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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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16.夫の独白


 ────何から話せば良いだろうか。


 俺も幼い頃、言葉が出なかった。レオと同じだな。話し始めたのは3歳を過ぎてからだと聞いている。

 一番古い記憶は、文字のテストで間違えて教育係に手のひらを鞭で打たれた記憶。間違えた数を打たれるんだ、何度も何度も。俺だって幼い子どもだ、当然泣くだろう? そしたらまた打たれるんだ。

 ……厳しい教育係だった。幾度となく飯を抜かれたこともある。俺が出来損ないだったこともあるが、──とにかく、苦しかったことを覚えている。


 ……両親が守ってくれなかったのかって? 

 公爵家の跡取りとしての厳しい教育を一番望んでいたのは、両親だろう。

 今思うと、教育係も俺の両親に結果を出すように求められ、焦りが強かったのかもしれないな。

 母の開催する茶会にもほとんど出席することはなかった。子どもたちと遊ぶ時間があるのなら勉強しろ、と言われていたが……本音は、劣った俺を見せたくなかったのだろう。


 学院の初等部に入学し、教育係が来なくなった時には心の底から安堵したことを覚えている。

 学院は素晴らしいところだった。

 間違っても叱られない。失敗しても打たれない。

 質問に行くと教師が優しく教えてくれるし、褒められる。

 褒められる経験などほとんどなかった俺は、もっと教師に褒められたくて、暇さえあれば勉強をするようになった。理解できるようになれば、あんなにも嫌いだった勉強は嘘の様に面白く、──テストの点数が上がるたび、劣っていた自分と決裂できていくようで。

 特に惹かれたのは法律だ。

 学ぶほどに奥が深く、うまく組み上げられているようで抜け道もあり、俺だったらこう言う風に法整備するのに、と考える時間が楽しかった。


 対人関係は難しかった。

 まず興味の対象が違う。したい遊びが違う。何を考えているか全く理解できない。そんな相手と、何を話していいか分からず、話していて楽しいと感じたこともなかった。

 当然、友人と呼べる存在はできなかった。

 だが俺が公爵家ということもあったんだろう、仲間外れにされることはなかったし、いじめを受けることもなかった。

 休み時間に一人でいることを教師には心配されていたが、俺は特に不都合を感じることはなかった。彼らと話すよりも本を読んで知識をつけることの方が楽しかったからな。


 周囲の様相が変わってきたのは、中等部に上がった頃からだったか。

 静かだった俺の周囲に、女たちが現れ始めた。

 好きだの、付き合ってほしいだの、理解不能だった。婚約者がいる女もいたから、最初は何の冗談かと思ったのだが、どうやら本気らしい。

 ……辟易とした。

 恋だの愛だのが流行していることは知っていたが、俺を巻き込まないで欲しかった。

 こんな劣っている俺なんかの、どこが良いと言うのか。

 心掛けて手酷く断るうちに、高等部になる頃には交際を求めてくる女は減ってきた。代わりに、遠巻きに俺を観察する女共が増えた。

 後から知ったところだが、どうやら俺のファンクラブなるものが存在し、俺を煩わせないように統制を取ってくれていたようだ。

 ありがたいことだ、俺はまた静かに図書館で勉強する日常を取り戻した。


 そんな頃、俺の目の前に現れたのがレオの母親──ローズだ。


 直系の王族たちは、中等部までは城で教育を受けるのを知っているか? 高等部から入学し、貴族たちと交友を深めるという慣習がある。

 ローズも例に漏れず、俺が高等部に進学した年に入学してきた。

 王族の証である黄金の瞳と黄金の髪を持つ、透き通るような美貌の姫。その儚げな姿に随分と男子生徒たちが浮き足立っていたのを覚えている。


 入学当初、教室で男子生徒に囲まれて困っているローズを目撃して、──つい助けたのが、始まりだった。他人事に思えなかったんだ、昔の俺を見ているようで。


 それからローズは、俺が図書館で勉強しているといつの間にか現れるようになった。隣のテーブルに座って、読書をしたり、宿題をしたり。

 俺が彼女に気付いて視線を上げると、彼女ははにかみ控えめに笑う。

 彼女は好意を隠そうとしなかったから、いくら鈍い俺でも、彼女の気持ちを察することはできた。もしも交際を求められたら断っていただろうけれど、──しかし彼女は、ただ俺を見つめるだけだった。


