狂人たちのララバイ
この作品のテーマは愛です。
嘘じゃありません、本当です。
人間同士、カード同士、カードと人間。
それぞれ素晴らしい愛のカタチがあるのです。
「私のターン!ドローォォアァァァッ!!来たぞぉ!私は武装カード【NTRサイココントロール】を発動!これを貴様の場のアタッカー【JKガールズ・闇夜のマナ】に装着スルことでコントロールをウバウ!」
「ねぇ……あのイカれ女の周りの黒い靄の勢いが増してるんだけど、なんなの?」
『さっきからあの女が使ってるスペルから強力な闇のエネルギーを感じるよ!おそらくだけど、カードを使うことであのヤバいエネルギーが増幅されるみたい!』
「なるほど?」
いわゆるホビーアニメでは、闇の力を宿した玩具やカードというのが登場してくることがある。いずれも邪悪な心や憎悪などを依り代に、世界を滅ぼすような凶悪な力を発揮するのだ。モノや建物を破壊したり、人を傷つけたり、最悪の場合は殺したりすることもある。また、そうした闇のアイテムの使用者は精神や魂を蝕まれたりする。
たしかにホムラの言う通り、さきほど使用された【ナイトメア・トラジェディ・ルイン・ランス】や、今イカれ女が掲げている【NTRサイココントロール】からは、膨大な黒い靄が発せられている。その代償なのか、徐々に黒い靄がイカれ女の身体にまとわりつき、精神などを支配し始めているように見える。発する言葉もおかしくなっているし、すべてが乗っ取られるのも時間の問題だろう。
『ッ!?避けてマスター!』
「ふぇ?」
色々とこの世界のことについて考えて意識をとられていたせいか、一直線に飛んできたマナに気が付かなかった。
は?コントロールを奪われたとはいえ、まだファイトシーンは始まっていないだろ。どうして私の方に向かってくるんだ?
そんなルール無用の精神崩壊ヤンデレ女は、手にしたステッキを突如とした高く振り上げた。次の瞬間、空気が切られるような鋭い音が響き渡り、憎悪に満ちた一撃が容赦なく私の頭に叩きつけられた。
ボゴンという音とともに脳が震えて、瞼の裏で世界が一変したかのように色彩が混ざり合う。強力な一撃を受けて、顔から地面に倒れてしまう。
なんだこれ。痛すぎる。鈍痛とともに視界は揺らぎ、ぐるぐると回り始める。どこか遠くから「はなしてカンナさんッ!あのクソガキ殺せないッ!」と幼馴染の声が聴こえた。
『う、うおーっ!マナちゃんなにしてんの!?マスターに暴力振るうなんて酷すぎるよ!』
『うるさいッ!!こいつのせいでヒカリちゃんはッ!ヒカリちゃんはぁぁぁあッ!』
『やめろー!マスターを傷つけるなー!』
『はなせッ!こいつは絶対に殺すッ!こんなクソ女!生きてちゃダメだッ!』
『なんてこと言うのさ!?マスターはたしかにクズでサイコパスで畜生なカスだけど!でも!私たちを愛して!活躍させてくれる素敵な女の子なんだよ!?』
『目の前で愛する幼馴染を奪い!惨殺して!笑っているヤツの!どこが!私たちを愛する素敵な女だってぇぇえ!?』
『そ……!それは……そうなんだけど…………っ!そ、そういう愛のカタチもあるしッ!たぶん……』
瞼をあげると目の前でホムラとマナが取っ組み合っていた。じわりと涙が浮かび、視界がぼやける。
痛い、苦しい、悲しい。どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの?
ボロボロと涙がこぼれてしまう。服の袖で涙を拭うが、一向に収まらない。
痛い……苦しいっ……痛いっ!痛いッ!
