19.舞踏会(元婚約者との邂逅)
「やぁだメイベル様、お一人での参加ですかぁ?」
ミモザが私を見て、くすくすと笑った。
相変わらず小動物を思わせる、まん丸の大きな瞳。ターコイズ公爵子息の婚約者として、アルフレッドの瞳の色である水色のドレスを身につけている。水色のドレスは単体だと美しいのに、薄ピンクの桜色の髪の毛と組み合わさると、なんだか急に幼い印象になる気がする。
「お一人でも参加されるなんて、……アルフレッド様にそんなにお会いしたかったのですかぁ?」
いいえ、微塵も。
リヴィが私をエスコートして入場したのは、見ていなかったのだろう。私がテラスでアリスのご両親と歓談しているときに来場したのかな……
舞踏会が開演してしばらく経ってから、王族たちは遅れて登場する。そこで身分の高い者から、王に謁見してご挨拶する。そこで夫婦揃って謁見することで、公爵夫人としての正式なお披露目になるのだ。
そもそも私の嫁入りは、レオくんのお母さん──ローズ様──が王族であった関係でひっそりと行われている。なので正式なお披露目前である現在、私たちの婚姻関係を知ってる者は少ない。……とはいえ、隠しているわけではないので、探ったらそんな情報くらいは簡単に手に入る。アルフレッドも、元婚約者の動向くらいもう少し興味を持って探ったら良かったのに。
「何か御用ですか?」
全く何を言いたいのか分からなかったので、再度同じことを問うてみた。
コホン、とアルフレッドが意味深に咳払いをする。
「……お前は、長く俺の婚約者だったよな」
「はぁ、そうですね……」
「そんなお前を、適齢期で放り出して悪かったと思っている」
え、今更なに……?
てか慰謝料ももらったし、両家で話がついてるからもう終わった話なんですけど。
ターコイズ侯爵は、慰謝料を出し渋らなかった。ミモザは稀少な治癒魔法を使える聖女だし、聖女の血を家門に取り込みたかったターコイズ侯爵の思惑もまぁわかる。穏便に婚約解消できるのなら、とお考えになったのだろう。浮気するような男に娘を嫁がせられないと考えてくださったお父様の想いとも一致して、だからこそスムーズな婚約解消となったのだけど……
「すまない、新しい嫁ぎ先などすぐに見つかるものでもないだろう。嫁ぎ遅れとして、周囲に後ろ指を指されて、さぞ肩身が狭い想いをしているだろうと心配していたのだ」
いや、公爵家に嫁ぎましたが。
まぁ最初は色々あったけど、レオくんは可愛いし、リヴィとも概ね良い関係を築けつつありますが。
「そこで、だ。──俺の愛妾にならないかと思ってな」
……は?
何言ってんのこの人。
浮気して、正式に婚約解消した相手にそんな提案する? え、私が了承すると本気で思ってるの?
「ミモザに嫌がらせするほど、俺のことが好きだったのだろう? 受け入れてやらなくて、すまなかったな」
照れたように頬を掻きながら、アルフレッドは私に笑いかけた。
あまりにも意味不明すぎる。
脳が言葉の意味を理解することを拒んで、思わずフリーズしてしまっているうちに、ミモザまでさらに言い募る。
「でもでも! 今はわたしが侯爵家の正式な婚約者なんですからね! メイベル様は愛妾。正式な婚約者じゃないから身分は伯爵令嬢のままで、そしたらわたしの方が身分は上になるんですよ! 弁えてくださいね!!」
愛妾へのお誘いなんて、婚約者であるミモザの前でする提案? って呆れたけど、どうやらミモザも事前に了承している話のようだった。
……それにしてもミモザ、卒業パーティーの時はもうちょっと取り繕ってる感じがあったけど。この一年弱で、正式に婚約したことに安心してメッキが禿げちゃったのかな……
「それに、アルフレッドが一番愛しているのはわたしですから! メイベル様なんて、侯爵家の仕事をさせるためだけに、愛妾をさせるだけなんですからね!」
「ミモザ、ややこしくなるから少し黙っててくれないか……」
アルフレッドが困ったように、頭を押さえた。
可愛いと思ってるんだろう、ぷぅと頬を膨らませて、ミモザはアルフレッドにさらにしがみ付く。それをアルフレッドは手のひらで押して引き剥がし、ミモザをその場に置いたまま、こちらへ向かって歩いてくる。私との距離を詰めた彼は、私にだけ聞こえるように耳元で小さく囁いた。
「ミモザには聞かせられない話だ、少し話せないか? テラスででも、2人で……」
いや、話せるわけないが?
絶対に嫌だが?
