20.舞踏会(決着)
リヴィの紹介を受けて、観客たちの視線が一気に私に集まる。
──ここはまるで舞台だ。
卒業パーティーでの私の役どころは、悪役令嬢だった。
だけど今回の演目では、私は婚約破棄されて退場するだけの悪役令嬢じゃない。だって、リヴィがしっかりと私を紹介してくれた。妻だって。
だったら今の私は、ヒロインだ!
姿勢を正して、マリーから離れて1人で立つ。
化粧は縒れている。ドレスも乱れてる。
せめて表情は柔らかく、仕草は優雅に!
「見苦しい姿でのご挨拶となり申し訳ありません。ラピスラズリ公爵夫人となりました、メイベルと申します。以後どうぞお見知りおきくださいませ」
幼少期からの淑女教育で叩き込まれたカーテシー。学園に入る頃には身についていた。
右足を後ろに引き、左膝を曲げて。
スカートの端を摘んで、ふわりと持ち上げる。
頭は、下げない。
だから人の表情がよく見える。
私はカーテシーが好きだ。
必死に練習したそれは、気負わなくても自然にできるくらいにはもはや私の一部分になっていて。
思えば、家庭教師を手配してくれたのはターコイズ侯爵家だったな。侯爵家から派遣された家庭教師は、厳しかったけれど最高レベルの教養を私に施してくれた。そこは感謝している。実家である伯爵家では到底雇うことができないくらいの家庭教師だったから。
そこまで手をかけて育てた私をあっさり捨てて、聖女と婚姻を結ぼうとして、でも破綻してるなんて。
ふふ、少し溜飲がさがる。
なんて考えてると、ばたばたとやっと衛兵が駆けつける音が聞こえてきた。
衛兵たちはリヴィと顔見知りのようで、リヴィの存在に気がつくと頷き合った。1番年嵩の衛兵がリヴィに声をかける。
「失礼、こちらで騒ぎがあったと伺ったのですが……」
「この者が俺の妻に無体を働いた。連れて行ってくれ」
「承知いたしました」
城の者たちからの信頼が厚いんだろう、リヴィの言葉は聞き返されることすらなく、あっさりと衛兵たちに受領された。
あっという間に衛兵に囲まれて、アルフレッドの顔色がどんどん青ざめていく。
「ご同行願います。別室を用意しておりますので事情をお聞かせください」
「お、俺はターコイズ侯爵家の者だぞ! 無礼な!」
「はい、ですがここは王宮で御座いますので。我々はここをお守りするよう王より権限が与えられております。こちらへ」
「……ッ、離せ、一人で歩ける!」
衛兵たちに追い立てられるように、アルフレッドは会場から退室していく。
退室する寸前、彼は一度だけ振り返った。視線が合う。彼は何か言おうとして口を開きかけ、しかしやっぱり何も言うことなく、そのまま口を閉じた。
私から何か言うべきかと考えたけれど、私と彼の物語はもう終わってるのだ。──言うことは何もない。
「今日のことはターコイズ侯爵家に正式に苦情を入れさせていただく。いいか、2度と俺の妻に近付くな!」
リヴィが追い打ちをかけるように、力強くアルフレッドを睨みつける。衛兵たちに囲まれた状態ではさすがに反骨心も湧かなかったのだろう、アルフレッドはガックリと頭を垂れて、そのまま扉の向こうに消えていった。
アルフレッドが連れて行かれたことで、余興は終わったとばかりに観客たちは、ひとりまたひとりと散っていく。
「マリー、あんなに人が集まってる中で駆けつけてくれてありがとう。トパーズ男爵も、衛兵を呼びにいってくださってありがとうございました」
「俺からも礼を言う。妻を守ってくれて感謝する」
マリーと、衛兵たちとともに会場に戻ってきていたマリーの旦那さんにも、改めてお礼を言う。
「礼として、今度ぜひ当家にお招きさせていただきたいのだが。精一杯おもてなしさせていただく」
「そんな、恐縮でございます。ラピスラズリ公爵様には、妻が勤めさせていただいていた縁でうちの商品も使っていただいておりますし、当然のことをしたまでです!」
「リヴィもこう言ってるし、ぜひ! アーロくんにも会ってみたいし」
「アーロ?」
「マリーの息子さんよ。学園の初等部なんですって。一緒にお招きしていいでしょ?」
「もちろんだ、君がそう言うなら」
マリーが来てくれたら、成長したレオくんを見てもらうこともできる。レオくんはマリーのこと覚えてるかな、楽しみだな!
