13.自傷行為1
3000PVありがとうございます、読者様がいてくださることが励みになります!
嬉しかったので、頑張って2日連続投稿です。
★今回は表題の通り、自傷行為の表現があります。苦手な方はスキップお願いします。
レオくんが落ち着くまで、結局1時間かかった。体感でだけど。
泣き疲れて眠ってしまったレオくんを、子ども達の寝室に一緒に寝かせてもらって、やっと一息。
そこで、まだアリスが戻ってきていないことに気がついた。
服の着方がわからなかったのかな。お忍び用の服は平民用のもので、Tシャツタイプの頭からかぶるだけだからそんなことはないと思うけど。
それとも着てきた服が自分では脱げないのかな? 同じくらいの頃、メイベルも着せてもらったドレスを脱ぐのに四苦八苦していた記憶がある……
「……いや、流石にもう着替え終わってるよね。どこかで服についた泥を洗ってるんだろうな」
どこだろ、井戸まで洗いに行ったかな?
探しに行こうとして、その前に一応、更衣室をのぞいておくことにした。
コンコン、とノックして更衣室のドアを開ける。
いないと思うけど一応確認しておくか、くらいの気持ちだったから、中からの反応を待たずにドアを開けてしまった。
突然扉を開けたからか、アリスはひどく驚いて、びくりと私を見た。
「アリスここにいたのね。さっきはレオくんがごめんね、あとで絶対レオくんからも謝らせるから! 服、サイズは大丈夫だった?」
「……はい、サイズは大丈夫です、ありがとうございます。あの、でも、半袖しかなくて。寒いので、長袖があればと……」
「ごめん、長袖は無くて。その代わり上着がこっちに──」
アリスはおそらく隠そうとしていたのだろう。
不自然に両腕を背中に回していて。
だけど、範囲が広くて隠しきれず見えてしまった。
「──アリス、それ」
白い両腕にびっしりと浮かぶ、鮮やかな傷跡たち。
瘢痕化しているものも多く、常習化しているんだろう。新しいものは一応は痂皮化しているけれど、おそらくこの数日以内のものであろうということがわかるくらいには生々しい。
私の視線の先を悟ったのか、アリスは途方に暮れたように首を傾げて。それから、すがるように笑った。
「猫ちゃんですわ。うちで飼ってますの。よく引っ掻くのです」
「……違うでしょ」
彼女は、隠したいんだろう。誤魔化したいんだろう。
踏み込むべきか、少しだけ迷って。
だけど大人として放っておけない気持ちが勝った。
「それは、──自分でつけた傷でしょう?」
前世で何度も見た。
だけど、そこに込められた想いは一つとして同じものはない。だからこそ、その生々しい傷を見つけるたびに背筋が伸びる。
私の言葉に息を飲んで、目を見開いたのは一瞬。アリスはすぅっと表情を消して、昏い瞳で私を見た。
「──わたくし、悪癖があるのですわ。聞いてくださいます?」
────見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありません。
わたくしは、カーネリアン伯爵家の長女として生まれました。
母は元々身体が丈夫ではないのですが、一つ下の妹を出産した際に大出血し、これ以上は子を望めない身体になってしまいました。そのため、わたくしは婿を取って伯爵家を継ぐように幼い頃から言い含められておりましたわ。
婚約者候補は何人かいるようで、だいたいが爵位を継げない貴族の三男や四男などでした。ですが、どんな大人に成長するかもわからないうちに婚約するわけにはいかない、というのが父の考えでしたの。
婚約者であればともかく、ただの候補に教育を施すわけにもいかない。なのであなたが領地経営できるくらいに知識をつけなさい、と。わたくしは厳しく育てられました。
大切にしていただきましたわ。
栄養満点の食事に、上等の生地で作られたドレス。寝心地の良い寝台。
わたくしは恵まれているのでしょう。
──ですが、愛されませんでした。
わたくしが家庭教師と勉強をしていると、庭で母と妹がお茶会をする笑い声が聞こえてくるのです。
わたくしへの誕生日プレゼントは、いつも勉強に必要なもの。妹へは可愛らしいお菓子やぬいぐるみ。
妹が羨ましかったですわ。
いつだって息苦しかった。
家族揃っての食事も苦痛でした。妹と両親が仲睦まじく会話しているのを見ていると、なんだか家族との間に薄く膜があるように感じるのです。わたくしだけ水の中にいるような。口を動かしても、水の中の魚のように、声が出ないのです。それが露見しないよう、ただただ笑顔を貼り付けて食事を口に運びました。
