34.教会の聖女3
翌日、約束通りミモザが訪ねてきた。
聖女は聖女と分かるよう、外出時には白いローブを羽織ることが義務付けられている。急病人が出た時に、声を掛けやすくするためだ。
聖女は数が圧倒的に少ないからこその制度なんだろうけど……常に気を張っていなきゃいけない環境は、かわいそうかなと思う。余計なお世話かもだけど。
「朝陽さん、改めて申し訳ありませんでしたぁ!」
サロンの個室で2人きりになった途端、土下座せんばかりの勢いでミモザは深く頭を下げた。
廊下でメイドさんたちの目があった時には、完璧な聖女ムーブをしてたけど。
「……まぁまぁ、とりあえず座って。お茶淹れるよ」
「お土産持ってきました! 町でいま流行ってるタルトです、お納めください!」
「ありがとう、一緒にいただきましょうか」
ミモザが持ってきてくれたタルトは、お花の形をあしらった可愛いタルトだった。
私からはいつもサロンで出してる、公爵家シェフお手製のクッキーを出す。
「──ってか、昨日は急にタメ語になってすみませんでした! テンション上がっちゃって……」
「そんなの気にしなくていいのに。大勢の前ではあれだけど……2人の時はいいよ」
「でも……たぶん朝陽さん年上ですよね? あたし、死んだ時高3でした」
「私はアラサーだったけど……この世界では、一応同級生だったでしょ? 敬語じゃなくていいよ」
「じゃあタメ語にする!」
昨日のミモザは動揺もありそうだったけれど、一晩経って今は動揺は落ち着き、代わりに浮き足立っている。
まぁ正直、気持ちはわかるけれど。私も少し、浮き足立っている自覚があるし。
「改めて、あたし優里。朝陽さんには、あたしのことは優里って呼んでほしいな。……その名前で呼んでくれるひとは、他にいないから」
「優里ちゃん?」
「や、優里でいいよ」
ミモザ──優里はくすぐったそうに笑って、照れ隠しにかクッキーに手を伸ばす。サクッ、といい音がした。
私は持ってきてくれたタルトを切り分けて、それぞれの前に給仕する。
ふと思いついて。
いただきます、と両手を合わせてみる。
ちらりとミモザを見ると、私に合わせて、彼女も自然に手を合わせる。
この世界では、食事前のお祈りはあっても『いただきます』の文化はない。
──あぁ、やっぱり彼女は本当に、同郷なんだなぁ。
「あたし、パキッてて訳わかんなくなっててあんま覚えてないんだけど……。多分、川に落ちたんだと思うんだよね」
さらりと出てきた不穏な単語に、内心ドキッとする。
パキるというのは、過量服薬のことだ。
市販薬の過量服薬が当時流行していたけど、……過量服薬は本当に危ない。意図しなくても死んでしまうことがある。
「朝陽さんは?」
「事故死。運転してて、飛び出してきた子どもを避けて……」
「痛かった?」
「……痛かったよ。死ぬのってやっぱり、しんどいね。優里は溺死だと、苦しかったんじゃない?」
「や、正直パキッてて記憶が曖昧で、……息ができなくて苦しかったのは、ミモザだったのか優里だったのかわかんないんだ」
「ミモザ?」
優里の死因の話で、どうしてミモザが出てくるのか。
話がよく分からなくて首を傾げる私を、彼女はじっと見る。
オパールのような七色の光が、キラキラと瞳の中で揺れる。
「話していい? あたしのこと」
そうして、彼女は過去のことを語り始めた。
────ずっと誰かに話したかったんだ。この訳わからない世界に生まれ変わってさ、誰にもこんな話できなくて……。
前世の記憶が蘇ったのは3歳の時。川に落ちて……苦しくって。
流されながらも必死にもがいて、もがいて、何とか岸に這い上がって。
──気がつくとあたしは優里だった。
多分だけど、ミモザはあの時に1回死んだんじゃないかな。ミモザの記憶はあったけど、……あたしの中にミモザはいなかった。なんかこの感覚の説明は難しいけど、朝陽さんならわかるだろ?
意味わかんなくて。
なにここ、って。絶望した。
だって知ってる? この世界さ、平民はいまだに汲み取り式のトイレ使ってんだよ。
水洗トイレがない世界、考えられる?
あたし、無理だって思ったね。
トイレだけじゃない。電子レンジないから、冷えたご飯あっためるには毎回火起こしがいるし、そのためには薪も用意しなきゃじゃん。風呂だって滅多に入れないから臭いし。布も貴重品だから、服なんてファッションとか気にしてる場合じゃなくてめちゃダサだったし。
……でさ、多分ミモザ、親に川に落とされたんだよね。
ミモザの実家、めちゃくちゃ貧乏でさー、口減らしってやつ?
あたしこれからどうしようって思って。
だけどもう一回死ぬわけにもいかないから、生きるじゃん?
