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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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14.自傷行為2

前回に引き続き、自傷行為の表現があります。

苦手な方はスキップしていただければと思います。



「話してくれてありがとう」


 表情の消えたアリスからは窺い知れないけれど彼女はおそらくいま、怯えている。

 私がどんな反応をするか。

 否定されるのか、蔑まれるのか。

 きっと怖くて仕方がないだろう。


 だから安心させるようになるべく優しい声音で、私はアリスに語りかける。


「アリスはずっと、悲しかったね」


「──……ええ、そうです、その通りです」


 ぱちり、

 瞬いたアリスの瞳から、ひと雫こぼれた。

 見る見るうちに瞳は涙であふれて、塩辛そうな涙が彼女の頬を濡らしていく。


「わたくしはずっと、悲しかったのですわ──」


 そう、言語化が大切。

 情動を傷にぶつけるのではなくて。

 だけど彼女はこれまで、その練習をしてこなかった。


「他にはどんな気持ちがある?」

「さみしい、ですわ。わたくしのことも見てほしい。妹ばっかりずるい。どうして私ばかり勉強しなければならなかったの」

「うんうん」

「自分を傷付けるなって叱って欲しかった。見て見ぬふりはつらい。傷を付ける前に気付いてほしかった」

「それはほんとそう」

「あんなに頑張ってたわたくしをあっさり捨てるなんてひどい。嫌われてしまった、嫌わないでほしかった」

「そうだね、頑張ったよね」

「助けてほしい。どうしよう。本当は結婚だってしたかった。わたくしはこれからどうすれば? ひとりで生きていくなんて怖い」

「それからそれから?」


「……愛して、ほしい」


 堰を切ったように溢れる言葉たち。

 上等だ。

 こんなに上手に言語化できるなら、勇気を出して一歩踏み出すことさえできれば事態は好転するだろう。


「その気持ち、ご両親は知ってる?」

「……いいえ、知らないと思います」

「じゃあ伝えないとね」


 アリスには、圧倒的に家族との対話が足りてない。

 親御さんの心の動きは全てアリスの想像でしかなくて、──思い込みでしかない。

 アリスの狭くなった視野からの話だけでは窺い知れないけど、なにか誤解があった可能性が高い気がする。

 親御さんも、どうしていいか分からなかっただけなんじゃないかな? 娘が自傷してるのを見つけて、動揺せず振る舞える親なんている? アリスに言っても反発されるだけだろうから、口にはしないけれど。


「…………」


 先ほどの言葉の奔流が嘘のように、困った様に押し黙るアリス。

 ……仕方ない、こちらから助け舟を出すか。


「そうよね、簡単に伝えれるならこんなに拗れないよね」


 まずはアリスの気持ちを受け止める。

 レオくんも同じだけれど、というか人間みんなそうだと思うけど、まずは気持ちを受け止めてもらってからでないと相手の言葉なんて耳に入らない。


「ひとりで伝えることが怖いなら、同席することはできるよ。でも一緒にいるだけ。伝えるのはアリスだよ」


 代わりに伝えることは簡単だ。だけどそれでは根本的な解決にならない。今後のアリスの人生で、同じようなことは絶対あるだろう。その度に私が代弁するわけにはいかない。これはアリスの物語だ、アリス自身が伝えることに意味がある。


「そばにいて手を繋いでいてあげる」


 応援はできる。それが私にできる唯一のこと。


「……わたくし、怖いんですの」

「うん、怖くない人はいないと思う」

「わかってもらえなかったらって。今より悪い状況になってしまったらって」

「まぁ一回の話し合いで全部わかってもらおうなんて無理な話よ。まずはひとつでも伝われば、それでオッケーじゃない?」

「……そうでしょうか」

「うん。不安なら、おまじないの言葉を教えてあげる。“家族がダメでも、どうにでもなるよ。世界は家庭の中だけじゃないよ”」


 現実には、どうしようもない家庭も少なからず存在する。

 本当にどうしようもないなら、ぶつからずに逃げる選択肢もありだと思う。

 ──ただ、逃げるにも助けが必要だ。

 だから、信頼できる大人に相談してほしい。ひとりではなくて、複数人。大人にも色んな大人がいるから、もしかしたら助けてくれない人もいるかもしれない。でも諦めずに助けを求め続けたら、助けてくれる大人は絶対にいる。

 友達ではダメ、子どもには他人を引っ張り上げる力が足りないから。一緒に奈落に堕ちてしまうかもしれないから。


「もし、伯爵家にいれなくなったら、その時はうちで働けばいいわ。レオくんの世話係は随時募集中よ。卒業まで学園には通えるように調整するわ。ティータイムには一緒におやつを食べましょう」

「……ふふ、それは好条件が過ぎますわ!」


 やっとアリスが笑った。


 プランAがダメだった時の、プランB。

 ──でもきっとプランBの出番はないだろうな。

 アリスとご両親の溝は、アリスが覚悟を決めて対話に臨めばおそらく埋めることができる。


「わたくし、両親と話してみますわ」

「うん、それがいいと思う。私はいなくて大丈夫?」

「はい、まずはひとりでやってみます。勘当されたら拾ってくださいましね」


 アリスの、私を見つめる瞳が熱い。

 涙に潤んだ橙色の瞳はキラキラと輝いて、尊敬とか親愛とか、色んな感情が見て取れる。

 ──アリスにとって、ずっと一人で抱えていた闇を受け止めてくれた相手、それが私だ。

 理想化するなという方が無理だろう。


 ……診察室の中では、医師と患者という明確な枠組みが出来ていたけど、こういう私的な関わりの中だと、その線引きが難しい。


 一定の距離は保っておくことを意識しないといけないな。私に依存させない様に。

 私にも私の生活があるから、アリスの全ては受け止められない。


 ……だけどねぇ、15歳の女の子が頼ってきたらそんなの無碍にはできないよねぇ!