 そんな俺たちを目にした生徒たちは、俺たちが付き合っているのではと噂した。


 それが王の耳に入ったのだろう。

 ローズとの婚約を打診された。

 当時も周囲の国との関係も安定しており、他国と婚姻で結びつきを深める必要がなかった。それなら王族の血を外に出すよりは国内で、と考えられたのだろう。

 父は話を受け入れ、学院の卒業を待って降嫁してくることが決定した。


 婚約が成った翌日、登校すると待ち構えていたローズが俺の腕を引っ張り、空き教室に連れ込んだ。二人きりになったところで、ローズは頬を薔薇色に染めて俺に抱きついてきた。


「婚約を受けてくれたと聞いたわ。オリヴァーも私を好いてくれていたのね、嬉しい!」


 俺がローズを好いている?

 確かに好ましくは思っているが、それは級友としてであって、特別な感情ではない。恋愛の感情を俺は今まで感じたことがなく、おそらく今後も誰かを愛することはないだろう。


 そのようなことを伝えたと思う。

 薔薇色に染まっていた頬は見る見るうちに色を無くし、涙で潤んでいく黄金色の瞳を見ているうちに、彼女を傷付けたであろうことには気づいたが、かといって嘘をつくのも誠実ではないだろう。

 ……いまだにあの時、どう言うべきだったのか答えは出ない。


 そういえばそれからしばらくして、変わった女に付きまとわれることがあったな。事情があって平民として育てられた、男爵家の娘だったか。事あるごとに俺の目の前に現れて、「あなたは劣ってなんかないわ」だの「ご両親はあなたを愛しているはず」だの、よく分からんことを捲し立てていたな。ローズに嫌がらせされていると言っていた事もあったか。

 次から次へと男へ声をかけてトラブルを起こしたので退学になり、その後はどうなったのかは知らんが。


 ん? その女のことが気になるのか?

 ローズに嫌がらせされたと言う訴えは、もちろん虚言だった。その女の用意してきた証拠とやらはことごとく捏造だったからな、暴いてやったよ。俺の婚約者が貶められたのだからな、それくらいは当然だ。


 話が逸れた、戻そう。


 ローズとの婚約を契機に、城で国王に謁見することも増えた。

 幸いにも国王は俺のことを──というよりは、俺の法律に対する知識だろうか。国の役に立つと気に入ってくださり、法務官として王に仕えるようにとお達しを戴いた。

 国の法律制定に関わることは夢だったから、単純に嬉しかったよ。だが、──満たされなかった。王に引き立てていただき、国の中枢に関わる様になっても俺の心の奥から、劣っているという想いが消えることはなかった。もっと仕事に打ち込めば満たされるのではないかと、さらにのめり込んでいったよ。


