買い物依存症
半ば凍った雨だった。どうりで朝から左膝が痛むはずだった。山口由美は、ショッピングモールの駐車場に車を止め、エンジンを切ると、しばしシートに沈み込んだ。車の窓には冷たい雨が斜めに当たり、次第に曇っていく。彼女は目を閉じ、一瞬だけ深呼吸をした。今日は特に何も買う必要はなかった。けれど、その空虚感を埋めるためにここに来た。
ショッピングモールの入り口をくぐると、暖かい空気が彼女を包み込んだ。心の中の冷たさを少しでも和らげてくれるような気がして、由美はゆっくりと歩き始めた。まるで何かに誘われるかのように、次々と店に足を運び、目に入るもの全てに魅了された。
「新しいコートが欲しいな」
彼女はそう呟きながら、ディスプレイに並ぶ高級コートを手に取った。手触りの良い生地に指を滑らせると、一瞬だけ心が満たされるのを感じた。その瞬間を逃したくなくて、由美はコートを試着し、鏡に映る自分を眺めた。まるで新しい自分に生まれ変わったような錯覚に包まれ、気分が高揚する。
「これ、買います」
由美は店員に告げると、レジに向かった。クレジットカードを差し出す瞬間、胸の中に小さな罪悪感が芽生えたが、それをすぐに打ち消した。カードを切る音が心地よく響き、その音が彼女の心の中の虚無を少しだけ埋めてくれるように感じた。
次に彼女が立ち寄ったのは、アクセサリーショップだった。キラキラと輝くジュエリーに目を奪われ、指輪やネックレスを次々と手に取った。その美しさに魅了され、またしても購入を決意する。バッグの中には、次々と増えていくショッピングバッグが並んでいた。
「今日は特別な日だから」
由美は自分にそう言い聞かせた。特別な日などではなかった。ただ、自分を納得させるための言い訳だった。彼女は一瞬でも空虚感から逃れるために、買い物を繰り返していた。
カフェに立ち寄り、熱いコーヒーをすすりながら、由美は自分の行動を振り返った。財布の中には、たくさんのレシートが詰まっている。それを見つめながら、彼女は心の中でため息をついた。
「これで本当に幸せになれるの?」
心の中に湧き上がる疑問を抑えつつ、由美はまた次の店へと足を運んだ。ショッピングモールを出る頃には、車のトランクは買ったばかりの品物でいっぱいだった。彼女はそれらを見つめ、また少しだけ心が満たされたような気がした。
車に乗り込み、エンジンをかけると、窓の外の冷たい雨が再び視界を曇らせた。由美はハンドルを握りしめ、深呼吸をした。買い物をしている間だけは、現実の問題から逃れることができる。しかし、その一時的な満足感はすぐに消え去り、また新たな空虚感が彼女を襲うのだった。
「これで、本当にいいのかな…」
そう呟きながら、由美は車を発進させた。冷たい雨の中、次の目的地に向かって。心の中にある空虚感を少しでも埋めるために、彼女はまた新たな買い物を探し求める。雨の音が静かに響く中で、彼女の孤独な戦いは続いていた。