第八話 そして旅人は目を覚ます
***
「……………………」
「合流できましたけど……私達は何をすれば?」
「では説明しますね」
先の暗い口調が嘘のように明るい表情をメリルは見せている。もしかすればさっきのアレは私の気のせいだったのかな……?
「今から私は気絶します。ジェームズには、無防備な私の体を守って欲しいんです」
「またまたトンデモ発言!!真面目にやってるんすか!?」
「私は真面目です、はい。けどそうする事で……」
***
「なら、私を助けて………………」
「…………………………」
「私は、何から、助かりたいんですか…………?」
「落ち着いてマリアちゃ……」
「落ち着けるわけないじゃないですか!……だって、私は殺されそうになってるわけじゃないですか!!そんな私の気持ちを貴女が分かるわけがない!!!」
「……………………!」
「私…………お姉ちゃんに殺されるんですよね。ははは……」
マリアは心配そうに見るアーリアに構わず続けた。
「…………いつも優しくしてくれたのは、メイちゃんだけだった。けどあれは嘘だったんですよ!!!私が失敗作だから殺しに来いって命令されたんです!!!……お母様は……メイちゃんのことを気に入っていたから」
「(私の……声が聞こえていない?)」
「……だから……私はここで……死にます」
「……な…………マリアちゃん!?」
少女マリアの形がだんだんと崩れてゆく。それはこのマリアの精神の崩壊が近いことを示していた。
……千里眼でさえ支えきれない精神の崩壊。
それをただ……アーリアは見ていることしか…………
「ちぉぉぉっと待ったぁぁぁぁぁぁぁ…………!!」
「!?その声は……メルファ!?」
***
「メルファさん……気絶して少女マリアの精神空間に入り込むだなんて……無茶なことを思いつくね……」
「私達には想像できませんね、精神空間なんて、どんな景色なんでしょ?今度聞いてみましょうかね?」
「……はあ。そうだね……」
「あ!ふふへへへ……!今ならメルファさんにあの仕返しができますね……!」
「こら」
「……痛ぁいぃぃ…………まだ何もしてないんですが!?」
「………………全く、この後輩は」
***
「……どうしてこの精神空間に、メルファが!?」
「説明してる暇は無い!手を出してアーちゃん!」
「は、はい!?」
「間に合って良かった……少女マリアの精神の崩壊を止める!」
アーちゃんは苦い顔をする。
「……どうやって?もはや私の【千里眼】でさえ、マリアちゃんの精神暴走が止められないのよ?きっともう……手遅れ。……口にしたくはないけど……」
「まだ出来ることはあるから、諦めちゃダメ。それにね、私がついてるから!」
「……メルファ」
「ほら早く手を出して!急いで!」
「……分かった。貴女を……信じるわ」
ぎゅっと私の手を握ってくれた。
「私にはマリアちゃんを助けられなかったけれど、貴女ならきっと……」
「……違う」
「…………へ?」
「【コンセントレイト】」
ここが精神空間であるということからか、現実の空間でスキルを使う時よりも……何倍も処理が上手く出来ている。これなら、アーちゃんに対して支援を発動できる。
「……青い光?」
「スキルでアーちゃんに魔術の処理補助を発動した。……これなら、【千里眼】の精神介入もやりやすいはず」
「本当ね!確かに【千里眼】の処理能力が五倍くらいになってる……これなら……マリアちゃんを……!」
「……うん。助けてあげて、アーちゃんが」
「………………分かったわ」
アーちゃんは目を閉じた。【千里眼】での処理に集中しているのだろう。
私の手を握るアーちゃんの手は暖かい。
信じられないかもしれないけど。
……もう私にできることは、アーちゃんを信じてあげることだけ。けど彼女なら……今はそれでも大丈夫だと思う。
私は少女マリアの方を見た。彼女を包む素敵なその光は……見えなくなってしまった彼女の人間性を取り戻す。
「……さすが、アーちゃん」
そうして、暴走していた少女マリアは目を覚ました。
「…………………………私……」
「はじめまして、マリアちゃん。助けられて良かった…………」
「……あなた……は………………」
***
「お前たち……は……何をしようとしているんだ」
メイは疑問を投げる。
目的を果たせない悔しさ……劣勢の状況に顔を歪める。
「……何度も言っていますよ。竜と化した少女、マリアの竜化を解除して、救おうと……」
「不可能だ!『預言者』の『解釈』の範囲を超えている!!!……それは……」
「……『預言者』……『解釈』…………?」
「……不可能で無謀な足掻きだ……それは……いずれ到来する絶対的な運命なのだから……」