 卒業の翌年、俺とローズは式を挙げた。

 それと共に俺は父から公爵位を受け継いだ。爵位を持たない状態では王族を降嫁できないからな。

 引き継いだばかりの公爵領の領地運営、王宮での法務官としての仕事。

 ……俺も手いっぱいで、余裕がなかった。

 朝早くに家を出る俺を、ローズはいつも玄関まで見送ってくれた。黄金色の瞳で、何も言わず、ただ俺を見つめていた。


 子を授かったのは、結婚してから数年が経った頃だ。

 生まれてきた子どもはローズと同じ黄金色の髪、俺と同じ深い藍色の瞳。

 ローズは生まれてきた子を可愛がっていたよ。少なくとも俺にはそう見えていた。


 ただ、──子どもが懐かないことを気にしていると。

 母親や乳母と他の使用人の区別なく、世話をしてくれるなら誰でも良さそうである。さみしいから抱っこしてほしい、みたいなことがなく、人を求める様子がない。

 ローズはそれを気にしており、心配していると。

 ローズの侍女から報告を受けた時にも、俺は重く受け止めていなかった。

 子育てのことはわからなかったし、乳母もいたから任せておけば良いだろうと。……ローズは相も変わらず、黙ってじっと俺を見つめるだけだった。


 1歳半を超えてもレオの言葉が出ないことを聞いたのは、乳母からだった。

 真っ先に思い浮かんだのは、俺の幼少期のこと。

 ──同じことを繰り返したくない。

 レオは伸び伸びと育てばいいんだ、あんなに辛いことを繰り返してまで、公爵家を継ぐ必要はない。継げる子をまた作れば良いだけだし、養子をとっても良い。

 

「レオを後継としない」


 そう伝えた時も、ローズは何も言わなかった。次の子をと話すと、その黄金の瞳でじっと私を見つめ、──ぽろりと涙をこぼした。

 なぜ泣くのか、ちっとも理解できなかった。涙をこぼし続ける彼女に動揺し、俺は何も言えなかった。

 ……いつも、上手い言葉が出てこないんだ。数式のような答えのあるものなら簡単なのに。人の心のような見えないものに、どう対応しろと? いくら取り繕ったところで、俺の根底は欠陥品だ。だから、人の心のわからない氷の公爵、などと世間から呼ばれているのだろう。


 ローズが出て行ったのは、その翌日だった。

 王女時代の護衛騎士が手引きしたようだった。


 最初はすぐに帰ってくるだろうと思った。だから、大ごとにせずに待とうと。

 しかし1週間経ち、2週間経ち、……それでもローズが戻ってくることはなかった。

 残されたレオは泣くこともせず、母が出て行ったことにも気がついていないように見えた。無心に積み木を並べて遊ぶ子ども。

 異質だったよ。その姿を見て初めて、ローズが何に苦しんでいたのか理解できた。

 同時に、──ローズはもう帰ってこないだろうと悟った。


 そこからは、まず国王に報告し、謝罪した。

 王族から賜った姫を、幸せにすることができなかったこと。

 王は俺を責めなかった。ローズの兄として、ただ残念であるとだけ。


「だが国王としてはそのまま看過出来ん。公爵家として家門を継ぐものを育てなければならん。新たな妻を娶り、子を成すように」


 その命に従って、君を娶ったんだ。

 後継たる子を産んでくれるなら誰でも良かった。


 レオが言葉を話し始めて、最初は君が厳しい教育をしたのかと思ったんだ。俺が幼少期にされたように。

 だが、君はレオを慈しんでくれた。

 ……君のレオへの関わりを見ていると、いつも胸が締め付けられる。正解はこれだったのか、と。


 ──俺も、こう育てられたかった。


 君がレオを慈しむたび、幼い俺も癒やされていくようで。

 君がレオを肯定するたび、俺も共に肯定されているようで。


 ……おかしいだろう、ひと回りも年下の君にこんな気持ちを抱くなんて。


 君を尊敬する。

 君のおかげでレオもどんどん成長している。このまま育てばもしかしたら公爵位を継げるまでになるかもしれない。

 レオはきっと、俺のようにはならないだろう。


 この家に嫁いできたのが、君で良かった。

 俺は至らない夫だが、君のために出来ることがあるならば何でもしたいと思っている。


 俺は君を見ているだけで満たされるんだ────




貴重な時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

☆の評価や感想をいただけると励みになります!


おかげさまでローファンタジーの日刊ランキング78位に入りました!

一瞬でしたが、嬉しすぎて何回も眺めました。笑

評価もブックマークもいただいて、目標にしていた100ptが近付いてきています。

各話にリアクションもいただいて、本当に励みになります、ありがとうございます!!

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