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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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19/58

18.舞踏会(不登校・自傷行為の後日談)


 社交シーズンの始まりは、王宮で開催される舞踏会から始まる。

 さすが王宮だけあって、舞踏会会場は、豪奢、の一言に尽きる。

 踏むのを躊躇うほどの絨毯、埃ひとつついていない調度品。非常に高い天井に、キラキラと光を乱反射するシャンデリア。そして、軽食コーナーの中央に所狭しと並べられたご馳走たち!


 結婚してから初めての社交シーズン。

 ここでのお披露目を経て、私は公爵夫人として初めて世間に認知される。


 この大切な舞踏会で、リヴィはしっかり、約束を守ってくれた。

 用意された私のドレスと揃いの刺繍が入ったタキシードを着たリヴィは、当然めちゃくちゃかっこよかった。眼福。

 約束通り舞踏会の会場まで私をエスコートしてくれて、私のために飲み物を取りに行ってくれた。

 そんなリヴィは、──いま、女性たちに囲まれて抜け出せ無くなっている。

 そして私は、色とりどりのドレスに埋もれるリヴィを眺めながらひとりで軽食をつまんでいる……ピンチョスおいしい……


「──メイベルさま!」


 1人でのんびり軽食に舌鼓を打っていると、声を掛けられた。振り向くと、そこに立っていたのはマリー。

 レオくんのお世話係をしてくれていた男爵夫人で、息子のアーロくんの不登校に悩んでいた。息子さんを側で見守る選択をして、公爵家を辞したあとはなかなか会う機会もなくて。

 隣にいるのは旦那さんだろう、以前にマリーから聞いていた通り、穏やかそうな人好きのする笑顔を浮かべている。


「マリー、会えて嬉しい、元気そうで良かった! その後アーロくんはどう?」

「はい、おかげさまで最近はだいぶ顔色がいいんです」


 マリーのことはずっと気になっていたけど、私から連絡を取るのも気を遣わせてしまうような気がして、でも男爵家のマリーから連絡をするのも難しかったんだろう。ちょっと疎遠になっても、こうやって顔を合わせられるんだから舞踏会ってありがたい。


「メイベル様に教えていただいた通り、生活習慣を見直して。体調が良くなったからと言ってすぐに学校に行けるわけではないですが……春から学年が上がったところで、行ってみると言っています」


 それはそうだろう。

 長期間休んでしまうと、休み癖もついてしまうし、何より集団に戻るのが怖くなってしまう。なのでその集団がリセットされる時……新学期からが一番、行きやすいことが多い。アーロくんも休みが長期化してきており、何もきっかけがない中で戻るのは難しいんだろう。


「行けたら良いね」

「ええ、でも期待しすぎないことにしているんです。また新学期になってから決めたら良いよ、と言っています」


 マリーはおっとりと頬に手を当てて、微笑んだ。

 以前は思いつめていたけど、今はどっしりと構えている。

 マリーの中でも、不登校に対する受容ができてきたんだろう。外来でも、不登校が長くなってきて覚悟が決まった親御さんの貫禄はすごかった。


「レオ様は……いかがお過ごしですか?」

「ふふふ、実は最近、孤児院にお邪魔してて。そこで同年代の子どもたちと遊ぶようになったのよ! 言葉も少しずつだけど増えてて。──マリーにもそのうち、また会ってほしいなぁ」

「私もお会いしたいです、きっとこの数ヶ月で、また成長されたのでしょうね……」


 遠くを見るように目を細めるマリー。

 ぜひ成長を見てほしい。

 だけど、この世界ではママ友と気軽にランチってわけにもいかなくて。

 ──気軽に集まれるようなところがあればいいのにな。


 その後はマリーから正式に旦那さんを紹介してもらい、しばらく歓談してから別れた。私たちが話し終わるのを待っていたんだろう、マリーたちが離れると同時に、一組の男女が近付いてきたことに気がついた。

 あれは──


「ご無沙しております、カーネリアン伯爵夫妻。以前父とともにご挨拶させていただきました」

「タンザナイト伯爵家令嬢。──いや、ラピスラズリ公爵夫人。先日は娘のアリスがお世話になりました」


 壮年の男性が、私に向かって深々と頭を下げた。それに合わせるように、女性も頭を下げる。

 アリスは先日孤児院で仲良くなった15歳の女の子で、腕にたくさんの自傷行為の痕が刻まれていた。想いを言語化して家族に伝えることからオススメしていたのだけど、──彼らから挨拶にアリスの名前が出てくるということは、きっとあの後、アリスは家で頑張ったのだろう。勇気を出して、想いを伝えたのだろう。


