プロローグ
「あの気に食わない貴族を、ギルドから追放だと?」
「……あなたの権力ならばそれができる。その上で」
勇者と呼ばれるその男、カインはそう言った。
「僕が奴を殺します……殺させて下さい」
「してその訳は?……その女は何という名前であったか……」
貴族の女は問うた。
「……名前は『メルファ』……奴は…………」
女はアーリアスマといい、名家クレトリアの女領主である。
「…………これから『化け物』になる女です」
「……ほう、化け物、か」
***
「僕は一位を取れと命じたんだけど?」
「ご、ごめんなさいぃぃ〜……学術試験のテストが滅茶苦茶む、難しくてですねぇ……二位でしたぁぁ……」
「きみさぁ確か騎士二級だよね?僕の替え玉もろくに務まらないで、貴族階級として恥ずかしくないの?」
「ゆ、勇者さま……お許しをぉぉ……」
「ほんとぐずでデブな男だなぁ!……ちッ。もういい!爺が推薦したから信頼できると思ったのに……」
太っちょで眼鏡の少年は傲慢不遜の男にひたすら許しを乞うている。
見下し、失望したように蔑むカイン。
彼は『勇者』だ。国を護る最高の騎士として君臨する。
最年少でその座についた彼は、周りから常に尊敬の眼差しを向けられていた。
「カインくん凄いよね〜また5級ドラゴンを駆除したんだって!!」
「は〜……かっこいいなぁ……私もこんなヒトと……」
「いや無理でしょ。私たちには高嶺の花が過ぎるよ……」
「……けどチャンスがあるかも知れないじゃん!?」
「いや勇者様、そもそも既婚だよ?」
「え、そうなの…………」
「今さらかい!!泣くなよ!!」
「………………(馬鹿な女ども。月とスッポンじゃないか)」
「……………………(ま、女は夢に生きるって言うし?仕方ないんだろうな)」
しかし……彼がその期待に見合う研鑽を積んでいるのかは別問題だった。
「……誰に負けた?ぼくは次からはそいつに替え玉を頼む!もう卒業までテストは二度とない!次の最後の試験で勇者であるぼくの記録が『二位』だなんて……一生残る恥じゃないか!!君は信頼できないんだよ!!!」
「恐れながら勇者さま……やめといた方がいいかと……」
「……は?口答え?」
「ええとですね……その……あの女は……ちょっと……」
「はぁ…………もう、面倒くさい!【ギアス】!!」
「勇者さ……ま……?」
「『ぼくの言うことに従え』」
そう命じられた少年から目の中の光が消えた。
「……ハイ、ヨロコンデ……」
「は、【七つの技能】は便利だな、やっぱり」
「そうだな、その女の名前を教えろ」
「……ナマエ……デスネ……」
彼は生気の失せた声色でその名前を告げた――
***
「あれ……?私、なんでこんなところで……裸で……ってぇぇぇえええええええ!!!!??」
「…………(ちえ、あと少しで抱けたのに)」
「…………(くそ!人が入ってきやがった……)」
「…………(催眠を解くしかない)」
困惑する少女を置いて、暗い暗い路地を去る。
彼は人の多い通りを歩く。
学校に向けて歩を進める。
「………………(世の中、下らないやつばっかだ)」
真昼間の街は賑やかだ。
日光に照らされる大衆は例外なく騒がしい。
歩く人がいて、それにリンゴを売るもの。
屋外の喫茶で遺産の相談をする未亡人。
犬の散歩をしている老婆。
とてもとても騒がしく、顔に色のある人々だ。
「……【千里眼】」
それは、人の心を読めるスキル。
『うわ、またあのキモいリボンつけてる……いや、キモいのは顔だったはw』
「その『リボン』かわいい〜」
「え〜そんなことないよー!」
「……(はは……)」
しかし彼の心中に、色は無い。
「ゆ、勇者様……私のポストだけは確保して下さいますよねぇ〜?ご命令通りに母は殺しましたよ……」
「……(地位にしがみ付く『高潔な騎士』)」
「ははは勇者様はまだお若いから分からないのです。愚かですよ、民は皆。この私らと比べて……」
「……(民なんてちっとも考慮しない『領主』)」
「勇者様〜あの女なんか別れて婚約破棄しちゃいましょうよぉ〜勇者様〜私を妻にしてくれれば、私のカ・ラ・ダ♡もっとむちゃくちゃにしていいんですよ〜?」
「……(権力に低俗に尻を振る『貴婦人』)」
「……(大人はみんなそうだ。偉そうに見えて、実際はガキの図体がデカくなっただけ)」
「……(ぼくがこどもの頃からずっと……大人達は皆んな、ぼくの『能力』を利用することしか頭に無かった)」
「……(だから、ぼくが……『支配』してやる)」
「……(ぼくならできる。『勇者』の立場のぼくなら)」
「……(馬鹿どもは……皆んなぼくの操り人形にする。どうせその価値しかないんだから)」
「……勇者様、おかえりなさいませ」
「キャー勇者様!今日もかっこいいー!!!」
今日も歓声が勇者を迎える。
校門にて、大勢の生徒たちが彼を見つめる。
……彼は目を閉じて、笑顔を向けた。
***
『学年一位?俺が本気出せば余裕だってのw』
『学力優秀でもスキルが無ければ。』
『魔法はペンで戦う訳ではない。』
『やはり『スキル』の才能が無ければなぁ。』