 私は私のことがよくわかってる、依存されても絶対突き放せない。頼られることに弱くて、向けられる理想像のままに振る舞ってしまいそうになる。

 これは私の課題だな。気をつけよう。


「ありがとうございます、気持ちが軽くなりましたわ。……ですが、それでも、また夜になるとペーパーナイフを握ってしまいそうで」


 前腕の傷跡を撫でながら、アリスは途方に暮れたように目を伏せた。

 ……まぁそうよねぇ、ここまで前腕がズタボロになるくらい続けてきた行為だ。そんな簡単には手放せないだろう。


「んー、無理にやめようとしなくていいんじゃない?」

「で、でも、……自分で自分を傷付けるなんて、こんな馬鹿なこともう止めないといけないって」

「まぁ望ましくはないよね。でもアリス、止めれないんでしょ? だったらいいよ、続けるしかないよ」


 なるべく軽く聞こえる様に、顔の前で手をパタパタと振る。

 無理な目標を立てるべきではないのだ。

 挫折した時に、さらに悪化するから。

 かと言って、肯定するばかりでもいけない。


「ただ、私はアリスが自分を傷付けるのは悲しいよ。だから回数を減らしていけたらいいね」


 スモールステップてやっていくしかないのだ。

 ……それに、すでにそれだけ傷跡でいっぱいなら、今更もう少し増えたところで変わらないし。デリカシーが無さすぎるから口には出さないけど。


「代わりの方法が何かあるといいね、切らなくても気持ちを保つための方法。もし見つかったら、私にも教えて」

「……探してみます」


 気持ちを紙に書き出してみる、氷を握る、赤ペンで腕を塗る、散歩に出て外の空気を吸う、好きな漫画を読む、──色んな方法がある。要は気分転換して、衝動をやり過ごすしかないのだ。


「あ、止める必要はないって言ったけど、でも一つだけ注意してほしいかな。──傷のこと、友達に見せたことはある?」

「ありませんわ。気付かれないようにずっと長袖を着ていますし」

「良かった。あのね、自傷行為って、──うつるのよ。そして流行するの」

 

 自傷行為を主訴に来た子にきっかけを聞くと、しばしばクラスで流行しているという話を聞いた。

 実際、国立の某医療センターが実施したアンケートでは、小4から高校生の子どもたちのうち5人にひとりが自傷行為の経験があると結果が出ている。

 5人にひとりはさすがに多すぎる気がするし、質問をすることによるバイアスもかかってるんだろうけれど、……流行して増えていくことを考えると、あながち間違っていない様な気もする。


「だから、友達には傷を見せないであげてほしいの」

「肝に銘じますわ。……わたくしも、学友がわたくしのせいでそうなったら怖いですわ」

「えらい、アリスはいい子だね!」


 つい頭を撫でると、アリスはくすぐったそうに目を細めた。……適切な距離間をと誓った矢先だったのに!

 だって、可愛いんだもの。

 素直ないい子は褒めてあげたくなるんだもの!


「……そうだアリス、あと一つだけ。もうすぐ社交シーズンが始まるの知ってる?」

「もちろんですわ。この国の貴族なら誰でも知っていることですわ。来月からですわよね?」


 社交界へのデビュタントは、学院の高等部からだ。アリスはいま中等部の3学年だから、来年からの参加のはずだ。自分が参加しないのに知ってるの偉いな。


「そうなのよ。それでね、私もぼちぼちその準備を始めなきゃいけないのよ。公爵夫人として勉強しないといけないことも多くて」


 実は今でも遅いくらいで、執事長は焦っている。

 私も勉強しなきゃいけないなって気持ちはあるんだけど、レオくんが私にあまりにもベッタリなので、つい先延ばしにしてしまっていて。

 ようやくマリーの後任にもレオくんが慣れ始めたので、そろそろ本腰を入れないととは思っていた。


「もともとある程度レオくんがここに慣れてきたら、見守りをうちの使用人にお願いする予定だったのよ。思いの外、レオくんに課題が多くてついつい私の見守りを引き延ばしちゃってたけど──

 そろそろ私がここに来る頻度は、減ると思う」


 やっと柔らかくなり始めていたアリスの表情が、また不安に曇る。

 待って待って最後まで聞いて、突き放したんじゃないよ!


「だけど勘違いしないで、アリスを避けてるわけじゃないからね。……困ったら手紙をちょうだい。できる限りで時間を調整して、ここに顔を出すようにする」


 いや、でも15歳の女の子にとって公爵家に手紙を出すなんてハードル高すぎるかなぁ。……うーん、本当はアリス自身が困った時に自分で援助要請できるようになるのが一番ではあるんだけど。


「アリスからの手紙がなくても、私がここに来れそうな日は連絡してもいい?」

「──はいっ、嬉しいです!」

 

 私自身も葛藤の結果、少し方針を甘めにずらすと、アリスはホッとしたように笑った。

 社交界では、アリスの親御さんにもお会いするだろうな。自傷のことを話題にするかどうかはともかく、ご挨拶くらいはしておいた方がいいだろう。

 アリスがしっかりご両親とお話できますように。

 ──私には、話を聞くことと祈ることくらいしかできない。





貴重な時間を使って読んでいただき、ありがとうございました!

☆の評価や、感想をいただければ嬉しいです!


次回から、ストーリーパートに入ります〜

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