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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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32.教会の聖女1


「食料庫から、食材が減っております」


 そう、シェフから報告を受けたのは朝食後すぐのことだった。


「盗難というにはおかしな点が多く……そのまま食べられる食材、例えば果物や菓子類が無くなっています。出たゴミはゴミ箱の奥底に埋められるように捨てられていて……」


 ──ルナちゃんだ。


 直感的にそう思った。

 過食期が始まったんだろう。

 

 摂食障害の治療過程で、ある程度身体が栄養されてくると、食欲が抑えきれなくなって食べるようになってくる。それを過食期という。

 ずっと空腹で、空腹であることに麻痺していた身体が、食事を再開して満たされる感覚を思い出すことで、空腹である自分に気づけるようになったのかな、と思っている。

 

 過食期にはしばしばこういう問題が起こる。

 ──食べ物を盗むのだ。

 病棟でも、同室患者のお菓子を盗んだり、売店で万引きをしてしまう子はいた。外来の患者さんだと、家中のお菓子を食べてしまうなんて話はよく耳にした。


「ルナちゃん、今お話しして大丈夫?」


 訪室すると、だいたいいつも寝台から起き上がって私を出迎えてくれるルナちゃんは、しかし今日は布団に潜って出てこなかった。


「どうかした?」

「……ルナ、お腹痛い」


起きてはいるようで、返事はあった。そっと布団をめくってみると、ルナちゃんはお腹を抱えて小さく丸まって震えていた。顔色も悪い。


「お腹以外に何か症状はある?」

「ない……」


 意識はしっかりしているし、自覚症状も腹痛だけ。

 すばやく脛の浮腫をチェックする。少し浮腫はあるけれど、昨日と大差ない。

 大丈夫そうだ、とホッとする。


 再栄養時に身体症状が出現した時、一番怖いのはリフィーディング症候群だ。

 長期間の低栄養によって、身体からは微量元素やミネラルが不足していて、備蓄がない。今までは冬眠していた細胞が、再栄養によって活動を再開すると、その備蓄が枯渇してしまい、いろんな症状が出現する。それがリフィーディング症候群。痙攣を起こしたり、心不全になったり、肝機能障害が出たり、横紋筋融解が起きたり……本当に怖い。

 だけどそれらが起こるのは、たいてい再栄養を開始した初期だ。

 うちに来てから3週間弱が経過している今、ルナちゃんの腹痛は他のことから来ている可能性が高いと思うけれど……


「便はどう?」

「さっき行ったけど、何もでなかった……」

「ちょっとお腹触らせてね」


 触診では、全体的に圧痛はあるけれど、板状硬や反跳痛みたいな危険なサインはない。

 大丈夫、だとは思うけど……

 過食に伴ってお腹が動いて、でも便秘で硬い便が出口に詰まることによって、出せなくて腹痛に繋がってるだけだとは思うけど……


 ──わからない。この世界はレントゲンもないし、血液検査もない。リフィーディング症候群を完全に否定できない。便秘だと思うのは、私の主観でしかない。浣腸かけて腹痛が改善するかどうか観察するにも、そもそも浣腸が存在しないし。


「……ごめんなさい、ルナ、昨日の夜中にお腹空いて、勝手にいっぱい食べちゃった……メイベル様、急にたくさん食べたら危険だよって言ってたのに、我慢できなくて……ごめんなさい」


 不安なんだろう、痛さのあまり涙ぐみながら、ルナちゃんは自白する。


「ルナが悪かったから、お腹痛くなったの? ルナ、死んじゃう? 痛いよぅ……」


 一般的に、便秘の腹痛ってかなり痛い。

 前世で小児科当直していた際、夜間に救急車で来院する腹痛の大多数は便秘だった。内臓の痛みだから、本当に痛いのだ。

 

 自信がない。便秘だとは思うけど、このまま様子を見ていいものか……

 自分のことならともかく、モルガナイト子爵家からお預かりしている、大切な娘さんだ。万が一のことがあってもいけない。


「──ルナちゃん、教会に行こう」


 軽いものなら診療所や訪問の医師にかかるけれど、この世界ではある程度具合が悪くなると、教会に行って治癒魔法をかけてもらう。

 前世でも、重症度によって医療圏は別れていた。

 発熱や風邪みたいな、町のお医者さんレベルのものが一次救急。しっかりした検査が必要で、場合によっては入院などが必要になってくるようなものが二次救急。二次救急病院で手に負えないようなものが、三次救急。二次救急・三次救急レベルに相当するものが、この世界では教会にかかる。


「……教会、何回もお母様に連れて行かれたけど、……変わらなかったよ」

「それはそう。摂食障害の低栄養に伴う体調不良なんて、治癒魔法では治せません。今回は多分、便秘だとは思うけど……でも過食に伴う症状出現を否定できない。から、一応教会に行って治癒魔法をかけてもらおう」

