28.摂食障害3
摂食障害になる原因として、母子関係の問題が一番有名だとは思う。
けど現実には母子関係が原因とは限らない。親子関係が良好でも、摂食障害になる子はいるし……
私は、本人の特性も大きいんじゃないかとは思っていて。──例えば、私、どれだけ痩せたくてもダイエットしきれたことない。お腹減って食べちゃう。でもそれが普通の人間だと思う。
それを、やりきれちゃうってのがもう所見かなって思う。
自閉スペクトラム症との合併率は10%程度って言われてるけど、……体感的にはもう少し多いかな。
真面目で、過剰に人に気を遣って、自己肯定感の低い女の子がなりやすいと言われている。
努力だけでは如何しようも無い現実と比べて、数字は嘘をつかない。頑張れば頑張った分だけ数字として結果が見えるダイエットは、彼女たちにとっては居心地がいい。だからどんどんのめり込んでしまう。
ダイエットのことを考えている間は、現実の問題を後回しにできるから。
だから、現実的な問題に対処していかないと、根本的な解決にはならない。
──とはいえ、彼女たちの内面の問題解決を待っていては、身体が保たない。
なので摂食障害になってしまった原因究明よりも、まずは身体的な回復を目指す。
辛く苦しい我慢の上に成り立ったダイエット。それをもう一度やり直す気になんてなれないくらい、諦めがつくくらいまで体重を戻してあげたい。
「……というわけで、すでにご存知の方もいるとは思いますが、女の子を一人預かりました」
その日の夕方、メイドさんや執事さんたちをホールに集めて、報告会を行った。ホールは家で舞踏会を催す時のための場所で、レオくんの4歳のお披露目会もここで行なった。……それにしても、ホールまである公爵家、すごいな。さすが序列一位の貴族。
ちなみにリヴィは今日は仕事で帰りが遅いので不在だ。レオくんはちょろちょろと部屋の中を動き回りつつ、時折私のところへ戻ってくる。
「だれー?」
「ルナちゃんってお姉ちゃんよ」
「なんで?」
「ご飯を食べなくなっちゃったから、食べれるようになるまでうちでお世話することになったの」
「たべないの?」
「そう。それで元気なくなっちゃったの」
「おかしならたべるかな? れーくんの、たべていいよ!」
「ありがとう、レオくんは優しいね」
いい子に育ってるなーレオくん!
また走り去ってしまったレオくんの背中を見つめてほっこりしつつも、皆に摂食障害についてや、今後の治療について説明していく。
「今まで食事を摂っていなかった子に、急にたくさん食べさせると、身体に負担がかかってしまうの」
リフィーディング症候群という。低栄養になっている身体に急に栄養が入ると、身体の中のミネラルや微量元素が乱れて、不整脈や心不全になったり痙攣を起こしたり、横紋筋融解──筋肉が溶けたり、身体のいろんな部分が障害される。
なので、急激な再栄養は禁忌だ。
「具体的には、今まで食べていた量にプラス200カロリー。聞き取りによると大体1日400カロリーくらいの生活をしていたようだから、まず最初の1週間は600カロリーを目指して提供していこうと思います」
本当だったらリフィーディング症候群予防のために、リンやカリウムの補充も行いたいんだけど……薬がない。ので、そこは提供する食事で工夫するしかないだろう。
現代医学が恋しい……。検査や薬がないまま治療だけ進めるの、怖すぎる……。やるしかないからするけど。
あぁでも、教会に行けば治癒魔法は受けれるから、もしリフィーディング症候群になってもなんとかなるかも?
「……食事を拒否してる子、なんですよね。提供しても、食べるでしょうか?」
メイドさんの一人が質問してくれた。
いい質問!