『その頭脳でいったい何ができる?何もできんだろ。社会と貴族の恥だ』
「うぅ……匿名だからと学内掲示板で好き勝手にいいおってぇ……今はまだその通りですけどぉ……」
「ねぇ、きみ、学年一位ちゃんだよね」
「……!?は、はい……って勇者様!?」
「はいはい勇者だよ」
「えっと、私めに何の御用でしょう……?」
「ちょっとね。あ、ここだと目立つでしょ?学校にぼくの専用ルームがあるから、そこで話しないかい?」
「……き、貴族学校で専用ルーム……スケールでかいなぁ……さすが……」
「くそが!あの女に勇者様が何の様なのよ!!」
「キャス様!お汚いお言葉はやめて下さいまし!」
「いやあそう言いたくもなるわよ〜……なんだってあの親無し女が勇者に呼び出されたんだろ……?」
「……はは、悪いね。さ、早く付いてきてくれ」
「は、はい」
***
「……簡単に言うとね、替え玉だよ」
「……え?」
少女は使用人から差し出された紅茶を啜っていた。
その使用人は彼が退出させた。
カーテンが閉じられている閉鎖感のある空間。
そこには少女と勇者のみ。
「学年一位で勉学優秀……ぼくはそれを買ってるんだ。敬意も抱いてる。ひとり親なのに、すごいねぇ」
「……そのひとりの親も、三ヵ月前、亡くなりました」
「それはご愁傷様。んでね、ぼくちょっと公務で時間がないんだ。だから心が痛むんだけどいつも替え玉を頼んでるんだよ。努力してる皆んなには悪いんだけどね?」
「は、はあ……」
「次は最後の試験だ。それだけ、ぼくの替え玉になってくれない?」
「……え、ええと……何と申し上げれば良いか……」
「ごめんごめん!そうだよね、ギブアンドテイクを忘れていた……そうだね、かわりにきみは何が欲しい?何でもじゃないが、この『勇者』の叶えられるものならなんでもいいよ」
「分かりました。ぜひ、お任せ頂ければ!」
少女はハツラツと答える。
「……では、恐れながら……私が欲しいのは……」
「……………………」
「あなたの身体、触らせて貰うことは可能ですか!」
「…………………………は?」
「……あ、いや!魔術研究で『勇者』の『身体』は特別だと分かっているので……興味がありまして」
「……(こいつ、馬鹿か?)」
「……(いらつくなあ)」
「……そうなんだ。はは、勇者に向けて……はは、度胸あるねぇ……もしかしてさ、きみ」
「はい?」
「魔法が好きなの?」
「あ、はい、私は…………魔法が好きです」
「だって!」
「!?」
「楽しい!興味深い!理解できなくて面白い!いや学問なんて基本的に皆んなそんなものですが……しかし一番は」
「……(なんだこいつ……)」
「……魔法は心さえ動かします。私は、そんな魔法が好きなんです」
「心、ね」
「……(くだらない)」
「まあ、いいや。分かったよ。ぼくの身体、好きに調べるといい」
「ほんとですか!」
「うん。勿論。じゃあ後は……さ、きみ、ちょっとこれからぼくの言うことをひとつ聞いてくれる?」
「?はい」
「『僕のために働け』」
目の前でその言葉を、少女はただ……耳に入れる。
「……これはギアスだ。お前は抵抗できない……はあ、面倒くさいことになった……」
「(こんな愚民に身体なんか触らせてたまるか!気持ち悪い……)」
「(これで、ぼくのために無償で働くだろう……)」
「……あああと、『脱衣しろ』」
「……(ま、用でも足してやる。まあこいつ胸はないが、ぼく好みで身体は悪くないしな……)」
「………………?勇者様?」
「は」
「今脱いで下さるんですか?」
「……………………は、あ?」
「……(ぎ、ギアスを使ったのに……)」
「……(効いていない……?そんなまさか……勇者の力だぞ……?)」
「……なら、『地球を一周しろ』」
「……(無理な命令なら、無理ですご主人様と言うはずだ……)」
「………………????」
「馬鹿な」
「……(馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!!!)」
「あの、どうされました?勇者様、顔色が急に悪くなられて」
「……(効いていないだと!そんな筈がない!何故だ!!?言葉も理性がないオークですら従う『スキル』なのに!!!)」
「……い、いや……なんでも……そうだね……【千里眼】」
「……(これで心を読んでやる……何だ……もしもぼくをおちょくっているのなら殺してやる……!!!)」
「勇者様?」
「………………?」
「……何……だ……これは……?」
『"69797679796797378364845578757578775787845"』
『"8282722626728291119182828227263636363"』
『"0110010101110010011100100110111101110010"』
『"0110010101110010011100100110111101110010"』
『"0110010101110010011100100110111101110010"』
