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1.そもそもの始まりは

婚約解消から、メイベルがラピスラズリ公爵家に嫁ぐことになるまでのお話です。


「メイベル、君との婚約を破棄する!」



 幼少期からの婚約者、アルフレッドにそう言われたのは、卒業パーティーでのことだった。


「ごめんなさいメイベル様。わたし、彼を愛してしまったの」


 彼の隣には、聖女ミモザ。瞳を潤ませながら、小動物のように震えている。

 ……けど、アルフレッドに見えないところで私に向けてニヤニヤとした下卑た笑みを浮かべるのが見えた。

 頭を抱えてその場に座り込みたくなるのを、私は軽く頭を振るだけで堪えた。


 この世界には、魔法がある。

 しかし魔法を使える者はほとんどなく、ほんの一握りのみ。その中でも稀少な治癒魔法を使える存在を、聖女と呼ぶ。

 ミモザは平民として生まれながらも聖女としての力を見出され、特待生として学園に入学してきた。容姿の可愛さと、そして貴族女性にはない天真爛漫で、学園の男たちを次々と魅了していった。


「俺は王立騎士団長の息子として、ずっとプレッシャーを感じていた。だけどミモザはそんな俺に──」

「いいですよ」

 なんか始まりそうになったアルフレッドの独白を遮って、私は頷いた。


「婚約、解消しましょう」


 正直、私にはアルフレッドへの恋慕は全くない。お互い政略結婚、恋慕はなくても穏やかな家庭を作っていければとは思っていた。

 ──だけど大衆の面前でこのようなパフォーマンスをされてしまっては、もはや婚約関係を続けてはいけない。


「正式な婚約解消のためには両家の話し合いが必要です。後ほど我が家へご両親と共にいらして下さい。慰謝料等についてはその際──」


「慰謝料だと?!」


 アルフレッドが一際大きな声を出す。

 周囲も騒ぎに気付きだし、ザワザワと人垣を作り始めた。


「メイベル、君はずっと聖女ミモザに嫌がらせをしていたそうだな!」


 嫌がらせ。もちろん記憶にない。


「身に覚えがありませんが……」

「そんな悪女と結婚などできん、だからこれはそちらの有責での破棄だ、慰謝料など必要ない!」

「それはアルフレッド様のご両親と私の両親とで話し合うことでは……」

「うるさい! とにかく罪を認めてミモザに謝罪しろ!」


 アルフレッドは完全に興奮しており、私の言葉が全く耳に入っていない。

 それどころかさらにヒートアップして、唾を飛ばしながら私を罵っている。

 私はそれを無視する形で、1番近くにいた女生徒に声をかけた。

 

「──あの、申し訳ありません。先生を呼んできてくださいませんか?」


 女生徒は心得たように頷いて、その場を離れた。

 身に余る事態は、頼れる大人を巻き込むに限る。

 学園の場合なら、教師。


 ……そもそも、貧乏くじを引いたのだ。

 最近アルフレッドがミモザとよく一緒にいるなーの思ったのが2ヶ月前。あ、恋人同士になったなと気付いたのが1ヶ月前。

 ミモザは恋多き女性だった。割と月単位で新しい男性と恋に落ちていた。王太子とか、宰相の息子とか、すでに魔法省から猛烈にスカウトされている天才魔導師とか、なんか色々ハイスペックな生徒が多かった。だけど、どれも長続きしない。すぐに別れてしまうから、彼らはそれぞれの婚約者たちと婚約解消することなく、一時の火遊びとして認識されていた。

 だから今回もそうだろうと、どうせすぐ別れるだろうと、事態を静観してしまった。

 それが間違いだった。

 婚約者と共に出席する卒業パーティーのエスコートの誘いがなく、これはまずいなと悟ったのが数日前。エスコートはお兄様にしていただくことで事なきを得たのだけれど……


 まさか、卒業パーティーでこんな事態になるなんて。


 まだ喚き立てるアルフレッドを無視してるうちに先生方が到着し、別室に連行され、それぞれの両親が呼ばれた。ミモザは聖女として教会で暮らしているので、身元引受人の神父が来た。


 嫌がらせ云々に関しては当然証拠もなく、両家の話し合いにて、アルフレッド側の有責として婚約は解消されることになった。もちろん賠償金はあり。

 まだ納得してないアルフレッドと、ただひたすらに震えて同情を得ようとするミモザと、それから私に同情的な瞳を向けてくださる先生方へ一礼し、そのまま学園を後にした。





 さて、晴れて婚約は解消されたわけだけど、──私はすっかり困ってしまっていた。

 なんせ、卒業したら結婚するつもりでいたのだ。

 結婚せずに職業夫人になる女性も、もちろんいる。いるけれど、みんな在学中の早いうちからしっかりと準備をしていた。

 新しい縁談を見つけるにしても……ある程度の貴族なら、すでに婚約者がいる。いない者は、おおむね何か事情や瑕疵があるもの──私みたいに。

 いつまでもこのまま実家のお世話になるわけにもいかないし、やっぱり職業夫人として身を立てていくしか……でも私に何ができるだろう……王宮の侍女はもう今年の試験は終わっているし、住み込みの家庭教師にしても伝手が必要……うーん……

 

 悩んでいるうちに数日が経ち、お父様から書斎へ呼び出しがあったのはそんな頃だった。



「ラピスラズリ公爵様との結婚……ですか……?」



 オリヴァー=ラピスラズリ公爵。

 年齢は私のひと回り上。国王の片腕として政治で手腕を振るっているが、氷のように冷たく合理的に仕事を進めるため、氷の公爵様と呼ばれているらしい。 

 夜会で一度だけお見かけしたことはある。うっかり見惚れてしまうような端正なお顔──それに惹かれて数々の女性が彼に熱い視線を送っていたけど、表情は全く動かずに興味すらなさそう、なんなら煩わしそうですらあったのが印象的だった。


「でもお父様、氷の公爵様は確か国王の妹姫さまが降嫁されたはずでは?」


 学園でも噂になっていた。氷の公爵様に一目惚れした妹姫さまが熱烈にアプローチして、国王さまが折れる形でご成婚されたと。式に参加することが出来た女生徒が、お二人が並ぶと夢のように美しくてまるで絵画のようだったと、うっとりと語っていたのを覚えている。


「……まだ公にはされていないが、どうやら妹姫さまは専属騎士と出奔されたらしい」


 お父様は渋い表情のまま、呻くように言う。

 

「妹姫さまとの間にはご嫡男が1人いらっしゃるが、事情があって公爵家の跡を継ぐのは難しいんだそうだ。それで、新しい妻を娶るようにと王命が下り……メイベルの婚約解消の話を聞きつけた先方から打診が来た」


 なるほど、すでに子どもがいる男性との結婚。しかも前妻は王族、その子どもも当然王家の血をひくわけで。

 いくら公爵家と縁を結べるとはいえ、尻込みする令嬢が殆どだろう。──だから、私に打診があったのだ。後がなくて困っている私に。


 ……はぁ。

 身体の底から溜息が出た。


「公爵家からの申し出を、しかもそこまで内情を教えてられて、伯爵家のうちが断れるわけないじゃないですか」

「……すまない、メイベル」


 そもそも私に選択肢はない。例えこの縁談を蹴っても、似たり寄ったりの訳あり案件しか来ないだろう。それなら、覚悟を決めるしかない。

 項垂れるお父様を安心させるように、私は少し微笑んでみせた。



「──そのお話、謹んでお受け致します」



貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

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