「いいえ、私こそ娘さんにはお世話になっております。孤児院では、継子がよく遊んでいただいて……」


 アリスの話をもっと聞きたいけど、でもこんな人が多いところでする話でもない。どうしたもんかな、と思っていたら、カーネリアン伯爵夫人の方から提案をしてくれた。


「あの、もしよろしければテラスでお話しできませんか」


 テラスは、他の人にあまり聞かれたくない話をするときに出る場所だ。逢瀬なんかにも使われたりする。

 すでにテラスの何個かは人影が揺れているけど、まだ舞踏会が始まって間もないこともあり、まだ空いているところもありそうだった。

 新しい飲み物を手にとって、三人でテラスに移動する。

 外はもう日が落ちて、少し肌寒い。温かい飲み物を貰えば良かったかな。ノンアルコールのシャンパンにしてしまった。だってなかなかこんなの飲む機会なんてないんだもの。


「改めまして、ラピスラズリ公爵夫人。娘から、親身になってくださったと聞いておりますわ。──我が家の事情に巻き込んでしまって申し訳ございません」

 

 ぎゅ、と。カーネリアン伯爵夫人は強くグラスを握る。

 強く握られた手は、白く色をなくして、いかにも寒々と凍えていそうだった。


「恥ずかしながら、私たちは娘とうまくいっておらず……娘が自分で、自分を、その……」


 口にするのに抵抗があるんだろう。伯爵夫人が口ごもり、それを引き継ぐように伯爵が口を開く。


「娘が、自傷行為を始めるようになってしまって、私たちもどうしていいか解らず、──見て見ぬ振りをしてしまいました。夫婦で話し合って、後継であることが娘の負担となっているのなら、と妹の婚約者に跡を継がせることにしたのですが、それがさらに娘を傷つける結果となってしまい……」


 そっか、アリスは見限られたって絶望していたけど、やっぱり想いがすれ違っていただけだったのね。

 良かった、……基本的に私は、子どもを想わない親はいないってスタンスで外来をやってたけど、でも時々、壊滅的にどうしようも無いケースに遭遇することもあった。あとは、子どもを想ってはいるけれど不器用だったり独善的だったりで立ち行かなくなってるケース。

 アリス側の話だけだったから確証は持てなかったけど、でもなんとなく今回は後者な気がしていたから、話してみるようにアリスにアドバイスしたんだけど。正解でよかった。

 ──前者だったら、もう、子どもが諦めるしかない。親を。どれだけ子どもが頑張っても、どうしようも無い親というのは一定数存在するから。親を諦めて、家庭はもう寝に帰るだけだって割り切って、学校・行政・親戚・社会にいる他人達に育ててもらうしかない。私はそう思っている。


「もうずっと会話もありませんでしたの。それが先日急に、私たち夫婦の部屋に訪ねてきて。──色々な話をしましたわ。これまでのこと、これからのこと。私も、アリスも、泣きながら話を致しました」


 日はもう落ちて、暗くなった空には月が浮かんでいた。

 ライトアップされた王宮の庭園は見事で、テラスからも庭園を散歩する人たちの姿が見えた。何を話しているのかまでは聞こえないけど、楽しそうにしていることだけは遠目にも解った。


「貴女に、家族と話してみるように諭されたと。ありがとうございます、貴女のおかげで私たちはまた家族に戻ることができましたわ」


 アリスによく似た、線の細い顔立ちの伯爵夫人。グラスをテラスのヘリに置いて、私の空いている方の手を力強く握る。その力強さに、少し驚いた。


「ありがとうございます、ありがとうございました……!」

「……私は大したことはしておりません、アリス嬢が頑張ったのです」


 これは本当。

 私なんて、ただアリスの話を聞いただけ。

 見限られたと感じている親相手に自分の想いを伝えるなんて、怖かったと思うし、めちゃくちゃ勇気も必要だったと思う。

 だけど私の言葉は謙遜と受け取られてしまったようで、私の手を握る伯爵夫人の手に、さらに力がこもる。 


「もし宜しければ、ご教授いただきたいのです。アリスの、き、……傷、がまた増えた時、私はどう振舞ったらいいのか。あの子に何を言ってあげればいいのか」


 カーネリアン伯爵夫人は項垂れて、力強い腕とは対称的に、か細い声で呟いた。

 

「難しい問題ですよね。……実際の傷を見つけた時に、どう振る舞うか」


 その子がどういうつもりで自傷しているかにもよるから、確立した声かけの方法があるわけじゃない。

 例えば、気をひきたくての自傷行為ならあまり構わない方がいい。自傷行為によって注目が集められる、って誤学習してしまうから。何かあった時、優しくしてほしい時、自傷行為でしか発信できなくなってしまうから。間違った方法での注意獲得行動。そういう子の場合は、自傷以外のこと──私が今回アリスに勧めたみたいに、自傷の代わりに言葉で注意を引けた時にこそ構って、しっかり話を聞いて褒めてあげてほしい。自傷してもいいこと無いんだって学習し直してほしい。


