21.PCIT:親子相互間交流療法
さて、ピクニックに来ています。
お弁当を持って、馬車に乗って1時間、郊外の森へ。
家族の時間を作ることが目的なので、別に遠出はしなくても良かったんだけど。
でも、せっかくだから普段行けないところに行きたい! とリクエストしたら、リヴィが計画を立ててくれた。
紅葉が有名な森で、だけどシーズンが終わった今はあんまり人がいないらしい。ただ、落ち葉がたくさんあって子連れには隠れた人気スポットなのだそうだ。
「むし、ないねぇ……」
冬も近づいて、風はだいぶ冷たくなってきたけれど、葉の落ちた木々の枝の隙間からのぞく空は青く澄んでいて、降り注ぐ太陽の日差しがポカポカと暖かい。
孤児院で子どもたちに教わって、虫探しにすっかりハマってしまったレオくん。
だけど手が汚れるのが嫌なようで、しゃがみこんでじっと地面を見つめるだけで、落ち葉や土には触れようとしない。夏の虫ならともかく、数も減ってきた今の季節にはそれではいつまでも見つからないだろう。
「れーくん、むしほしいなー」
「レオくんは虫が欲しいんだね〜」
「そうそう!」
うーん、落ち葉をどけたらダンゴムシくらいはいるかもしんないけど……
アリはすぐに捕まるかもだけど、レオくんの不器用な手には小さ過ぎるだろうし。
「リヴィも一緒に探してあげて」
「……冬に虫探しなど、時間の無駄では? そもそも探してどうすると言うんだ、持って帰るのか?」
「今はそういう話をしてるんじゃ無いの! 一緒に遊ぶことが目的なんだから、虫が見つかる見つからないは極論どっちでもいいの!」
「だが、いないと分かっているものを探すのは……」
「じゃあ何でも良いから、とにかく一緒に遊んであげて」
「…………」
私に言われるがまま、レオくんの隣に同じようにしゃがみ込んではみたものの、そのまま固まって動かないリヴィ。ただ二人してじっと地面を見つめている。二人で並んでいても、当然一緒に遊んでいる雰囲気なんて出るはずもなく。
「……どうやって遊んだら良いんだ?」
──そうだった、リヴィは推定自閉スペクトラム症だった。
自由遊び、苦手なやつだ。
ルールが決まってる遊びなんかは良いんだろうけど。自由時間という、何をすれば良いかわからない時間に戸惑ったり、苦痛に感じたりする子は意外と多い。
「……よし、レクチャーしましょう」
レヴィは小さい頃、両親も教育係も度を越して厳しかったと聞いている。おそらくこうやって、野山で遊ぶ経験などしていないんだろう。学園に入ってからも、図書館に引きこもって法律オタクしてて、外遊びなんてしなかっただろうし。
リヴィに1番必要なのは、知識だ。
知識さえあれば、自分で発想することが苦手でも、なんとかなる。
「とりあえず子どもとの外遊びで困ったら、その辺のもので何かを創作すると良いよ」
例えば石。積むだけで家や城を作ることができる。ペンがあれば、何か描いても良い。
何を創作するのか自分で決められない子だったら、ある程度の枠組みは大人が用意してあげるのが良い。今日は石を使うよ、とか。そしてどうやって作るのか、視覚的にもわかるようにお手本を見せてあげたら、大体はうまくいく。
今日ここだったら……山ほどの落ち葉! これを使わない手はない。綺麗そうな落ち葉を拾って集めて並べるだけでも良いし。カサカサ落ち葉を踏んで遊ぶでも良いし。この大きな落ち葉はお面にして遊べるし、こっちのは指でちぎって、ほらお魚さんの形!
