エピローグ もう一度このソラの下に
「……で、この俺は捕まったって訳だ」
「はぁ……警察の協力者メルファさんの証言とほぼ一致しているし、問題はないぞ。これで取り調べは終わりだ」
「は?おいおい待てよ。そのメルファって女と話させてはくれないのか?」
「お前、昨日からずっとそればかりだな……何だお前、まさか惚れたのか……」
「何、違うさ。あんな牛乳臭い娘に俺が惚れるかよ」
鉄の重いドアを開けたらそんな酷い言葉が聞こえてきたので
「牛乳臭い女で悪かったですねぇ!!」
とつい言い返してしまった。
容疑者の男はケラケラ笑う。
細身で目の下にクマのある男。それに少し中性的な顔。
これがあのロック・クライン・アーサー……
「やっとお出ましか。全く待たせやがって」
「……会ってもらえるだけ感謝しろよ。というか、なんでこんな偉そうなんだ……!」
ここからガラス板越しに彼は座っていた。
私をじろりと見つめる目はまるで獣のように思える。
そしてあまりにも理性的にも思える。
なぜか?
笑う時、彼の眉毛は微塵も動いていなかったからだ。
「……自己紹介が遅れました。私、メルファ・クラークと申します」
「……?マツリじゃないのか?この刑事はマツリと言っていたが」
「ああ。貴族階級は破棄したので……もうそろそろ別の苗字が必要かなと」
「へぇ。俺はあんたの知っての通り、ロック・クライン・アーサーだ。よろし……チッ。こんなガラス板があったら握手もできんか」
「……なら、代わりにこれを親愛の情としましょう」
「?」
「あなたの改心を願って、この花を送ります」
「……ほう。魔法で花を……」
右の指に感覚を集中させる。
青の薔薇を、一本ずつ織ってゆく。
「十九本の薔薇か。ハッ!」
「……まずお近づきの印として。ふたつめに、あなたの改心を期待して贈ります」
宙に浮かんだその薔薇は数秒のち、花弁が散って消えた。
「どうです?お気に召したのなら良いのですが」
「綺麗な魔法だ。ああ……あの夜を思い出すよ」
「……」
「その時、お前が俺に見せた魔法は完全に常識を外れていた。研究者のころ、まさに俺が追い求めていたものだ」
「そんな……光栄です」
「俺はご覧の有り様でな。濡れ衣を着せられ学界を追放されて、ついに元のスラムに帰り着いちまった」
「ロック、あなたは確か、スラム出身なんですよね」
「ああ。一度成り上がった。研究者として名誉な賞もいくつか得たよ。まさかこんな落ちぶれるとは思ってなかったがね」
「……」
「学界は皆んな揃って腐ったやつらばかりだ。金、金、金、あとおまけで名誉。そんな下らん理由で魔法研究を何個も潰す……俺は何人も見てきたよ。未来のある有望な研究者が無能な年寄りどもに、恣意的に潰されて行く様をな」
「……ロックも、その一人なんですね……」
「まぁな。だからもう、魔法なんて研究する価値なんて俺から失われたのさ。研究結果を公開しても、その内容は学会の都合の良いようにねじ曲げられて、その歪みを見過ごすよう強制される」
「そんな……」
「……確かに稼げはする。だがな……俺の書いた覚えの無い論文で日銭を稼ぐなんて、俺は何も楽しくなんかない」
「…………」
「我慢できなくなった俺は、その歪みを正そうと躍起になった。だが、そんな訴えを聞き入れてくれる聖人なんて学界にゃ存在しなかった。それで邪魔者になった俺は、学界から永遠に消されたのさ……それでスラムの強盗になってその日暮らしの生活を、ただ生きるだけの虚無を受け入れていた……だが」
「……だが、お前が現れた」
「私ですか?」
「……ああ。お前のお陰で、また俺はまともに笑えそうなのさ。その純粋な、魔法に、何か心を揺さぶられた」
「…………」
「おいおい照れてんのか?顔が赤いぜ」
「て、照れてなんていません」
「ははは!……だから俺は、また……生きようと思った」
「……」
「おい、俺に協力する気は無いか?」
「??」
「俺はまた魔法を研究しようと思う。獄中だろうが何だろうが場所はどこでもいい。お前は魔法研究を手伝え」
「……ご、獄中で……魔法研究ですか……!?」
「まだ解明しきれてないテーマがあんだよ。……そんで、お前には面白いものを見せてやらぁ。お前が、俺にやってみせたような物を……!」
