下 それを人は
「……スキルと魔術は違う」
「……刑事の俺には良く分からん分野なんだが……」
「……取り調べに知識は必要だろ?警察の試験にないのか?はは、どんだけ人不足なんだよ警察は」
「いや……お、お前らチンピラ共のせいじゃないかっ!仕事が命懸けなもんだから就職先から遠ざけされてるんだよ!!!」
「ははは。すまんね。まあ、だから聞いといて損は無いぜ」
「……そうだな、刑事さん。FPSゲームとか格闘ゲームでもなんでもいい。コンピュータゲームはするか?」
「……少しはな。趣味程度だが、用語は分かる」
「ならいい。……この世界の『魔術』は『正規プレイ』だ」
「『正規プレイ』?」
「『やろうと思えば誰にでも』真似できるという意味だ。ゲームのコントローラーは誰でも使えるし、どれだけ上手いかは技量次第だろ?対し『スキル』……これは『外部ツール』と言えばいいか」
「……それってつまり『チート』じゃないのか?」
「まぁほとんどそれみたいなもんさ。だから不公平。人によって使えるものも違うしどれだけ種類があるかも違う」
「『スキル保有可能数』ってのはとどのつまり……何個の『チート』をこの世界に持ち込めるのかってことだ」
「たくさん『チート』を使える人間が……有利だよな?」
「そうだな刑事さん。だからまぁそういう人間はもてはやされる。ま、それはそれで苦労もあるんだろうが……」
「それで?そのメルファって方は……つまり……」
「いえ?私の保有可能数は『1』ですが」
「……何だと?冗談だろ?」
俺は、そう反論したのを覚えている。
「【催眠】とかだろ!!なら怖がることもね――」
「………………嘘だろ…………」
スキルを【催眠】と推測した男を、女の魔術の光線が貫く。
指から放たれる超高純度の魔力の塊は超光速でストリートを横断する。
女は、いとも簡単に男を再起不能にした。
……遥か遠くで聞こえる着弾の音が射程距離を物語る。
「私、魔術を強化するスキルを持っているんです」
「……は?これがただ魔術だって……言ったのか?」
「はい。ただの魔術の応用ですよ」
これは、現実なのか。
魔術だ。これはただの魔術らしい。
理論的には自分にも真似できる筈の魔術なのだ。
だが、これはあまりに魔術から逸脱している。
到底正気ではない。次元がまるで違う、
…………………………規格外。
魔術の弾丸なんて30メートル飛べば良い方だ。
だが…………目の前で射出されたこれは一体何メートル離れている……!!
「……は?【自己強化】か……?」
「いやそんな訳ねぇよ!!おかしいだろ強すぎる!!!」
「お、おい、この女どうすんだよ……??」
「ぼ、ボス……勝てるよな……?」
「皆さん、静粛に」
その言葉に空気が凍る。張り巡らされている糸の中心で、女は野次馬共の生殺与奪を握っていた。
――ス……と、俺に指を向ける。
「女!?ぼ、ぼ、ボスに手を……出すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!!」
「!」
「ジョージ!!!?」
「……【ウトナピシュテム】」
「【ストーンクラフトォォォォォォォォォ!!!】」
【ストーンクラフト】……石を空中に生成するスキル。
ジョージは女の頭上にそれを生成した。
「あ、あのビビりのジョージが……飛び出した!!」
「いいぞジョージやっちまぇー!!!!」
「今までスキルのコントロール酷かったのに、今回ジョージ失敗してねぇな!?」
「これなら、いけるんじゃ……!!!」
期待を取り戻した観客席。
しかしそれが焼石の水なのを、俺は良く分かっていた。
「………………は?」
「岩が………………解体されて…………」
「ぼ……ぼくの……岩……流れぼしみたいに消えて…………」
「糸を張っておいて正解でした」
たった一言そう喋った。
その恐怖に漏らす者もいた。
跪いて神に祈る者もいた。
皆その場所から動けなかった。
逃げることさえできないと分かっている。
自分が行き着く全ての結果を握るのはこの女だと皆分かっている。
結果のわかりきった戦いを仕掛ける者はいない。
100パーセント自分が負けて
「……これで、この方達の無力化には成功しましたか」
そして、抵抗が何の意味も残さないと知らない者は、この場所には一人もいない。
それは人間の理性がそう語るのではない。
動物の本能だ。
骨の髄まで『自分の方が弱い』と分からされただけなのだ。
「…………俺が、残っているが」
「……ほう」
幸いこの魔力の糸は俺には効かない。
そして俺には結界がある。
「……この糸、結構編むのに時間掛かってるんですよね。これを無視できるのは、第一級の魔術師くらいなものだと思うんですが」
「ご明察。俺も『昔』は、そうだったな」
「……なるほど事情がありそうですね。それがスラムで強盗などと……お聞きします、お名前は?」
「ロック・クライン・アーサー」
「……!?」
その女は俺の名前に驚いた表情。
「有罪判決を受けて学界を追放されたあのロック・クライン・アーサーですか!?『ジョージ』の定理の発見者のあのロック・クライン・アーサーですか!?魔術界に革新をもたらしたあの!!!」
「お、お嬢……良く知ってんな。研究者としての俺なんぞもう忘れられてると思ったんだが。まあまあマイナーな分野だったし……」
「何を!!仰る!!!」
「!!?」
