第九話 この世界を回る呪いと、
「どうしてお前はくるしもうとする。どうして……どうして……どうして……?」
右手には魔法の剣、しかしその輝きも……その騎士の勢いと共に失われつつあった。
少女には、ずっとながい戦いのようにさえ思えた。
「……私には痛みがあった。けど」
「その痛みを勝手に共感する、損な貴族がいたの」
「……どんな痛みも、共有すれば軽くなる、そんな当たり前なことを教えてくれた馬鹿がいたの」
「……私には理解できなかった。けど……」
「……こうして、あいつの真似でもすれば……」
「……いつか理解できると、そう思ったの」
「…………なんだそれは!!無茶苦茶だ!!」
「どうとでも仰って。ハナからそう、無茶苦茶なのがあのメルファよ。私にだって理解できないわ」
「……けど、あういう……常識知らずの無法者にしか、変えることのできない世界がある」
「………………!」
また剣戟を繰り出すアーリア。
細く白い皮膚を汚す血液からは痛々しさが感じられる。しかしその佇まいから伝わる闘志と高潔さには、どんな人間も畏怖を感じざるを得ないだろう。
一撃二撃。物理の法則を魔法により超えていく。
呪術の盾に魔法の剣が向かって下される。
受けに回る少女はその輝きについ怯えすくんだ。
満身創痍の身体が許す限界を軽く超えている。
勇者の力の片鱗を少女は見た。
「く…………ぐ……ぐ……ぐ………………っ……だが……勇者……これだけではないぞ…………」
「……?………………!」
アーリアは後ずさる。
「………………ぐぐげげげげ……」
「ごご……ごろ…………ごす……」
「……しししさ……し……し……し」
「呪いの人形……」
「そうだ……く、私は油断しすぎたのか。……お前に構うのはこれで終わりだ」
「ごご……ごろ…………ごす……」
「……しししさ……し……し……し」
「……ざっと100体…………か」
「高出力の大魔術で一掃するといい。しかしその場合、この洞窟を支える簡易結果はどうなるかな」
「…………時間稼ぎ?……でも何故…………」
「……いや…………まさか…………」
「……気づいたようだな。お前は私をさっさと殺さなければならないのだ。だかお前は時間を稼いで援軍を待とうとした。それは間違いだったんだよ」
「……なぜ私がラビュリントスを解除したか考えてみるといい。……そうだ勇者。あの大結界の正体は、エネルギーの格納庫だったのだ」
「………………!!」
「格納庫……と言っても超圧縮されたエネルギーが、ひとつの場所に止まっていただけだが。それを解除したのだ。どうなるだろうな、爆発するか……それとももっと酷いかね……」
「……そのエネルギーは『実験』の廃棄物って訳ね……はぁ……空間が歪む訳だわ……」
「…………そう。廃棄し、誰の記憶にも残さない」
「ごご1598……!?」
「……がごごごごげぇ――――――!!?」
「な、な、呪いの人形、突然爆散したわ……!?う……存在さえ不安定なの……!?」
「……どうするとはもう聞かない。ここで死ね」
「いいや……『ヴィヴィアン』!」
単体攻撃の魔術で、人形を斬る。
「……これなら……爆発する前に殺せる……!」
「なら、何秒かかる?」
「そまやなまさはまょな……」
「真子麻耶をやらぬ夢……!!?」
「………………!また爆発…………」
「あと何体か爆発すれば、臨界したエネルギーが溢れ、洞窟ごと消し飛ぶだろう。……何ができるか見ものだな」
「……………………【千里眼】」
「…………何を」
「なんだ。臨界まであと二十体足りないくらいじゃないのよ。それなら【カリバーン】で、威力は足りるわね」
「……まさか貴様……この空間を斬り落とす気か……!」
「……」
「貴様も犠牲になる方法だ!貴様、魔力の代用としてもはや命さえ削っているのだろう!未来ある若者が何故……!!」
「いや、私は死なない。なんとかするわよ。……ま、たぶん私の腕一本は潰れた蜜柑みたいになるだろうけれど」
「く……狂っている……!」
「ぜひ蛮勇と呼べばいい!だが、私は貴族の勇者として、この森に眠る竜の少女を護るだけだ!!」
「ま、待て!止まれ!!馬鹿なのか?!!!」
「行くぞ!【カリバ」
「待って、アーちゃん………………!!!」
「……え、あ、やば……」
「【コンセントレイト】、【実行停止】!」
「ちょ……ちょっとメルファ!?」
「今のアーちゃんの身体で【カリバーン】なんて発動すれば……腕一本は無くなるでしょ!!なんでそうやって一人で無理をするの……!」
「だ、だって『これ』しかないと思ったんだもの!」
「…………躊躇ってものがなさすぎる……」
「BC隊到着致しましたァ!!」
「メルファさん、指揮を!」
「!!!?」
「アーちゃん」
「我々いつでも飛び出せます!撃破目標はあの魔術人形ですね!?」
