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【メイドアチートスキル】貴族学園の落ちこぼれている天然少女はレジェンドだった〜追放されたら魔法使い、ないし冒険者の王女〜  作者: 猫村有栖
月は無慈悲な魔法使い.ep1〜勇者の夫の手から、その妻である幼馴染を救い出すため、覚醒しなさい〜
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第一話 十五の儀


「感覚欠落う?そんな自傷スキル保有者がこのぼくたちと同じ貴族なんて笑えるよ」

「父親がいないと何にもできやしないのね」

「あははははははははは!あの偉大な、マツリ家の終焉がこんな結末とはなんて無様なのかしら」


『あの』儀式から逃げるように出て行く私に、そうやって言葉を刺す彼らの声を聞く。


私はなにひとつ、返す言葉が無かった。


***


重ねられたバナナと織られたクリーム。

クレープ生地に指揮された三重奏はより際立つ。


「うまい……うますぎる!」

「……クレープ、何個目だっけ?」

「8コ目ですっ!ーーほんと美味しいんですって。これを料理したあなたは一体何ものなんです!?」


「ふふ。わたしゃしがないクレープ店員よ。そんな貴女はだれなのかな?」


「私ですか?マツリ家……って言えば分かります?」

「マツリ家!?」


大袈裟にクレープ店主は驚く。


「それは大変失礼しました……先ほどまでのご無礼をお許しください……」


「??私が言うのも寂しくなりますけど、()()マツリ家ですよ?……そんな改まる必要なんてないのに……」


私は貴族、マツリ家の人間である。


この地方で何百年もの格を持つ由緒正しき貴族

……だったのだが、堕ちた。



流行病で一族が多く無くなり、財政危機で他の派閥に吸収されて、ついに、私一人だけになってしまったのだ。


「いえーーそういうわけには行きません。私は、あなたのお父様に、命を助けて頂いたのですから」


「え……」


そう言うと、店主の女性は粛々と語り出した。


***


帰り道はいつもひとり。

ひとりで、寂れたこの家に帰る。


「ただいま」

「おかえりなさいませ、ご主人様」


出迎えてくれたのはメイドのメアリー・スアレス。彼女だけが、このマツリ家に残ってくれている。


ーーもうこの家でメイドに払える賃金なんて残っていないというのに、私がメアリーにそう言うものなら


「こんなご主人様おもいのメイドにそんな言葉を投げかけるのは野暮というものですよ、ご主人?」



なんて冗談めかす。


主人思いというのは言葉の通り本当だろう。


ただその忠誠心が行き過ぎて……少々変態じみてしまっているのが玉に瑕だが。


「メア、そういえばさ。マツリ家にーー私のお父様に親を助けられたって人に出会ったんだよ」

「あのお方ですか。ーー優しい方でしたねぇ」

「メアってさ、いつもお父様を優しいって言うけどさーーもしかして、優しいってことくらいしか覚えてないの?」

「いえーーただあの方はちょっと……優しいの次元が我々と少々違っているお方で……うーん」


「ああそういえば。儀式の結果を聞かないの?メア」

「?ああーーそんなもの、ありましたねえ」


「ーー私、保有可能数は1よ」

「左様ですか。今日の夕飯は何にいたしましょう?」

「じゃあグラタン……」


この通りの平常運転。メアの家系はマツリ家に代々使えているらしいのだがーー使えるにあたって、頭のネジを何本かマツリ家に抜かれてしまったのかもしれない。


自分の主人がこんな有様でこの態度は正気じゃない。


「私は正気ですよ。ご主人がいかなるスキルを持っていようが、私の大好きなご主人様であることにはなーんら変わりはないのですから♡」

「私何も言ってないけど………!?」


メア、いつもナチュラルに主人の心を読むのはやめてほしい。


メアもユニークスキルを保有しているけれど、その一覧に心を読むスキルなんてのは無かったでしょ……


「愛の究極点です」


ウインクで答えるメア。眼鏡が良く似合ってる。


ーー世間に問いたい。


メイドとは皆こんなものなのだろうか?

そしていち貴族のはしくれとして問いたい。


この人は本当に人間なのか?


***


メアのお夕飯を頂いたあと、私はある部屋に向かった。


「ーーまだお父様の匂いが残ってる」


三ヶ月程前ーー丁度私の誕生日の日に、病気で亡くなったお父様の部屋。


主人を失い、残ったものは匂いと机のみ。


他に本棚や絵画もあったらしいけれど、家の維持のためにお父様自身で売り払ったと言っていた。


ここでーー貴族としての役目を果たしていたのだ。どれだけ馬鹿に、こけに、笑い物にされようとも、お父様は最期の時まで貴族でそこに在ろうとした。


「立派な方でした。決して誇りを忘れないーー決して不満を漏らさず、口にするのは希望ばかりで。常に前を向いておられて……」

「メアがお父様のことを語るなんて、珍しい」


何の用事だろうか?


