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12.集団での課題

だいたい1週間に1回くらいの更新が私の無理ないペースのようです……

遅筆ですが、お付き合いいただければ幸いです、よろしくお願い申し上げます!


 孤児院に通い始めて1ヶ月。

 秋はどんどん深まって、少し肌寒く感じる日が増えてきた頃。


 レオくんは驚くほどに孤児院の子ども達に慣れて。固まっていた最初が嘘のように、一緒に笑いながら走り回っている。

 孤児院の子ども達には、レオくんの身分のことは伏せてもらっている。なので初日以降はお忍び用の服でこちらにお邪魔しているわけなんだけど、動きやすくてもう常にお忍び用の服でいたい……


「レオ様は……どうしたらわたくしにも慣れてくださるでしょうか」


 子ども達の食べたおやつの後片付けを手伝いながら。

 眉尻を下げて、アリスはぽつりと呟いた。


 なんども顔を合わせるうち、アリスとも仲良くなった。15歳、学園の中等部の第3学年。もしかしたらどこかですれ違っていたかもしれないけれど、言葉を交わしたことはなかった。初等部から高等部まで同じ校舎ではあるけれど、部活でもなければ他学年とはあまり関わりもないし、まぁそんなもんだろうと思う。

 私はアリスと仲良くなったけど、レオくんは違う。子ども達には慣れてきたけど、大人にはまだ慣れない。アリスや院長が近付くと、走って私のところ隠れに来るか、ぎゃーッと叫んで泣くか。


「わたくしが至らないから……」

「いやいや、違う違う!」


 そりゃぁあんな風に泣かれたら、気になるよね……。

 しょぼんと呟くアリスの言葉を、私は慌てて否定する。


「ごめんね、レオくんの特性なのよ。生まれ持った気質、っていうのかな。会って間もない人には緊張が強いのよ。ちょっとずつ自然と慣れてくると思うから、待っててあげてほしいな。時間が必要なの」


 ──レオくんが集団に慣れるにつれて、課題も明確になってきた。


 3歳という年齢を差し引いても、まず落ち着きがない。

 アリスが読んでくれる絵本を、興味があれば座って聴くけど、興味がないものの時はうろうろしたり、他の子にちょっかいを出したり。

 おもちゃの取り合いになった時には、相手をドンと突き飛ばしてしまう。

 順番待ちができない。

 おやつを食べるのはこの子の隣じゃないとダメ、などこだわりがある。

 ……正直、レオくんだけじゃない。

 育てにくい子が連れてこられることもあると院長先生がおっしゃってたけど、その言葉通り、特性を感じる行動面が見受けられるお子さんはしばしばいる。だから何となく薄まっているのが救いなところ。

 とはいえ、問題が山積みすぎて、何から手をつけたらいいのやら。


 ──家にいる時はだいぶ落ち着いてきたかなと思っていたけど、集団の中ではやっぱり全然違う。

 保育園から指摘されたけど家では全くそんなことない、困ってないです、園が厳しすぎるんです! なんて訴えを外来でよく聞いたけど、身をもって納得できる。家ではマンツーマン対応で個別対応できるけど、集団の中での生活がこんなに大変なんて。


「そうなのですね。待てばレオ様がわたくしにも慣れてくださるのであれば、待ってみます」


 控えめに頷いて、アリスはニコッと笑った。

 はぁ、癒し。こんなにいい子なら学園でも友達いっぱいだろうし、友達に遊びに誘われたり、趣味のことをしたり、勉強もしなきゃいけないだろうし、忙しいだろうに。


「それにしてもアリス、毎週末ここに来てて大丈夫なの? 15歳なら、友達との約束とか、したいこともたくさんあるんじゃない?」

「友達とは平日に学園でお会い出来ますわ。わたくし、将来は結婚せず、孤児院の職員になりたいと思っておりますの。ですので今から、子ども達と関わっておきたいのです」


 確かカーネリアン伯爵家にはアリスと、それから妹さんしかいなかったはず。アリスが婿取りして家門を継ぐのかと思っていたけど、妹さんが継ぐのかな。長子が継ぐのが一般的かと思うけど……

