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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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27.摂食障害2


「ルナちゃん、初めまして。私はメイベルと言います。よろしくね」

「…………」


 連れてこられたルナちゃんは、無表情で私をちらりと見た。

 弱々しい女の子──それが彼女の第一印象だ。家で暴れるなんてのが想像できないほど。


 子爵夫人は約束通りルナちゃんを連れてきてくれたけど、やっぱりここに来るまでに一悶着あったらしい。まだ詳しくは聞いていないけど、モルガナイト子爵夫人のドレスが乱れてたから。

 二人で話したいから、と子爵夫人には別室で待機してもらっている。


「今日はルナちゃんのことを教えてもらいたいと思ってるんだ。質問してもいい?」

「…………」

「まずお名前を教えてもらっていい?」

「……ルナ=モルガナイト。今呼んでたじゃないですか、知ってるでしょ」

「教えてくれてありがとう。確認で一応聞きたかったんだ。今は何年生?」

「……6年生」

「担任の先生のお名前は?」

「知らないです、最近行ってないし……」

「仲良しの友達の名前を教えてくれる?」

「……アシア=トパーズ」

「アシアちゃんとは何して遊ぶの?」

「別に。話すだけです」


 ルナちゃんは想像していた通りにやせ細っている。

 栄養不足で薄くなった桃色の髪の毛を誤魔化すように、髪は二つに分けて高い場所で結えてある。顔色は悪く、肌も乾燥してくすんでいる。そのせいで12歳の少女には見えない。若々しさのかけらもなくて、おばあちゃんみたいに見える。


「ルナちゃんは、ここに来た理由をどういう風にお母さんから聞いてる?」

「……ルナが、ご飯食べないから」

「なんで食べないのか、理由を聞いてもいい?」

「だって、ルナ、太ってるから。下半身にお肉がつきやすくて、なかなか落ちないんです」

「私には、痩せてるように見えるけど」

「…………」

「ルナちゃんの年齢と身長だと、42kgくらいがちょうどいい体重だよ」


 緊張して、表情も硬い。ぶっきらぼうにはしつつも、でも聞いたことにはしっかり答えてくれるので、きっと根は素直な子なんだろうなー。


「ルナちゃん的には、何キロがいいとか、目標はあるの?」

「ないです。体重とかじゃなくて、体型です。……ルナ、太いから」


 典型的な認知の歪みだ。

 体重が減れば減るほど、認知の歪みは激しくなっていくから、ルナちゃんはもうガチガチだろうな……。


 体力がかなり落ちてるんだろう、椅子の上で背筋を伸ばしていられず、ぐったりと背もたれに身体を預けるように座っている。

 机の上には一応お茶とお茶菓子を用意しているけど、チラッと見ただけで当然口をつけようともしない。


「今日来てもらったのはね、私のお話を聞いて欲しいからなんだ」

「……はい」


 快い話をされるわけじゃないのは、当然わかっているんだろう。

 ルナちゃんの表情に緊張が走る。


「あのね、身体には1日に必要なエネルギーの量が決まっていてね。エネルギーが足りないと、身体でいろんな悪いことが起こるの」


 私は用意していた紙に、人の絵を描く。 

 目の前のルナちゃんをモデルに描いてみたけど、割と上手に描けている気がする。その絵の頭を指し示しながら、横に説明を書いていく。


「まずは頭。ぼーっとして集中できなくなって判断力が低下したり、不安が強くなったり、うつっぽくなったり。頭が間違った作用を起こして、本当はお腹が空いてるはずなのに食欲を感じにくくなったりすることもあるよ」


 ちらりとルナちゃんを見ると、黙って私の描いた絵を見ながら、説明を聞いている。よしよし。


「それから、身長。成長期のこの時期にエネルギーが足りてないと、背も伸びないし、それから骨もスカスカになっていきます。骨がスカスカになると、転んだだけで骨折したりします」


 低身長と骨粗鬆症のリスク。骨折は教会で聖女に祈ってもらったらすぐに治るだろうけど、骨粗鬆症も治るのかな?


「それからね、生理が止まります。ルナちゃんはどう?」

「……最近来てません」

「そうよね。エネルギーが足りないと、生きることを身体が優先するので、繁殖してる場合じゃない! ってことで生理が止まります。貴族子女として、それは大問題よね」

「…………」

「痩せすぎると、内臓を守ってくれていた脂肪がなくなってしまうので、内臓の機能が落ちたり、少し転んでお腹を打っただけで内臓が怪我をしたりします」


 肝障害や腎障害などが出てくる。この辺は本当は血液検査で確認したいところなんだけど……ないもんね、この世界。

 でも聴診器や注射器はあったりする。推定乙女ゲームの世界だから、きっと攻略対象に医者がいて、聴診器や注射器を持ったスチルがあったんだろう。世界観が解せない……ありがたいけど……。


「私が一番心配なのは、心臓。心臓って知ってる?」

「……身体の真ん中にあって、身体中に血を送るところ……」

「正解です。心臓ってね、1分間に80回くらい、ドクンドクンって動くんだけどね。動くにもエネルギーを使うからね。エネルギーが足りなくなってくると、心臓が、動きをセーブしようとします」