「ほむらぁ……いたいよぉ……たすけてぇ…………ぐすっ、えぐっ……」
『マスター!?こんのっ!どっか行けぇええ!』
『ぐっ……!許さない許さない許さない!殺してやる殺してやる殺してやるぅうう!』
『今に見てろ!絶対にボコボコにしてやるからね!……ああ、ごめんねマスター!痛かったよね?大丈夫?ほら!痛いの痛いの飛んでけー!』
「ひぐっ……ぐすっ……うぅぅぅぅっ!ずずーっ!」
『うわっ……服にめっちゃ鼻水ついた……』
「キヒヒヒ!まだダ!マダ苦痛を貴様に与えてヤル!もっとモット苦しむがイイ!ワレは【M&A来雷ライト】を召喚したノチ、スペル【殺人!家電伝々デンジャラスゾーン】を発動!」
ホムラに抱きしめられて頭を撫でてもらう。まだすっごく痛いけど、ちょっとだけ恐怖が和らいだ。
変な声がしたのでちらりとイカれ女の方を見ると、黒い靄が全身にまとわりついていた。
「ずずっ……なにあれ……?ぐすっ」
『あの邪悪な靄に身体を乗っ取られているみたい!ドンドン力が増しているよ!』
「キヒヒヒ!ロボット族が場にいるトキ、モウ1度だけロボット族を召喚できるヨウニナル!ワレは場のアタッカー2体ヲ墓地に送り、トップグレードアタッカー【M&A乱爛ランドリー】ヲ生贄召喚ダ!」
憎しみと怒りのこもった眼差しを向けてくるマナと、デスクライトが光の塵となって消える。そして巨大なドラム式洗濯機が登場した。邪気をまとった洗濯機はゴウンゴウンと轟音をたてている。
戦闘やスペル効果ではなく生贄召喚のための生贄コストとしての墓地送りなので、マナの効果が発動されなかったのは良かったが、何やら強そうなトップグレードアタッカーを出されてしまった。
「ファイトダ!【M&A乱爛ランドリー】デ攻撃!シネェ小娘!」
『マスター!』
いつの間にか真っ黒に染まったイカレ女が宣言すると、洗濯機から大量の水が飛び出してきた。水流は竜巻のように勢いよく回転している。
ぎゅっと私を守るように抱きしめるホムラ。すると、再び黒みがかった半透明のバリアが私たちを守ってくれた。明らかに質量を持った水が、強大な力でバリアに叩きつけられる。跳ね返された水流は、会場全体に雨のように降り注ぎ、ステージ上は水浸しとなった。
どうやらELを減らし命にかかわるような攻撃を防いでくれるみたいだ。ただ、ELが3000から500ポイントにまで下がったせいか、バリアにはいくつかヒビが入っている。このまま攻撃を受け続けると、本当に死んでしまうかもしれない。
「チィッ!仕留メ損ネタ。ワレはスペル1枚ヲ伏セてターンエンド」
「ほむらぁ……こわいよぉ……。なんなのあのくろいの……。あたったらしんじゃうよぉ……ぐすっぐすっ」
『……フヒッ。なんか昔を思い出すね。あの頃のマスターは今みたいに素直で可愛かったなー。ウヒヒ……。よしよし、大丈夫だからねー。マスター』
「うぅ……ひぐっ、ずずっ……」
『あーホント最高!甘えてくるマスターかわいいー!弱気なマスターかわいいー!!フヒヒヒ!』
なんか変なことを言ってる気がするけど、頭をなでなでしながら時たま背中をさすってくれるから、どうでもいいや。
「アイツ殺す!私のスルメちゃんを!泥棒猫のアホムラともどもなぶり殺しにしてやるぅ!」
「危ねぇからやめろ!おいお前ら!幻覚か何かを見てるみたいだ!スズを止めるぞ!」
「「「うっす!!!」」」
「スルメちゃんんんん!!」
遠くからスズやカンナさんたちの怒号が聞こえてくる。大丈夫かな?鬼気迫る声だったからちょっと心配だ。
でも、今はとにかくこの試合を終わらせたい。恐怖で震える足を奮い立たせて、なんとか立ち上がる。
「……私のターン、ドロー。相手の場にだけアタッカーがいるから、ずずっ……私は【JKガールズ・炎激のホムラ】を特別召喚できる。でてきて、ほむら」
『よっしゃあ!出番だー!見ててよマスター!あんな奴ぶっ飛ばしてやるから!』
「くすん……準備は整ってるから。あとはまかせたから」
『まっかせなさーい!マスターには指一本触れさせないよっ!』
「少しでも怖い想いしたら折り紙の鶴にするから。ひぐっ…………覚悟しろよ、ずずっ」
『あっ……ハイ。死ぬ気で頑張らせていただきます……』
さっきまでイケイケだったホムラが急にしゅんとした。どうしたんだろう?