 まぁここは深入りしないほうがいい事情があるのかもしれない。

 好奇心はあるけど、私は大人なので立ち入らないことにして、私はアリスを賞賛するだけに留めておく。


「夢のために行動に移してて偉いね!」

「ありがとうございます、嬉しいです」

「私なんか15歳の時なんて、もっとぼんやりしてたよー。卒業したら嫁ぐって思ってて、それ以外の道なんて考えたことなかったな」


 その結果が、婚約者に浮気されて婚約解消、からの進路に迷って卒後しばらくニートしたのち、いま自閉スペクトラム症の子のおかあさんだもんな……。15歳の頃の自分には考えつきもしなかった人生になってきてる……。

 あの頃の自分に伝えるなら、プランAがダメだった時の代替案プランBを考えて準備しておけ、ってことかな……。前世でも動画配信者を目指す若者たちによく伝えてた、目指すのはいいけどなれなかった時のためにお金稼ぐ方法は何か準備しておきなさいよ、って。まぁ、聞かれてもないのにアドバイスするおばちゃんにはなりたくないので、アリスには言わないけど。


「よし、じゃあ子ども達の様子を見に行こうか!」


 片付けを終えて食堂から中庭に出ると、子ども達はみんなで泥遊びしているところだった。

 そういえば昨日は雨が降ってたな。中庭に大きな水溜りができていて、そこでジャバジャバみんな豪快に遊んでる。

 レオくんは水溜まりに入るのは嫌だったようで、少し離れたところで何人かと一緒に泥団子を作って遊んでいた。ただ、服に泥がつくのは嫌なようで、慎重に慎重に泥を集めて泥団子を大きくしていっていた。……屋敷では泥なんて感覚遊びするだけだったけど、泥団子を作る様になってくれて嬉しい! 

 

「めぃう!」


 私を見つけて、嬉しそうに駆け寄って来るレオくん。泥団子を私にニコニコと見せてくれる。

 可愛い。

 顔も可愛いんだけど、それよりもこうやって私に懐いてくれることが可愛い。

 ──可愛いと思えることが、良かった。実子じゃなくても可愛がれる自分で良かった。そんなふうに考える自分に、少し背中がうすら寒い。懐いてくれなかったら可愛いと思えなかったのだろうか。私にたまたま前世の記憶が蘇って、こうやってレオくんと愛着関係を築くことができたけれど。そうじゃなかったら、私はレオくんとどう関わっていいかわからなくて、レオくんも私に懐くことはなかっただろう。

 

「れーくん、つくったんだよ!」

「上手に作ったね、かっこいいね」

「かっこいいよ!」


 褒められて気を良くしたレオくん、泥団子をさらに私に見せるように掲げてブンブンと振り、


「──あ」


 力がかかったことで泥団子はボロッと割れて、壊れてしまった。

 信じられないと言うように目を見開き、レオくんの表情がどんどん歪んでいく。……あー、これはスイッチ入ったな。


「大丈夫だよ、壊れてもまた作ればいいんだよ」


 先手を打って声かけをしてみたけど、レオくんの耳にはすでに届かず。

 体をわなわなと震わせて、すぅっと大きく息を吸って──


「あーーーッ!!!!!」


 その声量たるや。

 何人かの子ども達が驚いてこちらを振り向いた。あと、遠くで鳥が飛んだ。


「れーくんの、こわれたぁぁああ!!!」


 顔を真っ赤にして足を踏み鳴らし、全力で泣き叫んでいる。

 どうするべきか。抱っこして静かなところに連れて行く? 孤児院の勝手に入っていい静かなところってどこ? 食堂? この、手が泥だらけの状態で? でも絶対手キレイにさせてくれないでしょ。

 

