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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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30.前世カミングアウト




「……前世?」


 そこには疑うような声音は無くて、ただただ純粋に話の先を促していた。

 ほっとして、私は言葉を続ける。


「ここじゃない世界──日本って国に住んでてね、そこは多分、ここよりも豊かな国で……ここでは淘汰されてしまうような色んな人が、色んな子どもが生きていた。

 私は、そんな子ども達のための医者だったの」


「それは、──レオみたいな?」


「うん。レオくんみたいな特性の子どもたちは、20人から50人に1人いるって言われてて。でも世界ってさ、大多数の人のために出来てるでしょう? 少数派の子どもたちは、どうしても生きづらくなってしまう。だからそんな子ども達に名前をつけて、生きていきやすくなるような方法を教えようって取り組み──療育が、あって。私はそれをレオくんに実践したに過ぎないの」


 一昔前は、発達障害なんて言葉は一般的じゃなかった。『普通』と言われる枠組みの中で、無理をして潰されて、二次障害──うつ病だったり不安障害だったりを発症していく。

 そんな先人達がいたからこそ、次世代に辛い想いをさせないようにと広まったのが療育だと思う。


「困らないなら、いいの。特性を持ってても、困らずに生きていける人もいる。けど、レオくんはこのままだと困るかなって思ったから、それで、」


 話を続けようとした私の唇に、リヴィはしぃーっと一本だけ立てた人差し指で触れて制止する。


「俺から出した話題ですまないが、今はレオのことはいったん置いておいて、君のことを教えてくれないか?」


 ……信じてくれるんだ。

 こんな荒唐無稽の話を、当然のように信じて、聞いてくれるんだ。


「ごめん、話が逸れちゃったね。前世での私の名前は朝陽。30代前半だったから──実はリヴィよりちょっと年上なのよ?」


 ふふふ、とリヴィに笑いかける。

 この世界の人に朝陽の話をしているのが不思議で、──でもきっと本当は、誰かに話したかった。ここにいるよって。遠い遠い世界で、生きて、死んでいった、1人の女のことを。


「朝陽はね、割と裕福な家庭に生まれたの。父は外科医でね、仕事でほとんど家に帰ってこなかった。物心ついた時には両親は不仲で──たまに父が帰ってきたと思ったら、母と大声で怒鳴りあうの。だから、父が帰ってこなければいいのにって幼い頃は思ってた」


 家族で楽しかった記憶もあるのかもしれないけれど、覚えているのは両親のお互いを罵り合う声ばかり。

 布団の隙間にもぐりこんで、耳を塞いで、終わるのをただただ待ってた記憶。


「母は元看護師でね、──兄ばかり可愛がって、私のことは見てくれなかった。兄には付きっきりで勉強を教えて、兄が有名私立中学に入学したらすぐに仕事を始めてしまった。私は放っておかれて、地元の公立中学に行ったわ。──ごめん、わからないわよね」


 リヴィは、ただ黙って聞いてくれている。

 リヴィの幼少期に比べたら、こんなの何てこともない。吹けば飛んでいってしまう、ちんけな芥程度のこと。


「食事に困ったこともない、服だっていつもキレイだった。習い事だって何個も行かせてもらってたわ。──だけど、いつも寂しかった」


 殴られたわけじゃない、ネグレクトされたわけでもない、──取り立てて物語にするほどでもない、どこにでもある、ありふれた不幸。

 だからこそ苦しかった。

 わかりやすい不幸があったなら、みんなに同情してもらえるのに。誰かが助けてくれるのに。


「私を見てほしくて、自傷行為──リストカットも試してみたわ。だけど誰も気付いてくれなかった。当然よね、隠していたんだもの。……でもね、親なら見つけてほしかったのよ」


 やっとそれで、家族に諦めがついた。


 本当は皆、家族から当たり前に貰えるはずのもの。──愛。

 朝陽の両親だって、彼らなりに朝陽を愛していたと思う。だけどそれは、朝陽が求めていた形じゃなかったし、ぜんぜん足りなかった。──今ならわかる、それはたくさんの家庭で慢性的に不足してる。手に入ることの方が珍しいくらい。だから、人間は寂しい。


