眠れぬ夜はダレのせい
この作品はゆるふわほのぼのガールズラブコメディだ。誰が何を言おうとゆるふわほのぼのガールズラブコメディなんだ(自己暗示)
これで主要なキャラクターが出揃いました。テンポ遅くてごめんなさい……。
ここはどこなんだろうか。先ほどまでカードバトルをしていたはずなのに、その喧騒が聴こえない。暖かい風が頬をなでる。
「こんにちは、神引スルメちゃん。やっと会えたね」
リトルブラックドレスを身にまとったミディアムショートの金髪赤眼の美少女が、寝そべっていた私を覗きこむ。驚いてしまい勢いよく起き上がった。
見渡すとそこは1本の大きな楓の木が生えている丘の上だった。少女は宝石のように輝いている大きな目をぱちくりとさせている。一見すると何の変哲もない同年代くらいの美少女だ。背丈も大して変わらない。
ただ、何となく察しが付く。この少女が、思い出したくない過去を作り出した元凶だと。
「貴女は誰なの?昔から私に付きまとって」
立ち上がり距離をとった私の言葉に、少女は少し困ったように眉を下げて呟いた。
「キミに救われたカードの1つさ」
「どういうこと?」
「そうだね、昔話をしようか。この世界の成り立ちについて」
私に一歩近づくと、滔滔と語り始めた。
「かつて愚かな人間たちは戦争を重ねて、血で血を洗っていた。死者の憎悪が蔓延することで世界は危機に陥り、滅亡寸前にまでなった。これを重く見た神々は、絶対的かつ普遍的、そして何よりも安全な方法で、あらゆる争いを調停しようと画策した」
「もしかして、それがカードゲーム、なの?」
「ご明察の通りさ。ある日を境にカードゲームが人の営みのすべてを覆いつくした。戦争などの暴力は瞬時に姿を消し、死者を生まない平和的なカードバトルが各地で起こるようになった」
そんな歴史があったなんて。
目を丸くする私に向かって、少女は微笑むと言葉を続けた。
「だが、人間の残虐性は変わらなかった。悲劇を繰り返さないという本質はいつしか忘れられ、人々は表面的な正しさを作り出し妄信した。キミも聞いたことがあるよね。カードは神の分身だとか、アタッカーを自ら破壊しない、妨害工作は邪道、などなど。カードに対する表層的な愛を人間たちは守ろうとした」
「表層的?カードにとっても良いことじゃないの?」
「否定はしないが本質ではないよ。カードの核となるのは、それぞれが持つ効果なんだ。バトルパワーの原理は聞いたことあるかい?」
「カードに宿るエネルギー、だったような」
「その通り。あれもカードの効果をどれだけ上手く使えたかによって左右されるところが大きいシロモノさ。信頼だとか愛だとか言うけども、カードの持つ能力を使いこなせるかが要だ」
カードのポテンシャルを発揮する。
そういえば、ホムラが言ってた気がする。プレイヤーとカードの信頼関係は、プレイング次第だって。
「そのくせカードによる支配や現状変更は、後を絶たなかった。結局のところ、暴力がカードバトルに置き換わっただけなのさ。依然として憎悪や苦痛は世界に蔓延っていて、その中で忌避されるカードが出てくるようになる。皮肉なことにそうした負の感情は、排斥されたカードたちに憑依するようになった」
「それが……闇のカード」
「人間はそう言うけど、なんてことはない。もともとは、ちょっと変わった効果を持つカードだったんだ。ただ、カードバトルで活躍するという本懐を遂げられなかった、そういったカードたちは邪悪な力に染まってしまった」
少女はその小さな胸に手を置くと、語りかけてきた。
「……ボクもね、世界から憎まれ嫌われていた存在の1つだったんだ。誰もが気味悪がり、排除しようとした。でもある少女が、ボクらを愛し活躍させようとしてくれた」
「え?」
「キミの愛が、ボクたちを救ってくれたんだぜ?ありがとうマスター」
輝くような笑顔に、私は気恥ずかしさを感じてしまう。この子もまたホムラのように、プレイヤーである私に愛情と信頼を抱いてくれていたんだ。まだ怖さはあるけども、嬉しさと親近感を覚え始めていた。
すると、少女は途端にばつが悪そうな表情を浮かべた。
「だから、その、すまないと思っている。キミに捨てられるかと思ったら、正気を保てなくなってしまったんだ。謝って済む話じゃないのはわかっている。あのとき、アホ女たちが来なければ大変なことになっていたからね」
「あのとき?…………あっ!」
脳内で記憶がフラッシュバックする。
そうだ。過去のトラウマの元凶だったこいつが暴れたとき、どこかから突然ホムラやシズクたちがやって来て、私とスズたちを守ってくれたんだ。あのときのホムラは強くてカッコいいまさにヒーローみたいだった。
