第四話 歪んだ精神世界
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何かを考えるだけで気持ちが悪い。何かをじっと見つめていると、めまいがするあの感じだと思う。
お父さんとお母さんにあの薬を飲まされてから。
私が竜になってから。
何も考えられなくなってしまった。
蹴り飛ばした。崩した。傷をつけた。
私が暴れているのは分かるのに。
そのことが私が分かるのは私が暴れてから。
全てずっと気持ちが悪かった。
それなのに気持ちが良かった。
だから気持ちが悪かった。
昨日の夜私はついに人を襲った。その人は強い人だったから、私は暴走した自分から逃げることができた。暴走した自分といつも通り考えている自分がぐちゃぐちゃと混ざっていた。
けれどその時だけ、自分の中の人間がはっきりと気がついた。
月の光を浴びて、心のままに私は飛んだ。
それでも空を飛ぶのが、こんなにみじめだなんて思わなかった。
「要するに、理性が働かなくなったってことね」
そう。
そう言うんだと思う。
……あれ?
「つまり竜の本能に引っ張られて身体が動いちゃう訳ね……理性と本能のバランスが崩れてるんだわ。それに精神汚染の魔術もかかってるわね……」
だ、誰?
私は身構えた。
「……?いや待って、私、何で人間なの?」
「落ち着いて。よく、私の言葉を聞いてね」
「マリア・ノバラちゃん」
マリアノバラちゃん
マリア・ノバラちゃん……
「貴女は確か、十三歳よね。合ってる?」
13さい
13歳……
「アヴァストリートに住んでる」
アヴァ。
アヴァストリート……
「私、はマリア・ノバラです。十三歳です。アヴァ……に住んでます……」
「だいぶ意識と理性がはっきりしてきた見たいね、良かった。外の景色は見える?」
「外……外って……」
「うん、外を見ることに集中して。【千里眼】補助してるから、貴女はそれができるはず」
見る、ことに集中するってことは……眼に感覚を向けるってこと……のはず。
「……私……金髪のお姉さんのおっぱい吸ってます……」
「ぶふっw…………」
「あ…………なるほど、夢ですねこれ……」
「い、いや現実よ。……わ、笑っちゃメリルに悪いわ……」
あ…………けどなんか落ち着くかも…………
なんか……赤ちゃんに戻ったみたいで…………
けど恥ずかしい、というか……
なのにこのままやっていたいというか……
「……おねえちゃんを……やめたいのにやめたくない……」
「だんだんと理性が戻ってきた証拠よ、安心して」
理性……?
あ、けど。この気持ち悪い感覚を、自分で取り除けるようになった見たいな……そんな気がする。
自分が出す声と、自分の考えることを、プリントをファイルに分けるみたいにできるようになった。
「【千里眼】……のスキルで、私と感覚を共有できたみたいだし……大分楽になったんじゃないかしら?」
「貴女って一体……誰なんです」
私は、そう聞いた。
「私の名前はアーリア・クレトリア。ごめんね。簡単に言えば私はね、貴女の心の中に入ってるの」
「心の中……に」
「竜になった貴女を助けにきた。ってことね」
「……………………」
私を……助けに。
「……………………どうしてですか」
そんな、優しい人にかけた言葉がそれだった。
「え?」
「…………私…………思い出しました。竜になって……色々な物を壊して……崩して……傷をつけて……」
「マリアちゃん、それは貴女のせいじゃな……」
「私がやったんですよっ!………ごめんなさい。アーリアさん。私が泣く資格なんか無いですよね。ふふ……ふ」
どうしてだろう、涙が止まらない。
何で私は泣いているのか分からない。
後悔なのか、恥ずかしいのか、その両方なの?
「マリアちゃん」
「……………………」
「貴女は……ひどいことをされてたのよね」
「違います!!」
え?私は、今……何を…………
「……お父さんとお母さんが、私に薬を飲ませて……それで私が勝手に暴れただけなんです。きっとそうです。お父さんとお母さんは悪くないんです……私が勝手に暴走して……」
何でだろう、思ってもいないはずのことを私は口にしている。
何でだろう、私は何かとんでもないものから目を逸らしている。
どうして私の口は、私の背筋が凍えるような嘘をつくの?
「ごめんね、さっき貴女の記憶を覗いたの」
「記憶…………ですか?」
「そうね、私にはその力がある。貴女を助けられる力が」
助かる。
竜化のこの気持ち悪さから。
助かる?
……お父さんと、お母さんの…………から?
私は何で、どうして。
私とは一体、何なんだろう?
言葉にしようと、私が頭を捻っても。
どうしてだろう、私では言葉にできない。
「アーリア………………さん。分かるんですか?私の心が」
「…………………………」
「なら、私を助けて………………」
「…………………………」
「私は、何から、助かりたいんですか…………?」
どうしてだろう、涙が止まらない。
何で私は泣いているのか分からない。
けど、この人なら……私を分かってくれる気がしたから……