「…………!ぜひ!かのロック・クライン・アーサーの研究を近くで見られるなんて、願ってもなく……!!」
「お、おい、お前ら!?何で勝手に話を進めてる!?」
「刑事さん!!」
「め、メルファさん!!?」
「……私からもぜひお願いします!彼に、警察の牢屋で研究をさせてあげて下さい!!」
「い、いや私が決める事じゃないんですが!?いやそもそもだな、そんな許可が下りるわけないでしょう!?」
「何故です!!」
「こいつがただの犯罪者だからですよ!!特例認定されたんじゃあるまいし、順序に沿って裁かれるんです!!そもそもこんなやべー奴を警察に置いときたく無いですよぉ!!」
「特例認定にはどうすればいいんですか!!」
「じ、ジグラットとか……そのくらいの権限を持つ方じゃないと決められないですよ……けどこんな小さな案件に興味なんかあるはずないでしょう……」
「できます!ジグラットから許可貰えますよ!」
「は!!!?」
「恩を売ってるので、なんとかいけるはずです!!」
「恩!!!?……め、メルファさん……ほんとあんた、何者なんですか……???」
「あの国の犬を手懐けているだと……?ははは!!こりゃ愉快愉快!!……な、刑事さんよ。確かカリンと言ったか」
「……そうだ。お前に完膚なきまでにボコボコにされたカリン・シェリーベットだが??」
「ははは、謝るよ。悪かった、許してくれ」
「ぐっ……!!ああーもう!なんなのこいつー!!都合が良すぎる!!」
「合理的と呼んでくれや。これからよろしくってことになりそうだな、カリンさん?」
「嫌だ!!犯罪者とよろしくなんかやりたくない!!」
「あ、あはは……」
のちアキラさんに電話したらすんなりと許可が下りた。
警察と私の責任で、ロックは警察の拘置場に研究所を立てた。数ヶ月以内に成果が出せれば、更にその期間が延長されるそうだ。
……楽しみだ。『逆襲の天才』と呼ばれた彼は何をやってくれるだろうか。
え?アーちゃん?
法律はどこ行ったのかって?
個人的に研究者があんな扱いなのが見過ごせなかったってゆーかー……いやそもそも元々私達も犯罪者だし今更これくらいセーフで……あ、ダメ?
待って、その剣を抜かないで?
***
「……割とアーちゃんに叱られちゃった……」
「けどなーこれくらい許してほしいなー。だって最近私働いてばっかだし……ロクなことに巻き込まれてないし……報酬がほしいしー……」
とぼとぼ一人、宿への帰り路についていた時のこと。
「おいそこの女!命が惜しけりゃ金を出しな!」
「は。え?……ご、強盗!?」
「へへぇ悪く思うなよ、俺も生活がかかってんのさぁ!先月の競馬で溶かした金を回収しなきゃあいけねぇのさぁ!……クソっマジでオカネヲカケル号が四着になるなんて思ってなかったのにぃ!!」
「いや強盗さん、それはあなたが悪くないでしょうか……」
「五月蝿え!一番人気なのに四着だったの!!さっさと金をだ……ぐぉぉぉぉぉぉ!!!?」
「!?」
(ドカン!!!ドカン!!!ドカン!!!)
(……バタン)
「て、てめ…………」
「……この私よりも……ごみくずな人間が居るとは思いもしませんでした……そんな人間……生きてるだけで罪ですよね……そうですね……」
(ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!)
「も、もうやめ……」
(ガガガガガガガガガガン!!)
「も、もう結構です見知らぬお方!助けて頂いてありがとうでも強盗さんがもう死にそうですから大丈夫です!」
「…………」
(……カタン)
「……あれ。貴女……何処かで私とお会いしまし……」
「しししし……」
「……し?」
「ししし、しごごごごご……と……おつかれれ…………さまです……まほうつかいさま………………」
「………………???あ、ありがとう?」
「わ、わ。わ、たし、ねこっ、猫塚あや、や、、ね、と、っいます言いますいいやしゅしゅ」
「………………???」
「………………さ、さようならららら!!!」
(バビューン!)
「…………………………?????」