「負傷者二名確認!安全地帯まで一時避難をさせて下さい!」
「アキラ先輩の恩人の命令ならば迷いなく戦えます!」
「BC隊少し静粛に!!!私の恩人の友人が困惑しているだろう……統一感を持って行動しろいつも!」
「Yes sir!!!」
揃った声が洞窟に響き渡る。
「………………これ、は……なんだ……なんだ……??」
「見ての通り、警察部隊だ……いくら突撃のプロでもラビュリントスの迷路には勝てなかったようだが……これでようやくアーリアさんを助けられる」
「ハッ!駆けつける途中人形が現れ行軍を阻害されました!」
「ハッ!しかしメルファ氏の見事な戦術指揮によりお陰で五分もの移動時間を短縮できました!」
「ハッ!今からこの空間の人形を排除します!!」
「ヤルゾォォオーッ!!!!!」
「……そんな……ばかな……」
「……ともかく、これで決着かな?」
「にてなや558かなの――ばたり」
「撃て――ッ!!奴らは個別に撃破すれば爆発しない――っ!!」
「やたまたなゃなばが57――ばたり」
「にみしななお548おおる――ばたり」
「ぐ………………ぐ………………!!!」
「にみしななお545おおる――ばたり」
「にみしななお546おおる――ばたり」
「にみしななお5444おおる――ばたり」
「…………あなたの名前はメイ・ノバラ。スキル【ドゥムジ】による、呪いの人形生成が可能……そうでしょ?」
「!!!!?」
「私の【コンセントレイト】で、あなた達のデータベースを覗かせてもらった……作戦計画書も、見させていただいたよ」
「ししくじったかあの女ァ…………………………!」
「……そして、今」
「何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故……私ばかりがあぁあああああああああ……呪い、呪い、呪いだ!呪い尽くしてやる!!」
「【ドゥムジ】の発狂作用!……副作用が発現しだしました!」
「メルファさん、まさかそれも……」
「……彼女、メイ・ノバラも被害者。スキルを埋め込まれた身体は長くは持たないでしょう。……黒幕は逃走してしまいましたが……つまりはこの子も救援の対象です!」
「は!?じゃあなんで私達に刃を向けたの!?」
「分からない……【ドゥムジ】の精神汚染かもしれないし……兎も角……」
「私はあの女を殺殺せる殺せすころろろろここ殺す殺す……54745574257759985555――」
「助けないと!……急いで取り巻きの人形を排除して下さい!このままだとあの子の身体が呪いに飲まれる!」
「先ずは呪いを引っぺがすとこからって訳ね!」
「ハッ!メルファ氏、無理です!!!」
「……え?」
「何故何故何故何故何故何jugotoowgwp何故何故何故何故あぁあああああああああ……呪い、呪い、呪いだ!呪い尽くしてやる!!」
「何故何故何故何故何故何故何pjpjmqwpwpwgwg何故……私ば"p.wpwpwpwqぁあああああああああ尽くしてやる!!」
「何何故何故何故何故何故何故……私ばかりがあああああ……papjm#x@x@zqwpwpwqだ!呪い尽くしてやる!!」
「……ウソ、もう、こんなに分裂を……?」
「欠陥の分裂!?それにく、空間の異常値が跳ね上がって……!!」
「ハッ!このままじゃ跡形もなく爆発するであります!」
「ハッ!今すぐに撤退命令が欲しいであります!」
「ハッ!逃げていいっすか!」
「やっぱり……私がケリをつけるわ」
「アーちゃ」
「お黙りなさい!」
「!!」
「……何、死ぬ訳じゃないのだもの。それに……万が一、マリアちゃんを死なせることになれば……私は一生自分の動かなかった腕を呪うわ」
「待って!他に何か方法が…………きっと……」
その乙女の腕は、どんな理由があろうと、そんな簡単に奪われて良いものではない!そんな事態を許してしまえば
「私は……」
己の無力を呪うだろう。
手に入れたと思った万能の力。それが全く何の役にも立たぬまま、彼女に一生残る痛みを負わせてしまえば、きっと私は自分が保てない。
魔術を扱う人間にとって、腕を失うことは殆ど死に等しい。人の腕には魔術の制御機関が備わっており、崩壊すれば人の生命維持のシステムは無茶苦茶になる。体内の魔術と科学の均衡が完全に崩されるのだ……そもそも傷ついただけですら半身不随を起こす。
そんな乙女の腕は、雪の結晶の如く脆い。……だが何よりも恐ろしいのは、自らの意思によって、それをぐちゃぐちゃにできてしまうこと。
その対価として、外の世界に齎される結果は、果たしてその人の人生よりも価値があるものなのだろうか。
アーちゃんは剣を構えた。
真っ直ぐと、狂った人形の少女を見据え続けて、また剣を――
「……【カリバー」
私は……
この先、読み飛ばしても支障はないBadendifがあります。正規ストーリーには関係ありません。