「婚約者のいる身でありながらテラスへのお誘いなど、失礼では?」
「俺の婚約者はッ!」
突如激昂し、熱に浮かされたような瞳で──婚約中もこんな瞳で見られたことはなかった──私を見つめる彼は、焦れたように私の肩を掴んだ。突然の行為で、避けることができなかった。
「お前だったではないか……!」
アルフレッドは、縋るような声音を零す。
……推測するに、ミモザとうまくいっていないんだろう。
ミモザはまだアルフレッドに執着しているようだけど、──アルフレッドの気持ちは離れていそうだ。
まぁそれも当然の結果だよね。アルフレッドとの交際を始める前、ミモザは幾人もの男との交際を繰り返していたけど、誰1人として長くは続かなかった。
火遊びにはちょうどいいけれど、結婚を見据えてとなると違うということだろう。
アルフレッドとも長くは続かないと思っていたけど、……でもあんなに派手に騒いで婚約までしちゃったら、そりゃあもう解消なんて出来ないよね。
「ミモザはその、……侯爵家には馴染めなくてな。侯爵夫人としての素質を不安がられ、……俺を廃嫡して弟に継がせてはという話が出ている」
なるほど、それで焦って、私を思い出したわけか。
ミモザは高等部入学まではもともと平民、それが治癒魔法を見出されて聖女として学院へ入学してきた。侯爵夫人としての教養なんて、身についているわけがない。当然、婚約してからは教育が行われただろうけど、……私ですら、婚約が成ってから10年以上かけて身につけてきた教養だ。だからこそ高位貴族は、幼児期から婚約者を決めることが多い。それを一朝一夕で身につけようなんて、無茶な話だ。
死ぬ気で努力すればあるいは……とも思うけど、そもそもだけどミモザは、在学中からあまり勉強に対して熱心な生徒ではなかった。そうなることは目に見えていただろうに。
「離してください。私との婚約解消を望んだのは、アルフレッド様ではありませんか」
「……俺が間違っていた。だが今更、ミモザとの婚約は解消できん。分かってくれ、メイベル。俺には君が必要なんだ!」
「ッ痛──」
掴まれた肩を振り解こうとしたら、さらに強い力を込められた。
最近レオくんを抱っこして鍛えられてるとはいえ、貴族令嬢の腕力では、騎士団で鍛えられている男の腕力に適うわけがなく。
「やめて、離してください!」
「メイベル、君を愛しているんだ。どうか、俺の思いを受け止めてくれ!」
掴まれた肩が痛い。
生理的に目に涙が浮かんで、視界が歪む。
──怖い。
騒ぎに気がついて、周囲がざわつき始めた気配を感じる。
まるで卒業パーティーの再演みたいだ。あの時は先生が助けてくれたけど、ここは貴族の社交場だ。誰が私を助けてくれると言うのだろう。
あぁ、なんだかもう、全部面倒くさい。
自分の情報を開示したくなくて、とりあえず聞き役に徹してしまったけれど。
最初から、もう結婚してますって突っぱねるべきだった。
──そうだ、リヴィ。
リヴィなら私を助けてくれるかな──
「──何をしている!」
心の中で助けを求めた瞬間、大声が鼓膜を震わせた。
途端に、私の肩を掴んでいた手がびくりと震えて、力が緩んだ。
その隙にアルフレッドから逃れようとして必死で身体を捻り、久しぶりのヒールだったこともあって、バランスを崩す。
倒れる──
と思った瞬間、嗅ぎ慣れた香りが私を包み込んだ。
「メイベル、探した」
「リヴィ……」
ホッとして、緩んでいた涙腺からさらに涙が溢れた。
瞬きをすると、ぽつりと涙が瞳から溢れて、その代わりに視界がクリアになる。しかしまたすぐに視界が滲んでしまう。
「助けてくれてありがとう、リヴィ」
「……君に泣かれたら、どうしていいか分からない」
「ふふ、こういう時は黙って抱きしめるものよ」
リヴィはおろおろと私に視線を向けた後、戸惑いながらも私を抱き止めていた腕に優しく力を込めた。心地よい感触が暖かくて、くたりと体重を預けてしまう。男の人って、手が大きい。そんな場合ではないのに、昨晩の口づけを思い出してしまった。
「彼らは何者だ、何があった?」
「……元婚約者のターコイズ侯爵のご子息、並びにその婚約者の聖女です」
「あぁ、彼らが──」
私を娶るにあたり、私側の事情には通じているのだろう。
心得たとばかりに頷いて、リヴィは突っ立っているアルフレッドを睨みつけた。
「彼女に無体を働いたのは貴殿か」
「む、無体など! メイベルは俺を愛しているんだ、ちょっと行き違いがあっただけで!」
「……愛している?」
リヴィの眉が潜められる。
そうなのか、と視線だけでとうリヴィに、私はきっぱりと否定した。
「いいえ、愛してなんかいません! 愛妾になれって言われたの。拒否したら、肩を掴まれて」