というか、会場にちょっとずつ散らばった黒い靄と、さっきのマナによる直接暴力のせいか、頭がボーっとしている。何だか息苦しいし、早く終わらせなきゃ……。
「ハッ!AP1000ノ雑魚ナド敵デハナイワ!」
「そんなことないもん……ぐす。【JKガールズ・炎激のホムラ】が場にいるから、私はスペル【ガールズ・フレイム・カッター】を発動できる。ずずっ……これでお前の伏せているスペル2枚を破壊して、ELを800ポイント減らしてやる」
『おっし!くらえイカれ女!ラブ・フレイム・カッター!』
「グギギ!ワレノカウンタースペルと貴様カラ奪った【衝撃反射鏡】ガ!」
意気揚々と魔法のロッドを掲げると、ホムラは炎でできた刃を飛ばして相手の場の伏せカードを破壊した。そして炎の渦が真っ黒女を焼き、ELを900ポイントにまで減らした。
「ダガAP2500ノ【M&A乱爛ランドリー】ハ、ソコノアホ雑魚デハ倒セマイ!」
「……ほむらは勝つよ。だって、わたしのヒーローだもん」
『マスターっ!!うぅ……!色々と酷いことするし、脅したり痛めつけたりしてくるけど、やっぱり私のことが大好きなんだねっ!私もマスターのことが大好きだよぉ!ちゅっちゅっ!』
「手札から武装カード【ハラワタチェーンソー】と【キリング・デスフレイム】を、【JKガールズ・炎激のホムラ】に装着する。これでホムラのAPは2800に上昇する」
『……は?』
私がカードを発動すると、ホムラの手に燃え盛る血まみれのチェーンソーが現れた。命を求める呪われた鎖鋸は、豪快なふかし音とともに煙を吐き出している。
【キリング・デスフレイム】の効果で黒炎をまとっていて、とてもかっこいい。それを構えるホムラも中々様になっている。やっぱり私のヒーローは素敵だ。
『えぇ……なにこのキモイ装備……持ち手が脈打ってるし、なんか生気を吸おうとしてくるんだけど……』
「ファイトシーンだよ。ホムラでそこの洗濯機に攻撃する」
『マスター!?まさかこれで戦えっていうの!?』
「なんで?強いよ?……だめ?」
『うっ……か、可愛い声で小首かしげてもダメぇ!こんなキモイ装備、普通の魔法少女は使わないからっ!』
「でも……ホムラがかっこよく戦うとこ、見たい……」
『くっ……!…………うぉおおお!ぶっ壊れろクソ家電ッ!』
私がしょんぼりすると、ホムラは何とも言えない表情で逡巡している。
すると、覚悟を決めた表情でチェーンソーを振りかざし、目の前の巨大洗濯機に突撃して行った。
刹那、ギャリギャリと金属音が鳴り響くと、洗濯機が真っ二つに切断された。そしてキラリと一閃の光が輝くと大爆発を起こした。強烈な爆風でステージがビリビリと振動する。
「バカナァァァッ!ワレノ僕ガァァァァア!」
「【キリング・デスフレイム】の効果で、アタッカーが破壊されたお前は800ポイントのダメージを受ける」
『わわっ……!炎が勝手に!』
私の宣言とともに、ホムラが持ったチェーンソーから噴き出していた黒炎が、真っ黒に染まったイカれ女に襲い掛かる。
「ウガアアアアアアァァァぁぁあ!あぁ……?あっ……」
全身を焼かれたイカれ女から、黒い靄が徐々に消え、なくなった。すると意識を失ったのか、公荘レジィは力なく地面に倒れ伏した。
「……えーっと。色々とトラブルのあった準決勝戦だったが、試合を制したのは傾奇町のサイコロリこと神引スルメ選手だー!」
よかった。勝った。
