第二話 春の青さとの決別
「……酷いね」
私はアーリアが映っている写真を見た。
「傷だらけじゃない!それにこの写真は……」
「はい。クレトリアが所持する違法薬品です。政敵暗殺用の毒……ですね」
「よくこんなの撮ってきたね……」
「こんな数世代遅れのセキュリティの突破なんて、私からすれば赤子の手を捻るくらいのことです」
「クレトリアのセキュリティ会社、国の軍部が機密保護に採用してるらしいんですけど……?まあいいわ。次は?」
「これは魔法実験の跡ですね」
「!……これ、人の内臓じゃ……」
「ええ……使用した薬品、魔術から推測するに、おそらく勇者の【スキル】についての実験でしょうか」
「え?まさか……勇者もこんな悪事に手を染めているということ!?」
「ほぼ断定できるかと」
「つ、次は……?」
「これが最後……です。そしてこれが、私が違法行為に及んでまでこの家を監視していた理由です」
「そして……旦那様が私に命令を下された意図でもあります」
「そ、それは何なの……メア」
彼女は告げた。
「……貴方様は、今から殺されようとしています」
「…………!!」
「旦那様はそのことを、予想されていたのだとか。そして実際に、彼らが貴方様を暗殺する計画……」
「……ここに、その会話記録を取りました」
「このメモ帳は?」
「勇者カインと、アーリアスマの行動記録です。彼が持つ【スキル】が厄介で、勇者にはあまり近づけませんでしたが……アーリアスマには接近できました」
「あ、あなたが大丈夫そうで安心したけど……彼女、裏社会のドンよ?」
「存じておりますよ。アーリアスマ……マフィアグループの幹部であり、この地域の薬物売買を取り仕切る極悪非道の無慈悲な女王……」
「新聞紙がその証拠をスッぱ抜こうと必死だけど、ずっと見つからないらしいわ……かなり狡猾よ」
「ええ。ですが女狐ここに追い詰めたり。証拠は全て揃っております」
「違法だから新聞紙とかには売れないけどね……」
「まあまあ、持っておけば、いつか脅しには使えますでしょ?」
「うーん恐ろしい女はどっちだ」
「まあまあ。それで……記録をご覧下さい」
「分かったよ。んで……」
「……最も重要な箇所は、昨夜の二十六時十三分です」
「……これね。なになに……化け物メルファを追放しろ……殺していいですか……奴は怪物になります……」
「……」
「はぁ!?はぁ!??はぁぁぁぁぁ!!!?」
「まあ、そのような反応になりますよね」
「何よ人を化け物呼ばわりして!!勇者とは一度部屋で会話しただけよ!?私なんかしたぁ!?」
「どうやら……貴方様の魔術の才能を恐れ、貴方様を殺害しようと企んでいる様子です」
「はぁ……才能?私に?なんで???」
余計に理由が分からない。
そもそも、私は常に学院ではゴミ扱いされていた。
魔術の才能なんてあるはずない。
「アーリアスマに向けて勇者は、こう言っていました」
「……」
「彼女は将来、怪物になると。そう……まだ目覚めていないだけの原石だと」
「はあ……」
「旦那様もそのようなことを仰っておりました」
「え!?」
「……貴方様のお父様は不思議な方でした。未来がまるで見えているかのように、物事を見据えるのです」
「さ、才能って……」
「……スキルについてのことですね?」
「うん。私、まともなスキルを持ってないの。【感覚欠落】……これは名前通り感覚を停止させるスキル」
「ええ、存じております」
「こんなんじゃお話しにならないんだよ。私、多少魔術は使えるけどスキルがからっきしだから強みがない」
「例えばメアだったら【気配遮断】で、暗殺やら潜入やらこなせるでしょ?」
「他には……【ファイア】なら、火を操れる。火事を消化したり、魔物を焼き払うのに使えるじゃん」
「【ブリザード】なら、物体を凍らせられる。食品保存には欠かせない人材だよ。勿論戦闘にも応用がきくでしょう」
「けど私には、こんなものしかない……【感覚欠落】……これ、突然変異のスキルみたいだけど……戦闘にも生活にも役立たないじゃん……」
「だから才能が無い、と?」
「まぁ、そうだね。結局のところ、魔術はスキルを占めるところが大きい。スキルで学習を短縮できる魔術だってあるからね。だから私は落ちこぼれなの」
「……なるほど」
「ん?」
「縛られてしまっているだけなのです。お嬢様は常識に」
「は、はぁ?」
「……旦那様の予言の通りでした。では、失礼して」
「め、メアさん?」
メアは私の本棚の前に立って、ひとつ抜いた。
「メアさん?丁寧にね?その本は私の宝物の……」
「お嬢様の思い出の一冊でしたよね?確か旦那様に買って貰ったはじめての魔術書だとか……フフ」
「待てメア、なんなのその笑顔は……何だかすごく嫌な予感がするのだけど?」
「燃やします(シュボッ!!)」
「はい!?」
そう言った直後、メアはライターを左手で取り出し火を点けた。
「待て待て待て待て待て!何、乱心か!!?」
ついに狂ったか……!???