「はっぱのおさかな! ちょーだい!」
「良いよ。どうぞ」
「びゅーん!」
「もらった時は何て言うのかな?」
「ありがと!」
「ありがとうって言えて偉かったね!」
落ち葉の魚を空に飛ばせて機嫌よく遊ぶレオくん。
でも落ち葉は脆いので、力加減の苦手なレオくんは力一杯ぎゅっとしてしまい、あっという間に崩れてボロボロになってしまう。
「こわれた……」
ピタリと動きを止めて、手のひらの中に残った落ち葉のカケラをまじまじと眺めて何か考えている。
あ、やばい、かんしゃく来るかな。
「レオくん、『まぁいいか』だよ」
「……まぁいいか」
「そう、『まぁいいか』! また作ればいいよ」
「またつくればいいか!」
最近レオくんに教えている呪文『まぁいいか』。今日は声掛けがうまくいって、レオくんはそのままかんしゃくに繋がることなく気持ちを切り替えることに成功した。
自閉スペクトラム症の子は、白黒思考だったり完璧主義だったりすることが多い。そんな時に役に立つ『まぁいいか』。小さいうちから教えておくに越したことがないので、私は最近事あるごとに多用するようにしている。
「またつくってぇ」
「『まぁいいか』ができて偉かったねぇ。パパが作ってくれるよ」
「……あぁ、力を尽くそう」
真剣に頷くリヴィ。力が入り過ぎている。
ぎこちなく慣れない動作で葉っぱを集めては、何か形を作ってレオくんに提示するけど、──しかし全然注意を引けずに、レオくんは私の方に寄ってくる。
「めぃぅがやってよー」
「……俺ではダメか?」
「だーめーよー! めぃうがする!」
リヴィ、撃沈。
うーん、こういう、パパとの仲を深めてほしいけどママの方ばっかりに来てしまう、みたいなことは本当によく聞く話で。物理的にパパと二人きりで遊んでもらって、ママはどこか児からは見えない別の場所でお茶でも飲んでてもらうのが一番なんだけど、……まだリヴィにレオくんと二人きりは荷が重いよねぇ。
まずは一緒に遊ぶ練習の前に、レオくんとの愛着形成からだったかな……
だとしたらPCITの理論を教えてあげたら良いかなぁ。
──PCITというのは、親子相互間交流療法のこと。遊戯療法と行動療法に基づいた心理療法で、本来は問題行動が激しいお子さんとその問題に対応できない親御さんを対象としている。実際にお子さんと親御さんが遊んでいるところをミラーガラス越しに観察しつつ、親御さんに付けてもらったワイヤレスイヤホンを通して、こう言ってください、とか指示を出して、関わり方を具体的に教えるものだ。
前世で働いていた大学病院で少し力を入れていた取り組みでもあって、でも実際に患者さんに導入するには人手も時間もかなり取られるし、なかなか導入できないのが現実だった。
本格的なPCIT導入はできないけど、でもPCITの考え方は、子どもとの関わり方に困っている養育者にとっても役に立つ。なので外来ではよく、考え方のダイジェストだけお伝えしていた。
「子どもとの関係を作っていくために、まずは一緒に遊ぶ時にね、子供のリードで遊んでほしいの。その時間のことを、スペシャルタイムと呼びます」
リヴィに話しながら、今度は大きな落ち葉に穴を開けてお面にする。
レオくんは落ち葉の穴から私を覗き込んで、瞳をキラキラと輝かせている。
「まず避けるように心がけてほしいのが、『批判』『命令』『質問』」
批判は当然よね、否定的なことを言われたら楽しく遊べない。命令もそう。
質問はどうして避けたほうがいいのかってよく疑問に思われるけど、質問するってことは会話のリードを奪うことになるし、子どもの話を聞いていなかったってことになるし。
「だが、批判はともかく、命令や質問なしで子育てすることは不可能では?」
「それはそう。だからいつもそうしなきゃいけないわけじゃなくて、スペシャルタイムの時だけ」
まずは関係作りのためのスペシャルタイムだから。その時間を子どもに楽しく思ってもらうための工夫と思ってもらったらいい。
「そしてなるべくたくさん出してほしいスキルが、5個あります。『具体的賞賛』『繰り返し』『行動の説明』『真似をする』、──そして『楽しむ』!」