「実は……あのお方に、私は遺言を仰せつかっているのです」

「!」

「3ヶ月経過したのち、渡しなさいとのことでした」

「……?なんで、だろう」


メアは、私に一通の手紙を渡した。


紅い蝋で閉じられていたそれを慎重に開ける。

私は白い便箋を開けて、それを読んだ。


そこには私のための遺言が遺されていた。


もう3ヶ月だ。

しかしまだ、ペンの匂いが残っている。


これには、少し堪えた。


「…………お父様……」


だって、父が死ぬなんて想像できなかったから。


昨夜だって、父が夢に出てきたくらいだ。

父の顔は、はっきりと記憶に残っている。

……それもいつか忘れてしまうのだろうか。


そんなことを考えてしまう。

考えても仕方ないことをずっと。


私はお父様に尽くせたか。

お父様は出来損ないの私をどう思っていたのか。


「何と……記されておりましたか」


全部、書いてあった。

だから涙が出そうになるのだ。


私はきっと……

残された人間にしては、きっと恵まれている。


父の死に目を見れたし。

こうして、父の遺言も受け取れた。


『メルファ……』


父と後悔のない別れができた。

決して突然の別れではなかった。


『……ぼくはね、』


「うん。メア。お父様は、私のことをよく分かってる」

「……」



『きみと出会えて、幸せだった』



「……ありがとう、お父様、いままで、ありがとう」



私は父の残した黒く大きな机を目を向けた。


メアの言う通りに引き出しを開けてフタを外せば、そこにあったのはお父様の隠し財産。


煌びやかな宝石の数々が眠っていた。


ーー月光がこの場所を照らしていることに今気がついた。机はきらきらと輝いている。


私はこれを、月の葬送だと感じずにはいられなかった。


***


「とりあえず、資金は稼げたね……」


手放すのには惜しい程の美しい宝石達だった。財産というのはそれのことである。二足三文で買い取られない様、お父様は用意周到、店を指定していて実際上手く行った。本当に有り難い。


魔法学院を卒業したばかりで不安だらけだった。

職も、チャンスも、何もないかと思っていた。


「これから如何致しましょう?」

「そうね………」


父が亡くなって、私がマツリ家の屋敷を売らず残していた理由。


……それは。


無くなることなんて決まっている、けれど、父が目指したもの、父にとっての大切なものを、一日でも長く守っておきたかった、からなのかもしれない。



「………………………」

「よし。引っ越そうか」


私は貴族の称号をようやく、手放すことを決心した。

お父様もそうしろと遺していたし、何より


『魔法使いになると言っていたね』


お父様とは、約束してしまった。



『……なら、約束しておくれ』



魔法使いになる、夢を追い続ける事を。


『そうだ。大切なことを言い忘れていた』


『……何の為に、夢を追うのか』


『決して……忘れてはいけないよ』


***



「そういえば、これからメア、無給ね」

「!!?」


「ごめん!引越し代でお財布がスッからかんになりそうなの!!余裕が出来れば払うから……あ、そうだ!」


「?」

「貴方のいう事を、給料の代わりになんでも叶えたげるから!それで勘弁して下さいなメアさん……」


「クフ」

「…………ん?」

「フフ…………」


「……?」

「なら……そうですね、ふふふふ」


「……え、ええと、言ってみて……なんか嫌な予感がするけど」


「はい………♡では……お嬢様のしたぎをあさったことをふもんに」

「ストップ!………………………まさか昨日、あなたが……洗濯かごを漁ってたのは、まさか!!?」


「ふふ……スデに見られていたのですね?……私も腕が落ちたのでしょうか、いやー年ですかね」


いやあんた17でしょ!

なんて私が突っ込むひまもなくメアは続ける。


「そうだお嬢様、またまた逞しくなられました?下着がきつくなったのなら、言って頂ければご用意しますのに。まったくお嬢様は。ご自分で買われるのですかr………」


「ばかあーーー!!!!!!!!!」

「なお嬢様そこはみぞおち、で……ぎゃはぁー!!!!」


「もういっぱぁーつ!」

「ぎゃん!!!!!」




「どこに!!!世界のどこに主人の下着を盗む変態メイドがいる!!!!」

「うふふ……ではこれからは同意を得ることにしますか」


メアの顔面に思い切り蹴りを入れたけれども笑顔をミクロも崩さない。


鼻血は出ているけれどその態度に変わりはない。

なにこの女……鉄?