「乱心でも狂ったわけでもありません。お嬢様は私からこれを一分以内に取り戻して見せて下さい。さもなくば」
「は!?無理無理無理無理だって!!貴方準一級等騎士試験合格者でしょ!!?」
「お嬢様〜?これ、私の心が一番痛むのですよ。すっっごく痛みます。本当はやめたいです」
「けれど旦那様から、お嬢様の目を覚させろとのことでしたので、仕方なくやってます。強制されてです。はい」
「ああ!どんどん旦那様のライターがお嬢様の本にキッスしてしまうような距離に!!」
「じゃあなんで笑ってるんだ変態メイドぉ!ぐっ……ああもう、仕方ない……!!」
走る。
「お嬢様、ぬるいですよ」
簡単に躱されてしまった。
これくらい、彼女にとって何ともないだろう。
「…………つ!氷よ!」
「魔術ですね。しかし、これも遅い」
私が放った魔術も難なく回避される。
彼女は凄腕の騎士なのだ……これくらい当然だ。
「があー!!もう!!!炎よ!!」
「ふふ。私が避けなければ、本が燃えるところでしたよ?」
「…………か、かすりもしてない」
……どうすれば、いい。
焦るがアイデアは出てこない。
強さと言う意味で、彼女と私はかなり離れている。
(……いや、なんでこんな状況に)
(めんどくさい)
(マジで燃やす気なの?)
考えろ、考えろ、どうすればいいの。
(やだなぁ、やだやだ)
(これ無理じゃ……)
「ああもう、雑念が煩くなってくる!」
「のこり四十秒〜」
「……そうだ!魔術弾!!」
指先に魔力を集めて、放出する魔術。
自分が使える魔術の中で最も攻撃が速い。
これなら……なんとか戦闘に使えるか?
「……だけど、やるしかない」
「三五秒〜」
「……(ああもう!集中できない……!!!)」
そうして一発、指から白い塊が飛び出した。
その流れ弾が当たったのだろうか?
パリン!と、ガラスの割れる音が廊下に響く。
「…………遅い、ですね」
「はぁ!?避けられ……」
「お嬢様は本気ですか?それとも、私が発言を撤回するとでも期待してらっしゃるのですか?」
「……(こういう時、メアは本気だ……)」
本気で本が燃やされるまで、あと二五秒。
どうすれば良い……考えろ……考えろ!
それとも魔術弾の威力を高める……?
いや……無理だ
……こんな状況でまともに集中出来るわけがない!
魔術で重要なのは集中力だ。
純度の高い集中が出来れば、それだけの魔術が使える。逆に言えば、出来なければ質が低いものしか使えない。
……だが、常識的に考えれば、いきなり集中力を高めることなんてできない。
ま、そんなスキルでもあれば話は別ですけど!
そもそもそれは人間の脳機能で、科学で、魔術の範囲ではないし……
「……あ、れ?」
集中力を高めるにはどうすればいいか。
考えてみた。
いつも集中できている時、雑念を消している。
それはコンディションにもよるけど、基本、意識的に出来る事じゃない。
いや出来たとて、完全に、とはいかないだろう。
そもそも集中とは生物にとって本来無駄だ。
出来ない構造だ。
脳とはそういうもの。
じゃあ、出来るとすれば?
「……【感覚欠落】」
「!それは……!」
こんな状況なのに……
私は、試さずにはいられなかった。
精神を集中させて、たったひとつの標的を狙う。
「…………集中……」
「……!」
「…………集中、集中……集中………………」
感覚を針のように尖らせ、邪念を穿つ。
動かせる魔力の純度、量、操作の正確性を引き上げる。
身体中を巡る魔法を、もっと、もっと、もっと――!!