具体的賞賛は、なるべく具体的に褒めること。例えば、すごいね、だけだと何について褒められてるのかイマイチよくわからないけど、お片づけできてすごいね、だと何について褒められているのかよくわかる。そうやって何について褒められてるのかがわかるようになると、子どもって褒められることが大好きだから、その褒められた好ましい行動が増えたりする。
繰り返し、は子どもの言葉を繰り返すことによって、親がちゃんと話を聞いてるよってことを子どもに示すことができる。子どもたちは、注目されるのが大好き。ちゃんと聞いてくれてたら嬉しい。
行動の説明は、言葉を増やしたい時にやった行動実況中継賞賛法とほとんど同じ感じ。今回の意図は、ちゃんと見てるよ、というサインだ。
真似をする、もしっかり注目しているとというサイン。子どもがしている遊びを真似して遊ぶと、子どもも嬉しいと思う。
そして楽しむ! これだけちょっと概念的だけど、親の気持ちって思ってるよりも子どもに伝わってる。やさしく体に触れたり声の調子を朗らかにして、楽しいよ、と子どもにサインを送ってほしい。
「なるほど。それなら俺にもできそうだ」
「いいね、やってみて! 私は隣で見てるから」
遊びはなるべく、創造的なおもちゃが推奨される。例えばブロックとか、お絵かきとか。ルールのある遊びは、ルールから外れた時に指示しないといけなくなるから子どものリードを奪ってしまうし、批判にもなってしまうかもしれないからあまり推奨されない。
落ち葉遊びなら、ちょうどいいだろう。
落ち葉に触れることへの抵抗がだいぶ無くなったようで、レオくんは自分でも落ち葉を拾っては握りつぶして、キャッキャと喜んでいる。
リヴィはその正面に回り込んで、自分でも落ち葉を拾って握ってみつつ、レオくんの真似をして落ち葉を握る。
「レオは落ち葉の感触を楽しんでいる。俺もしよう」
「はっぱ、びりびりなるよ!」
「そうだな、ビリビリになるな」
行動の説明、繰り返し、ともにばっちり! PCIT、慣れないうちはなかなか実践は難しかったりするけど、初っ端からすごく上手!
レオくんはにっこりと笑って、リヴィに自分の拾った落ち葉を手渡した。
「パパ、やっていいよ」
「落ち葉をくれてありがとう、レオがくれて嬉しい」
「うれしい?」
「あぁ、嬉しい」
「もういっこ、どーぞ」
「レオがもう一枚落ち葉をくれた。ありがとう」
「めぃうも、どーぞ!」
「レオくんはどうぞが上手だね!」
レオくんがまた私の方へ歩いてくる。
PCITは本来なら1対1でするものだけど、別にこれは正式なものではないので、私もレオくんに応じることにする。
とは言っても、メインはリヴィとの交流なので、私は控えめに。
時々リヴィへアドバイスを挟みつつ、PCITを見守る。
30分くらい経ったところで、そろそろ休憩をと私は2人に声をかけた。
「レオくん、リヴィ、そろそろお弁当にしましょうか」
「おべんと、れーくんの!」
散策する人用にもともと設置されていたベンチに座って、ランチボックスを広げる。
サンドイッチは、実は今日の朝、レオくんと作ったものだ。
パンにバターを塗って、具を挟んだだけの簡単なもの。
だけどレオくんは相当楽しみにしていたようで、ランチボックスの中に手を伸ばそうとする。すかさずその手を捕まえて、用意していた濡れタオルで綺麗に拭く。さっきまで落ち葉で遊んでいたからね。拭き終わった手を離して自由にすると、レオくんはさっそく中からサンドイッチをひとつ取り出した。
「れーくん、つくった!」
「キュウリを挟んでみたのよね」
「きゅうり、たべるの」
偏食児童であるレオくんは、食べるものがめちゃくちゃ偏っている。でも今日一緒にサンドイッチを作っていたら急に、キュウリを乗せてみると言い出した。野菜は絶対に食べなかったのに。おそらく絵本で、キュウリ入りのサンドイッチを見たことがあるからだろう。
偏食の子には食育として一緒に料理をするといいと聞いたことはあったけど、本当に効果が出て驚きだ。
「きゅうり、どう?」
「……おいしくない」
食べてはみたけれど、しかし口からべぇっと結局出してしまう。
でも、食べようとしてみただけ偉い!