「……セーブしたらどうなるんですか」

「どんどん心臓の動きがゆっくりになっていく。そして、ゆっくりになり過ぎたら心臓が止まっちゃう。止まるとどうなると思う?」

「……死ぬ」

「そう。今ルナちゃんの心拍数はどれくらいか、測ってみようね」


 そっと手を取ってみると、抵抗することはなく、脈を測らせてくれる。

 触れた手は、氷のように冷たい。……末梢冷感だ。


「──60回。緊張している今の状態で60回っていうのは、かなり少ないね。落ち着いている時や寝てる時だと、もっと少ないと思う」

「…………」

「他にもいろんな症状が出るよ。例えば手とか足とかがとっても冷たくなる。体温を作るエネルギーが足りないんだね。それから、うぶ毛が増えて毛深くなってくることがあるんだけど、どう?」

「……あります」


 妊娠中の女性のお腹は、少しでも胎児を守るように毛深くなるなんて言われているけど。摂食障害のお子さんも進行してくると全体的にうぶ毛の増生がある。身体の表面から少しでも体温を逃さないようにするためだと言われている。


「あとは便秘とか、皮膚や髪の毛の乾燥とか……」

「…………」


 心当たりはありそうで、ルナちゃんは黙ったまま頷いた。


 これらは、摂食障害のお子さんには絶対にする話だ。エネルギーが足りなくなるとどうなっていくのか、このまま拒食を続けるとどうなっていくのか──彼女たちは知っておく必要がある。


「この話聞いて、どう思った?」

「……怖いです」

「ね、エネルギーが足りないって怖いよね。痩せて綺麗になりたい! ってダイエット始めたと思うんだけど、でも行き過ぎちゃうと肌はカサカサ、髪も傷んで抜けて、毛深くなって、──それって美しいかな?」

「いえ……」


 ルナちゃんは期待通りのリアクションをしてくれる。

 でもここまではだいたいみんなそうなんだよね。

 理屈ではわかっていても、感情がついていかない。とにかく食べたくない。一口でも食べたら太るような気がする。それが摂食障害なのだ。


「どう? 食事の大切さ、わかってくれたかな」

「…………」


 摂食障害の治療で一番大切なのは、動機付け。

 食べたくない彼女たちに、いかに食べさせる理由を作るか。そこさえ成功すれば、治療は成功すると言っても過言ではないけど、それが難しい。


「それでね、今のルナちゃんの身体の状態はね、エネルギーが足りなさ過ぎて死んじゃう一歩手前なの。だからね、ルナちゃんには入院してもらおうと思うんだ」

「……にゅういん?」

「そう。入院っていうのはね、お家から離れて、治療できるところで過ごすこと。今日からここにお泊まりしてもらおうと思ってるの」

「え、……イヤです、帰りたいです!」

「あなたが治療を望んでないのはわかる。でも帰ったら、死んじゃうと思う。死にたい?」

「……死にたくはない、です」

「うん。じゃあ入院頑張ろう。あなたも自分でさ、このままじゃマズイとは分かっているでしょう?」

「…………」


 昨日の段階で、リヴィに相談をして、公爵家の一室を開けてもらった。窓が小さくて、窓から外に出ることができない部屋を選んだ。そこに、机と寝台だけ運び込んである。一晩で部屋を整えてくれた執事さんたちに感謝。


「……入院って、どういうことをするんですか」

「何もしないよ。安静にして、食べるだけ」

「……イヤです」

「うーん、でもそうしないと死んじゃうから」


 患者の話を聞くことはとても大切だけど、こういう押し問答は付き合いすぎないことにしている。治療が進まないと、認知の歪みは改善されないからだ。


「1日3食、出されたものを食べること。それ以外は寝てること。その約束が守れたら、どんどん出来ることが増えてきます。部屋から出たり、ちょっと歩いたり」

「……でも、ルナ、食べないから」

「うん。食べなかったら、鼻から細いチューブを入れて、そこから栄養を入れます。ちなみに暴れてチューブを抜いちゃうようなら、抑制──物を掴めないようなミトンを付けるし、勝手に運動するようならベッドに縛るよ」

「……チューブって?」

「細くて長いチューブをね、鼻からお腹の中に入れて、そこから食べものを入れれるようにするの。でもチューブを入れる時、痛いと思うから、私もなるべくなら入れたくないんだ」


 胃管チューブ。もちろんこの世界にはなさそうだったので、何で代用するかが問題だ。今の所、皮を筒状に縫い合わせて使おうと思ってるけど、……衛生面も心配だし、こまめに入れ替える必要が出てくるだろう。キシロカインゼリー──表面麻酔剤も手に入らないし、入れるのは、患児の結構な負担になるだろう。だから本当になるべくなら入れたくないんだけど、命には代えられないからね……。


「……お母さまは? ルナ、お母さまと帰ります!」

「うんうん、帰りたいよね。早く元気になって帰れるようにしようね。行こうか」


 口では反抗つつも、でもルナちゃんは立たせるとフラフラしながらも自分の足で歩いてくれて、支えながら軽く誘導するだけで入院の部屋に入ってくれた。




摂食障害って本当に怖いやつです……

今回は摂食障害のヤバさについて知ってもらう回になりました……


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

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