盗撮
半ば凍った雨だった。どうりで朝から左膝が痛むはずだった。田中健一は、冷たい雨が降りしきる街を歩きながら、ポケットの中でカメラのレンズキャップを指先で弄んでいた。彼の目的地は、人気のカフェだった。そこにはいつも多くの人々が集まり、彼にとっては絶好の「被写体」が揃っていた。
カフェの窓際の席に腰を下ろし、健一はコーヒーを注文した。窓の外を眺めるふりをしながら、周囲の客たちに目を走らせた。彼の目に止まったのは、一人で読書をしている若い女性だった。彼女の集中した表情と、髪の隙間から覗く小さなピアスが、健一の興味を引いた。
「これだ…」
健一は心の中でつぶやいた。ポケットからスマートフォンを取り出し、自然な動作でカメラアプリを起動した。画面を見ながら、女性をフレームに収める。彼女は健一の存在に気づくことなく、本の世界に没頭していた。
シャッター音を消し、慎重に角度を調整しながら、健一は数枚の写真を撮った。その一瞬一瞬に、彼の心臓は激しく鼓動し、アドレナリンが全身に行き渡るのを感じた。見られていることを知らない彼女の無防備な姿を撮影することで、健一は興奮とスリルを味わっていた。
「もっと近くで…」
健一はカメラを置き、コーヒーを飲みながら次のタイミングを待った。彼女が席を立つ瞬間を狙って、さらに近距離からの撮影を試みるためだ。雨が強くなる音がカフェの中に響き、外の寒さを忘れさせる温かさが広がっていた。
「次は、あの角度から…」
彼は心の中で計画を練り、再びスマートフォンを構えた。彼女が立ち上がり、カウンターに向かう瞬間を捉えるために。だが、その時、彼の目の前に別の客が立ち塞がり、視界が遮られた。
「ちくしょう…」
健一は小さく呟いたが、すぐに気を取り直した。まだチャンスはある。彼は再び座り直し、冷静さを取り戻すために深呼吸をした。自分の行為が危険であることは理解していたが、そのスリルこそが彼を引きつけてやまなかった。
その時、彼女がカウンターから戻ってきた。健一は再びスマートフォンを構え、彼女の動きを追った。そして、彼女が座る瞬間を捉えたシャッターを切った。
「完璧だ…」
健一は満足感に浸りながら、撮影した写真を確認した。彼の心の中では、現実の世界とは異なる一瞬一瞬が切り取られ、保存されていた。その写真たちは、彼にとっての宝物であり、現実の孤独から逃れるための手段だった。
雨が止む気配はなく、カフェの外は冷たさが増していた。健一はカメラをしまい、コーヒーを飲み干して立ち上がった。彼の心には、新たなスリルを求める欲望が渦巻いていた。
「また次の機会に…」
そう心に決めて、健一はカフェを後にした。冷たい雨の中、次の「被写体」を探し求めるために。彼の孤独な戦いは、今日も続いていた。