 ただ、ほとんどの自傷行為は隠れて行われる。子どもたちは傷のことを、大人たちに言わない。

 間違った注意獲得行動として自傷するような子たちも、最初はみんな隠れて傷付けていたはずで。


 そういう自傷を偶発的に見つけた時は、……手当をしてあげてほしいと思う。そして子どもを大切に思っていること、大切な人が傷付くと悲しいことなどを伝えてあげてほしい。


「……というのが、私の考えです。ですが子育てに正解などありません。あくまで私の考え、ということをご理解ください」


 おそらくアリスの自傷は、家族と和解した所ですぐに無くならないだろう。自分でもそう言っていたし。


「アリス嬢は、手当してもらえると喜ぶと思いますよ」


「ありがとうございます、……親として自信が無いことばかりで」


 私よりもひと回り以上も年若い、アリスとそう年齢も変わらない貴女に教えを乞うなんて情けない話ですが、──こんな話、他にどこに相談したらいいのか解らないのです。

 カーネリアン伯爵夫人は、途方に暮れたように眉尻を下げた。


「ラピスラズリ公爵夫人は、サロンは開かれないのですか?」

「……いずれは、とは思っているのですが。まだまだ若輩者でして」


 サロン。

 貴族の邸宅で開かれる、規模の小さな社交場のこと。

 最近はいろんなジャンルのサロンが開かれているようで、刺繍、お料理やスイーツ、楽器、読書、変わりどころでは舞台の歌姫を研究するサロンなんてものもあるらしい。

 まぁ、大人の部活動みたいなイメージなのかな?

 位が上の貴族が開催することが暗黙の了解となっている。

 私も公爵夫人として、今日正式にお披露目されてしまったので、……おいおい開催していかないといけないやつだ。公爵家は王族に継ぐ1番上の位だし。

 どうせするなら、児童精神のサロンがいいな。やっぱり得意なことがいいもの。お子さんのことで心配事がある人は相談に乗りますよって感じの。

 でもそれだと、プライバシーのこともあるからマンツーマンになる。それってサロンなのかな……?

 帰ったらリヴィに相談してみよう。


「──子どもたちの心についてのサロンを開いたら、需要はあると思われますか?」


 ぱ、とカーネリアン伯爵夫人の頬が染まった。

 それから握りしめた私の手をぶんぶんと勢いよく振る。身体が揺れて、もう片手に持っていたグラスからシャンパンがこぼれそうになったけど、ぎりぎり踏みとどまった。


「ええ、ええ! もし開かれたら私、ぜひお邪魔させていただきますわ! お友達でも、子育てに悩んでいる方は多いですもの。人気のサロンになりますわ!」


 人気……になるかは分からないけど。

 せっかく前世の記憶を持ってても、私には物語の異世界転生者みたいに無双できるような知識も発想力もない。

 この世界では薬も無いから、出来るのは環境調整や行動処方くらいで、──ほんとに小っぽけなことくらい。

 だけどそれでも、役にたつと言ってくれる人がいるなら。

 私はそもそも、働くことが好きなのだ。


「……夫と相談をしてみます」


 もし児童精神のサロンを開けたら、マリーももっと気軽に公爵家に来れるかもしれない。

 レオくんみたいな自閉スペクトラム症の子どもを育てるおかあさんと出会って、あわよくばママ友になれるかもしれない。


 なんだかワクワクする気持ちを抱えて、カーネリアン伯爵夫妻と別れた。会場に戻ると、途端に夜の熱気と湿度に包まれる。

 会場を見渡すと、さっきレヴィを囲んでいたはずのドレスの塊は消え去っていて、レヴィの姿もさっきの場所になかった。

 私がテラスにいる間に、見失った私を探しに行ってくれたのだろう。私もレヴィを探しに行くか──

 グラスの中のノンアルコールシャンパンを一気に飲んで、ウエイターに渡した。


「……メイベルか?」


 今日はいろんな人に声を掛けられる日だ。

 名前を呼ばれて無意識に振り向いて、──ぎくり、と身体が強張った。


 アルフレッド。

 私の、元婚約者。

 その腕には、今日も今日とて聖女ミモザが絡み付いている。

 噂を聞くところによると、私と婚約解消した後、2人は婚約したらしい。

 ……わざわざ声を掛けてくるなんて、完全に嫌な予感しかしない。


「何のご用でしょうか、ターコイズ侯爵家御子息様ならびにその婚約者様」


 まるで卒業パーティーの再演のよう。

 せっかくのいい気分が台無しだ。


 ──こうして、私は彼らと望まない再会を果たした。



貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

感想や☆の評価をいただけると、励みになります!


やっとタイトル回収の兆しが見えてきました……

そして次回は、ぷちざまぁができる、かな?

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ふむ… 親子のための教育・メンタルヘルス相談ができるクラブやサロンを運営するのは、簡単な仕事ではないね。特に、貴族派閥同士がしばしば対立するこの国、この世界ではなおさらだ。適切な秘密保持も、必ず確保し…
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