「そうか」
私の返答に、なんとなく満足そうに頷くリヴィ。
いつまでも抱かれているわけにはいかないので、立ち上がろうと身体に力を入れようとしたけど、リヴィはそれを押し戻すように私をぎゅうっと抱きしめた。
「おい、メイベルから早く離れろよ! 部外者はすっこんでてくれ!」
そんな私とリヴィの様子を見て、アルフレッドがまた騒ぎ始める。
リヴィは煩そうにアルフレッドを一瞥し、溜息をついた。
「当事者だと思うが。俺はメイベルの──」
「あのぉ、氷の公爵様ですよねぇっ?」
小走りに駆け寄ってきたミモザは、しかしアルフレッドを素通りして、頬を染めてリヴィの前で立ち止まった。リヴィの言葉を遮って、舌足らずな口調で甘えるように話しかける。
「噂で聞いていた通り、なんて素敵なお方……! わたし、ミモザと申します、こう見えて聖女やってます! そちらのメイベル様とは学園の同級生だったんだんですけどぉ、……すっごく意地悪で、わたしもよく嫌がらせされたんです。公爵様もあんまり関わらない方がいいですよぉ。わたしとあちらでお話ししませんかぁ?」
グイグイ来るミモザに、引き腰になるレヴィ。
さっきまではアルフレッドに執着している様子だったのに、ミモザの変わり身の早さに私も慄いてしまう。それはアルフレッドも同様だったようで、戸惑った視線を向ける。
「ミ、ミモザ……?」
「だってアルフレッド、廃嫡されちゃうかもなんでしょ? 最近なんか冷たいし、もういいや。別れよ、バイバイ」
「そんな簡単に婚約解消はできない、俺はすでにもう1回解消してるんだぞ? 外聞が悪すぎるだろうが」
「そんなのアルフレッドの都合でしょ、知らないよ!」
私たちを巻き込んで痴話喧嘩を始めた二人に、私もすっかり涙も止まり、呆然とただ見つめてしまう。どうしよう、もう帰りたい。帰ってレオくんを愛でたい。
私の思考が現実逃避を始めかけたところで、ふと、騒ぎに気付いて集まってきた観客の中から、知った顔が飛び出してきた。
「メイベル様、大丈夫ですか」
「マリー!」
心配そうに顔を歪ませて、マリーは未だにリヴィの腕の中にいる私に駆け寄ってくる。
「今、夫が衛兵を呼びに行っております。メイベル様、お辛かったでしょう。あぁ、肩が真っ赤になってしまわれて……!」
「──ううん、リヴィが守ってくれたから」
それに、マリーも来てくれた。あの卒業パーティーとは違う。自分から助けを求めなくても、駆けつけてくれる人がいる。
泣いたせいで頭の芯が重たいけど、なんだか晴れやかな気持ちになって。
「君は、レオの世話係をしてくれていた……」
「ご無沙汰しております、覚えていただいており光栄ですわ。オリヴァー様、そんなにメイベル様を抱きしめられては、メイベル様が苦しゅうございますわ」
「でもメイベルが、俺に抱きしめるように言ったのだ……」
言った、確かに言ったけれど!
なるほど、それで離してくれなかったのね? さすが特性持ち、言われたことを場面に応じて理解することが難しい……
「リヴィ、ありがとう。もう一人で立てるわ。次はこの事態の収拾をお願いしたいのだけれど」
「任せておけ」
リヴィが私から離れると、すかさずマリーが支えてくれた。強く抱きしめられたのでドレスは形が少し崩れているし、泣いたせいで化粧も縒れているだろう。そんな私を観客の視線から守るように、マリーが寄り添ってくれる。
カツカツとことさら革靴の音を響かせて、リヴィはなおも言い争っている二人に近付く。
「──貴殿ら、少し黙ってくれないか」
怒りを孕んだ、低いリヴィの声。
決して大きな声ではないけれど、それはしっかりと響いた。アルフレッドとミモザにも届いたようで、二人とも言い争いを止めてリヴィに顔を向ける。
「正式に名乗ろう。俺はオリヴァー=ラピスラズリ。知っての通り、公爵家の者だ」
アルフレッドがたじろぐ。ターコイズ侯爵家は公爵家よりも身分としては一つ下、先ほどまでは敬語も使わずにリヴィにわめき散らかしていたけれど、こうやって正式に名乗られてしまえば、謝罪しないといけない。しかし謝罪したくないのだろう唇を噛んでリヴィを睨みつけている。アルフレッドは在学中から、プライドの高い人だった。
「そして彼女、メイベルは俺の妻だ」
長くなったので、一旦切ります。次は早めに更新できるといいのですが……
そして7000PVもいただいて、とても嬉しいです!
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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