33.教会の聖女2
ミモザは弾かれたように顔をあげて、──彼女と出会ってから、視線が合うのは初めてだった。
聖女の証である、七色に輝くオパールの瞳。
あぁ、こんなにきれいな瞳の女の子に愛を囁かれたら、──誰だって、婚約者がいることなんか忘れちゃうかもしれないな。
「……あんたも?」
うわずる声は、震えていた。
オパールの瞳を見開いて、ミモザは信じられないというふうに私を凝視する。
「あんたにも前世の記憶があんの?」
リヴィは、他人に知られてはいけないと言っていた。
だけどあまりにも、ミモザの気迫に押されてしまって。
微かに、こくりと。
頷いてしまった。
「ははっ、……まじか。あたし以外にも転生者が……、……会いたかった、あたし、ずっと誰かに……」
手のひらで顔を覆ってしまったので、ミモザの表情は見えない。だけど、肩が震えていて、泣いているのかもしれないと思った。
「……ごめん、あんたには──あんた、名前なんての」
「石川朝陽」
「あたしは優里。中山優里。ごめん、あたし、相当イヤなやつだったよね」
「うん、まぁ……」
素直に頷く。
結果的に私はいま幸せだけど、彼女のせいで婚約解消することになったし、その後の夜会でもわけわかんない感じで絡まれたし。
ただ、私も単純だなぁとは思うんだけど……先ほどのミモザは、ルナちゃんを救おうとしてくれていた。
完全に悪い人ではない、のだろう。多分。
「朝陽さん、あたし……」
ミモザが口を開きかけた途端、トントン、と扉をノックする音が聞こえてきた。
ミモザはハッと顔を上げて、ゴシゴシと乱暴に目の周囲を拭う。
扉が開く頃にそこに立っていたのは、柔らかく穏やかに微笑む、聖女としてのミモザだった。
「メイベル様、お腹痛いの、治りました……」
恐る恐るといった風に扉をあけて、やや気まずそうにルナちゃんは入室してきた。そこで、ミモザがすでに訪室してくれていたことに気付き、慌てて頭を下げる。
「聖女様、来ていただいたのにすみません! ルナ、もう大丈夫です」
「あなた……」
ミモザはまじまじとルナちゃんを見つめて、それからふわりと笑う。
それはまるで慈愛に満ちていて、──理想的な聖女様の微笑みを体現していて。
ルナちゃんは頬を染めて、嬉しそうにミモザを見つめてる。
「顔色、良くなりましたね。以前お母様に連れられていらっしゃった時からは考えられないくらい……」
「覚えていてくれて嬉しいです! 今はメイベル様のところで、療養しているんです」
「療養?」
「はい。ルナ、毎日頑張って食べています。今日はお腹が痛くて教会に連れてきてもらったのですが、さっきお手洗いに行って、良くなりました」
「……もう大丈夫なのですね?」
「はい! ありがとうございました」
ルナちゃんはぺこりと頭を下げる。
そんなルナちゃんを見守るミモザには、さっきまでの『優里』の影すらなく、アルフレッドといた時の片鱗すらない。完璧な聖女様。
──ああ、この子、もしかして生きづらい子なのかもしれない。
相手に合わせて過剰に自分を変えて振る舞ってしまう……
アルフレッドといた時の彼女、小動物のように男の影に隠れて震えていた彼女は、──ずっと男を落とすための演技だとばかり思っていたけれど、違ったのかもしれない。
「これからも頑張ってくださいね」
穏やかにミモザは微笑んで、そのまま小部屋から退室しようとして、──私の服の裾を引いた。
「子爵令嬢さま、公爵夫人さまを少しお借りしますね」
そのまま、小部屋の外に一緒に連れて行かれる。
扉が閉じた瞬間。ルナちゃんの目がなくなると、あっという間に聖女としての仮面は消失して。
あまりの様子の差に、脳がびっくりする。
戸惑っていると、ミモザが私の手を両手でぎゅうっと包み込んだ。
「──朝陽さん、これまでのことは謝るし、償えって言うならあたし何でもする! 何でもするからさ、あたしの……」
ぎゅうぎゅうと手のひらに力が込められて、痛いくらい。
思わず顔を顰めるけど、そんな私にも気付かないほど、ミモザは必死に私に訴える。
「あたしの話、聞いてくれないかなぁ。あたし、ひどいやつだったと思うけど……同郷のあんたには分かってほしい。あたしってやつを誤解されたままでいたくない」
聖女の仮面を脱いだ彼女は年齢相応に見えて、メイベルからしたら同い年だけど、──朝陽からしたら、ひと回り年下の女の子なわけで。
それに、私にとっても初めて会う転生者だ。
正直、私も話してみたい。
「……ミモザの次の休みはいつ?」
ミモザのオパールの瞳が、パァッと輝いた。
つい折れてしまった私に、嬉しさを隠し切れないミモザが私の手を握ったまま腕をぶんぶんと上下に振る。
「明日! 明日休み取るよ!」