でも3歳で一人で生きてくなんて無理くない?
最悪でさ、さまよい歩くうちにどんどん汚くなって、お腹も減って、──また死にかけたところを運良く、教会に拾われたんだ。
そんでさ、その教会で、あたしが治癒の力を持ってるってことが判明したんだよね。微弱だったけどさ。曰く、あたしみたいに死にかけた子どもに時々出現する力なんだって。
だから孤児院預かりにならなくて、教会で見習いとして過ごすことになったんだけど……
──教会にはさ、貴族用の水洗トイレがあったんだよ!
もちろん見習いのあたしは使えなかったけどさぁ。
貴族になるにはどうしたらいいんだろって、ずっと考えてた。
そしたらさ、見習いの先輩が教えてくれたんだよ。
城下町には貴族の子どもたちが集まる学園ってのがあって、強い治癒の力を持つ聖女はそこに特待生として入学できること。
貴族の坊ちゃんと結婚したら、貴族になれるってこと。
──あたし、その時、ピンときて。
漫画とかゲームの世界に入ったんじゃないかって。
なんかめっちゃ流行してたじゃん、そういう話。チートっぽい力がある女の子が、力を見出されて貴族の学校に入って、イケメンにちやほやされる的な。あたしはあんまり読んでなかったから詳しくは知らないけど……
あ、やっぱ朝陽さんもそう思った?
いやそうなんだよ、あたしこれ絶対ヒロインの設定じゃん?
……朝陽さんは確かに悪役令嬢っぽいよね。ってかごめん、あたしが悪役令嬢にしちゃったんよね……まじごめんなさい……
──うん、わかった、話を進めるね。
で、ゲームだとしたら、クリアしたら日本に帰れるのかもって思って……
そのためには、それっぽい男とハッピーエンドにならなきゃって。
日本に帰れなかったとしても、貴族と結婚したら水洗トイレのある環境で暮らせるでしょ?
だからあたし、まずは能力上げに全力投球したんだ。
ちょっとやそっとの力だと特待生になれないからさ。
めちゃくちゃ頑張ったよ。前世でもこんなに頑張ったことないくらい。
……あたし、こんなに日本に帰りたかったんだって。驚いた。
嫌いだったんだよ。
親も、先生も、周りなんてみんな大嫌いだった。自分のことも。
いつ死んでもいいやって思ってたけど……ほんとうに死んじゃうなんてね。
あのさ、死因聞いても分かると思うんだけど、あたし割とどうしようもなくてさ……
母子家庭でさ、お金なくて、ママは放任主義ってか、……あたしのこと、どうでも良かったんかな。いつも疲れてて、家ではずっと酒飲んでた。
あたし、まともに学校行ってなかったけど、怒られたことない。だから割と自由奔放に生きてた。給食だけ食べに行ってたかな。
ほとんど学校にいないから友達もできなくて、……や、逆かな。友達いないから行かなかったんかな。高校も通信だったから、そんな行かなくて良かったし。
ママがさぁ、酒飲みながら言ってた言葉が忘れられなくて。
ママは体売って金稼いであたしを育てたんだって。だから、欲しいものがあるんだったらあんたも体売れば、って。
タバコの煙をあたしに吹きかけながら、ケタケタ笑うんだ。まぁあんたにはそんな度胸ないでしょうけど、って。
もちろんそれだけが原因じゃないけど……
でも、きっかけの一つではあると思う。
初めてのパパ活はさ、友達からの紹介だったんだ。
SNSで知り合った子で、たまたま近く住みでさ。よく遊ぶようになって、初めての友達で……
パキり方もその子から教えてもらったんだ。で、薬買うには金がいるじゃん? 金稼ぐいい方法あるよって……
……おじたちみんな、優しかったよ。くさいし、汚いし、たまにヤバいおじに当たることももちろんあったけど、……こんなに優しくされたこと、ないくらい。みんなさ、いっぱい褒めてくれて、喜んでくれたよ。
もちろんわかってる、あれは犯罪だった。
おじたちが可愛がってくれるのは、あたしの身体目当てだってこと。
でもさ、身体なんて。
大したことないじゃんねぇ?
あたし、優しくされたかったよ。
……ホント、自分で話しててマジでロクでもない。
なのになんでこんなに帰りたいんだろ。はは、わかんね。
まぁいいや。
とにかくさ、努力の甲斐あって、目標だった学園に入学できて。
ゲームのクリア目的だから、勉強はしなくていいやって思ったの。ってか、できなかった。みんな初等部と中等部からやってきてるんでしょ? あたし今まで学校になんか行ったことなくて、急に高校の勉強なんてついていけるわけないじゃん! だからもういいやって。恋愛だけ頑張るぞって決めて。
でもさぁ、よく考えたらあたし、恋愛ってしたことなくて。
まず出会えないし、出会っても全然仲良くなれないし、焦って焦って!
