22.王妃様とのお茶会
サロン、準備中です。
サロンというのは、いわゆる女性たちの社交の場だ。貴族同士の情報合戦の場だったのは昔の話で、今の平和な世の中では、ただの趣味の集まり──大人のサークルみたいな感じかな? になってる。平和バンザイ。さすが推定乙女ゲーム。
高位貴族の奥方にとって、サロンの主催は義務に近い。サロンを運営するには、何と言ってもお金がかかる。なので、高位貴族が主催することが暗黙の了解となっているのだ。……多分その文化が始まった最初は、貴族にお金を使わせることが目的のひとつだったんだろうな。江戸時代の参勤交代みたいな感じで。お金を使わせて、王制に造反させる力を削ぐ。
私もアルフレッドと婚約していた頃は、ターコイズ侯爵夫人の主催するサロンに同席させていただいて、運営を勉強させてもらった。ちなみに猫を愛好するサロンだった。私ももふもふは好きなので、癒しの時間だった。
「──して、貴女は何のサロンを開く予定なのかしら?」
王宮のガーデン、その一角にあるガゼボ。
私の目の前では、王妃様がマナーのお手本そのままに美しい所作で、お茶を飲まれている。
舞踏会の豪奢なドレスとは違って本日はシンプルな装いをされているけれど、それが高貴さを際立たせていて、近寄るのも恐れ多い。
そんな王妃様と、私は今向かい合っている。給仕の方々を除けば、二人きりで。
……正直、お茶の味なんて分からない。
「子育てについてのサロンを主催しようかと考えております」
「そう、それは素敵ね」
ふふふ、と王妃様は上品に笑う。
先日の舞踏会の後、王妃様からお茶会の招待状が届いた。王族からの招待状なんて初めてで戦々恐々とする私に、リヴィは何も焦ることなく、淡々と手土産の手配やドレスの準備の相談に乗ってくれた。さすが王妹を嫁にした男……。
舞踏会で国王様から言われた、知恵を借りたい、という件のことなんだろうけれど……いったい何の相談なのか、皆目見当がつかない。だけどこちらから話を切り出すわけにもいかず、他愛のない会話を続ける。
「貴女は難しい子育てに詳しいと聞いているわ。きっと助かる方もいることでしょう」
「ご期待いただきまして光栄です。しかし過分な評価でございます」
本当は児童精神系のサロンを開きたかったけど、リヴィと相談して、子育てサロンにすることにした。
児童精神と謳っては、たぶん困ってる人が来にくいんじゃないかと思ったのだ。
児童精神を題材にしたサロンに通うことは、「うちの子ちょっと問題があります」と公言しているようなものだ。体面や世間体を大切に考える貴族達にとって、それはマズイだろう。
前世でも、精神科には行きにくいからまず小児科に来ました、みたいな声はよく聞いた。……まぁそもそも小児を診てくれる精神科自体がそう多くはないってのもあるだろうけど。
「子育てサロンでは、どういう活動をするのかしら?」
「子どもに関しての他愛のないおしゃべりができれば……と考えております。ただ、高位貴族になればなるほど乳母に任せきりになりがちなので、実際の参加者はそんなに多くはないかと。少数で、困りごとなどをみんなで共有して相談したり、──みんなの前で相談しにくいようであれば、個別で私が相談に乗らせていただこうかと思っております。」
「まぁ、それは素敵ね!」
王妃様は、にっこりと頬に手を当てて可愛らしく小首を傾げた。白い繊細なレースの袖口がふわりと広がる。
「では先んじて、私が相談に乗っていただいても良いかしら?」
──来た、本題だ。
質問の形にはなってるけど、断れないやつでしょこれ。
この流れだと子どものことだよね? え、王妃様の子って王子様じゃん。
無理無理、私には荷が重いよー!
「私がお伺いしても良い内容であれば、恐縮ではありますがお伺いさせていただきます」
「ふふ、そんなに畏まらないで。相談したいのはね、私の息子のことなの」
やっぱりー!!
国王と王妃の第一子である王太子は、私よりもひとつ学年が上で、もう学園を卒業されている。王太子といえば当時、聖女ミモザとひと時の逢瀬を重ねられており、学園内で随分と話題になったはずだけれど……私と違って婚約解消に至ることなくミモザとはすぐにお別れし、今ではかねてよりの婚約者様とご成婚され、今は王太子としての政務を行なっていらっしゃるのよね。
でも王太子はもうすでに成人だし、私に相談を持ち込むには年齢が行きすぎている。ということは、その下の……
「第二王子、ブライアンのことなのよ。今年で10歳、学園に通っていれば初等部の5年生の学年になるわね」
自国の王子のことだ、当然知っている。
この国は王妃に子ができなかった時のみ側妃を迎えることができる法律となっているが、今代の国王と王妃は幸いにも子宝に恵まれ、王太子を始めとして5人のお子がいらっしゃる。王太子が長男としてお生れになった後は姫が3人続き、最後に生まれたのが第二王子ブライアン様だ。
「王族は中等部までは学園に通わずに城で教育を受け、高等部から学園に人脈づくりのために入学することが慣例となっていることはご存知でしょう?」
そう、だから学園に入学もしておらず社交界もデビューしていない第二王子の姿はベールに包まれていて、限られた者しか知らない。
……や、やだなぁ、その限られた者になるの。明確な理由はないけれど、なんか。
「ブライアンも例に違わず、今は城で教育を受けているのだけれど……」
ふぅ、と息を吐いて、王妃様は城を仰いだ。きっと視線の先のどこかで、ブライアン王子は今も教育を受けているんだろう。王妃様が扇を振って合図すると、給仕の方々がガゼボから距離を取る。我々の話が聞こえないように、ということだろう。
「──あの子ね、座れないのよ」
「座れない、ですか」
座れない。立ち歩く。
それは前世の児童精神外来でもかなり多い主訴の一つだった。
……とはいえ、その原因は様々。
立ち歩くというと世間一般的にはADHD──注意欠陥多動性障害が有名で、親御さんたちも『うちの子ADHDですよね?』って感じで来院してたけど。
一言に立ち歩くと言っても、その原因は様々。
かなりざっくりまとめると、単純にじっとできなくてそわそわ身体が動いてしまう、みたいなのがADHD。マイペースでマイルールが強くて、授業中に座ってないといけない理由が分からない、理由はわかっても僕は立ち歩きたいから立ち歩く、座ってなきゃいけないなんてルールは僕には適応されない、みたいなのが自閉スペクトラム症。
後は知的障害なんてこともある。授業の内容が難しくて理解できなくて、退屈だから立ち歩いてしまう。
ADHDは自閉スペクトラム症と合併もしやすいし、それにさらに知的障害も合併するなんてこともしばしばある。単純なADHDだけ、なんてケースの方がむしろ少数派だ。
原因によってもちろん対処法が違うから、鑑別がとっても大切。そのためには、話をしっかり聞いて判断しなければならない。
「あの、もしよろしければ、ブライアン様の幼児期の頃のお話からお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。あの子はね──」
まずはどんなタイプのお子さんなのか、話を聞いてから考えよう。……話を聞いてからの判断になるけれど、例えば特性を指摘したとして、不敬罪とかならないよね?
私はとりあえず王妃様の声に耳を傾けることにした。
ついにブックマーク50人!!! ありがとうございます^ ^
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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