「………………!」
「なッ、速……い!」
ズドン!と、弾が発射された。
指先が燃えるような感覚、音も光も全て置き去りにしてしまうような集中。
それは、手応えが無かったこの魔術に火を灯す。
右肩に殴られたような反動を感じる。
出力された威力、それを表すこちらへの衝撃を。
……彼女には当たらなかった。
あと残るは一〇秒。
「この私でも見切れない程の弾丸速度……!お嬢様、あなたの力は……!!」
「……次……もっと……集中を……」
「!!」
この耳には音さえ届かず、
この眼には光さえ遅く、
この指先には血液さえ届かない。
「……掴んだ。この感覚……!」
もっと、もっと、もっと速く。
「…………【コンセント」
「……!そのスキルの名前は……!!」
魔法だけが辿り着ける場所へ。
物理と科学には許されない景色を見る。
「レイト】……!」
【コンセントレイト】
「(やはり……旦那様は何ひとつ……誤ってなどなかった……)」
彼女は発射される光を見た。
奇跡の光線は何よりも速く進む。
少女が得たのは奇跡。
「(お嬢様が抱く才能……その真価を……見抜いておられた……)」
だが必然的に達せられる計算でもあった。
……メアは振り替える。
少女の努力と研鑽を。
……少女が
初めて魔法が使えた夕方に開いた、ちいさな祝賀会を。
机で寝る少女の、涎を拭ったあの夜を記憶している。
「…………キャン!……い、痛い……」
「…………メ、メア……!?」
私は少し焦った。
「……安心して下さい……ぎりぎりかすり傷です……」
「え、い、う、ウワーッ!!?弾が床を抜けてるー!!?」
「まさに光線……お嬢様、おめでとうございます」
「ぶ、ぶ、無事なら良かった……」
まさかこんな威力の弾が出てくる……とは。
「こん、こんな才能が私にあった……のね……?」
勇者の才能が、『天賦』ならば、私に与えられたのは、
『集中』する、才能………………?
「……は、ハッ!そうだ、ほ、本は!?」
「そこにあります」
「……!良かったぁ〜……」
「もはや、持っておく暇がありませんでした……」
「へ?」
「防御に集中しなければ、私、もしかすれば死んでいたやも……」
「!!!?ご、ごめん……なさい?」
「いえ。お嬢様は力を使いこなせていないだけです」
「……力……」
私は指先を見た。
まだ少し痛くて、少し赤い。
そして、床に空いた穴を見た……
「こ、これとんでもない力ね……けど、わくわくする」
「!」
「……あーもう!なんでこんな力が私にあるのか分かんないけど、いつかわかるでしょ!そうだよね、メア!」
「はい。旦那様も、そのように仰っておりましたよ」
「……よし!勇者でもなんでも、かかってこーい!ゲス勇者討伐、やってやりましょう!!」
「……ふふ。その意気で御座いますよ……して」
「ん?」
「……着火済みのライターがですね……焦って放り投げてしまいましてぇ……」
「………………ん??」
「……その……ライターを……見失いました」
「待てー!!?い、家が燃えるー!!!!!」
……五分捜索したのち、ライターを見つけ出した。
さ、幸い火は消えていた……
***
もう十二時を過ぎようとしている深夜。
欠けた月の光は穏やかだった。
メアとのやりとりを思い出す。
「クレトリア家……まさか、あそこまでの歪みを抱えていたのね……」
「そうですね……昔からおかしな思想を持ってると思ってたけれど、そこまでならまだしも、まさか勇者の力まで持つとは……」
「…………結局、その力への対抗策は………」
「このまま街から逃げても勇者が追跡すれば、我々の死ぬ確率は100%です!」
「言い切るわねこのメイド!まあ事実だからしょうがないけど」
「……しかし、万が一があるのも事実です……」
「……まあ、私の心配はしないで。メアは自分のことだけ考えてほしい。あと私ね、むしろさ、わくわくしてるんだ」
「えっ」
「この力をーー試せる。まだ魔法において、これだけ分からない謎があるなんて………!!!それもスキルの法則の前提を覆しかねないほどの………うん、この検証は生死を賭けるに値するのよメア………!!!!」
「ご、ご主人様……」
あのメアが、なんか引き気味だった。けれどもまあ、私が勇者の相手をするのは実際に理にかなっている。
……あのメアとの手合わせから一日くらいしか経っていない。
あの後何回か練習したが、確信は得られなかった。
世界最強とされた勇者を凌駕するか、どうか。
研究も計算も立証もできていない。
証拠もない。
けど、メアと、お父様が信頼してくれている力だ。
……なら、今はこれで十分。
魔法使いなら?