わたくしはただ、妹のように愛されたかっただけなのです。
小さい頃、体型維持のためと、わたくしは甘いものは禁止されておりましたの。
妹が母にねだって買ってもらったという飴玉が羨ましくて。
わたくし、──妹の部屋に忍び込んで、瓶ごと盗んだのですわ。
光に透かすと淡い青に乱反射する美しい瓶でした。赤いリボンがついていて。色とりどりの飴玉は、頭痛がするほど甘くて、泣きたくなるほど美味しかった。
いつ露見するかと気が気ではありませんでした。
ですが、ついぞ露見しないまま。
おそらく妹は、瓶がなくなったことにすら気付いていないのでしょう。
わたくしにとっては喉から手が出るほど求めていたものでも、妹にとっては数あるもののひとつだったのでしょうね。
──瓶ですか? 粉々に砕いて庭に埋めました。そのまま捨てると、メイドに見つかってしまいますので。
そんな折りですわ、わたくしが学院で階段から転落してしまったのは。
幸いにも擦り傷程度で、大事には至りませんでした。
知らせを聞いて、保健室に駆けつけてくれた母は、怪我がなくてよかった、とわたくしを抱きしめてくれたのです。嬉しかったですわ。だからこそ、その後の母の言葉が忘れられません。
「残るような傷ができれば、結婚に差し支えるところだった」
何度も何度も、折に触れてその言葉が脳裏に蘇りました。
残るような傷ができれば。
結婚に差し支えれば。
──後継としてふさわしくなくなる。
調理場から、研ぎ石を持ち出して。
誕生日プレゼントにもらったペーパーナイフを、夜な夜な尖らせました。
初めて腕に当ててみた時には、恐ろしくて身体が震えました。ナイフの刃がひんやりと肌を押して、──それだけで息ができるようになりました。その夜はよく眠れたのを覚えております。
だけど何度も繰り返すうち、それだけでは満足できなくなってきました。
初めて傷らしい傷をつけたのは、中等部に上がってしばらくしてからでした。きっかけなんてもう覚えておりません。きっと些細なことだったのでしょう。
ただ、傷の上にぷくりと膨らむ血の滴が。──わたくしを慰めてくれました。
メイドから両親へ報告がいったのだと思います。湯浴みや着替えを手伝ってくれるのですもの、隠せるはずもありません。
夜に母から呼び出され、傷のことを聞かれました。
「学園の庭に遊びに来る猫ちゃんに引っかかれてしまいましたの」
どう考えても明らかに嘘ですわ。母もそう思ったことでしょう。
ですのに母は、そうだったのね、と。納得してしまいましたの。そしてそれ以上の追求はありませんでした。
──傷はどんどん増えました。
最初は滲むだけで満足だった傷も、次第に深くなり、今では滴るほど血を流さないと満足できなくなりました。
以前は耐えれていたような些細なことでも、腕を切るようになりました。
腕はどんどん傷だらけ。
その度にわたくしは、猫ちゃんのせいにしました。
ふふ、学園にいる猫ちゃんには冤罪ですわね。
母はもう、傷についてわたくしに問わなくなりました。
そうしていつの間にか、妹に婚約者ができました。
彼に伯爵家を継いでもらうので、もう勉強をしなくていいと。
……わたくしはついに見限られたのですわ。
役割がなくなったわたくしには、もう誰も何も期待しない、必要としない。
いまや家族の中でわたくしは、腫れ物扱いです。
休日には妹の婚約者が来て、父から領地経営の手ほどきを受けております。その姿を見たくなくて、孤児院に来ているのです。メイベル様は偉いと言って下さりましたが、違うのです。逃げてきているだけなのですわ。
自分でももう、どうしていいのかわかりませんの。
縁談は望めないでしょう。文字通り、傷物ですもの。
こうなるとわかっていましたわ。わかっていたのに自らを傷をつけて、結果、──絶望しているなんて。
このままでいいとは当然思いません。自分で自分を傷付けるなんておかしいと思っています。なのに、わたくしは、この行為を止めたいとはどうしても思えないのです────
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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