中 絶望、しかしそれは
「何てことをしてくれたんでしょう」
「やはりスラムはな」
「これはもはや人事の責任ではないかね?こうなる筈だ。生まれがこんないやしい者がまともな筈が無いだろう」
「仕方ないさ、俺らとは倫理の根本からが違うんだろうな」
「…………お前を学界から追放する!!」
***
「……何だ」
見てみれば手足の細い女だった。
(頭に羽が生えている……これは貴族か?)
「あの……すいません。お宅は強盗さんですよね?」
「……………………????」
「おい何だテメェ!この辺でそうじゃねぇ奴なんていないだろ!」
「できれば警察に出頭してくれれば有難いです」
「……しゅとう?何言ってんだ、意味が分んねぇ。難しい言葉を使うなよ!」
「警察に自分の罪を認めて逮捕されて下さいという意味です…………ぅぅ」
「は!?」
「……お前?何なんだ?貴族だろ?何なんだこんなスラム街に、冷やかしか?そうだろ?」
「いや、貴方たちを捕まえに中心街から来ました」
「……お前、俺らに勝てるとでも?」
「ええ」
「そんなガリガリの女の身体で?」
「ええ」
「……は、は、は、は、は、は、は、は」
「あ、あにき?」
「面白れぇな。はは!おい兄弟、相手してやれ」
「うーす!」
「……何だ何だ、喧嘩か?」
「おい、あいつ貴族じゃないか!?」
「なんでこんな所に……」
「まずは俺からヤらせろ!!」
「いや俺が先にヤるからな!!」
「ボスが女を連れて来ただろ……それで満足しろよ。それよりもまずは金だろ?あと身代金をだな……」
ザワザワとチンピラ共が騒ぎに集まってくる。
前の二人を避けて、野次馬共の観客席が出来上がった。
まあここまで豪語する面白い女なんて見たこともないから何をするかあくまで眺めているだけだ。
「……別に決闘がしたいわけじゃないんですがね」
「じゃこうしよう。兄弟と俺に勝てば大人しく従おう」
「何言ってんだよー!!!」
「ヤらせろよー!!!」
「馬鹿、負けるはずないから言ってんだよ!!」
「お前にとってもそれで構わないだろ?その覚悟だよなぁ?」
「ええ」
「さっきからさ、ええええええええ、と……それしか言えねーのか!!兄貴に失れーだろが!!!」
……はじめに兄弟が鉄のパイプで殴りかかった。
「その言葉、キチンと守って下さいね?」
「おららららららぁ――――――!!!」
鉄のパイプで殴りかかった。
そうだ、本当に殴ろうとした筈なんだ。
……奴はスキル【筋力強化】を持つ。
あの女が無抵抗で受けたのなら、頭蓋は砕け胴体は裂かれるだろう。
この辺りじゃ『死体』の癖があるクズもいるが、損壊が酷すぎて人の形をしていないものには興味を抱かない。
さてどうなる?
女が抵抗するか、避けるのか。
これほどの自信を持っているんだ……何かある。
「……だが、その何かは」
「……井の中の蛙の俺にはあまりにも大きすぎる『海』だったんだ……」
「これは危ないですからね、没収ですよ」
「……らぁ――??」
兄弟はその女に、それを手渡した。
「!?」
何を言ってるのか分からねーと思う……
だが俺でも何を言っているのか分からねぇ……
殴ろうとした筈なのに……
突然その勢いを失って手渡したんだ。
女は受け取ってからそれを地面に落とした。
「さて。ウチの家政婦に怒られるし、さっさと済ませてしまいましょう」
「………………!!?」
本当に恐ろしいのはここからだ……
催眠術とか洗脳とか……
そんなチャチなものじゃあない……
もっと恐ろしいものの片鱗をこれから味わうんだ……
「兄弟、何をしてる!?」
「おい、ビビったのかよ!!」
「白けるだろうが!!!」
「い……いや俺……殴ろうとしたのに……??」
「【ウトナピシュテム】」
女は俺が聞いたこともないスキルの名を口にしていた。
ヒュン――と空気を斬る音が聞こえる。
糸だ。
それはこの真夜中の月光を受けて煌めいている。
それは!
このスラムをあっと言う間に埋め尽くして行く……
「女、この白い糸は何だ!?この魔力の糸は!!!」
「は?ボス、糸って何だよ。ヤクのいつもの幻覚か?」
「ボスには何が見えてるんだ……?」
「ついにおかしくなったんですか兄貴!?」
(こいつらには見えていない……?)
女を中心にして一面に張り巡らされてゆくこの糸は、魔力の糸!
一本一本があまりに精緻であり、細すぎてはじめ見えなかったのだ!
俺は大魔術を持つ者だからなんとか捉えられるが、それ以外には見えないのだ!
――数十人に登る荒くれ者達はこの張り巡らされて行く『一手』に対して全くの無反応かつ油断の状態にあった。
辛抱できず飛び出す者が居た。
「もう我慢できねぇ!この俺様が一番乗りでぇ――」
「……眠りなさい」
そのたった一言で
「……は?……な……に……を……いて……r……」
襲いかかった男は何すべもなく意識を消失した。
……いくらチンピラ共の目が節穴だからと言っても、この異常さに気づかない程ではない。
「……オーガン?」
「は?何で……寝てるんだ?」
「ス、スキルだな!ボスにも幻覚を見せてんだ!」
「……血統で保有可能スキルが多いんだな!?これだから貴族は……!!」
「いえ?私の保有可能数は『1』ですが」
「何だと?」