今度正式にお招きすることを約束して、その場は別れた。
「……メイベル様とオリヴァー様の関係を、僭越ながら心配していたのですが。先ほどのお二人のやり取りを見て、安心致しました。素敵な夫婦におなりですね」
去り際、マリーが私にだけ聞こえるように小さくささやいて微笑んだ。
そうだよね、マリーがいた頃のリヴィ、ほんと酷かったよね!! そういう話もお茶でも飲みながら、ゆっくり話したいなぁ……。
「宜しければラピスラズリ侯爵様と侯爵夫人様からも、事情を教えて頂くことは可能でしょうか?」
ひとり残った衛兵が、私たちに向けて声をかけてくれたので、私は簡単に先ほど起こったことを説明した。目撃者もたくさんいる状態だったし、裏付けは充分取れるだろう。
衛兵は頷きながら、時々共感もしてくれつつしっかりと話を聴き取ってくれた。
私が話し終わると、今度はリヴィとも話し始めた。
あれ、そういえば衛兵たちに連れて行かれたのはアルフレッド1人だったけど……ミモザはどうしたんだろ?
探してみると、すぐに見つかった。
ひとりぽつんと残されたミモザは、壁際でひとり立ち尽くしている。小さな体で所在なく頼りなげにしている彼女は、そうやって黙って立っているとやはり可愛らしくて庇護欲をそそる。
私でもそう思うのだから、男たちからしたらもっとそうなんだろう。壁際のミモザはすぐに男性に声を掛けられて、瞳を潤ませてると思ったら男性にしなだれかかり、あっという間に連れ立ってテラスに消えて行った。
……すごい、いっそたくましい。
ミモザ、正直その男を捕まえる手腕は尊敬する。
でも、──貴族社会は、厳しい。
学園にいる間のことならともかく、社交界での振る舞いはあっという間に知れ渡るだろう。そうしたら、いくら聖女とはいえどんどん居場所は無くなっていく。
──彼女には、注意してくれる友達がいないんだろうな。
元は平民、それが高等部から急に学園に入学することになって。これまでの世界とは切り離されて。学園はみんな初等部からの持ち上がりで友人グループもすでに完成されてるし、……馴染めなかったことだろう。だから男性にいくしかなかった。でもそれがさらに彼女を浮かせてしまって、悪循環になってしまったんだろうな……。当時は分からなかったことも、大人の視点になるとよく分かる。
かと言って、それを忠告してあげるほど私はお人好しじゃ無い。
アルフレッドと結婚しなくて済んだのはミモザのおかげだけど、──それとこれとは話が別!
「さてメイベル、もう帰ろうか」
衛兵との話を終えたリヴィが、私の手を取った。
そのまま扉──アルフレッドが連れて行かれた方じゃなくて正式な方──にエスコートしようとする。
「え、ちょっと待ってリヴィ、まだ王様への謁見が済んでないんだけど!」
「君の披露目は先ほど済んだ。王など毎日顔を合わせている。わざわざここで謁見など意義が乏しい。それよりも君が心配だ、随分強く肩を掴まれていたし、痛かっただろう……」
いやいや、あなたはそうかもしれないけど、私にとってはそんなことないからね、王様なんて滅多に会えないからね?!
心配してくれているのは嬉しいけど!
確かに掴まれた肩は痛かったけど、帰るほどじゃないから!