きっと、それでこそだから。
……作戦開始時刻となって、私は鐘を見つめていた。
アーちゃん、そしてメア
どうか、無事で……
***
「……………ふう。中々頑丈でしたね……」
そこには、メイドがいた。
ドアをへし折って中に入ってきた。
は?
***
さて。
「待って!待って!待って!貴女だれ!?無言で持ち上げないで!?おいコラ聞けよ人の話!!」
計画を遂行するとする。
メルファ様はたしかに心配だ。
だがそうしろと言われたら『そう』やって動くことがメイドの役目。
ひとりぼっちの主人と共にゆくと決めた。
例えその道が間違いだったとしても。
「うっわ迷いのない目ね……お願い話を……話を聞いて……」
「そんな暇は今はありません。とりあえず、私のご主人に黙って救われて下さい」
娘を抱え窓を飛び出し、着地。
娘の絶叫が聞こえたが気にしない。
「は?メイド……!!?」
「な、何だ!?美女が美少女抱いて走ってる!?」
「さ、騒ぎになってきてるじゃない……!!」
「さっさと逃げれば関係ありません!」
指定のルートを走れば、ここから五分でマツリ家まで帰れる筈。
「あ!思い出したわ!!あんたあのマツリの変態メイドね!?」
「よく分かりましたね。まあ、そういうことです。えーと、あなたの名前はなんでしたっけ」
「………アーリアよ」
「ならアーリア、お姫様になって下さい」
「どういう!!!なら、よ!!!!!」
騒がしい娘だけれど、ここの警備員には異常を気づかれない筈。私の【気配消去】で消せないのは自分の声と息のみ。
それは他人の立てる音も例外ではなく、もしその場合ならば声も消せる。
「ど……っど、どこに運ぶのよ!!?バカメイド!!!」
「マツリの家です。そこで勇者をなんとかするらしいですよ?」
「具体性!!!!!!!」
さて、こんな場所、そそくさとお暇するに限る。
やはり屋敷には随分趣味の悪いものがあった。
流石、この国の八大貴族と言うべきか。
「いやその警備をすり抜けるアンタ何なのよ!おかしいでしょ!!!?………というか、私を救う………?」
「はい。だからこうして夜道を走ってるわけです」
「……いやその………タイミングが悪かったわね………」
「……………………?」
「勇者がまだ、うちに居たのよ………」
深夜の街道だからか、気配にはすぐ気づけた。
………風を切る音。
何かが飛んできた音がした。
「あはは。うちの嫁に、なにしてんの?」
一度振り返ーー見切れな………
「メ、メイド………!!?」
「何か最近、屋敷にネズミの匂いがすると思ったんだよ……はぁ。これで駆除完了かな」
私の胸に、数本の剣が、刺さった。
「な……勇者が、計画通りに動いていない……!?」
「計画……?……ああ。忘れてた。そっか、僕、あのマツリの屋敷に行かなきゃならないんだったっけ」
「……何、ですと!」
「ぐ、ぐぅ……【セレクトソード】!!」
剣を生成して飛ばすスキル。
数本編んで、剣の形にする。
必死に魔力を練って、あの目標にめがけて飛ばした!
「チッ。面倒くさい……」
……しかし、手応えは感じられなかった。
「ダメ!そんなスキルじゃ、そんな魔術じゃ……!」
「何……ですと」
何百もの剣が彼の命令で浮かんでいたのだ。
それはいとも簡単に私の攻撃を防ぐ。
「ぼくのスキル……【エア】の下位互換だね」
夜の闇に煌めいていたのは、幾千本の剣。
それは、彼の後ろに浮かんで、命令を待つ。
これだけの剣を一斉に、彼は、操ることができるのか……?
「くっ……………!!」
必死に走る。
私は、勇者の実力を甘く見ていた。
「逃げるな!チッ、面倒くさい!」
「ぼ、防御盾を……!」
身体の後ろに展開したが、すぐに破られてしまう。
秒単位で100の剣が飛んでくる。
私の盾などむなしく崩壊し、
「ぐぅ……う!」
刺さる。刺さる。
剣が身体を裂く。
「め、メイド……!」
しかし走るしかない。
血を失っても止まれない。
命令は、命懸けで果たさねばならない。
「メアです。私の名前は、メア……」
「もう面倒だ!【ギアス】!……止ま」
「……【ギアス】!!メアよ、止まるな!!」
「!!?」
「ア、アーリア様……!?今のは……」
「ああもう!!後で説明する!走れ!変態メイド!」
「クソが!止まれ!止まれよ!!」
勇者の剣の発射が段々と雑になってきている。
これなら、きっと、あの場所まで……!!