「何を仰っているのですか?竜化を解除することが不可能だと?……いやそうだとして、それと貴女に何の関係があるのです?貴女は、彼女を殺そうとしているのでしょう?」
「……私の妹に必要なのは。せめて……竜化の苦しみから解き放ってあげることだけ…………」
「……………………!!まさか、あなたは、竜化の衰弱で妹が死ぬよりも、自分の手で妹を殺そうとしているのですか!?そちらの方が良いと決めつけて!?……正気とは、思えません……」
「……お前には、分かるはずもない。……わかってもらうつもりもない。あの子にしてあげられるのは……それしかないから……」
「……」
「お前も分かっているだろう。このラビュリントス……一度入ったら抜け出せないと。お前も危険なんだ。その中で私を倒しても、どうにもならないだろう」
「……今、ラビュリントスを解除した。もう私には必要のないものだし……これ以上無関係なのに貴女達が関わって傷つくこともない……逃げてほしい」
「……逃げて、とは?私に勝てると思って……」
「ああ、そうだ。もはや貴女は、私に勝てない」
黒の触手がメイの周りに収束する。
ものの一瞬で、形勢は逆転した。
「……!?」
その小さな暗黒は、まるで白紙のインクのように空間を侵食する。メイの一〇倍までに膨れ上がったようなそれは、果ての無い深淵の入り口。
竜巻のようにさえ見えるそれの波動は風さえ起こす。洞窟の壁は割れて、その不可解な力を表す。
「……遺産よ…………オオオオオオオオ…………」
「きゃっ………………!?」
メアリーは意識を失った。
抵抗も出来ずその場に倒れ込む。
メアリーをじっと見つめて
……人の脆さを少女は嘆いた。
「……やっぱり奇跡なんて、ないんだ」
そして自らを嘲笑うように、そう吐いた。
***
またマリアは目を閉じた。
長時間の竜化から来る精神の不安定に心が疲れたのだ。
竜化を解除させるのにまず必要なのは、マリアの精神状態を安定させること。
「私達に任せて。アーちゃんは少し、休むとい……」
「私達はまだ休めないわよ。あんたのメイド……負けたわ」
「……そっか、残されたのはメアリーと襲撃者……いや、メアが負けた!?勇者に負けるのは分かるけど……!メアって一級クラスの国家防衛騎士に匹敵する強さだよ!?」
「知らない!!超能力でも使ったんじゃないの!」
「………………」
「……はあ。私がやるわよ」
「!?」
「私が時間を稼ぐわ。その間にマリアちゃんの処置して、私を助けに来て」
「………………そんな。だって今、アーちゃんに残ってるリソースなんて、いつもの一〇分の一もないでしょ……?」
「…………根性でなんとかするわ」
「根性!?」
「五月蝿い!……あのガキを分からせてやんのよ!!」
「な、なんか私情が入ってない……?」
***
「……まだ起き上がるとは……勇者……しかも、意識空間から現実空間に帰還する速度も早い……」
「ふん。あんたこそ何よ。まだ手札があったわけ?」
「もう辞めろ、抗いなど無意味だ……」
「……私、これでも勇者よ。まだ戦え……」
「驕るな」
「……!」
巨大から飛んでくる無数の飛沫は地面を焦がす。黒く、吸い込まれそうなその塊。当たれば最後、生物の熱を吸収し……永遠に命の熱を奪う。
アーリアはそれを魔術の盾で受ける。
気を失っているメアリーと、竜化の少女を守るためにアーリアは立つ。
……瞬時に展開した大盾に走る衝撃が、アーリアを襲う。
「…………規格外ね……こんな力どこで……」
「あの魔法使い……だったか。それがどうしようとも竜化は解けない。これは絶対的で避けようもない『預言者』の『運命』だから。それに巻き込まれて欲しくはない」
「……………………」
「抵抗をやめろ。『私』はもう待てない」
攻撃を受けるアーリアは焦りを覚えた。
「……なんか、随分救いのない考えね。奇跡とか信じないわけ?」
「信じない。それは『運命』を覆すものではない」
「運命……ね」
「そう。竜化してマリアが死ぬのは既に決定している。『運命』は無情だ」
「あんたの言う『運命』に希望はないの?」
「…………ない。なぜなら、全ての生物は死ぬのだから。この世界でさえ例外ではないのだから」
時が経つにつれ風は勢いを増す。
アーリアは吹き飛ばされないのが不思議なくらい華奢だ。
「ザクッ」と、盾を地面に刺して、彼女は邪魔な髪を結んだ。
盾の内から魔法の杖を構えて、その歪んだ塊と対峙する。
「あんたが何をそんな熱心に信じてるのかは分かんないけど、私は……奇跡を信じるわ」
「…………ふふ……はははははははは……」
「………………」
「そんな都合のいい偶像が何になる?お前が一番知っている筈だ。……誰にも避けられない結果があることを!」
「ああもう五月蝿い!!そんなの、努力と根性と運次第なのよ……!!」