25.サロン始動!
──時が流れて、春が来た。
花が芽吹き始める春。
レオくんは、4歳になった。言葉は爆発的に追いついて、年齢相応に話せるようになっている。……というか、常に何か話している。もうずっと。ほんとにずぅっと。話さないよりいいじゃないですか、なんてメイドさん達には言われるけど、話したことに対してリアクションを求めるし、聞いてないと怒るから、これはこれで割と大変……。
こだわりは強くてそこから外れると癇癪を起こすし、特定の知識獲得に没頭するし、一度集中したらもう他のものが全く目に入らない。過集中。──いよいよ発達障害児っていう感じになってきた。
そんなレオくんの今の興味の対象は、『生き物』だ。片っ端から捕まえては観察して、絵に描く。それがなかなか上手で、驚いてしまう。図鑑を眺め、まだ文字が読めないので、読んでと周りの大人にせがむ。そしてそれを覚えてしまうので、めちゃくちゃに生き物の生態について詳しい。
孤児院ではずっと虫探し。幸いにも同じような特性の虫探し仲間がいて、二人でずっと虫を探してはお互いの知識を披露し合っている。うーん、楽しいよね、仲間とのオタ活!
冬の終わりには、リヴィと相談して、4歳の誕生パーティーという名目で、レオくんのお披露目パーティーを開いた。正式にラピスラズリ公爵家の長子として。
リヴィは最後まで、レオくんに重圧を掛けることになるのではと迷っていたようだけど、……それは今後生まれるかもしれない弟や妹が後継になるとしても同じことだよねぇ? それが貴族の責務なのだから。
ちなみに私に懐妊の兆しはない。だからあくまで仮定の話ではあるのだけれども。……次の子もレオくんと同じ特性を持ってる可能性は大いにある。遺伝素因が原因のひとつであると考えられている自閉スペクトラム症では、兄弟ケースは本当によくある話だから。それなら、だいぶキャッチアップしてるレオくんに年功序列で後継としての教育を始めるのが良いだろう。
もちろん、無理はさせないよ!
可愛いレオくんに負担がかからないように、しっかり監督はしていくつもりだよ!
レオくんのお披露目パーティーは、結果、大成功だった。
事前に何度もスケジュールを説明し、実際の会場もお客さんを入れる前に見せて、入念に見通しを立てたことで、当日はかんしゃくを起こすことなく乗り切ることができた!
もともとは全く人見知りをしなかったらしいレオくん。私が育て始める頃には、新しいことが苦手で、初めましての人には固まるようになっていたけれど。孤児院での集団に慣れるにつれて、他人に慣れてきたのか、初めての人にもグイグイ話しかけに行くようになってきた。──自閉スペクトラム症の、古い分類で言うところの積極奇異型というやつだろう。その特性が功を奏したようで……誰にでもニコニコ話しかけに行って、ひたすらおしゃべりする4歳児。かわいくないわけがない。しかも話す内容は、大人顔負けの生き物の知識。ダンゴムシは壁にぶつかると左右交互に進路を変えるだとか、アリは水に浮いて集団で移動することができるだとか。
そんなレオくんは、一見、とても優秀な子どもに見えたことだろう。
……実はなんと、王様と王妃様も今回のパーティーに顔を出してくださった。それは世間的には、レオくんがラピスラズリ公爵家の嫡男として王族公認となったということ。
少しだけ、もしかしたら噂を聞きつけたローズ様がいらっしゃるかもしれない、と思っていた。だからもしこっそりいらっしゃったら、入っていただく別室を用意していたのだけれど、……その準備は徒労に終わってしまった。
レオくんは相変わらず、ローズ様については何も言わない。覚えているのかどうかすら。
──もしかしたら私を、おかあさんと思ってるのかもしれない。
「……メイベル様?」
声をかけられて、ハッとした。
そう、今は子育てサロンの途中だった!