「王様の入場前に退室するなんて不敬になんじゃ……」
「あの方はそんな狭量な方ではない。妹の元夫の俺を、側に置き続けるような方だぞ? もし何か言われたら、ターコイズ侯爵子息のせいで装いが乱れてしまった、お目汚しするわけにはいかないからとでも言っとけばいいんだ」
うーん、……そこまで言ってくれるならもう帰ろうかな……いやでも……
気持ちが流されかけた時、会場にラッパの音が鳴り響いた。
チ、と隣でリヴィが小さく舌打ちするのが聞こえる。
「国王アゼルウェルダン=ゴールド様、並びに王妃エスメラルダ=ゴールド様のおなり!」
──そこからは、さすがに入場された王族を無視して帰路に着くことなど出来るわけもなく。
王様からの開会のお言葉があり、王様と王妃様による最初のダンスが披露され、その後やっとお二人が壇上に設えた玉座に着かれたことで、会が正式に開始された。
ダンスに興じる人たちと、謁見の列に並ぶ人たちに分かれる。謁見は身分順なので、公爵家であるリヴィと私は1番最初のグループだ。
「オリヴァー=ラピスラズリ、御前にまかり越しました。御尊顔を拝謁できて恐悦至極に存じます」
「ご挨拶申し上げます、タンザナイト伯爵が長女、メイベルと申します。この度ラピスラズリ公爵家に縁付かせていただきました。微力ではありますが、ラピスラズリ公爵家、ひいては国家のために尽力させていただく所存でございます」
本日2度目のカーテシーで、壇上にいる国王夫妻に最上の敬意を表する。
国王夫妻はニコニコと柔らかな表情を浮かべており、──だけどその黄金の瞳はちっとも笑ってなくて、注意深くこちらを観察している。後ろ暗いことなどちっともないのに、秘密を暴かれてしまうような──決して油断できない、そんな緊張感が背中を駆け抜ける。
「メイベル、君のことはオリヴァーからよく聞いているよ」
壇上から降る声は朗らかで、距離のあるここまで良く通る。
黄金の瞳と、──黄金の髪。レオくんと同じ。王族の色。
「レオが、君のおかげで随分成長したと。……ありがとう。妹が残した子だ、ずっと気になっていたんだよ。オリヴァーは子を可愛がるタイプじゃないだろう?」
はぁ、と溜め息を吐いて、王は大袈裟に肩をすくめた。
「これからもよろしく頼むよ。──君は若い身空で、子育てに詳しいと聞いている。特に、難しい子育てに」
「……買い被りでございます」
「そこでだ、今度君の知恵を借りたいんだが、良いか?」
「……私では力及ばないかもしれませんが、もしお役に立てることがございましたら、何なりとお申し付けください」
「では詳細は追って連絡させてもらう」
引き受けられて当然、そう思ってることを隠しもせずに頷いて、王は腕を横に振った。次、の合図だ。
私たちは最後に礼をとり、謁見から辞した。
「今度こそ帰るぞ、メイベル!」
無事に謁見も済んだし、ラピスラズリ公爵夫人としてのお披露目もすんだし。
緊張が解けて安心すると、せっかくだし並べられている料理をもう少し味わってみたい気がしたけど、──でもここは素直にリヴィの言うことに従うことにした。私を心配してくれてのことだし、私自身ももうクタクタだし。
最近は夜間の中途覚醒もだいぶ減ってきたとはいえ、レオくんも心配だし。
帰りの馬車の中は気が抜けて、眠気が襲ってくる。
リヴィも疲れ切っていたようで──朝から舞踏会開催の準備もあったんだし当然だと思う──、ぐったりと馬車の座席に身体を投げ出している。
あぁでも、これだけは伝えておかないと。
「リヴィ、お疲れさま。……守ってくれてありがとうね」
気怠げに目を閉じていたリヴィは、片目だけ開けてにやりと笑った。
「どうだメイベル、俺は夫婦ごっこできていたか?」
「うん、──最高の旦那様だったよ」
心臓、落ち着け。
あんまり入れ込み過ぎない方がいい。
──想っても、想いは返ってこない。
好きになってしまったら、きっと傷つく。ローズ様みたいに。
夫婦ごっこなんだから、仲良く暮らすためだけに枠組みを設定して演じてるだけなんだから。
勘違いしたらダメ。
屋敷に着くことには、あまりにも濃い1日に、もうクタクタだった。
ベッドに倒れ込むようにして、その夜は夢も見ずにぐっすりと眠ることができた。
舞踏会編、終了です!
ストーリーパートが長く続きましたが、そろそろまた療育パートに戻ります。
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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そして8000PVありがとうございます! 見ていただけてとても嬉しいです!