「誰かに熱烈に愛されたかったよ。家族がダメだったから、──次は男の人だと思ったの。でも、取り立てて魅力があるわけでもない平凡な朝陽を、見つけてくれる男なんていなかった」


 好きだなんて言われたら、それだけで好きになってしまうと思ってた。


 誰かのたった1人に選ばれたかったけど、こんなにたくさんの人間がいるのに、朝陽はひとりぼっち。

 友達はたくさんいたけど、──でも、自傷行為に触れてくれる友達なんていなかった。


「……だからね、もう、いいやって。朝陽は誰にも選ばれない。ひとりで生きていくしかない。それなら、同じような子を救いたいって思って、子ども達のこころの医者になったの」


 子ども達の話を聞いて、癒して、そこに自分の幼少期を投影してた。私の介入で家族関係がいい方向に転がるたび、小さい私が癒されていた。

 レオくんが私に育てられるのを見て、リヴィが癒されたと言っていた。それと全く同じ。


「で、バリバリ仕事こなして働いてる最中、事故で死んでしまって、メイベルとして生まれ変わりました。以上、おしまいです!」


 ぱちん、と手を打って話を収束させる。

 コメントし辛い話なのは自覚してるので、努めて明るく声音を調整する。


「聞いてくれてありがとう。何か質問はありますか?」


 リヴィは少しだけ考える素振りを見せて、じっと私の瞳を覗き込んだ。


「……今もまだ、寂しいか?」


「ううん、寂しくないよ」


 ──あの頃は若くて、選ばれることばかり考えていた。

 今なら分かる、そんな方法ではダメだということ。たくさんの家庭を側から見守って、見つけた答え。


 私から愛するべきだった。

 寂しいなら寂しいって言うべきだった。

 誰か助けてって、手を伸ばすべきだった。


「朝陽のことはね、もう感傷でしかない。寂しいまま死んでしまったことは変えられない、終わってしまった物語なの。だから今更、寂しくなんてないよ。私はもう、メイベルだから」


 ──ただ、前世を思い出した時、メイベルは18歳だった。18歳のメイベルに、30年以上生きてる朝陽が混ざって……人格って、経験や記憶から作られるから。どうしても、物の考え方は朝陽寄りになってしまったけど。


 メイベルだって寂しかった。

 両親は優しかったけれど厳格だった。やんちゃでトラブルばかり起こす兄ばかりが注目されて、叱られて、でもその分、ちょっとしたことで褒められて。……特にこれといって問題を起こすわけでもなかった私は、いつもそれを一歩離れたところから見ていた。なんだか朝陽と似ているな、なんて今更ながらに思う。

 侯爵家から派遣された教育係に育てられたようなものだ。でも、教育係はあくまで金銭を対価として私の世話をしてくれているだけで。

 婚約者のアルフレッドは、仲こそ悪くなかったけど、大切にされている実感もなかった。

  

「……レオくんがね、全力で私を求めてくれたのよ」


 人生でこんなに求められることなかった。

 夜中に泣きながら私を探すのよ。トイレにすら行かせてくれないの。全部メイベルじゃないとイヤ! って。癇癪起こして大声で泣くのよ。

 もちろんそれは、本来はローズ姫さまに向けられるはずのものだし、幼い頃だけの期間限定のことだとわかっているけれど、


 ──なんだか一生分、満たされたのだ。


「だからね、メイベルはもう寂しくないの。幸せよ」

「俺だって、君を愛してる」


 ふわり、とリヴィが私の肩に布団を掛けてくれる。

 布団はふわふわで、軽くって、優しく私を包み込んでくれる。


「君を愛するつもりはない、なんて言ってたくせに」

「君だって俺のこと、別に好きじゃないと思うとか言っていただろう」


 軽口を叩くと、軽口で返された。

 でも、それが軽口に見せかけたリヴィの本音だということはなんとなくわかった。察して、というのができない人だ。本当は私の言葉を気にしていたんだろう。


「私、……私も、リヴィが好きよ。恋愛的な意味で、好き」


 恥ずかしいけど、しっかり言語化して伝える。

 

