ホーディング(物の溜め込み)
半ば凍った雨だった。どうりで朝から左膝が痛むはずだった。本間俊介は、ホーディングの現場に向かう車の中でそのことを考えていた。彼の手には古い地図が握られており、指先で折り目をなぞりながら、目的地の住所を確認していた。車の窓ガラスに当たる雨滴は、どれも凍りつく寸前の冷たさで、視界を少しずつ曇らせていた。
到着したのは、街の片隅にひっそりと佇む古びた家だった。庭は手入れがされておらず、草がぼうぼうと生い茂っている。玄関のドアに手をかけたとき、ふと幼少期の思い出がよみがえった。あの夏の日、祖父の家の屋根裏で見つけた古いおもちゃ箱。そこには、何年も使われずに置かれたままの玩具が詰まっていた。それらを見つけたときの感動と同じ感覚が、本間の胸に広がった。
家の中に一歩足を踏み入れると、異様な光景が広がっていた。床から天井まで積み上げられた新聞紙、雑誌、古い本。家具の上にはホコリをかぶった写真立てや壊れた時計が雑然と並んでいる。どこかで見たことのあるような、しかし全く知らない世界に迷い込んだかのようだった。
本間は注意深く歩を進め、狭い廊下を抜けてリビングに入った。そこには、一人の老女が小さな椅子に腰掛け、何かを編んでいた。彼女の周りには、古びた人形や衣類が山のように積まれている。編み物の針が動くたびに、部屋の中の空気が微かに揺れた。
「こんにちは、本間俊介です。先日お電話でお話しした通り、今日お伺いしました。」本間は静かに声をかけた。
老女は顔を上げ、本間を見つめた。その瞳には、どこか遠くを見つめるような寂しげな光が宿っていた。
「あなたが来るのを待っていました。」老女は静かに言った。「ここにあるもの、全部私の大事なものなのです。」
本間は頷き、部屋を見回した。彼女の言う「大事なもの」は、一般の人々から見ればただのガラクタに過ぎない。しかし、この老女にとっては、それぞれがかけがえのない宝物であり、彼女の人生そのものを象徴しているのだろう。
「どうしてこんなにたくさんのものを集められたのですか?」本間は穏やかに尋ねた。
「それは…」老女は編み物の手を止め、遠い昔を思い出すように目を閉じた。「夫を亡くしてから、一人で過ごす時間が多くなって、気がつけば、物が増えていったのです。物を集めていると、なんだか安心できる気がして…。でも、気がついたら家が物で溢れかえってしまって。」
その言葉を聞き、本間は胸の中で何かがじんわりと熱くなるのを感じた。物に囲まれることで孤独を紛らわし、安心感を得ようとしていた老女の姿が、かつての自分と重なったのかもしれない。
「わかりました。無理に捨てさせるつもりはありません。ただ、少しずつ整理していきましょう。それで、もっと快適に過ごせるように。」本間は優しく微笑みかけた。
老女はその言葉に少しだけ安堵の表情を浮かべ、再び編み物に戻った。彼女が生み出す編み目は、一つ一つが過去の思い出とともに結ばれているように見えた。
本間は、家の片隅に積まれた古いアルバムを手に取り、丁寧にページをめくり始めた。そこには、若かりし頃の老女と、その家族の幸せそうな笑顔が映っていた。