何とか闇のカードバトルを生き延びれた安心感から、その場に座り込んでしまった。周りを見渡すと、アリーナのところどころが破壊されていて、ステージや観客席が水浸しだった。
「え?トーナメント続行?マジっすか?……あー、テステス。会場の皆々様ー、これより少し休憩を経て決勝戦を開始したいと思うゼーット。スタッフの指示にしたがってくれ。あと、不思議な超常現象を起こした設備はGESOカンパニーの皆様が点検してくれるから安心してほしいんゼーット」
GESOカンパニーとは、世界中でBITCHカードにかかわる設備などを製造・販売している一大企業だ。意味はわからないけど、ジェネシス・エナジー・ソウル・オリジンの頭文字をとっていると言われている。バトルユニットやARビジョンなどを開発したのも、GESOカンパニーだ。
私のパパとママもそこで働いているらしく、いつも忙しそうだ。まさか娘の試合でも仕事をさせられるとは思っていなかったのだろう。来賓席で滝のように涙を流しながら部下に引きずられていくママと、心配そうに微笑みながらも手を振ってくれるパパが見えた。こんな大変なときに2人と一緒にいられないなんて。
寂しさのあまり身体が震えてしまう。やっぱりなにかおかしい。普段ならここまで感情が揺さぶられることなんてないのに。あの黒い靄と戦ってから、恐怖みたいなマイナス感情が増幅されている気がする。
『大丈夫だよ、マスター。私がいるからね』
「ホムラ……。うん……ありがとう」
『うおっ!フヒヒ……可愛い……』
手を握ってくれたホムラに思わず抱きついてしまう。ちょっと戸惑っているようだったが、すぐにぎゅっとしてくれた。
「スルメちゃんから離れろ腐れ阿婆擦れぇええ!」
「姉御!このガキなんか見えちゃいけないものが見えてるみたいですぜ!」
「ヤンデレを理解しようとするな!どうせ意味不明な妄想に取りつかれてるんだ!」
「どうしてカンナさんたちには見えないの!?ほら!あそこにいるじゃない!」
「あー?……あれ?なんか見えなくもないような気が……」
「姉御までおかしくならないでくだせい!ほら!医務室に行こうぜ霊泉ちゃん!」
「アホムラぁああああああ!」
憎悪のこもった恐ろしい声が観客席から聞こえてくる。大好きな幼馴染のスズのもののような気がするけど、きっと勘違いだろう。だってスズは優しくて純粋で可愛い、私の自慢の幼馴染なのだから。
こうして準決勝戦が終わり、私は決勝戦に進むこととなった。残すところは、あと1試合だけだ。相手は姉崎ショウタ、この世界の主人公だ。
でも、なぜか心は晴れない。試合前はショウタとのカードバトルが楽しみだったはずなのに。今は、不安な気持ちでいっぱいだ。
ホムラとともに控室に戻り、さきほどまで感じていた恐怖もなくなったのに、気分は落ち込んだままだった。
【M&A】
マーダー・アンド・アサシネイト。家電がモチーフのカテゴリ。ロボット族。攻撃時に、相手はカウンタースペルを発動できない共通効果を持つノーネ。また、相手の場のスペルを破壊する【M&A乱爛ランドリー】など、高グレードアタッカーは盤面処理能力を持つ。
シリアスな雰囲気を一生懸命出しているつもりですが、ほのぼのゆるふわガールズラブコメディなので、頭空っぽにしてヘラヘラしながら読んでいただければ大丈夫です!
感想や評価などいただけると励みになります……!
いつもありがとうございます!