「意味っわかんない!!!同意って何なの!!!!」

「これからは堂々と取ります」

「何て………!?」


「だって『なんでも』でしたよね?」


この時、自分の発言をこれほど後悔したことはない。


え?じゃあ何、私これからメアに下着盗られ続けるの?


***


「そういえばご主人ーー何故おととい、私が洗濯かごを漁っていたことに気が付かれたのです?」


「……いや、いきなり何を言うのよ。そりゃ深夜にヘンな物音がしたのだし、何かなと見に行っただけよ?……今まで気がつかなかった自分の鈍感さにゾッとするわ……」


「ーー私が言うのもなんですけれど、お嬢様が気づくはずはないでしょう。だって私ーーユニークスキルを使用していたのですから」


「……くっメア姑息な!!だから今まで気がつかなかったのか………ん?」


と、ここでようやくメアの発言の意図に気がついた。


「【気配消去】……そっか、それがメアの……ユニークスキルだったね……?」


「息とか声は消せないようですけどーー移動をするに当たって発生する気配は消去できます」


「お嬢様が、物音に気づくなんてあり得ません!一昨日もそうしていた筈……なんですが」


以前メアのスキルを見せてもらったことがある。


ユニークスキル4:【名称:気配消去】 属性:水

消費SP:12

[効果:行動する時生まれる気配を一時的に消す。]

[補足:消費SPは常に固定される]


確か、こんな感じだった。


「まぁ……たまたまSPが切れてたんじゃない?」

「むー……何かこう……納得いきませんねぇ……」


「……まぁいいじゃないの……それよりも、片付けに集中してほ……」


すると、ギシと音がした。この屋敷……もう補修もされていないからか、どうやらガタが来ているらしい。そんなお金もないから引っ越すのだが。


外観はそれなりに立派だが

……うん、ほら、お化け屋敷みたいな風格がある。


「あー……」


やっぱり、明後日にお別れかと思うと……なんとも言えない気持ちになる。


「しかし……やっぱり寂しいな」

「お嬢様……」


「そういえば……アーリア。略してアーちゃんは何してるのかな。元気かな……」

「確か、勇者の夫人……でしたっけ?」


「そんな子と友達だったなんて、今考えると凄いよねぇ……結婚してからばったりと連絡が途絶えちゃったけど、忙しいのかなぁ……」


「私、見てきましょうか?私用事がありまして、無断ですが何度かお邪魔したことがあります」


「…………はい?」

「いや少し、旦那様の遺言で……あの家、クレトリア家を監視せよ!と仰せつかっておりまして」

「はぁ!!!?勇者の家を!!!?」


「……あっ!そんな豚か犯罪者を見るような目で私を見るのはおやめ下さい!ちゃんと理由がありますし収穫もあります!」

「……はあ」


「アーリアさんでしたよね。彼女、勇者に虐待されています」

「…………………………何だって?」


***




「何、被害者ぶってるわけ?僕はこんなに苦労して働いてるのにさ……」

「違うわ!……たださっきはあなたのコートをハンガーにかけようとしただけで……靴を踏んだのはわざとじゃないわよ……」


勇者カインと呼ばれた男は……挑発する。


「言い訳はいいよ、うるせぇな……だから女はダメなんだ」

「…………」


アーリアは決してこの男に手を出すことは無かった。もし本当にそうしてしまえば、一体何人の人間が不幸になるのか分からない。


だが不幸にも、そんなアーリアの我慢をカインは知っていた。


「ほら、靴舐めろよ。せめて汚れた靴を綺麗にしろ」

「………………」


「早く!アーリアぁ!早くしろ!!」

「………………」


気持ちを落ち着かせてからアーリアは屈む。

頭で靴を隠して、彼女は舐めるふりをした。


「……終わりました」

「………………これは罰だ!!この嘘つきが!!!」


彼の足はアーリアの頭を振り払った。

「がたん」と彼女の倒れた音がする。


「お前……いつになれば旦那にまともに奉仕ができるんだ!?」

「…………嘘はついてないわ」

「【千里眼】で分かる!!」


それは勇者の『七つの技能』のひとつ。心を読む力を主に与える力だ。


「泣いて許されると思ってるのか!!この……出来損ないが!!!」

「…………」


痛みから涙を流した。また彼の拳が「がんっ」と、身体に衝撃を加えているのが分かった。


ぽたりぽたりと血が垂れる。

指でそれを吹いて、今日は酷いな……と彼女は思う。



………それでも彼女には、捨てられないものがあった。


「その目は……何なんだよ!!」

「…………」


歯を食いしばって彼女は涙を流す。


彼の言いなりにだけはならないといつか決めていた。

その意思だけは、例え何を失おうとも揺るがない。


黙っていても、彼女はそれに抗う意思を持っていた。



「……………………」


それを、こそりと側から見つめていた影があった。

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