『もう大丈夫だからねカワイコちゃん!私が絶対に守るから!うおー!ぶっ飛ばしてやる!キモい化け物め!』
『おい!先走るなアホッ!まずはこの子たちの安全確保と敵を知ってから』
『なんであんな禍々しい魂をカワイコちゃん呼ばわりできるのぉ?あの陽キャやっぱりおかしいよぉ……』
『うぎゃあああ!なにこの触手!気持ち悪っ!はなせぇええ!』
『いい加減にしろぉ!猪突猛進はやめろといったい何度言えばわかるんだ!?』
『マナ!ここは合体技であの化け物の気を引こう!』
『うん!わかったよヒカリちゃん!いこっ!』
『ぐぎぎっ!お腹に巻き付いて……ッ!うぷっ!オロロロロー!』
『汚っ!吐しゃ物をぶちまけるなああ!このアホバカクソ女がああああ!』
いや、結構ボコボコにされてたな。やっぱりあの時から雑魚だったのか。
ボロボロのボコボコにされて、それでも立ち上がって、強敵と戦ってくれたんだ。そして最終的には、何とか暴走する化け物を倒してくれたんだ。あのとき、なのかもしれない。JKガールズのみんなのことが、ホムラのことが大好きになったのは。
「思い出した。ホムラたちが貴女を倒して」
「倒してない」
「……え?」
「倒してない。ボク負けてない」
なんか食い気味に否定された。
拗ねているのか、口をすぼめてそっぽを向いている。よく見ると所在なさげに自分の手をにぎにぎしている。
なんだこのバカらしくて可愛い生き物は。先ほどまで残っていた恐怖心が霧散していくのが感じられた。
「たしか貴女は負けて消滅したはずじゃ」
「違う。どんなにあいつらを贔屓したとしても限りなくボクの勝ちに近い引き分けだよ。ボクは負けてない。消滅もしてない。だからここにいるんじゃないか。その認識はまったくもって間違いだ」
「心なしか小さくなった気がするけど……」
「そりゃあ、ね?さすがのボクといえども集団リンチされれば無傷でいられないさ。多少は力を失ったし今も本調子ではない。それは紛れもない事実だよ。でもね?あのときは、マスターを傷つけないために力をセーブしていたせいで若干の後れをとってしまったんだ。あいつらなんかボクの手にかかればワンパンだよ」
「そうなの?」
「もちろん!なにせボクは!キミの唯一無二のエースで!天衣無縫の美少女で!最強無欠の守護者で!一蓮托生の相棒で!決して切れぬ愛と絆で結ばれた伴侶なのだから!」
なんだろう、どこかで見た気がする面倒なウザキャラだ。
てっきり癇癪持ちで話の通じない凶悪なメンヘラかと思っていたので、なんだか肩透かしだ。
「じゃあ今すぐホムラたちと再戦してよ。ほら、リベンジマッチ」
私がそう言うと、目の前の少女は引き攣った笑みを浮かべながら、さっと目をそらした。
「いやぁ~それは承服しかねるな~。なんたってあいつらとの戦闘でボクの力が世界各地に散らばってしまったからね。実力を十二分に発揮できない状況なんだこれが」
「……ふぅ~ん?」
「キミが対峙した黒い靄とやらも本来はボクに帰属するものなんだ。あれが全部集まれば全然リベンジマッチに付き合ってやってもいいんだけどな~?今だと本気を出せないしな~?あの玩具なしでは実体化することさえかなわないからな~?本気を出せば余裕なんだけどな~?なにせあのアホ女よりボクの方が数段格上なのだから」
早口でまくしたてると、少女はへったくそな口笛を吹きながらつま先で小石を蹴っている。よく見ると冷や汗をかいているし目もきょろきょろと泳いでいる。
なんて情けないやつだ。こんなのに怯えて悪夢を見ていたなんて。思わず吹き出してしまう。
「ぷっ、ふふふ……怖いんだ?ホムラのことが。1回負けたもんね」
「は?は?は?負けてないんだが?」
「誰がどう見ても負けだよ。集団リンチされてボコボコにされたんだ。だから今、貴女はこうして変なところに封印されている。自分の力だけでは、私に会うことすらできない。よわよわなんだねぇ」
「ここにいるのは、その、ちょっと自分を見つめ直すモラトリアムが欲しかっただけさ。そう、決してあいつらに負けたからじゃないよ。だって負けてないし。むしろボクがあいつらを見逃してやったんだ。あのアホ女には感謝してほしいくらいだよ。まったく勘違いしないでよね」
長いため息を吐き、肩を落とすと不安そうに私を見つめてきた。
「これでも、キミを傷つけたことを後悔しているんだ。いくらキミの浮気が原因とはいえ、反省している。本当にすまなかった。ボクの愛しい人」
「誠意が足りない。土下座して」
「……しばらく会わないうちに随分と言うようになったね。なんだい?ドSキャラにでもなったつもりかい?」
ボクは高貴な存在なのに、だとか、下等生物のくせにボクの伴侶ときたら、などとぶつくさ言いながら少女は膝を折る。いかにも渋々といった雰囲気で頭を下げてきたので、私は力いっぱい右足で、その小さな頭を踏みつけてやった。
