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9.見通しカード

7と8を少し改定しました。マリーが退職しています。


「めぇうー!」


 レオくんが私の名前を呼んでくれるようになった。


 季節は初夏から秋に移り、レオくんは身長が少し伸びた。

 言葉も順調にどんどん増えている。二語文も時々出始めて、言葉で意思表示をすることが増えてきた。

 もともと認知は良さそうだったし、出始めたら早いと思ってたけど、その成長スピードには目を見張るものがある。


「どんぐり!」


 外はすっかり紅葉が綺麗で、秋の空にはイワシ雲が浮かんでいる。

 公爵家の庭はびっくりするくらい広くて、一区画は森みたいになっている。

 レオくんと私の最近のお気に入りは、その森だ。秋になって、かなりたくさんの木の実が落ちているのだ。


「そうだね、どんぐりがいっぱいだね!」

「どんぐり! どんぐり!! どーぞ!」

「ありがとう、どうぞしてくれて嬉しいな〜」


 レオくんはすっかり私にも慣れて──というか、私に強すぎる愛着を示すようになり、少しでも離れると後追いがすごい。朝も夜も私から離れたがらず、……少しでも離れようものならギャン泣きで私を屋敷中探し回るようになった。

 特に、マリーが辞めてしまってから。

 明らかにレオくんは不安定になって、私にくっつくことでその穴を埋めようとしているようだった。


「これは何の実でしょう?」

「……あか!」

「そうだね、赤いね〜。ラズベリーっていうんだよ。食べられるよ」

「あかいね〜」

「食べてみる?」

「……いなないよ!」


 夜中に目を覚まして、私を探して廊下をギャン泣きしながら走り回ることが何度かあり、以来、夜も一緒に寝ることにしている。

 ……あれから一度だけ、オリヴァー様が夜に寝室に訪ねてきたことがあった。

 だけど寝台にいるレオくんに気付いて、驚いて退散していった。申し訳ない気持ちとともに、──ちょっとだけ胸がすく思いがしたのは、ナイショだ。


「ラズベリー摘んで、このカゴにどうぞしてくださいな」 

「どーぞ!」

「ありがとう。1個、2個、3個、たくさんあるね〜」

「たくしゃんあるね〜!」


 そう、とにかく朝から晩まで一緒。

 世界観的に身体を鍛える習慣のなかった貴族女性としては、朝から晩まで、体力お化けの幼児のお世話をするのは、負担が大きい。


 正直に言いましょう。

 疲れてます、私。

 ……朝くらいゆっくり寝たいよー!


 世の中のお母さんたち、ほんと偉すぎじゃない?

 一人でも大変なのに、保育園に入れずに自宅で何人も育ててる人とか、本当もう神だよ!

 

「……集団保育、入れたいなぁ」


 この世界に、幼稚園はないらしい。

 言葉も増えてきて、次の課題は集団なんだけどなぁ。同じくらいの子どもの集団に入れたら、絶対伸びるのに。……そして私もその間、ちょっと休めるのに。


「たくしゃんだねぇ!」


 ニコニコとラズベリーを摘み、レオくんはあっと言う間にカゴをいっぱいにしてくれた。

 もう小一時間は森を探索したし──


「よし、じゃあそろそろ戻ろっか」

「や!」


 笑顔を引っ込めて、途端に警戒した表情を浮かべるレオくん。

 だよね、そうなると思ったよ。お外で遊ぶの大好きだもんね。


「戻っておやつにしよう」

「いやぁぁぁよぉ!!」


 まだ遊ぶ、と後ずさり逃げようとしたレオくんの気をひくように、私は大きな声と共に持ってきたカードをオーバーリアクションで取り出した。


「ジャーン!!! 見て!!!」

「……なに?」

「バナナを食べる人〜?」

「っあいあいあい!」


 キラキラとレオくんの瞳が輝き出す。

 取り出したカードには、私が事前にバナナの絵を描いてある。 

 レオくんは言葉もゆっくりだし、イメージする力も弱い。だから言葉だけじゃなくて、こうやって実物や描いた絵を見せることによって、指示が通りやすくなる。

 完全にかんしゃくモードに入ってしまうと絵カードも通用しなくなるけど、今日はまだ入る前だったから有効な手段だったようだ。

 ……前世の世界だったら、絵カードじゃなくてもスマホで検索してぱっと見せるとかができたんだけどなぁ。スマホが恋しい。


 切り替えの苦手さがある子には、こうやって次の楽しいことを提示してあげるといいと言われている。

 毎回楽しいことを探して提示し続けていくのは大変だし、眠たいとかお腹減ったとかで不機嫌が強い日は上手くいかないこともあるけど。でも今日みたいに上手くいくときも多いから、私は何個かレオくんの好きそうなものをストックすることにしている。


「じゃあ食堂に行こうね」

「らっこ!」

「……いいよ、レオくんの甘えん坊さん!」

「あいあい!」


 それから、一個こっちの指示に従ってくれたら、なるべくレオくんの要求も一つ叶えることにしている。大人もそうだと思うけど、指示ばかり重ねられたらイライラしてきちゃうと思うから。


 レオくんを抱き上げると、ぎゅぅっと私にしがみついてくる。

 私のことを大好きと思ってくれているのが伝わってくる。

 ……長年の婚約者にも捨てられて。結婚相手にも、君を愛するつもりはないと言われて。私なんて誰にも愛されない。しんしんと心に降り積もる寂しさで、凍えてしまいそうだったけど。そんな寂しさを溶かしてくれるような、優しい体温がここにはある。


「屋敷に入ったら、手を洗って、それからバナナにしようね」

「あい!」


 どこまで理解してるかわからないけど、返事だけは良い。

 手は塞がってるので、今後の見通しを口頭で繰り返して伝えつつ。

 腕の中の温もりをしっかりと抱きしめて、私たちは森を後にした。


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

感想や、☆の評価をいただけるととても嬉しいです! 

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