「メイベルが直そうか?」

「ちっがぁぁぁう!!」


 完全にスイッチ入ってるな。

 うーん、ショッピングモールとかなら泣き叫んだらとりあえず車に連れてって静まるまで見守るができるけど、……馬車は朝すでに公爵家に戻ってもらってて、また夕方に迎えにきてもらう采配にしちゃってるしなぁ。私の引き出しにないよ、異世界の孤児院での対処法。


「一緒に直す?」

「ちがうんだったぁっ、こわれないでほしい!」

「そうだよね、壊れて欲しくなかったよねぇ」


 レオくん交渉用のおやつは、着替えた時に前の服のポケットだ……でもそもそも、こんなに興奮していたら効かないか。

 こうなるともうひたすらに気持ちを代弁して、落ち着ける作戦しか思いつかない。


「悲しかったねぇ」

「だめだったぁぁっ!!」

「うんうん、駄目だったよねぇ」


 とりあえず抱っこして、ぎゅーしたら落ち着くかな……

 レオくんを抱き上げようと腕を伸ばすと、レオくんは顔を真っ赤にして私から距離をとる。


「きたらだめっ!!」


 ぶん、

 持っていた壊れた泥団子を、私に向けて投げた。勢いよく意外と高く泥団子は飛び、

 ──べちゃ、

 アリスに当たった。


「ごめんアリス、怪我はない?!」

「びっ……くりしただけです、大丈夫ですわ」


 アリスの背中に当たった泥団子は、べったりとアリスの服を泥で汚してしまった。突然のことにアリスは目を瞬かせて、首を傾げている。

 レオくんは泣くのも忘れて、驚いて固まってしまっている。レオくんとしても予想外の事故で、悪いことをやってしまったとわかっているんだろう。


「レオくん、ごめんなさいしなさい!」

「……しない」

「アリス痛かったよ、ごめんなさいしなさい」

「しないぃぃっ!」


 またかんしゃくモードに逆戻りかもしれないけど、それでもこれはそのままにしておけない。ダメなことはダメと教えないといけないし、そのためにはその場で注意しないといけない。あとから落ち着いたところで叱っても、本人はキョトンとしてわからないだろうから。


「物を投げたらダメなの。危ないの。アリスに怪我させるところだったよ」

「れーくん、ごめんねしないぃぃっ!!!」


 私からじりじりと距離を取り、レオくんは頑なに意地を張る姿勢のよう。

 これは時間がかかるな。

 溜め息が出そうになるのを耐えて、まずはアリスに声を掛ける。

 

「ごめんねアリス、お洋服はうちで弁償させてください」

「いえ、そんな弁償なんて大丈夫です!」

「弁償させて。レオくんにも、やったことの責任をとる姿を見せたいの」


 子どもと遊ぶことを想定している装いだから簡素なものではあるけれど、それでも貴族令嬢が身につけているものだ。それなりの値段はするだろう。

 お願い、と私が手を合わせると、アリスは困ったように頷いた。


「そうおっしゃってくださるなら……」

「今日のところは私が持ってきたお忍び用の服の予備があるから、とりあえずそれを着て! 子ども達の浴室わかる? 浴室の隣の部屋を更衣室に貸してもらってて、そこの棚に置かせてもらってるから。見たらすぐ分かると思う」

「え、あ、はい、ありがとうございます」


 アリスに着替えに行ってもらって、その背中を見送った。


 ──まったく、子育ては難しい。

 特性がある子どもの育て方の理論については詳しいけれど、実践は初めてだし。そもそも普通の子育てすらしたことなかったし。

 自閉スペクトラム症の特性なのか、それともイヤイヤ期の一般的な行動なのか、特に自分の子のこととなるとその境界線がわからない。

 わからないけど、とにかく対応をしないといけない。

 長丁場を覚悟して、気合いを入れ直すために腕まくりして。私はレオくんと向き直った。




今回は、どれだけ知識があってもムリな時はムリってお話でした。


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

もしよければ、感想や☆の評価をいただけると嬉しいです!


次回、自傷行為の描写があります。苦手な人は飛ばしていただいても、大まかなストーリーには影響ないと思います……

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