第5話 道中にて
サルバの率いる『王華』は、クレマンティでも有名らしい。
実際に夕食を共にしたお店で、次々と同業者らしき人たちから挨拶されていたし。
「本当はもっと大所帯なんだけどな」
クレマンティを発った道中でサルバはそう説明してくれた。
「他の皆さんは?」
「ん? これからセージを連れていく先で、一足先にバカンスと洒落こんでいるぜ?」
かつてのヴィータ領は天領地で、もっぱら王族の保養地として利用されていたらしい。
それが今や冒険者たちにも解放しているとか。
風光明媚な土地だと話には聞いていたけれど、冒険者向けのリゾートになっているってのは初耳だった。
「そ。だからあたしとネピアだけが付き添いってことで残ったの」
「実際はくじ引きに外れただけだけどな」
「それは、なんかすみません……」
「ううん、いいの。これが鼻もちならないお貴族様だったら勘弁だけど、セージくんは素直な良い子みたいだし」
笑うユニさんは17歳だとか。
この世界じゃ年上だけど、前の記憶じゃあ遥か年下のJKと同い年ですかそうですか。
「あなた方、少しばかりおぼっちゃまに気安いですよ!」
俺の隣でキャモがピンと耳を突きたてる。
「おっと、すまねえ。あんまりお貴族様って感じがしなくてなあ」
朗らかに笑いながらサルバは少し前に歩いて距離を取る。
ユニさんもネピアもそれに続いた。
遅れて続きながら俺はキャモに小声で謝る。
「ごめん。でも、彼らとは多少仲良くしておいた方がいいと思うんだ」
「それはそうかも知れませんけれど……」
彼女的には「貴族たるもの、下々の人間とは一線を画して接するように!」という拘りがあるのだろう。
それは当然だと思うけれど、俺的には生きた知識と情報を得るまたとない機会だと考えていた。
キャモには申し訳ないけれど、ここは俺のワガママを貫き通すぞ。
街道は整備されていて歩きやすかった。
道々で休憩したり、早めに投宿したりと、基本的にのんびりと進む。
だからといって退屈することはなかった。
クレマンティに来るときの馬車旅もそうだったけど、目にするものが全て新鮮に俺の目に映る。
キャモに白い目を向けられながらも、サルバたちに水を向けては様々な質問をして、色々な話も聞かせてもらう。
そんなこんなで、そろそろ峠を越えるあたり。
街道沿いの野原で昼食を終えたところで俺は少し催す。
「ちょっと花を摘みに行ってきますね」
「おお。あんまり遠くへ行くなよ」
サルバに断って、キャモが着いてこようとするのを止める。
さすがにそれは遠慮してもらいたい。しかも大きい方だし。
街道から外れて森に入ったけれど、意外と見通しが良い。
なので少し木々生い茂った奥の方まで歩く。
多少薄暗いけれど、用を足すのには十分な明るさ。
木漏れ日の中でスッキリし、水魔法で手を洗う。
空気中の水分を魔力で御して水を出すことにより、自前でウオッシュレットみたいなことも可能だ。
やっぱり水魔法が一番便利で使用頻度が高いかな。
さてと。
皆のところに戻ろうと歩いていると、目前の茂みが揺れている。
はは~ん、キャモだな。
いつまでたっても俺をガキ扱いして心配するんだから……。
「ギャハッ!」
すぐ目前に飛び出してきたのは尖った耳先。
現れたのはキャモではなく、緑色の肌をした異形だった。
子供くらいの背丈に、牙の生えた口元は涎でテカテカと光っている。
ゴブリンだ。
本で読んだ知識でそう認識した瞬間、身体震え腰が抜けた。
この世界に於けるポピュラーな亜種族。
単体の脅威度はそれほど高くないけれど、繁殖力も強く生息範囲も広い上に集団で活動する。
結果としてこの世界でもっとも人間を殺害してきたモンスター…!
「ひッ!」
喉が引き攣る。
近くにサルバたちがいるとわかっているのに叫ぶことすら忘れた。
「ガアアッ!?」
そんな俺を見て、やつは舌なめずりするように一際高く吠えた次の瞬間―――。
「!?」
ゴブリンの首が高々と宙に舞う。
気づいたときにはすぐ目の前に剣を振り下ろしたサルバがいた。
ゴムの焼けるような匂いが鼻を突き、サルバの背後に紫電がバリバリと弾けている。
「大丈夫か、セージ?」
「は、はい、すみません……!」
「ったくよう、あんまり遠くに行くなっていっただろうが」
ブツブツ言いながら、サルバは手を貸して俺を立たせてくれる。
少し遅れてやってきたキャモに泣きながら抱き着かれた。
「坊ちゃん坊ちゃん坊ちゃん…!」
「私の風魔法の結界外に出られると困るな」
ネピアからもそう叱られてしまった。
「さすが兎族のメイドさんだねぇ。ゴブリンの声に一瞬で気づいたもん」
感心したように言うユニさんに、
「でも、あそこからここまで距離が…」
今さらながら、結構離れた場所で用を足してしまったことに気づいた。
なのに、ゴブリンの叫び声に気づいたからといって間に合うものなのか?
「ああ、そいつは俺の技だわな」
剣先を拭って油断なく鞘に納めながらサルバ。
「わ、技って魔法と違うんですか!?」
「まあ、そりゃあな…」
ポリポリと頬を掻くサルバに、俺は思い切り興奮していたようだ。
「坊ちゃん…」
ますます強く抱きしめてくるキャモの姿に我に返る。彼女の大きな瞳に涙が浮かんでいた。
胸が締め付けられるような申し訳なさに、たちまち興奮も冷めていく。
「…うん。ごめんキャモ。心配かけたね」
気づけば彼女の髪を撫でていた。
嫌がるかな? と思ったけれど、彼女は益々身体を寄せてくる。
初めて触れた彼女の長い耳は、思ってた以上に不思議な弾力と感触だった。