部屋の中央に据え付けられた円卓には、すでに何人もの貴婦人たちが座っている。
円卓の上には、ポットと、カップと、それから軽食を用意させてもらっている。
「失礼しました、定刻になりましたので開始しましょう」
子育てサロンは、無事に何度かの開催をすることができた。今日で3回目の開催だ。
同年代の友人たちにはまだあまり関わりのないサロンであり、対象は見知らぬ貴族たち。正直、人が集まるのかと心配していたが、──杞憂だった。
実は、レオくんのことは水面下で割と有名な話だったらしい。噂話の大好きな貴族たちの中で、成長がゆっくりで父親には見放され、ついには母親まで出て行ってしまったかわいそうな男の子の話は、公爵家という高位貴族であったことも災いして、尾ひれ胸びれをつけながら面白おかしく広まっていたようで。
そんなレオくんが、先日立派に成長していることがお披露目されてたことで、どうやら興味を持たれたようだった。
思い描いていた形とは違う形で盛況となってしまいヤキモキしたけれど、……回を重ねるごとに、好奇心のみで参加していた方たちは来なくなり、ホッとしているところだ。
「では、開会の前に、ルールをもう一度確認しますね。復唱をお願いいたします」
運営には、自助グループのやり方を参考にさせてもらった。
前世では摂食障害の自助グループをやってみたくて勉強はしてたけど、結局開催に漕ぎ着けないままだった。なのでその気持ちを昇華する思いもありつつ。
「ここで聞いたことを、外部では話さない」
個人情報保護の宣誓は、最初はかなり驚かれた。
貴族たちのサロンは、本来は情報収拾が目的であって、その話を持ち帰ることが前提なのだ。だけど私はそんな政治合戦みたいなことはしたくないので、その宣誓を入れることにした。
もちろん、宣誓の遵守は良心に基付く。なので本当に個人情報保護が必要そうな相談は、個別に行うつもりだけど。
「お互いに尊重し、一人で話しすぎず、批判をしない」
これは自助グループあるあるなんだけど、参加者の中にはしばしば話すぎる人が現れる。話したい人は多いのだ、特にみんなが聞いてくれるならなおさら。このルールが守られないなら、一人の話す時間を決める必要があるかと思っていたけど、今の所はそんなことしなくてもサロンが回っている。
「言いっぱなし聞きっぱなし、の原則です」
誰もアドバイスはしないこと。するとしたら『うちはこういう風にして成功しましたよ』という体験談で話してほしい、とお願いしている。純粋な自助グループならそれも良くないけど、ここは子育てサロンであり、そのくらいなら許容範囲にしようかとルールを緩めることにした。他人の体験が救いになったりするのが、育児なので。
「では、今日のテーマは『食事』です。では私からで……──」
レオ君の偏食について話していく。パンと焼いた肉、それからバナナしか食べなかったこと。
身長も体重も標準範囲内だったし、ひとまずはそれでいいかとは思いつつ、でも少しでも他のものを食べて欲しくて、いろんなことを試してみたこと。味が混ざると食べにくいと聞いたことがあったから、食材ごとに分けて給仕してみたり。でも食べない。好きなお皿だと食べるかと、お皿に虫を描いてみたけど、まぁ食べない。カリカリした食感が好きな偏食っ子は多いので、野菜を素揚げにしてチップスにしてみたら食べたこと。それ以降はマカロニもパスタもなんでも素揚げにしたら食べるようになってきたこと。今は、カリカリで食べれるようになった食材を、徐々に柔らかくしていっているところ。
話し終わると、みんなが拍手をしてくれる。
「では右回りで……次はジルコン男爵夫人、いかがですか?」
「はい、よろしくお願いいたします。私の6歳になる息子は、小さい頃から食が細くて。食べるよりも遊ぶことの方が好きで、食事中に立ち歩いてすぐに遊び始めてしまいます。食事に興味がないのだと思います。お菓子は良く食べるんですけどね。──でも今年10歳になる息子も昔はそうでしたが、今では割と落ち着いて食事できるようになってきているので、この子も大きくなれば自然と食べるようになるかと見守っているのですが、それでも心配です」
