15.舞踏会前夜
今日は2回目の投稿です!
15.舞踏会前夜
「……すまない、少し良いだろうか」
それは、王家主催の舞踏会の前夜。
私の公爵夫人としてのお披露目にもなる、重要な舞踏会。
レオくんの寝かしつけが済み、明日は舞踏会なので私も早めにそろそろ寝ようかと考えていた頃、オリヴァー様が寝室に訪ねてきた。
「な、何か御用ですか?」
驚きを態度に出さないようにとは思いつつ、しかし声が上擦ってしまった。
いや、一応ここは名目上夫婦の寝室だし、オリヴァー様が来ることには理由なんて必要ないわけなんだけど。
──完全に油断してた。もう寝ようと思っていたので、私は寝間着に着替えてしまっている。……この寝間着が問題なのだ。
メイドたちが用意してくれるものなんだけど、いつ求められてもいいように、オリヴァー様が屋敷に滞在している時は、……割と大胆なデザインのものが用意される。今日のは生地が薄く、割と肌が透けて見えている感じのもの。ここに嫁いできた役割を考えると文句も言えず、そのまま着ていたのだけれど……
「ここではレオを起こしてしまいそうだ、……場所を変えようか」
「分かりました、着替えますので少しお待ちいただいてもいいですか?」
「着替え? そのままで良いのでは?」
このままでいいって言うと……
──え、まさか夫婦の営みのお誘いに来た? お披露目の前に名実ともに夫婦になっておこう的な?
急展開に、心臓が脈打つ。
どうしよう、急すぎて心の準備が追いつかない。
これまで2回、覚悟を決めたけど肩透かしをくらって、レオくんと寝る様になったし、するにしてもしばらく先かなって思ってた。なんとなく。
……え、本当に?
ここではレオくんが寝てるから、オリヴァー様の部屋でするのかな。オリヴァー様の部屋には誰も立ち入ることを許されていないって聞いていたけど……
「オリヴァー様のお部屋にお伺いさせていただけるのですか?」
「え、いや……食堂はどうだ? 明日の確認だけだから、すぐに済む」
食堂。
明日の確認。
……あ、そういうこと……
「それであれば、やはり着替えます。──オリヴァー様は私が、このようなあられもない姿で人目に触れる可能性のある場所へ行くことを推奨されるのですか?」
くるり、とオリヴァー様の前で服を強調して回ってみせる。
私ばっかり意識してしまったことへの意趣返し。
そこで初めて私の着ている服に目が向いたのだろう。珍しくオリヴァー様は狼狽した様子で表情を崩し、慌てて私に背を向けた。
「……なるほど、承知した」
オリヴァー様は、言わないとわからない。
空気読んで、とか、普通わかるでしょ、とか。そういうのが駄目なのだ。
私も最初は貴族的に遠回しに伝えようとしたり、濁した言い方をしたりしていたけど、──壊滅的に伝わらなかった。
「では、食堂で待ち合わせよう。準備が出来たら来てくれ」
踵を返してあっという間にオリヴァー様は去っていく。
あんまりお待たせするわけにはいかない。私は慌てて、室内着への着替えに取り掛かった。
明かりを落とした廊下はもう真っ暗だった。
燭台のみで歩く廊下は、なんとなく心細い。食堂にたどり着いた時には、そこから漏れる光にホッとした。
「お待たせいたしました」
「いや、急に声をかけて悪かった。事前に伝えておくべきだった」
少しバツが悪そうにしながらも、オリヴァー様は私にも椅子を勧めた。
机の上には、ティーポットが一つとカップが二つ。
「もうメイドも休憩に入ってるからな、自分で淹れてみたんだ」
オリヴァー様は私の前にもカップをおき、お茶を注いでくれた。温かそうな湯気が立ち上る。
「ありがとうございます」
一口含むと、優しい香りがふわりと広がる。カモミールかな、寝る前だからカフェインが入ってないものを選んでくれたんだろうか。
「……美味しいです!」
「そうだろう、夜起きて仕事をすることが多いからな、練習したんだ。王宮のメイドにお願いするわけにもいかないから」
淡々と答えるオリヴァー様の声音には、少し得意げな様子が混じる。
あまり表情が変わらない彼だけれど、時間を共にすることが増えるたび、少しずつ私でも彼の心の動きがわかるようになってきた。
「それで、明日の確認なのだが。……明日、俺は先に城に行って、仕事がある。あとで合流するので、会場に入って待っていてもらって良いだろうか」
「……良くないですけど?」
わざわざ夜に訪ねて来て私に打診するくらいなので、それが一般的に良くないということは彼もわかっているんだろう。
明日は私が公爵家に嫁いできて初めての舞踏会であり、お披露目でもある日。そんな日にエスコートもなく一人で入場するなんて、不仲ですと周りに吹聴しているようなものだ。
「すまない。しかし、どうしてもこちらに君を迎えに戻る時間が取れそうになくて……」
「前々から思ってたんですけど……オリヴァー様、法務官をしてらっしゃるんですよね? どうしてそんなに忙しいんです? その仕事、本当に明日やらなければいけないことですか?」
法務官として王の補佐を行なっていると聞いている。
だけど、法改正なんてそんな頻繁に行われることではないし、本当にそんなに忙しい?