「食べないかもしれない。本人には、今日と明日の2日間、提供したものを完食できなかったら鼻からチューブを入れて強制的に栄養を取らせるとお話ししています。今日のお昼は、とりあえず食べたみたいだけど……」
1回200カロリーの食事だから、微々たるものだ。それを食べるきるのに、1時間かかった。あまり食べるのに時間がかかるようなら、食事時間の制限もしないといけないな……。
「それで皆さんにお願いしたいのは、彼女の食事を下げたら、どれくらい食べたかすべて記録して欲しいの。それから、ゴミ箱にこっそりご飯を捨ててないかの確認をお願いしたいの。もちろんゴミ箱以外のところも」
食事をこっそり捨てようとする子はとても多い。それから、食べるふりをして噛むだけ噛んで、ティッシュに出したり。
でもそれは、彼女たちの心理を考えたら当然のことだと思う。だから見つけてもあんまり責めず、もしまた捨てたくなったりしたら教えて、一緒にどうしたら良いか考えていこう、と伝えるようにしている。
「あと、訪室した時に、ベッド上以外のところにいたら、ベッドに戻るように伝えてください。それも記録して、また後で私に教えてくれると嬉しいです」
レオくんがまた戻ってきて、私の足をよじ登ろうとする。抱え上げると、ずっしり重い。……うん、でもこの重さは健康の証拠だ。
「最初はすっごく良い子なことが多いです。でも入院してしばらく経ってくると、問題行動が出てくることが多いの。もし困ることがあったら、すぐ私に相談してください」
過剰適応という。摂食障害になる子は、もともと過剰なくらい気を遣う子が多いから、最初は良い子にしてることが多い。
だけど入院生活に慣れてくるに従って、体重も増えてきて、葛藤も増えて、問題行動が出現する。シャワー室に閉じこもってずっとスクワットやってたなんて子もいたっけ。あとは交渉かな。駆け引きをして、ちょっとでも主導権を取り戻そうとしてくる。
「他には質問はありますか?」
「あの、……話しかけられたら、どうしたらいいのでしょう」
「もし良かったら、ぜひ話し相手になってくれたら嬉しいわ。親御さんと離れて入院してるんだもの、寂しいと思う」
「どんなことを話したら良いでしょうか?」
「そうね……なんでもいいと思うわ。──本人からは、食べ物の話題が出てくることが多いと思う。食べれないんじゃなくて、本当は食べたいけどすっごく我慢している状態だから、頭の中は食べ物のことでいっぱいだと思うの。話を聞いてあげてくれたら嬉しいわ。その過程で何か気になることがあったら、私にも教えてね」
「食事を残していたら、食べるように促したほうが良いですか?」
「できるなら少し促してあげて欲しい。まだ残ってるよ、とか。でも、無理には大丈夫。強く言ってまで食べさせる必要はないです」
こうして質問が出ることが嬉しい。他人事ではなく、関わろうとしてくれて考えてるくれてるってことだもの。
「余計な仕事を増やしてしまってごめんなさい。私に割り振られているサロンの予算から、あなたたちへの給金にいくらか追加させてもらいますね。一緒にルナちゃんを助けるお手伝いをしていただけたらと思います。わからないことがあったらなんでも聞いてください。よろしくお願いします」
「おねがいします!」
私がペコリと頭を下げると、私の腕の中でレオくんも真似をして頭を下げる。
拍手が起きて、みんなから賛同を得られたことが伝わってきて、ほっと胸をなでおろす。緊急性が高かったから、勝手に引き受けちゃって。実際にお世話してくれるみんなに事後報告になってしまったけど、……よかった。胸のつかえが取れた。
「一緒にお願いしてくれてありがとうね」
「れーくん、やさしいんでしょ?」
「うん、とっても優しいよー!」
まだ拍手が鳴り止まない中、執事長が一歩前に出てきて、レオくんをぎゅうぎゅうしている私に微笑みかけた。
「……メイベル様、我々はあなたに感謝しております」
執事長に逆に頭を下げられた。びっくりしてみんなの顔を見ると、みんなも頷きながら、優しく微笑んでいる。
「貴女様が来てくださってから、屋敷の中が明るくなりました。旦那様も以前より笑顔が増え、屋敷にお戻りくださる日が格段に増えております。レオ様もお披露目できるまでに成長されました」
えぇ、急にそんなこと言われても照れる……
レオくんの成長はレオくんが元々持ってたポテンシャルだし、そんなレオくんが気になってリヴィは帰ってきてくれてるだけだし……まぁ、ちょっとは私に会いに帰ってきてくれてるところもあると思うけど……
「命令すれば我々は従うというのに、報酬のことまで考えてくださる。本当に有難いことです」
「そんな、私こそいつも優しくしていただいて……!」
特に、嫁いできたばかりの頃。
夫にないがしろにされてる妻なんて、使用人達に馬鹿にされて、ぞんざいに扱われてもおかしくない。
そんな中、同情もあったんだろうとは思うけど、みんな優しかった。
この家のみんなは、あたたかい。
「これからもよろしくお願いします」
もう一度頭を下げると、またも盛大に拍手をもらった。
……頑張ろう。
公爵夫人として、サロンの責任者として。まずはルナちゃんの命を守るために。
摂食障害は回復に時間がかかるので……
摂食障害編の続きはちょこちょこ書きつつ、他のストーリーも進めていこうと思っています。
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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