また拍手が起こる。
食事中の立ち歩きね! 相談でもあるあるだったなー。食事の時間を決めることをお勧めしてた。例えば1時間って決めたら残ってても1時間で絶対におしまいにする。子ども達は絶対に「食べる!」って縋ってくるけど、ウロウロしてると下げられてしまうと言うことを理解させるために、そこは折れずに片付けてほしいとお伝えしてた。
2−3歳の小さい子だったら、ハイチェアのベルト付きを使うなど、物理的に立ち歩けない枠組みを作ることも大切だって話してたっけ。ちなみにハイチェアだけだと絶対立っちゃって危ないから、ベルト付きがポイント。最初は絶対泣くけど、ある程度のところで諦めがつくことが多い。
今日は言いっぱなし聞きっぱなしが原則の会だし、ジルコン男爵夫人もあんまり困ってなさそうだし、口は挟まないけど。
ジルコン男爵夫人の隣は、モルガナイト子爵夫人だったな。本日始めて、サロンに参加される方だ。
流れで話し始めるかと思ったけれど、子爵夫人は自分の番が来たことに気付かず、ぼんやりとしたまま俯いている。
「モルガナイト子爵夫人、いかがですか?」
「あ、はい……」
声をかけると、子爵夫人は顔を上げて、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「我が家には……学園初等部6年生になった娘がいます。元々は食べるのが大好きな子で……どちらかと言うとふくよかな体型でした。でもここ最近、ダイエットを始めて……どんどん痩せていくので、心配で……。食べるように言うのですが、この年齢になると親のことなど何も聞かなくて……。思春期って大変ですね」
力無く項垂れて、覇気なくボソボソと話すモルガナイト子爵夫人。
痩せ。ダイエット。
……不穏な単語。
ただの杞憂なら良いのだけれど、──後で個別に声を掛けてみよう。
その後も順番に、それぞれのお子さんの食事についての話を聞いて行く。
色んな子がいて、子供の数だけ心配なことがある。親の心配はどの世界でも一緒だなぁ。
一周してから、みんなの話を聞いて再度お話したい人を募る。何人かが手を上げてくれて、1周目で話された心配事について、同じような経験を語ったり、やってみて良かった体験談を語ってくれる。
「皆さん、本日も素敵なお話をありがとうございました。次回は来月にしようと思いますが、またテーマ等ご希望があれば個別にご連絡お待ちしております。開催日が決定しましたら、またお知らせ致しますね」
会がお開きになっても、しばらくはお茶とお茶菓子をそのままに、歓談してもいいことにしている。
お茶を飲むわけでもなく誰かと話すでもなく、所在なさげにソワソワと、それでもすぐには帰宅せずに椅子に座っていたモルガナイト子爵夫人に、そっと後ろから声をかける。
「モルガナイト子爵夫人、もしよければ別室でお茶のお代わりでも、いかがでしょうか」
「は、はい!」
ぎくりと体を震わせて、モルガナイト子爵夫人が振り返る。
私の姿を認めると、彼女の瞳がみるみるうちに潤み始めた。
「ありがとうございます……! 私も、ラピスラズリ公爵夫人様にお話をお伺いできればと思っていたのです」
「もし良かったら、別室でお茶の続きはいかがでしょうか?」
「はい、ぜひ……!」
やっぱり思い詰めていることがありそうだ。声を掛けてよかった。
メイドさんに彼女を別室に案内してもらうようにお願いし、私は参加者の皆さんにゆっくりしていってくださいとご挨拶してから、サロンを後にした。
……娘さん、おそらく摂食障害なんだろうなぁ。
描き始めて10万文字、やっと表題通りにサロンを始めることができました!
長かった……
ここまでお付き合いいただいてありがとうございます。
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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