最初は他に女を囲っていて、仕事を言い訳に帰ってこないだけかと思っていたけど……付き合っているうちに、この人は基本的に女性に興味がない、って分かって来た。むしろうっすらと女嫌いだとすら思う。
「舞踏会の責任者を任されている。当日にならないと届かないものもあってだな、その最終確認が必要で……」
「それ、法務官の仕事です?」
「違うが、……王から直々に、舞踏会の開催を担当するようにと。公爵家でも采配を取っているだろうから、同じノウハウで開催してくれと」
「普段帰ってこないのも、そういう法務官として以外の仕事が多いからですか?」
「その通りだ。王から仕事を任されることは名誉だから」
「……その分のお給金は貰ってるんです?」
「いや、法務官としての給金のみだな。だが我が公爵家は幸いにも領地経営も軌道に乗っており、金には困っていない」
……要するにサービス残業ってやつね! それともやりがい搾取?
王政ってブラック企業なんだ……この世界の価値観もあるだろうし、本人が納得しているなら、それでいい気もするけど……
それよりも、私が譲れないことに話題を持って行こう。
「それはそうとして、あまりにも仕事が多すぎです! ちゃんと部下にも仕事を割り振ってますか? 全部ひとりで抱えこむのって、偉くもなんともないですよ。部下を信頼して仕事を任せるのだって、才覚ですよ」
これは私が昔、専門医取得したての頃に上級医に言われた言葉だ。全部自分で確認してオーダーしないと安心できなくて、研修医に仕事を割り振らなかった。それで仕事が手一杯になって、さらに研修医に仕事を教える時間も取れなくなって。そしたら仕事ができないままだから、さらにやらないといけない仕事が多くなって、の悪循環。
「仕事のしわ寄せがプライベートに来ています。家族をないがしろにしていると思います。最近は当初に比べると顔を合わせる頻度も増えましたが……それでも少ないです!」
レオくんと食事を一緒にしたいと彼が言ってくれて、それから1週間に数回は帰ってきてくれるようになったけど。
それでも顔を合わせるのは、食事の時だけだ。
何か一緒にするでもないし、どこかに出かけるでもない。
1週間に数回しか顔を合わせないのは、私の感覚としてはやっぱり少なすぎる。
「……明日のことはもう仕方がないです。でもせめて、王宮の前で合流してください。そして舞踏会会場への入場では私をエスコートしてください。私は蔑ろにされている妻として皆さんに周知されたくありません!」
「分かった、そうしよう。屋敷を出る前に先触れを出してくれたら、王宮の正門まで迎えに行く」
「約束ですよ! 次からは屋敷からエスコートしてくださいね」
彼は私のお願いしたことを、できる範囲で検討して、尊重しようとしてくれる。察することができないだけで、決して自分本位なわけではないのだ。
「──前の奥様は、文句は言わなかったのですか?」
その一言に、オリヴァー様がびくりと身体を強張らせたのが分かった。
国王の妹姫さま。レオくんの実母。
オリヴァーさまに一目惚れした妹姫さまからの熱烈なアプローチで、公爵家に嫁いでこられて。でも騎士と出奔してしまったと。
──本当は彼女について、ずっと話を聞いてみたかった。いつもはレオくんも一緒にいるから、妹姫さまの話は出さないようにしていたけど。でも、今夜はちょうど良い機会かもしれない。
「彼女は、何も言わなかった。……ただ、いつも俺をじっと見ていた。その黄金の瞳が、忘れられない」
ふぅ──
オリヴァーさまの口から、深いため息が漏れた。
人形のように整った顔は相変わらず無表情で、だけど苦悩がにじんでいるのが見て取れた。
この人は人間だ、と。強く感じる。
「そうだな、君も知っておいたほうが良いだろう。俺の元妻、──レオの母親のことを」
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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次回は、公爵さまの過去話です。