***
………そう、きっとそれでこそ。
十二時の鐘の音が鳴り響く。
鐘の音は沈んで……明かりのない街に失せた。
数キロに及ぶ血の跡に、何万もの剣が戦場のごとく突き刺さる。
そして、終着点へとついに届いた。
「……アンタどうして、ここまでするの?」
「私は、メイドですので」
「……メア!!ご苦労さま」
「すいませんお嬢様……私はここまでですかね。肺も刺されたようで、もう動くのは口だけです」
「なんで動くんだ……」
見れば、何本も剣が刺さっていた。
勇者はまだ屋敷にいたのか……?
暗殺を企んでおいて
……メアが入手した計画通りに動いていない?
「……なるほど、随分と舐められたものね」
「ここで……いいですかね」
剣を抜けば、内臓が溢れてしまいそうなほどの見た目だが……その刺さった剣をメアは一気にその全てを抜き、カランと音を立て剣はこの中庭に落ちた。
剣は残らず光と共に消えてしまった。それで今度こそメアは倒れた。
「大丈夫なの!?このメイド!!メルファ!!!」
「大丈夫………私はお風呂場から地獄までお嬢様と共に行きますので……そのためにまだ死にはしませんよ……」
「えっ」
……とりあえずこの変態メイドは放っておこう。
幸い、致命傷でもないようだし。
「えっ酷い!酷いわよメルファ!!!」
「アーちゃん……私の足を見て」
「えっ?足舐めてる?なんで?何、何してんのこのメイド???」
変態行動を反省するまで傷の治癒はしてやらん。
「………なぁ、楽しそうだなぁ!??」
声が聞こえた。
気配ーー瞬く間に剣が飛んできた。
「追いついたぞ!もう面倒臭い!!全員、ぶち殺してやる!!」
けれど、見切れない程の速さじゃない。
「----!」
魔力には魔力で対抗する。
飛んでくる剣に対してーー魔力を固め迎撃する。
その迎撃に、耳障りな鉄の音が街に響く。
心地の良い感触がする。
成功の感覚とでも言えばいいだろう。
その衝撃は吸収されて失せた。
魔術である、魔力凝固。
つまり魔術の盾だ。
「チッ!鬱陶しいな!!」
「剣を飛ばすスキル……!」
「これで、死ね!!」
何本もの剣が無から編まれ、刺すように飛来する。
しかし、受けられる。たかが魔術なら……!
「【コンセントレイト】!」
「!……聞き間違い……か?」
「たかが、このくらい……!」
……想定していたよりも、彼は弱い?
そう思ったくらいだ。
「……防ぎやがった……だと……いやまさか、な……」
「……」
「…………なんで抵抗する?」
「勇者様……ですよね」
姿をようやく表したのはひとりの男。
170センチ程度だろうか、この国では低い方の身長で、顔を見て特段印象に残る要素はなくーー要は体も心もチビ。
「へえ?いい度胸してるな、落ちこぼれちゃん」
しまった心の声が漏れていた。
ーーいや、違う。
「成程、千里眼……ですか」
「そうだよ。ジロジロこっち見てるから使ったけど、碌でも無いこと考えてるんだな?性格最悪」
「お互い様じゃないですか?よくうちのメイドをこんなに痛めつけてくれましたねーーこの借りは倍にしてお返ししましょう」
「それは怖い。やってみろよ。あ?」
……やはりここで決戦としなければ不味い!
長引かせれば作戦がバレる。
「ーーーー【コンセントレイト】」
「…………な」
「なんだ……その光は!」
「……(速く、もっと、速く……!)」
目の前の人間の勇者カイン、その腹の一点のみを狙い、私の中の火の魔力を固め、固めた魔力の弾丸を撃つこと、そのそれぞれの工程のみを行動し、雑念を削ぎ落とす。一瞬で、理論的に可能な限界の速度と威力を追求し遂行する。
それが私のたった一つのスキルの力。
【コンセントレイト】の力の正体。
「ーーそこ」
風を纏い、空を裂く音が聞こえる。
指先から飛ぶのはまさに弾丸。
「な----ば……か……な……!!」
その決着には時間など要さなかった。
例えば防御の魔術を展開ようがしまいが関係なく、その弾丸は光線となり、万物を貫く槍となる。カインの腹には、音が発するよりも前に穴が空いていた。
魔力が破裂する音が鳴る。
魔力が庭の土に着弾する音が聞こえた。