『"0110010101110010011100100110111101110010"』
『"011011110111001001100100011001010111001000100000011100100110010101100110011101010111001101100101"』
『"011011110111001001100100011001010111001000100000011100100110010101100110011101010111001101100101"』
『"011011110111001001100100011001010111001000100000011100100110010101100110011101010111001101100101"!』
「……ツ!!」
「か、カイン様!?どうしたんです立ち上がって!」
「……(人の心じゃない!!!!!)」
「……(あり得ない、数字がただ並んでいる心なんて!!【千里眼】で出てくるのは普通言葉なのに!!!なんなんだ、この女は!!!)」
「私、何かやってしまいましたか……?」
「…………」
「……あ、もしかして」
「…………?」
「まだその継承したばかりの勇者の『スキル』……身体に馴染んでらっしゃらないとか……」
「…………な、なぜ、そう思うんだ……!!!」
「……??えと……あれ?何ででしょう。勇者って小さい頃から勇者ですよね?なら継承したのが最近なわけないし……私にも分かんないです、えへへ」
あり得ない。
あり得ない。
あり得ない。
こいつ、ぼくの、秘密に、まさか、気付きかけて……
「…………ぼくは……か……帰る………………」
「……はい?」
「……(本当に、なんなんだ、この、女は!!)」
彼はドアから飛び出してしまった。
「……は?私、残されたの…………???」
***
「勇者様〜ええとそのぉ……生徒名簿をご覧いただくのはちょっと……その……プライバシー権も有りますので…………いくら勇者様でもそのぉ…………」
「理事長。これは命令だ。いいから出せ」
「ヒィぃぃぃぃぃぃ……ごめんなさい出します……」
「……(【千里眼】)」
「ええと……名簿はこの棚の段……だったかなァ……」
『なんなのこの方突然に押しかけてきて……怖いし帰りたい……』
「……(【千里眼】は正常だ……このじじいの心を読めているんだから……)」
「……(……やはりおかしいのは、あの……)」
「……ありました。最終年A組ですね……」
「貸せ」
「ヒィぃッッッ……」
「……(女のナンバーは……1……2……10……20……27!)」
「……(見つけた!クラスナンバー27!『メルファ・リーン・マツリ!!』)」
「……(両親共に死亡、クラス内での性格は陰気であり交流は見られない……ちッ、『先生の見解』になんて興味はない!)」
「……(ぼくが暴きたいのは女の『スキル』だ!勇者の力を弾かれた屈辱を返すために、今ここで暴かねばならない……!!!)」
「……(あった……『保有スキル』!どんなスキルがぼくの千里眼を、ギアスを弾いたんだ!)」
「……は?」
「……勇者さま?ど、どうされましたぁ……」
メルファ・リーン・マツリ
保有スキル、
『感覚欠落』、
以上。
「……(ばかな……何だ……これは……夢でも見ているのか……?ぼくは……)」
「……(夢ではないのなら……)」
この記述は、何も言葉は示さない。
具体的なことは何ひとつ分からない。
だが、ひとつの可能性は示している。
少女は何かしらの方法で、【ギアス】【千里眼】を、無効化したのだ。
「……(それも、全く無意識のうちにだ!全くあの女は気づいていない!……常人では不可能な現象……!!)
それは、逸材。
誰も気づいていないかもしれない。
本人さえ自覚は無いのだから。
しかし……『勇者』は気づいてしまった。
少女は……果てなき才能の持ち主!
……まだ目覚めていないというだけの原石……!!
「……け、消さなくては……」
「ゆ、勇者様?」
だから、消さなくては。
少女の、その力が目覚めてしまう前に。
勇者は笑顔のない顔で、そう呟いた。
***
「奴は魔術の禁忌に、無自覚にも触れようとした」
「そしてこの僕の秘密にも気づきかけた……だからです」
「この先、放っておけば奴は怪物になる……」
「ぼく達が進む道の障害になる……!」
「いま、殺しておかなければ!……いいですね!」
「……なるほど。くく。良し、許す」
「そうだ!ならばついでと言っては何だが……」
「……『アーリア』……私の『娘』……そして」
「……お前の『妻』であるそいつも、殺しておけ」
「……ええ、分かりました」
二つの影が少女に忍び寄る。
その闇は、底の見えない悪意。
だが影はけして光に敵わない。
少女という光に、闇はとどかない。
奇跡の少女の――
「……ねーご飯まだー?」
「はいはい、今調理中ですので〜♪本でも読んでお待ち下さいな〜♪」
「ぜーんぶ読んじゃったよ〜……ねーまだ〜?」
……旅は、これから、はじまろうと、していた!