逆に偏見の目で見られることも多かったから、あまり伝えるのは気が進まないけど、でも隠すほどのことでもないので開示する。


「えー! お医者さんッ? すごい!」

「別にすごくはないよ。聖女の方がすごいよ。──今、その時の知識を活かして子育て相談みたいなサロンを運営してるのよ」

「前世チートじゃん!」

「まぁでも報酬はもらってないし、ボランティアよ。社会貢献の一種」

「朝陽さんみたいな人が聖女すべきなんだよ……神様は間違ってあたしを聖女にしたんだ……」


 ブツブツと優里が急に卑下し始めたので、私は話題を変えることにする。

 自己肯定感低いんだろうなぁ……でも出会って間もない私が何を言ったところでお世辞にしか聞こえないだろうし、自分で自己効力感を上げていくしかないもんなぁ……。


「気になってたんだけどさ、治癒魔法ってどういうものなの?」


 理屈がわからない。細胞の活性化を促しているものなのか、細胞そのものを変質させるものなのか、それとも病巣の細胞を消失させるものなのか。

 

「どこまで治せるものなの?」

「要はイメージの問題なんだと思う。どこがダメなのか、あたしがイメージできれば、大抵ものは治せるよ」


 ……さすが魔法、人知を超えた力。めちゃくちゃふわっとしてる。

 魔法を理論的に理解しようとするのは難しいってことかな……


「癌の全身転移は?」

「普通にいけるよ。要するに癌が身体の中からなくなればいいんでしょ」

「先天性の身体欠損や機能異常は?」

「それは全然いける。赤ちゃんの方がやりやすいかなー」


 なるほど、生まれついての姿と違う姿にもできるってことね。万能すぎる。


「じゃあ二重にしたい! とかもできるの?」

「それはちょっと……病気じゃないし」


 生まれついての姿から変えることはできるけど、あくまで優里が疾患と思えないとダメってことね。ふむふむ。


「じゃあ先天性の知的障害は?」

「えぇ、無理でしょ。だって知的障害って、……ばかってことでしょ? 治癒魔法で賢くなるのは、なんか違くない? 賢くなったとしてもそれ、もう別人じゃない? 人格が変わっちゃうくない?」


 馬鹿……ってのはあまりにも乱暴すぎる言葉だと思うけど。

 え、難しい……馬鹿と知的障害は違うと思うけど、でも明確な違いを説明するのは難しい……!

 うーん、私の定義だと……知的障害は生まれついてのものだけど、馬鹿は本人の努力不足で知識を付けられていない状態のこと、かなぁ。


「じゃあ認知症は? 元々の人格はあって、それが変性していくものだけど」

「え、普通に無理かも? だってそういう性格に変わっちゃった、みたいな感じでしょ? 性格は治癒魔法じゃどうしようもないよ」

「認知症っていろんな原因があるんだけど、例えばそのうちの一つ、アルツハイマー型っていうのは、脳にアミロイドっていうタンパク質が蓄積して、それが神経細胞を破壊することで認知症の症状が出現するのだけど……例えば癌細胞を消すみたいにアミロイドを消して、神経細胞を外傷を治癒するみたいにすれば、どう?」

「……知らなかった。そう考えたら、治せる気がしてきた」


 神経細胞にも関与できるかもしれないんだ……

 極論を言えば、全ての思想や思考は脳で判断されていることだし、神経細胞を伝わる電気刺激だ。でもそこにまで関与できたら怖すぎるから、それは聞かないでおこう……


「じゃあ、染色体異常は? 例えばダウン症っていうのは細胞の中の染色体が1本多い疾患なんだけど、特徴的な顔立ちだったり、知的障害を合併したりするのね。それは治せる?」

「染色体って?」

「細胞の中に入ってる、遺伝子の設計図のことよ。細胞の中には本来なら23対46本あるんだけど、その中の21番染色体が1本多いのがダウン症のお子さんよ」

「……よくわかんないけど、それなら治せるかも……要するにその多い染色体を減らせばいいんでしょ? イメージできるかも……」

「染色体を治癒できたら、染色体が原因で起こっていた顔立ちの特徴や知的障害も変化するのかな?」

「や、でも、顔まで変わっちゃうともうその人じゃないっていうか……え、ほんとわかんない……そこまではイメージできないから、やっぱ無理かも……?」


 なるほどね。

 人を別人に変えることはできないってことね。

 イメージできるかが肝心と言うことは、治療の幅はその聖女の思想によるものも大きいんだろう。優里はできないと言ったけれど、聖女によっては顔面を作り変えることもできるかもしれないんだな。


 私が考え込んでいると、優里が急に勢いよく立ち上がった。


「朝陽さん、──あたしに協力してほしい!」


 椅子が揺れて、その振動で机の上の食器もガチャンと高い音を立てる。

 立ち上がった優里の瞳は、陽を浴びてキラキラと輝いている。


「あたし、実は治癒魔法かなりすごいんだよ。自分で言うのもなんだけど」


 知ってる。

 学園に入学できるくらいだもの、相当の腕前だ。

 それに、──平民が王族主催の舞踏会であんな騒ぎを起こして、侯爵家から追放されるくらいで済んでるんだもの。

 普通ならこんな甘い処遇じゃ済まされない。彼女の腕前を惜しむ者がいたということだろう。


「……それでも、治せない人もいるの。あの子爵令嬢もそう。何回もあたしのところに来てくれたけど、無理だった」


 ぎゅうと、聖女の証である白いローブを握りしめる。

 どこの業界でもそうだけど、ある程度仕事ができるようになってからの方が、自分の未熟なところに目が向くようになるよね……


「あたしが治せない患者さんは、他の聖女にも絶対無理。だけど朝陽さんと一緒なら治せる人もいるかもしれない!」


 確かにさっきの話から推測すると……

 医学的な知識を身につければ、治癒魔法の幅は広がる可能性が高い。


 ──絶望的に自分を大切に出来なくて、他人を大切にすることも分からなくて、人間関係が長続きしなかった優里。そんな彼女が、他人のために一生懸命になれているということに、私はなんだか胸が熱くなる。


「私で役に立つなら、喜んで」


 頷くと、彼女はパッと表情を輝かせた。

 ……学園で同級生をしていた時には、卒業パーティーで断罪された時には、こんな関係になるなんて微塵も思わなかった。

 人生って本当わからないなぁ。


「ありがと! ねぇ、さっそく何人か相談したい人がいるんだけど……」


 優里の声を聞きながら、私も前世のことを思い出す。

 そうだった。実習で回ってきた学生さんと話すの、私、好きだったなぁ。


 その日のお茶会は、まるで前世に戻ったみたいでとても楽しかった。

 


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

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ついつい摂食障害から聖女のお話にかけてが長くなってしまって、レオくんの話を最近書けていない……

と言うわけで、次回はまたレオくんのお話です!

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― 新着の感想 ―
自己肯定感って、大事なんですね。あれにも、これにも。 命短し、学べよ乙女。皆幸せになるといいですねえ。 ああ、そうか。メイベルが素敵なのは、人を否定しないからなのかも知れないですね。
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