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嘘の報告(ファンタジー・ライター)


半ば凍った雨だった。どうりで朝から左膝が痛むはずだった。西村康介は、パソコンの前に座り、カタカタとキーボードを打つ音だけが部屋に響いていた。彼は一心不乱に文章を綴っていた。それは実際には起こっていない出来事の詳細な報告書だった。


「国際会議での発表は大成功だった。多くの著名な研究者が私の発表に賛同し、新しい共同研究の話もいくつか持ちかけられた」


そんな一節を書き終えたとき、康介はふと手を止めた。現実の彼は、無名の研究者であり、誰も彼の意見に耳を傾けることはなかった。しかし、この虚偽の報告書を書くことで、一時的にでも自分が重要な存在であるかのような感覚を得ることができた。


彼は続けてキーボードを叩いた。


「会議終了後、ノーベル賞受賞者のスミス教授から直接声をかけられ、一緒に食事をしながら未来の研究について語り合った」


現実には、そんなことは一度も起こったことがない。康介は自分がただの平凡な研究者であることを痛感しながらも、この虚偽のストーリーに没頭することで現実から逃避していた。彼の作り上げたファンタジーの中では、彼は誰よりも重要な存在であり、周囲の人々から賞賛と尊敬を受けていた。


「次の日、国際的な学術誌から私の研究を特集するオファーが届いた。これで、私の研究が世界中に広まることになるだろう」


文章を書き終えた康介は、満足感に浸りながらパソコンの画面を見つめた。自分の重要性を高めるためのこの虚偽の報告は、彼の心の中で現実と同じくらいの重みを持っていた。しかし、心の奥底では、その虚偽がいつか露見するのではないかという不安が常に渦巻いていた。


「これでいいんだ」


彼は自分に言い聞かせるように呟いた。現実の自分がどれほど無力であっても、この虚偽の世界では彼は輝いている。少なくとも、そう信じることで心の安定を保つことができる。


雨が強くなり、窓を叩く音が大きくなった。康介は立ち上がり、カーテンを引いて外を見た。雨に濡れた街並みがぼんやりと見える。彼はその景色を見つめながら、自分の創り出した世界に再び思いを馳せた。


「いつか、本当にこんな風になれるかもしれない」


そう自分に言い聞かせることで、康介は少しだけ現実に立ち向かう勇気を得た。彼の虚偽の報告は、彼自身の希望と絶望が入り混じった複雑な感情の表れだった。現実の厳しさに耐えながらも、彼は自分の心の中でだけは自由に夢を追い続けることができた。


雨音が静かに響く中で、康介は再びパソコンの前に座り、次の虚偽の報告を書くためにキーボードに手を置いた。彼の心の中でだけ生き続けるファンタジーの世界は、今日も彼を支え続けている。

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