「……じゃあ、うちにおいで。お話ししよう」
「うん、行く!」
さっきの聖女の微笑みとは違って、彼女本来の笑顔に見えた。
けれど、これすらもしかしたら私に合わせた、過適応の末の笑顔かもしれない。こういう天真爛漫な感じに私が弱いのを、見抜いているのかも。
何度も私の方を振り返りながらも、仕事に戻るミモザに手を振って。
私はルナちゃんと一緒に、また馬車に乗って、公爵家に戻ることにした。
「……メイベル様ごめんなさい、ルナ、お屋敷でもっとお手洗い頑張っておけばよかった」
ガタガタ揺れる馬車の中で、ルナちゃんはしょぼんと呟く。
何事もなくて良かったのに。
教会に行くという大ごとになってしまったことを、ルナちゃんは気にしているようだった。
「お腹の怖い病気じゃなくて良かったよ。安心した」
ルナちゃんのお母さんなら、きっと抱きしめて安心させてあげるところかもしれない。だけど私はお母さんではないので、手をぎゅっと握ってあげるに留める。
「それより、朝は話題にしそびれたけど……昨日の夜中、勝手にいっぱい食べちゃったって?」
「……うん。どうしても我慢できなくて」
さらにしょぼん、とルナちゃんは小さくなる。
ガタガタと馬車が揺れて、窓の外の景色が移り変わっていく。
ラピスラズリ公爵家は城下の真ん中にあるので、馬車が走るごとに景色は賑やかになっていく。
「我慢できないくらいお腹が減るってことは、身体が元気になってきている証拠だよ。悪いことじゃない。──だけど、相談できたら良かったね。急にたくさん食べたら、身体がびっくりしちゃうことがあるから、安全な範囲内でどうしていったら良いか一緒に考えたかったな」
「うん……」
「それで、どうする? 食事量、増やす?」
「……増やすのは、まだ怖い」
「そっか。じゃあ、次に食欲が抑えきれなくなった時にはどうするか一緒に考えようか」
「……いいの? ルナ、体重増やすために公爵家にお世話になってるのに」
本当は食べた方がいいということを、ちゃんと自分でもわかっている。
よしよし。
今はその気持ちだけでも良いよ。
「ルナちゃんは、提供した食事を全部頑張って食べてくれてるよね。とっても頑張ってると思う。──そりゃあその分、家に帰るのはゆっくりになっちゃうけど」
摂食障害の治療は長丁場だ。うちの病院は小児科だったから、早く退院するように看護師さんからせっつかれてたけど……精神科入院なら、半年や1年の入院なんてのも珍しくない。
本人が納得して治療を進めた方が、退院後の再発は少ないだろうから。時間がかかるのは、まぁ、私的には別に良い。
「体重が戻るのも大切だけど、それと同じくらい、私はルナちゃんが気持ちを伝えられるようになることが大切だと思ってる。だからこそ、ルナちゃんが言えた『怖い』って気持ちは、大切にしたいのよ」
それが出来るようにならないと、退院してからもまた体重に縋るしか無くなってしまう。
白豚令嬢と言われたことがきっかけだけど、──それを言った相手に怒りをぶつけられるような子は、摂食障害になんてならないのだ。
「……ルナ、お腹減った」
「うん、それは良いことだね」
「……もう少し、食べる量、増やしてみる」
下唇を噛み締めて。
血を吐くようにルナちゃんは決意を絞り出した。
彼女からの提案を手放しで喜びそうになる自分を抑えて、私の反応が重荷にならないように、意識して淡々と言葉を返す。
「わかった。ルナちゃんが決めたなら、やってみようか」
不登校児が夜に、明日は学校に行ってみると言い始めた時も、喜んじゃダメだって教科書的には書いてあったなぁ。
朝になってやっぱり行かないってなった時に、期待した分だけ親も落ち込むし。本人にもプレッシャーがかかるし。
明日の朝決めたらいいよ、が模範解答だったっけ。
でも摂食障害は、食べる時に決めたらいいよはダメだよねぇ。出すなら全部食べてもらわないと。
「──もし食べるのが怖くなって、捨てたくなったり隠したくなったり、逆にもっと食べたくなったりしたら、その時は教えてね。私にでもいいし、メイドさんにでもいいからね」
「……うん」
とりあえず帰ったら、遅めの昼ごはんだ。
昼ごはんはもう作っちゃってるだろうから、増やすのは夜ごはんからかな。
その後は、ぽつりぽつりと他愛のない話をしながら、二人で手を繋いで、馬車に揺られていた。
そう、実はミモザも転生者だったのです……!
次回、ミモザの話です! 描きたかった話なので、楽しみです♫
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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