──だけど結局、貴族の男なんて簡単だっだよ。みーんな童貞なんだもん。
それに貴族の女も貞操とか気にしちゃってさ、馬ッ鹿みたい。そんなもん何の価値もないのに。
怖いのは性病だけど、でもあたしには治癒魔法がある。もう無敵じゃん? もう何も怖くなかったよ。
……でもさ、せっかく付き合えてもなんでだか長続きしなくって。
ゲームの登場人物っぽい男を狙って近付いたけど、そんなんまぁだいたいみんな婚約者いたし、──あたしは所詮、平民だしね。身体目的の浮気相手だったってわけ。
何してんだろあたし、転生してまで前世と同じようなことしてって。ホント自己嫌悪!
……でもあたしは男と付き合う方法なんて、身体以外に知らなくってさ。
最後に付き合ったのがアルフレッド。朝陽さんの──メイベル様の婚約者だったわけ。
アルフレッドは婚約してくれて、……たぶんあたしはゲームの、ハッピーエンドを迎えることができたと思う。
でも、日本には帰れなかった。
まぁね、めちゃくちゃ落ち込んだけど──もともと根拠もない目標だったし、……水洗トイレがある、風呂に毎日入れる、冷蔵庫がある、そんな生活ができるだけでいいかって思ったの。
でもさぁ、朝陽さんに言うのもお門違いだけど……あいつ、相当ヤバくて!
あたしに完璧な侯爵家の妻としての役割を求めてきてさ、そりゃああたしだって覚悟してたし、でもさぁ、最初から全部うまくいくわけなくない? あたし昨日まで平民だったんだよ?
……あたしだって頑張ったんだよ? でもできて当たり前。できなかったら詰られる……
──どんどん冷めてった。
平民のあたしのこと……ってか、女をかな? 基本見下しててさぁ。
モラ男っての? 束縛強いし、夜も自分勝手でしつこいしさ、……おじたちのがぶっちゃけ優しかったよ。
アルフレッドに媚び売って詰られながら生きるの、これ一生? って思ったら疲れてきて……
アルフレッドじゃなくて良くね? って気付いたんだよ。
もともとアルフレッドにしたのは、攻略対象者っぽかったからだし、──ハッピーエンドで日本に帰れないなら、他の優しい男の方が良くない?
で、そのためにはメイベル様に戻ってきてもらわないとって。……自分勝手でごめんなさい。アルフレッドを焚きつけたの、あたし。
アルフレッドは外聞が悪いからって、あたしと婚約解消してのメイベル様との再婚約には頷いてくれなかった。
だけどメイベル様が戻ってきてくれさえすれば、周りがあたしなんか追い出すって思ったから。
……あたし、舞踏会でめちゃヤな奴だったでしょ? 悪役令嬢しようと思ったの。
メイベル様が戻った時に、あたしの存在が邪魔にならないようにって。
なのにさ、氷の公爵様と結婚してたなんて!
最後のあがきで、ダメ元で公爵様を誘惑しようとしてみたけど、まぁダメだったよね!
でもおかげさまで、アルフレッドと婚約解消できました。……まぁあんだけ騒ぎになったらねぇ。
で、めでたく侯爵家を追放されたわけだけど、代わりの男なんか全然見つからなくて、今は細々と教会で金稼いでんのよ。
正直いまの教会での生活、楽しくってさ!
──あたし、今までヒトに感謝されることってなかったんだよ。
それこそ、前世でおじたちにヤらせてあげた時くらい。
この世界でもさ、見習い時代は大したこともできなかったし、力をつけてからは貴族ばっかり相手させられてたし。貴族ってさ、聖女とはいえ平民のあたしには礼すらロクに言わねぇの!
でも今はさぁ、みんな有り難がってくれて、ニコニコ笑ってくれるのよ。
あたし、頑張って良かった。
治癒の力を強くするための修行は、めちゃくちゃしんどかったけど、──このためにあったんなら、悪くないなって。
いまの生活はさ、水洗トイレもないし、服だってあたしロクなの持ってないからね。今日着てきたこのローブ、マトモな服はこれくらいだし。食事だって贅沢できないし、文句は山ほどあるけどさ……
──生きていける、ここで。
そんな気がしてるんだ。
ごめん、まとまんないんだけど、話したかったことは全部話せたと思う!
あたし、馬鹿だけど馬鹿じゃないってか、……学園でのあたしは馬鹿に見えたと思うけど、それは違うってわかって欲しかったっていうか、ただの男好きだと誤解されたくなかったっていうか……
や、朝陽さんには迷惑かけたし、ホントどのツラ下げてって感じだけどさ。
とにかく、聞いてくれてありがとね────
ミモザのお話でした!
そう、彼女にも色々あったのです……
あっという間に15000PV超えて、評価ポイントももうすぐ300!! リアクションももうすぐ100!!
皆さんのおかげです。更新スピード遅めなのに、付き合ってくださってありがとうございます!
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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