レオくんを褒めつつ、そうなるだろうなと思っていたので、ハムと卵だけで用意してあったサンドイッチを代わりにレオくんに手渡す。一口だけかじられたキュウリのサンドイッチは私がいただこう。
「はむ、おいしいねぇ」
「そのハムもレオくんが入れたのよね」
「パパにあげる!」
ランチボックスからキュウリのサンドイッチをひとつ取り出して、レオくんはリヴィに手渡した。……そのキュウリのサンドイッチは、自分が食べたくないから渡した感じじゃないかな……リヴィが気付いてないならまぁいいのかな……
「レオが俺にサンドイッチをくれた。くれて嬉しい、ありがとう」
お、PCITしてる!
微笑ましくそのまま見つめていると、レオくんは今度はハムの方のサンドイッチもリヴィにあげた。リヴィがすかさず褒める。そしたらまたサンドイッチが手渡される。
その繰り返しで、リヴィの両手は抱えきれないくらいのサンドイッチでてんこ盛りになってしまった。
「……スペシャルタイムはすごいな」
最初に手渡されたキュウリのサンドイッチを一口食べてから、リヴィがまじまじと手のひらの中のサンドイッチを見つめている。
レオくんは渡すことに満足したのか、私の膝の上によじ登って、自分のハムのサンドイッチをパクつき始めた。
「レオ相手に何をどう声掛けて良いものかわからなかったのだが、……ルールがあるだけで、こんなにやり易いとは」
「初めてとは思えないくらい、上手だったよ! 何々してくれてありがとう、も具体的賞賛に含まれるの。流れるようにスキルがたくさん出てて、すごかったよ」
リヴィが効果を感じてくれてよかった。やっぱり効果に実感があるかどうかによって、今後継続するかどうかかなり違う。
「本当はスペシャルタイムをね、1回5分、できれば毎日継続してやってほしいんだ」
いくら遊び方を工夫したところで、1日遊ぶだけだったら変わらない。やっぱり継続して関わっていくことで、関係も変化していく。
「ふむ……それでレオが俺にも懐くのならば、やってみよう。仕事で帰れない日は仕方がないが……」
「うん、無理はしなくていいから。無理すると続かないからね」
「夕食後にスペシャルタイム、という流れをルーティーンとして組み込むとするか」
「それはいい考えね!」
「しかし、5分で良いのか? もっと長くした方が効果があるのでは?」
「5分がいいのよ。毎日のことだもの。あんまり長い時間にすると続かないから。無理なく、長くやってくことが大切なの」
……リヴィ、やっぱり変わったな。
レオくんへの関心を、見せてくれるようになった。私への態度も柔らかくなってきている。今の彼なら、君を愛するつもりはない、だなんて言わないだろう。
──もしローズ様が、このことを知ったらどうなるだろう。
もう一度、公爵家に帰ってきたくなるかな。なるだろうな。今のリヴィなら、きっとローズ様ともうまくいく。そしたら私はどうしたらいいんだろ。その時はやっぱり、身を引くべきなんだろうけど。──でも、やだな。身を引きたくないなぁ……。
ふと押し寄せた不安を追い払うように頭を振ると、膝の上のレオくんの金色の髪が私の頬をくすぐった。
ずっしりとした膝の上の重みと温もりが、私がここにいることを肯定してくれているような気がした。
今回のお話で出てきたPCITは、実際に存在する療法です。加茂登志子先生の「PCITから学ぶ子育て」、おススメの書籍です。もしよければご一読を!
PCITについて色々書きましたが、結局は1日5分、スマホを置いてただただ子どもと向き合って遊ぶ時間を作るだけでも効果的な気がします。
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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