「そ、そうか……」

「うん。最初に私を満たしてくれたのはレオくんだけど、リヴィも私を満たしてくれているよ」

「それなら、いいんだ……」


 リヴィはさっき私に掛けてくれた布団の中に、自分もごそごそと潜り込む。

 そして私の隣で、私の肩を抱きながら、頭を私にもたれかかせる。照れてるようだった。夫婦ごっこを始めてから、リヴィは大型の犬みたいで、可愛い。気を許してくれてるのが伝わってくる。


「……君の知識の出所が前世だということは理解した。──異世界の知識。それが貴重なものだという自覚は?」

「あんまりない……」

「なら、持ってくれ。市政の噂話程度だが……異世界の知識を有する者がこれまでにもいたという話を聞いたことがある。彼らは、この世界にはないものをもたらすと言われている。俺は今まで信じていなかったが」


 そうだよね、私がここにいるんだから、同じように前世を思い出した人は他にも存在するだろう。この世界の不思議なもの──冷蔵庫とか聴診器とか世界観に合わないもの──は、乙女ゲーム補正かとばかり勝手に思い込んでいたけれど。

 もしかしたら過去に同じく転生してきた人がいて、その人たちが残したもの?


「君のことを公にするつもりはないが、──知られたら、狙われるかもしれない」

「そんな大げさな……」


 私は冷蔵庫の使い方は知ってるけど、作り方は知らない。よくある異世界転生ものみたいに、私の知識がこの世界の発展に役立つなんて思えない。


「前世の力を生かして無双! なんて、物語の中だけよ。そんな期待されても……」

「君の頭の中は、もしかしたら宝の山かもしれない。その可能性だけで君を狙うものはいるだろうな」

「……リヴィも私に、期待する?」


 それは、少し、怖い。


 例え前世の知識があったところで、一個人に出来ることなんて微々たるものだ。

 せいぜいが、医療知識くらい。それも、例えば風邪と診断できても薬はないわけだから、何もできないのと一緒だ。専門の児童精神分野でサロンを開いて、ちょっとした子育てアドバイスをするのがせいぜいだ。


 私はその期待に応えられない。


「いいや──」


 ぎゅう、と。私の肩を抱く手に、力がこもる。

 視線を上げると、リヴィはいつになく真剣に私を見つめていた。


「君は君のままでいい。俺は君に君以上を求めない」


 だが、と彼は続ける。


「君がいなくなることだけは許せない。誰にも露見しないよう、君が奪われないよう、──サロンを中止にしてくれないか」


 え、それは、……かなり嫌だなぁ。

 そしてあまりにも極端すぎる。

 零か百か、白か黒かの思考すぎる気がする。


「心配してくれてありがとう。だけど、私はサロンを続けたい」


 せっかく開催に漕ぎ着けたばかりだし、なにより私は、働くのが好きなのだ。

 社会貢献とか自己実現とか、キレイな言葉ではいくらでも飾れるけど。

 ──結局、自己肯定感があまり高くはないんだろう。だから誰かの役に立ちたい。なるべくたくさんの人に、肯定してもらいたいのだろう。


「要するにさ、バレなきゃいいんでしょ? 上手な言い訳を用意しておけばいいのよ」


 本は嘘だってバレたもんね……

 前世の小説では、みんなどうやって誤魔化してたかな……


「……風来坊のおじさんが色々教えてくれた、ってことにしよう! 私には詳しくはわからないけど、その人が多分前世持ちなんじゃないかってことで。一朝一夕では教われるようなことじゃないから、私が定期的に通っていた図書館に時々出没してたっていうことにして……」


 夜更けまでかかって、渋るリヴィを説得し、具体的な言い訳ストーリーを煮詰めて、やっとリヴィが納得する頃には東の空が白んでいた。

 心配してくれるのはありがたい。ありがたいけど、……眠い!



最初に比べると、リヴィも随分変わりましたよね……


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

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