「世間にとってマイナーかどうかは関係ありません!!」
「それが誰の心をどう動かすかが大事なんでしょうが!!少なくとも私は超超超尊敬していました!!!」
「……は、はあ」
突然にそのお嬢のテンションが上がって、こっちは面食らう。
「……あの式の開錠の方法もこのヒトに聞けば……いやあの魔術理論のことを聞こうか……」
「…………えっと…………今俺たち一触触発だったよな……?」
「………………あ」
「ま……余程魔法が好きなのは分かったさ」
お嬢は顔を赤らめてしまった。
……良く分からん小娘だ……本当に……
「………………そうですね」
「…………俺を捕まえるんだろ?だが生憎俺にもプライドってものがあるんだよ」
「……!」
「【リア・ペースト】」
一面に張り巡らされてゆくのは黒い霧。
「……第三位結界………………!」
俺が手加減できる相手ではない。
勝てるかどうかも怪しい。
「そうだ。貴様……スキルを一つしか持たないと言ったな?嘘では無いのが尚更イカれてるな」
「…………そうですね。私でも少し怖いくらいです」
「だがこの結界はどうだ?……貴様でも、少しは効くだろう」
「…………!?この結界……あの洞窟の……!!」
「……知ってんのか。じゃあ怖がれ。……力が段々と抜けていく感覚を!」
「こ……これ……展開したあなたも影響を受ける筈……では……」
「俺は研究者だぜ、手段を開発したんだよ。ま、学界にいた頃プロジェクトが白紙になったんだが、何とかなるもんだ」
「やはり天才……ふふふ……お話ししたい……」
女に地べたに這いつくばりながら言われる。
……不気味すぎるぞこの女。
「……効いてるな。いくらバケモノでもこれには敵わないか?それなら俺の面目も少しは保たれるってものだが」
「私……バケモノ……なんかじゃ……」
「……俺にはそう見える。お前、命を懸ける理由は何だ?まともな人間は警察に手を貸すとか、そんな危険は犯さない。何か理由があるから、自分の命を差し出しているんだろう?」
「……私は…………」
「私は……魔法が好きです」
「……そうか。俺は嫌いだ」
「だからですよ」
「だから、それを悪用するあなたを許せない」
「魔法の輝きを、目先の欲望で消費する貴方が」
「………………!!」
女の目の色がまるで変わってしまった。
尊敬ではなく、下衆びた強盗を見る目だ。
何か、何かを訴えかける目だ。
「……どうしようもないのさ、俺も……」
俺も、俺も、俺だって、チャンスがあれば……
あんな事件さえ起こらなければ……
あんな、あんな、あんな、理不尽だ。
俺をここまで、俺の精神をここまで貶めたのは!!
あんな事件さえ……起こらなければ……!!
……言い訳が出そうになる。
……弁解、正当化の衝動が悪魔となって頭を支配する。
……あの出来事は、俺の人生の価値に傷を付けた。
「お前を………………お前を学界から追放する!!」
「……俺も昔は……」
……魔法が好きだった。
けれど……そんな感情なんて、忘れてしまった。
「なら、思い出させて差し上げます」
「……は!?」
「……ロック」
「な、何をする気だ!もう動けすらしないは……」
「い……や……動けます…………」
「!!?……お前、何故この霧の中で動ける!?」
「俺は魔力を限界まで身体の周りに這わせている!【ゴムドーム】のスキルだ!だがお前はそんなスキルなんて……」
「私……身体の一部が……魔力で出来てるんです……」
「はあ!?何て!?」
「……諸事情で体内外の成分を再構築していて……だけど……そのお陰で……動けます!!」
「う……嘘だろ……おい……やっぱばけも……」
「【ウトナピシュテム】」
魔力を練る音が聞こえる。
こちらに撃つ弾丸を生成しているのだ。
対し、こちらができることは盾を構えるくらいだ。
もう手が無い。
俺は負けるらしかった。だが……
……俺は、今完全トンデモ発言を耳にした。
魔力で身体を置き換えてる????
そんなこと……いや現実か???
夢でも見ているようだ。
馬鹿げている。
正気じゃない、そんな前例見たことも無い。
そうだ、全く夢でも見ているのかもしれない。
……だが。
「……は……ぁ……ぐ……」
「…………」
その夢のような不思議が、俺が忘れていたもの…………
「…………」
どうしてそんなことができる?
拒絶反応は起きないのか?
科学との調和はできているのか?
……好奇心だ。知の、好奇心。
それが満たされている音がする。
いつか、いつだったか。
忘れるくらい前の頃。
はじめてに抱いたこの感覚。
忘れてしまっていた魔法への憧れ。
手放してしまっていた探求。
二度と戻ってくることはないかと思っていたのに。
……俺はつい、抵抗するのを辞めた。
盾を手放していたらしい。
この黒い霧の侵食に、歯を食いしばって耐える少女のその逸脱に……
俺は、魅せられていた。
こんな景色を見てしまったのだ。
こんな奇跡を見てしまったから。
こちらに指を向けて、真っ直ぐにこちらを捉えている魔法使いに。
『魔法使いは』
『魅せられていたのかもしれないんです』
『だから……命を懸けて』
『魔法を守るのかもしれない』
『そう、もしかすればそれを――ヒトは恋と……』
「……はは」
「……ああ、分かった気がするよ」
俺は、ただこの光線を受けた――
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