「……メイベル様が一緒に行ってくれるなら、行く……」


 ルナちゃんはしくしくと泣きながらも、私の提案に同意してくれた。




 腹痛で歩けないルナちゃんを馬車に乗せて、教会へ。

 3週間ぶりの外出だけれど、ルナちゃんにはそれを喜ぶ余裕もない。お腹を抱えてうんうん唸っている。


「ルナ=モルガナイト子爵令嬢ですね、お待ちしておりました」


 先ぶれを出しておいたので、教会に着くとシスターが出迎えてくれた。

 教会内の小部屋に案内され、用意されていた寝台にルナちゃんを寝かせる。


「聖女様を呼んで参りますので、こちらでお待ちください」


 小部屋は、寝台一台と椅子ですでにいっぱいのサイズ。高いところに明かり取りの窓がついていて、部屋の中は十分に明るい。ルナちゃんが寝台に入った時に舞い上がったホコリが、陽の光に透けて、空気中をでキラキラと漂うのが見える。


「……ルナ、ちょっとお腹痛いのマシになってきたかも……」


 寝台の中から、ルナちゃんが恐る恐る私に声をかけた。

 痛みに波がある感じが、余計に便秘っぽい。


「……お手洗い、行ってきます」


 むくりと起き上がり、顔色はまだ悪いけれどフラフラと歩いて、扉に向かう。

 ルナちゃんを支えようと立ち上がろうとした私を、ルナちゃんは押しとどめた。


「メイベル様はついてこないでください。音、聞かれるの嫌だ」

「……じゃあここで待ってるけど。場所はわかるの?」

「うん、ここは何回も来たことあるから」


 部屋を出ていくルナちゃんに、ついていくか少しだけ迷ったけれど、12歳女子の羞恥心に配慮して、そのまま部屋で待つことにした。


 しばらく待っていると、足音が聞こえてきた。足音は部屋の前で立ち止まり、コンコンとノックの音がして、答える間も無く扉が開けられた。


「モルガナイト子爵令嬢、あなたの症状はここでは治せな──」


 開口一番の聖女の言葉が、私の姿を認めた途端にピタリと止まる。

 淡い桜色の髪、年齢よりも幼い印象を与えるまん丸の大きな瞳。

 そこにいたのは、よく見知った元同級生。



 ──ミモザだった。



「げ、メイベル様……」


 ミモザはもう取り繕うこともなく、私の姿を認めて、嫌そうに表情を歪ませた。でも私だって同じ気持ちだ。よりによって、ミモザがいるなんて。


「どうしてメイベル様がこちらにいらっしゃるんですか? 子爵令嬢はどちらに?」

「ルナちゃんは、お手洗いに行ってるわ。私は付き添いで来たの。ルナちゃんはいま、公爵家で預かっているから。……ミモザがここで働いてることは知らなかったわ」

「…………」


 こういう街中の小さな教会には、あまり力が強くない聖女が派遣されることが多い。力の強い聖女は、王宮だったり、教会の総本山で働くのが常なものだけど……

 ミモザは平民なのに学園に編入を許されるほど、稀に見るほどの力の持ち主だったわけだけど、……ここにいるということは、要するに左遷されたということだろう。


 ミモザは何度言えない表情を浮かべた後、盛大にため息をついて、さっきまでルナちゃんが寝てたベッドの縁にドカッと腰を下ろした。上品とは言い難い。


「アルフレッドと別れたから、自分で金稼がなきゃだし。あんたら貴族と違ってあたしたち平民は、働かなきゃ生きていけないんでね」

「……なんか雰囲気、変わったね」

「メイベル様に取り繕っても仕方ないですからね。──あのね、メイベル様。あたし、正直あんたには悪かったって思ってるんですよ」


 頭をバリバリと掻いて、ミモザは盛大にまたため息をつく。

 せっかくの小動物みたいな可愛らしい外見が台無しだ。


「だから、今からする話はメイベル様が嫌いでするわけじゃないですからね。真面目な忠告です」


 自分でボサボサにしてしまった髪の毛を今度は手櫛で整えつつ、彼女は気怠げに視線を下げる。


「あの子爵令嬢はね、申し訳ないけど何回来られてもうちでは無理です、治せません。はやく見切りつけて他に行ってやってくださいよ。早くなんとかしたげないと、……たぶん死んじゃいますよ」


 どこに行ったらいいのかは、あたしも分かんないけど。

 ミモザは言いにくそうにもごもごと小さく付け足した。


 どうやらミモザは、ルナちゃんが今日も摂食障害のことで教会に来たと勘違いしているようだった。


 ──本気で心配してくれている。

 ちょっとだけミモザを見直した。


「うちで治せるのは身体だけです。こころは無理。メイベル様には分かんないかもだけど、あれ、拒食症ってやつですよ」


「……拒食症?」


 ぴくり、と思わず反応してしまった。

 この世界では一般的じゃない疾患だとばかり思っていたけど……意外と他にも患者がいる?

 

「ミモザ、知ってるの?」


「あたしの周囲、時々いたんで。大昔の話ですけど。パパ活女子界隈では、──あ、や、なんでもないです」


 パパ活女子。

 心臓がドキドキして、血圧が上がってきたのが自分でも分かった。

 

 ミモザが言ってるのは、この世界のことじゃない。

 ──日本だ!


「ミモザ、あなた……」


 口の中がカラカラに渇いてる。

 この質問をするのは、私にとってもリスクがある。

 だけどせずにはいられない。


「──もしかして、転生者?」




ミモザ、再登場です。


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

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