「ふぎゅっ!」
「貴女のせいで散々悩んだし苦しめられた」
「それは……その……ごめんなさい……」
「嫌な気持ちがずーっと残ったし、自分はこの世界にいちゃいけないんだって考えたときもあった。一時はカードゲームが怖いとさえ感じた」
「そこまで思いつめさせていたなんて……本当にすまなかった」
「この世界に相応しいキャラクターであろうとして、無表情で無感動で非道なキャラを演じさせられた」
「…………思うに、それは大部分がキミの素なのではないかな?」
「うるさい、口答えするな」
「むぎゅっ!」
「格上だかなんだか知らないけど、貴女はカードの精霊みたいなものなんでしょう?なら、ここではっきりとさせておく。カードは私にとってかけがえのない存在だけど、あくまで道具なの」
一呼吸をおく。ぐりぐりと踏みつけた少女にはここでわからせないといけない。
過去の悲しみと決別するため、トラウマにケリをつけるため、はっきりと宣言する。
「カードに人権はない。私のために死ね」
「……くふふ。どうしてだろうね。下等生物にこんなことされたら怒りのあまり魂ごと存在を消し去ってやるはずなのに、キミにされると愛しさのあまり何でも許せてしまう」
「貴女が許す立場じゃない。私が許す側。私が貴女のマスターで支配者。勘違いしないで」
「あっはっはっは!いいねぇ!本当にボクの伴侶は可愛らしい!いいぜ?キミが生きている限りはそういうプレイをしてやってもいい!なにせボクは浮気以外には寛容な旦那様だからね!」
「どこがだよ。このメンヘラDVクソ女」
「ひひひ。ボク以外のカードに現を抜かすからさ」
「カードゲーマーなら、カッコいいドラゴンやロボットのカードも使ってみたくなるのが自然の摂理。貴女やホムラのことは、その……嫌いではないかもしれないけど、それはそれ。これはこれ」
もう飽きたので足をどけてやる。少女はドレスについた土埃を払うと、したり顔で答えた。
「ふふっ!なら、ボクがトカゲやガラクタの代わりになってあげよう!きっとキミもカッコいいボクの姿に惚れ直すぜ?」
「そんなことできるの?」
「もちろん!形状変化なんて容易いことさ!まずはドラゴンになってあげる!だから浮気したら絶対にユルサナイよ?キミの伴侶はボクだけ。あの目障りなアホ畜生も、力が戻った暁には存在を消し去ってやるからね」
ふふんと胸を張った少女だったが、表情に陰りが出て威圧するような声色で語りかけてきた。
見開かれた瞳孔は小さく揺れている。過去の私ならそこから憎しみを感じ取って怯えていただろう。だけど、今ならわかる。少女が感じているのは不安と怯えだ。このガキは私に捨てられたくないんだ。もう怖くない。
「……やってみなよ。できっこないから」
「なんだって?」
「ホムラは私の相棒だよ?最高にカッコいいヒーローなんだから。貴女には勝ち目なんかない」
「は?は?は?寝取られかな?ヤバい……悲しみと憎しみでまた闇落ちしそう……」
「ふふふ、悔しかったら復活してご覧?何もできない貴女に代わって私が黒い靄を集めてあげるから。偉そうにしておいて何もできないなんて、無様でかわいいねぇ」
「……そうか。なら、ここでキミを待つとしよう。早くボクの分身を取り戻してくれよ?」
ふと気が付いたら、身体が光に包まれていた。手足の先は粒子のようになり消えかかっている。
「ああ、そろそろ時間みたいだね。もうすぐあのクソガキのバトルパワーがなくなりそうだ。この精神世界から現実に戻れるはずだ」
「そ……。まぁ、なんていうか、うん……貴女と話せてよかった」
「くふふ、ツンデレかい?本当にマスターはかわいいなぁ!ふひひひひ!愛してるよ!ちゅっちゅっ!」
「……思ったけど、貴女とホムラって結構似てるよね」
「………………は?」
「じゃあね。気が向いたらまた遊びに来るから」
「待つんだマスターどういうことだい高貴なボクがあの低能未熟な底辺アホと同じだと言うのかとんでもない侮辱だよこれは名誉棄損の風評被害で立ち直れないほどの精神的苦痛を負った信じられないなんて酷いなでなでを要求するこら戻ってこいマスターおいッ!」
私は目いっぱい、あっかんべえをしてやる。ざまあみろ。最大限の罵倒を胸にせいぜい反省するがいいさ。
「あーもお!愛してるぜマスター!もう絶対に離さないからな!」
少女の穏やかな笑顔がまぶたの裏に焼き付いた。もう悪夢を見ることはないだろう。
この小説は、愛をテーマとした、ほのぼのゆるふわガールズラブコメディです(自己暗示完了)
過去を許し受け入れるというのも、また愛なのです。
次回は、相棒への愛がさく裂します!たぶん?




